ジャン=ポール・サルトルのおすすめ本3選!真に自由に生きるための哲学

更新:2021.12.18

20世紀における実存主義の代表的哲学者、ジャン=ポール・サルトル。「実存は本質に先立つ」「人間は自由の刑に処せられている」等の名言を残したことでも有名です。哲学者・小説家・劇作家と多くの顔を持つ彼の著作からその思想をご紹介します。

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サルトルの生涯と思想の背景

ジャン=ポール・サルトルは、1905年にパリ16区に生まれ、1歳の時に父親が亡くなったため、母方の祖父であるシャルル・シュヴァイツァーの元に引き取られます。シャルル・シュヴァイツァーは、ノーベル平和賞を受賞したアルベルト・シュヴァイツァーの弟で、サルトルはそんな教養深い家庭で幼少期を過ごしました。

1923年に高等師範学校に進学するための準備学級に在籍中、『病める者の天使』という処女作とも言える短編小説を発表、その翌年高等師範学校に進学し、高等学校では、同じく20世紀を代表する哲学者であるモーリス・メルロ=ポンティらと出会うことになります。

1929年にはフランスで中学や高校、大学で教員となることができるアグレガシオンという資格を首席で取得しました。この時次席であったシモーヌ・ド・ボーヴォワールはサルトルの生涯の伴侶となるのです。

1933年から34年にかけてドイツ・ベルリンに留学したサルトルは、現象学の創始者であるエドムント・フッサールの元で現象学を学びます。留学から帰った後は、パリやル・アーヴルにて教鞭をとる傍らで哲学や文学などの分野で広く執筆活動を展開しました。1938年に出版された小説『嘔吐』はベストセラーとなり、サルトルの名をフランス中に知らしめる一冊となります。

第二次世界大戦にて自身も兵士として戦争を体験し、その経験から政治的な関心を高めるようになり、アンガージュマン(=政治参加・社会参加)の知識人として、当時台頭していたマルクス主義に傾倒し、ソ連を擁護したり、アルジェリアやキューバなどの第三世界の民族解放運動を支援したりしていきます。

ただ、この政治的な立場によって古くからの友人であった作家のアルベール・カミュやメルロ・ポンティとは決別してしまうのです……。特にカミュとの対立は「カミュ=サルトル論争」と呼ばれ、有名ですね。

しかし、それでも果敢に政治的な問題について自身の立場を表明したり、支援したりするという姿勢は「実存は本質に先立つ」という言葉に代表されるような、人間は自分の本質を自分の行動によって作り上げなければならないという、サルトルの哲学そのものであるといえるでしょう。

私は「自由」に呪われている?『存在と無』

哲学者としてのサルトルを代表する一冊が、1943年に出版された『存在と無 現象学的存在論の試み』(以下『存在と無』)です。『存在と無』は、20世紀フランス思想界に実存主義ブームを巻き起こすほど、人々にインパクトを与えました。

副題に「現象学的存在論の試み」とついていることからも伺い知れるように、この著作には彼が留学中に教えを受けたフッサールの影響が見て取れます。『存在と無』は「存在とは何か?」という、哲学史においても多くの哲学者たちが挑んできた問いに対し、現象学的な立場からその解明を試みた一冊なのです。
 

著者
ジャン=ポール サルトル
出版日

サルトルは『存在と無』の中で〈即自と対自〉という対になる概念を導入します。

まず〈即自〉とは、簡単に言えばただそこに存在しているだけのもののことです。テーブルの上のコップや道端の石ころなどをイメージしてもらえばよいでしょう。〈即自存在〉には特に意志もなく、自発的に変化していこうという運動も見られません。ただ、そこに在る、だけです。

一方〈対自〉とは、自分とはなんだろう?自分はなぜ存在しているのだろう?といったように自分の〈存在〉自体を問題とするような存在のことを言います。即自存在に対して〈対自存在〉は、常に今の自分とは違う在り方を目指す存在です。つまり〈対自存在〉とは他ならぬ〈人間〉のことなのです。

では、なぜこの世に存在するあらゆる存在の中で人間だけが〈対自存在〉なのでしょうか。サルトルは、その理由として「人間は無を到来させる存在である」ことを挙げます。

サルトルの言う〈無〉は、〈欠如〉と読み替えると理解しやすいと思います。人間は他の存在と違って〈欲望〉を持つ存在です。欲望を抱く時とは、言い換えれば人は何かが欠如している状態だと言えます。(例えば食欲を意識する時は大抵空腹、すなわちお腹が満たされていない時ですね)だから、欲望とは欠如そのものであり、人間は欲望を抱く存在である以上、自分の中に欠如という形で〈無〉を抱え込んでいる存在だと考えられるのです。

