ファンタジーと聞いて思い浮かべるものは何ですか?妖精や魔法使い?それとも話す動物?ファンタジーは子供のものと思う方もいるかもしれませんが、実は大人が読んでも面白いのです!ページをめくる手が止められなくなる選りすぐりの5作をお届けします。
夜の奄美の海を漂流する一艘のカヤック。死ぬつもりで櫂を捨てたものの、いざとなると恐怖が襲ってきた茉莉香のところに言葉を話す片目の鷲が現れます。茉莉香は冥土の土産にと昔話をせがみました。そこで鷲が語ったのは、かつて奄美大島にいたヤンチュと呼ばれる奴隷、フィエクサとサネン兄妹の悲しい物語だったのです。
- 著者
- 遠田 潤子
- 出版日
- 2015-11-28
フィエクサとサネンは黍汁(きびじる)より軽い存在として扱われるヤンチュです。彼らは厳しい状況下でも懸命に生きますが、この世界では人間の作った制度や自然である山の神の力から自由になることができませんでした。それぞれの悲劇的な死のあとで、フィエクサは鷲となって飛び続けます。妹との約束を守るために。
一方、茉莉香にも兄がおり、損なったままになってしまった兄との関係を悔やみ前に進めずにいました。鷲は茉莉香が目を背け、語らなかった事実に厳しい言葉を浴びせます。しかし、それは同時に自らの過去を省みる言葉でもあったのでした。茉莉香は鷲の言葉に傷つきながらも問題を直視し、語ることで一種の癒しを得ていきます。茉莉香の告白と共に、鷲であるフィエクサもまた、自らの過ちに思いを馳せるのでした。
章ごとに海のはなしと島のはなしが交互に語られ、江戸時代と現代の兄妹の関係性が絡み合っていきます。そして夜が白み始めた頃、茉莉香に救いの光が見えてくるのです。人は個人として間違いを犯します。そして集団としても強い者が弱い者を虐げるという間違いを犯し続けています。そんな中、わずかにでももがき続けることで、救いは見えてくるのかもしれません。
山の神やマブリ(魂)に関する伝承をファンタジックに描きつつ、かつて奄美に実在した奴隷制度、江戸時代の幕府と薩摩藩の関係や砂糖に隠された搾取の構造など史実を盛り込んだ重厚な作品です。奄美の暗い歴史に取材しつつも、飛び続けるフィエクサが光を灯します。それでも希望はあるのだと。
有名ハンバーガーチェーンの社員で、毎日の激務に追われプライベートもない草野。ある晩轢き逃げ事件に遭遇した彼は、その日から亡くなった大学生亮太の幽霊に付きまとわれる羽目になります。しかし亮太は幽霊ということを忘れさせるほど呑気で陽気な存在で、2人のおかしな同居生活が始まるのでした。
- 著者
- 越谷 オサム
- 出版日
- 2010-07-22
草野と亮太をはじめ、頼れる巨漢のアルバイト南、南の妹で美少女のしょうちゃん、しょうちゃんと仲の良い首コキコキなど、魅力的な人物がたくさん出てきます。そして、幽霊なのに陽気でマネジメント能力に長けた亮太と真面目すぎる草野というあり得ないコンビの絶妙な掛け合いが笑えます。亮太を轢いた犯人を捜し始めた2人は果たして轢き逃げ犯を捕まえることが出来るのか?南と首コキコキの意外な共通点とは?夜な夜な出かけるしょうちゃんと首コキコキとの秘密とは?
