かつて一世を風靡したロリコン漫画家にして、重度のSF者。その不条理な作風は今なお色褪せません。今回はそんな作者の作品ベスト5をご紹介したいと思います。
1950年2月6日生まれ、北海道出身の漫画家、同人作家。本名は吾妻日出夫。
石ノ森章太郎『マンガ家入門』に影響されて漫画家を目指すようになります。1968年、高校卒業後に上京し、印刷会社に就職するもわずか1ヶ月で退職しました。
板井れんたろうのアシスタントをする傍ら、小学館「週間少年サンデー」、秋田書店「まんが王」の読者欄カットを担当。1969年、「まんが王」に『リングサイド・クレイジー』が掲載されてデビューを果たします。
1979年に『不条理日記』で星雲賞コミック部門受賞。『失踪日記』で2005年に日本漫画家協会賞大賞、同年文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、2006年に手塚治虫文化賞マンガ大賞、同年星雲賞ノンフィクション部門を受賞しました。
脈絡のない展開をくり広げる不条理漫画の祖の1人とされるとともに、当時では珍しいメジャー誌の商業漫画家でありながらロリコン同人誌、エロ漫画を発表していたことから、ロリコン漫画(今日では単にロリ漫画とも)の立役者ともいわれています。
吾妻ひでおの奇抜さは、その作風に留まりません。躁鬱気質から失踪を繰り返し、酒浸りからアルコール中毒を患って幻覚まで見たという凄まじさ。後年、それらの体験からエッセイ漫画を出版し、アル中の啓蒙活動もおこなうようになりました。
彼の周囲には、奇妙なものがひょっこり出てきます。毎日が不条理の連続。
「○月×日 アミガサにとっつかれる」
「○月×日 電気ヒツジ(メス)を買う」(いずれも『定本不条理日記』より引用)
出てくるのはそんなものばかりで、アイディアはちっとも出てきません。
- 著者
- 吾妻 ひでお
- 出版日
本作は吾妻が1978年から1979年にかけて3つの雑誌で連載したものを、1冊にまとめた短編集です。今日不条理ギャグとされるジャンルは、元を辿れば本作がルーツだと見られています。
吾妻ひでお本人をモデルとした人物が、日常の中で奇妙な体験をする物語。突拍子もない展開は、まさに不条理ギャグそのものです。しかしそれは、あくまで表面的なもの。見る人が見れば、それがしっかりしたパロディであることがわかります。
たとえばあらすじに書いた「アミガサ」云々とは何か。これはアミガサダケというキノコのことで、ヒューゴー賞を受賞したブライアン・W・オールディスのSF小説『地球の長い午後』のパロディ。物語の根幹に関わるネタなので、わかる人にはくすりと来ます。
「電気ヒツジ」の方はもう少しわかりやすくて、フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』のパロディです。2017年に続編が公開される、ハリソン・フォード主演映画『ブレードランナー』の原作といえば、ご存知の方も多いのではないでしょうか。ちなみに『アンドロイドは~』にも『ブレードランナー』にも電気羊なる動物(?)は出てきません。
本作には、このようなSFネタがとりとめもなく日記形式で収録されています。
昔々、ギリシャの神話時代。太陽神アポロンの娘で、女神としては未熟なポロンが主人公。立派な神を目指す彼女は、ある時、愛の神エロースに出会います。太陽神の娘で、全知全能たる天空神ゼウスの孫でもあることから、ポロンはつい見栄を張ってしまってどんでもないことに……。
これはポロンが1人前の女神になっていくお話。
- 著者
- 吾妻 ひでお
- 出版日
本作は1977年から、秋田書店の少女漫画誌「月刊プリンセス」で連載。1982年には『おちゃめ神物語コロコロポロン』のタイトルでアニメが放送され、吾妻作品では初のアニメ化作品となりました。少女漫画ということもあって、それまでの吾妻に見られたSFや不条理さはなりを潜め、少女の健全な成長を描くオーソドックスなギャグ漫画となっています。
ポロンは背伸びしがちな女の子で、ちょうどプリンセス誌が対象とする読者には共感されやすいキャラ。デフォルメされた可愛らしい少女として描かれていますが、よく見れば装身具や衣服はしっかり古代ギリシャ調になっています。吾妻ひでおのこだわりといったところでしょうか。
ポロンの友達となるエロース。エロースとはあまり耳慣れない名前ですが、ローマ神話のクピドに相当する神で、いわゆるキューピッドです。愛の天使キューピッドといえば美少年、もしくは中性的な容姿を連想しますが、本作のエロースは不細工。愛の神なのに愛されないというギャグキャラです。
オリンポスとはもちろん、ギリシャ神の住まうオリンポス山のこと。有名なオリンポス12神も多数登場し、ちょっとしたギリシャ神話学習漫画にもなっています。
ポロンは自分が巻き起こした苦難を乗り越えて、無事に立派な女神となれるのでしょうか?