人間は自分の内側に常に何かしらの欠如を抱えているからこそ、その欠如を埋めるために自分の外側(=世界)へと向かっていく、すなわち今の自分を超えようとするのだとサルトルは考えます。自分の中に欠如(=無)があるからこそ、人間は今の自分とは違う在り方を目指す〈対自存在〉となるのですね。

このように人間が無を到来させる存在であるのは、人間が〈自由〉だからであるとサルトルは言います。人間は常に「それで〈ある〉ところのものでは〈ない〉」つまり無を抱えた存在であるというのは、言い換えれば人間にはあらかじめ定められた〈本質〉が無いため、人間は何者にでもなることができる(=自由)ということです。

サルトルによれば、人間がまず存在してそれから自由であるのではなく、自由であることと人間存在はイコールである、つまり自由であることが人間であることと同義なのです。

しかし、人間はこの〈自由〉を自ら進んで選び取ったわけではありません。私たち人間は人間として生まれた時点で自由な者として存在してしまっているのです。サルトルはこの事態を「人間は自由という刑に処せられている」「われわれは、自由へと呪われているのであり、自由の中に投げ込まれている」といった言葉で表現しています。

自由な者として運命付けられている私たちは、常に自分がどうありたいか選択し続けなければなりません。〈無〉を抱えているからこそ自由であり、常に今の自分と違う在り方を求める〈対自存在〉であるということは、この「自己を選択し続ける」ということであるといえるでしょう。

続けてサルトルは、この〈対自〉に対して〈対他〉ということを考えます。人間は決して自分一人だけで生きているわけではありません。「私」は独自の世界を見ていますが、同時に他者のまなざしも常に意識しています。(私たちは時に、今の自分の行動は他者からどう見られているだろうと意識することがありますね)

つまり、私は〈対自存在〉であると同時に、他者から見られ、他者と対峙する〈対他存在〉なのです。サルトルはこの他者を重要視し、人間とは自由な存在であると同時に、他者に対して責任を負う存在であるとも言っています。

人間とは生まれながらにして自由であるがゆえに、常に今の自分とは違う自分となるために行動し、生きていく存在であるとした上で、私たちは他者に対して、世界に対して責任を持って生きていかなければならない存在であることを、この『存在と無』の中で明らかにしたのです。

実存主義とはヒューマニズムである!『実存主義とは何か』

サルトルは、人間の実存を哲学の中心に据える「実存主義」の哲学者です。そんなサルトルが実存主義とは何か?を語った一冊が1946年に出版された『実存主義とは何か』です。

サルトル哲学の入門書的一冊であり、先に紹介したような実存主義哲学を理解するには最適な一冊だと言えます。2015年にNHKの「100分De名著」という番組でも紹介されましたので、馴染みのある方も多いかもしれません。

著者
J‐P・サルトル
出版日

『実存主義とは何か』は第二次世界大戦終結直後の1945年10月にパリのクラブ・マントナンで行われた講演が元になっています。この講演は、会場に入りきれなかった人が外まで溢れ、講演が行われた翌日の新聞で「文化的事件」と書かれるほど注目が集まったと言われています。

『実存主義とは何か』で語られていることは先に紹介した『存在と無』で説明されたことと重なる部分が多いので、ここでは『実存主義とは何か』が語られ、出版された背景についてご紹介したいと思います。

講演が行われたのは第二次世界大戦が終結した直後のことでした。フランスは戦争に勝利した側として、戦後の自由を享受し謳歌しようとする気運こそありましたが、現実はそれほど明るいことばかりではなかったようです。戦争で家族や恋人を亡くした人も大勢いましたし、食糧難や貧困などの形で戦争の爪痕はありありと残されていました。人々の間には戦争が終わった安堵感と同時にこれからの時代に対する不安が渦巻いていたのです。

そして何よりも、フランスにまで伝えられたホロコーストや原爆の惨禍は、フランスの知識人たちが今まで信じていた人間の理性というものが、時にかくも簡単に失われ、人間はここまで残虐な行為を行うことができるという残酷な事実が、人々の時代に対する不安をより大きくしました。