思いがけず死んでしまった亮太の、おまけみたいな死後の日々。でも、それは亮太にとっても草野たちにとってもまさに望外の「ボーナス・トラック」でありました。犯人を追うミステリーでありながら草野の成長譚でもあり、男たちの友情ストーリー、そして亮太の恋愛ストーリーでもあるこの作品。笑いあり涙ありで、軽い読み口でありながら最後にはきっとホロリとさせられてしまうことでしょう。
「下宿人募集中 (中略) ただし、子供とネコと龍が好きな方に限ります」(『龍のすむ家』より引用)
冒頭でページをめくると、こんなおかしな貼り紙がしてあり、読者はいきなり物語の世界に放り込まれます。
主人公で大学生のデービットは、この募集をかけたリズの家に下宿することになります。リズは龍の置物を作る陶芸家で、おしゃべりな娘のルーシーとネコのボニントンと暮らしているのです。しかし不思議なことにペニーケトル家には陶芸家に必須の窯がありません。さらにおかしなことに、ルーシーは常に龍の位置を変えているのでした。
- 著者
- クリス・ダレーシー
- 出版日
- 2013-03-21
怪我をしたリスのコンカーの捜索、気難しい隣人ベーコンさんとの攻防、ルーシーのためにデービットが書くリスたちの物語などの細い流れが、物語後半に近づくにつれ、だんだんに1つの大きな流れにまとまっていきます。要所要所で助けてくれるのはデービットの特別な龍、ガズークスから得られるインスピレーションです。そしてデービットは最後に普通では考えられない真実に行き当たります。しかしデービットと、ずっとこの作品を読んできた読者は、その真実を当然のこととして受け入れられるようになっているのです。
不思議の国のアリス、ナルニア国物語、指輪物語、最近ではハリー・ポッターシリーズなどを生んだイギリスらしいファンタジーで、きっとデービットと彼の恐竜ガズークスが描く物語の続きが読みたくなります。龍の家シリーズはⅤまで、また番外編も刊行されていますので、気になる方はお手にとってみてください。
計算士の「組織(システム)」と記号士の「工場(ファクトリー)」がひそかに勢力争いを繰り広げる世界で、計算士として暮らす「私」を描く「ハードボイルド・ワンダーランド」。高い壁に囲まれ、金色の一角獣がいる町に夢読みとしてやってきた「僕」を描く「世界の終り」。現実離れした2つの世界が交互に語られるのが『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』です。
- 著者
- 村上 春樹
- 出版日
- 2010-04-08
計算士、記号士、夢読み、やみくろ……聞き慣れない言葉が出てきてはじめは面食らいますが、読み進めるうちにハルキワールドにはまっていきます。特に「私」がどんな局面でも変わらず口にするユーモラスでちょっと皮肉の効いた言葉が面白い!アメリカのドラマを見ているようです。
「私」を次々と襲う理不尽な状況に隠された世界の秘密、そして影を切り離された「僕」がする夢読みの意味と、この町の成り立ちとは?予想を裏切るラストは好みが分かれるかもしれませんが、違う結末を思い描いた人でも納得せざるを得ないであろう、しなやかな芯があります。
「組織」と「工場」との関係性のように、一方にとっては善でも他方にとっては悪であるということは現実世界では往々にして起こりうることです。そもそも善悪とは相対的なものであるからです。そして、対立しているように見えるものたちが、実は中心部でつながった一対のものであることも。……多分に寓意を含む内容で、泉の奥深くに分け入ってから浮上してきたような息苦しさと爽快感、体の外側は冷えているのに内側は熱いような不思議な読後感があります。
「私」と「工場」側の人間や、やみくろとの息詰まる攻防などハラハラさせられる部分もあり、「私」や「僕」と女の子たちとの洒落ていながら含蓄のある会話もありで、上下巻に続く長編ながらいつの間にか夢中で読み終えてしまう深い魅力を持つ作品です。
孤独な女用心棒バルサが通りすがりに助けた相手は新ヨゴ国の皇子チャグム。バルサはその腕と度胸を見込まれ、妃の依頼で彼の用心棒を務めることになります。皇子は得体の知れない生物に寄生されており、国の混乱を招くことを恐れた父王から密かに暗殺の命令が下されていたのでした。
皇子に寄生したものは、得体の知れない化け物ラルンガにも狙われていて、二人はサグという人間界とナユグとよばれる異世界の二つの敵から逃げなければなりません。皇子に宿ったものの正体とは?新ヨゴ国に過去に何があったのか?二人は無事に逃げ切ることができるのか?
- 著者
- 上橋 菜穂子
- 出版日
- 2007-03-28
冒頭の皇子の事故に見せかけた暗殺未遂シーンから、息もつかせぬ展開の連続で、ページをめくる手が止まらなくなります。
作者の上橋菜穂子はオーストラリアのアボリジニを研究してきた文化人類学者で、古武道をたしなんでいたこともあるそうです。そのため、動物を解体するシーンやバルサの戦闘シーンには、実経験に基づくリアリティがあります。上橋は野生猛禽類の獣医である齋藤慶輔との対談の中で、人が自分の文化にいかに固定されており、そこから逃れるのが難しいかを語っていました。長年アボリジニの研究に勤しみ、実際に彼らの中に入って衣食住を共にしてきた彼女の言葉には重みがあります。そして、真の意味で他文化を受け入れることの難しさを知っている彼女だからこそ、これほどにリアリティある新しい世界を構築できたのでしょう。
バルサは30歳まで独り身で、戦いに明け暮れ殺伐とした人生を送っています。そんなバルサがチャグムと約1年共に暮らすことで変わっていきます。誰かに守られて成長してきたチャグムもまた、王族以外の人たちと関わり、生死をかけた厳しい戦いを目の当たりにし、自国の歴史の真実を知る中でたくましくなっていくのです。運命に翻弄されているようでいて、最後には確かに自らの手で道を選び取る2人の姿に勇気づけられます。
児童文学として書かれ、文字は大きめでルビも振ってある本ですが、大人でも寝食を忘れ読み耽ってしまう魅力のある作品です。
大人になると現実の生活に追われ、非科学的なものとは遠ざかる方が多いでしょう。しかし、この形でしか描けない真実もあるのです。ファンタジーを子供向けのものと決めつけず、どうぞ深いコクのある世界を味わってみてください。