主人公のななこは、超能力を持った女子高生。空飛ぶ彼女を目撃した飯田橋博士(いいだばしひろし)は、一目惚れして無理矢理同じクラスに転校します。そこには、ななこを体良く利用するマッドサイエンティストの四谷栄一郎がいました。
ななこは愛と正義と平和のために戦おうとするも、世界征服を目論む悪役連中や、なぜか四谷に翻弄されてしまい……。
- 著者
- 吾妻ひでお
- 出版日
- 2005-03-09
本作は1980年に連載開始された、SF美少女ギャグ漫画です。1983年にはアニメ放映も行われた、吾妻ひでおにとっては2作目となるアニメ化作品。
本作は吾妻の短編『どーでもいんなーすぺーす』シリーズの1編『すーぱーがーる』が原型。「すーぱーがーる」と呼ばれる気弱な超能力少女という部分は共通していますが、直接的な繋がりはありません。
ななこには7つの超能力が設定されていますが、「7つの力」で思い出されるのは手塚治虫の『鉄腕アトム』。他には聖悠紀の『超人ロック』を思わせる力も。両者が元ネタであることを自身でも語っており、本作でも吾妻特有のSFネタは健在です。
ななこを巡る四谷、飯田橋の立ち位置はアトムにおける天馬博士とお茶の水博士を連想させます。それに、この2人の名前が実に示唆的。JR東日本中央本線の御茶ノ水駅はお茶の水博士の由来として知られていますが、その御茶ノ水駅からちょうど1つ飛ばしで飯田橋駅と四谷駅があるんです。吾妻ひでおのことですから、これはきっと狙ったことでしょう。
周囲に酷い(時には少しエッチな)目に遭わされても、健気に振る舞うななこ。平和な世界は彼女の双肩にかかっている……!?
主人公の阿素湖素子(あそこそこ)は、傍若無人でグラマラスな美女。吾妻作品最強キャラと言っても過言ではありません。
ある時は白衣の天使、またある時はスチュワーデス。教師や主婦、アイドルになったかと思えば、とある惑星のお姫様だったりすることも。性に奔放なその実態は?
- 著者
- 吾妻 ひでお
- 出版日
本作は1975年から80年にかけて青年漫画「プレイコミック」誌上で連載されました。青年誌だけあって過激な表現が多々登場します。分類するなら不条理エロコメディでしょうか。
阿素湖は名前からして凄まじいですが、その活躍もまたハチャメチャです。見目麗しい豊満な美女なのに、下品の塊という強烈なキャラ。無茶な展開の果てに不老不死化、吾妻の他作品にまで出没し始め、続編『やけくそ黙示録』に至っては唐突に若返るという、もうなんでもありの最強っぷり。
主人公がこの有様ですから、内容の方もやりたい放題のエログロナンセンス。扉絵はほぼ毎回のように際どいサービスシーンになっています。
「とーとつですが アルジャーノンに はなたばをあげてやってください」(『やけくそ天使』より引用)
吾妻はこの頃から本格的にSFネタを取り入れ始めました。一例としてはダニエル・キイス『アルジャーノンに花束を』。『アルジャーノン』は何度も映像化された、今では超有名作品です。しかし、本作発表当時には長編版の邦訳はまだ存在せず、『S-Fマガジン』やアンソロジーに収録された中編版しかありませんでした。SFに造詣の深い吾妻ならではのSFネタといえるでしょう。
彼の作風の変遷やナンセンスエロを楽しむには、本作はうってつけです。
かつて人気漫画家として活躍した、彼。ある日雑誌の連載を放り出して、突然姿をくらましてしまいます。自殺を考えた最初の失踪、ふらりと消えた2度目の失踪、そして世間から隔離されたアル中克服の入院。
数々の出来事が淡々と回想されていきます。
- 著者
- 吾妻 ひでお
- 出版日
- 2005-03-01
本作は吾妻自身が描く、失踪中の出来事を綴ったエッセイ漫画です。実際にはかなり悲惨な日常だったはずですが、中身は吾妻の軽い作風で描かれており、暗さは感じられません。随所に脚色がほどこされていることと、本当にまずいエピソードはきっちりカットされているためでしょう。作者生来のセンスが感じられます。
最初の失踪は1989年11月のこと。連載誌の締め切りに追われた吾妻は、仕事を放棄して逃亡します。前後不覚になった彼は山の斜面を利用して首吊り自殺を計りますが、斜面が緩やかだったためか、死ぬこともなくそのまま眠りこける始末。ばつが悪くなった彼は、そのまま雑木林でホームレス生活を送ることに。
次の失踪は1992年4月。漫画家として復帰し、上記の1度目の失踪をまとめた漫画を描き上げたところに、再度失踪します。ホームレスに身をやつして別人になりきるなど、もう漫画の世界の出来事としか思えません。
実際に体験すれば悲惨この上ないはずですが、この吾妻ひでおの体験談、漫画というフィルターを通して読むとかなり面白い。残飯漁り、寝床作り、シケモク(タバコの吸い殻)拾い、身一つの現代サバイバルはどれも興味深いです。
失踪を繰り返した後、吾妻の漫画家生活は完全に落ち込みます。ところが2005年。本作『失踪日記』が上梓されるや脚光を浴び、数々の賞を受賞。瞬く間に時の人となりました。
漫画家吾妻ひでおの奇跡的な復活劇。この嘘のような本当の話、ぜひ1度ご覧ください。
いかがでしたか。『失踪日記』以後もエッセイ漫画は出版されていますが、どれを読んでも、やはりこんな作者だからこれまでの不条理漫画があったのだなと納得させられます。あなたも吾妻ひでおワールドにはまってみませんか?