そんな不安感に包まれた人々を前に、サルトルは実存主義とは何かを説いたのです。この講演の中で、先に見たような対自存在としての人間や人間があらかじめ運命付けられた自由について語っています。

この講演で語られたことの中で特に重要なのが「アンガージュマン」という概念です。「アンガージュマン」とはフランス語で「参加」を意味する語で、人が主体的に何かを選択し、社会や世界に対して積極的に関わっていくことを指します。アンガージュマンは知識人や芸術家が政治的なものに関与し参加することを指す時によく使われますが、本来はそれだけでなくあらゆる現実に主体的に進んで参加していくというニュアンスが込められた言葉です。

サルトルは、人間は積極的にある状況(=世界・現実)へと自らを〈投企〉していくべきだと説きます。投企とは耳慣れない言葉ですが、自らを世界の中へ投げ込むこと、第三者的にある状況を傍観するのではなく、積極的にその渦中に飛び込んでいくことだと考えればよいでしょう。

自分だけでなく、たくさんの他者が居る社会に身を投げ入れることはある意味で自分自身の自由を制限することにもなります。しかしサルトルは社会に積極的に参加し、自らの自由を拘束することが、人間が運命付けられた自由を最もよく活かすことになると言うのです。

このような形で人間存在(=実存)とは何かを改めて考察し、自由に生きるとは果たしてどういうことなのかを問い直したサルトルの実存主義哲学は、大戦直後の不安な時代の中で自由な人間の尊厳を再び取り戻す思想として人々に受容されていきました。ですから、サルトルの実存主義はまさにヒューマニズムであると言えるでしょう。

彼は何に吐き気を覚えたのか?『嘔吐』

サルトルは哲学者としてだけではなく、小説家や劇作家としても作品を発表していました。彼の小説や戯曲の中でも特に有名なのが1938年に発表された『嘔吐』です。

著者
J‐P・サルトル
出版日
2010-07-20

『嘔吐』は主人公である学者のアントワーヌ・ロカンタンの日記形式で書かれた物語です。主人公はある日突然、これまでの自分の行いや楽しんできた物事に対して〈吐き気〉を催すようになってしまいます。

例えば、主人公が学者として研究してきた研究課題に対して、あるいはかつて出会った女性たちとの肉体関係や恋愛の記憶に対して、そして終いには彼自身の手や美しい自然に対してまでも、〈吐き気〉を催すのです。

そしてある時、主人公はこの吐き気が「物がただそこに在る」ということに対して反応して催されることに気づきます。すなわち主人公の吐き気は「実存への不安」に対する吐き気(嫌悪感)だったのです。

この、まるでカフカの小説のような(事実、この作品はカフカに影響を受けていると言われています)陰鬱で不条理な物語は、実存主義哲学における実存の不安のことを描いた物語であると言えます。サルトルは小説という手法によって、難解な哲学をより平易に単純な方法で解説することを試みたのです。

主人公の吐き気は、物がただ物として存在するように、自分もまたただ自分としてそこに存在するだけで、そこに意味や理由などは保証されていないということに対する茫漠とした不安の隠喩であると言えるでしょう。

人間は自由であることが運命付けられているというのがサルトルの一貫した主張ですが、同時に、人間は時にこの「自由であること」を重荷に感じ、不安に陥ることについても言及しています。(自由であるということは裏を返せば、何物にも私の存在は保証されず、一切の責任は自分にあるということでもありますから不安になるのは当然ですね)

そして、不安ゆえに多くの人は自由から逃避する〈自己欺瞞〉の状態に陥ることをも指摘し、この自己欺瞞について厳しく批判しています。

サルトルが多くの批判に晒されながらも、それでも戦後のフランス言論界、あるいは世界の知識人たちに多大な影響を与え続けたのには、この私が今ここに存在しているのは偶然に過ぎず、意味などないという不安、すなわち〈吐き気〉を深く自覚しながらも、それでも社会や世界に対して何事かを成そうとするアンガージュマンを唱え、自らも実践したところにあるのではないでしょうか。

この混迷を極める時代の中で、私たちは時に世界から置いてけぼりになったような不安を感じることがあります。サルトルが指摘する「自由であるがゆえに不安」という感覚は多くの人の共感を呼ぶものではないでしょうか。

しかしサルトルはこの不安を自覚した上で、積極的に自由を生き、世界と関わることでこの不安を乗り越えていこうと説くのです。

「世界と関係しよう」と常に呼びかけたサルトルの言葉は、今なお私たちに生きていく勇気を与えてくれるような気がします。

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