それは、大人へと駒を進める瞬間。悩み、恐れ、期待、淡い恋の日々
- 著者
- 佐々木 浩
- 出版日
- 2006-12-01
短編という括りでは、詩集もある意味短編集ということで、半ば無理矢理紹介してみます…(笑) 佐々木浩さんの詩集は他にも数冊出版され、所持していますが、わたしの一番のお気に入りを。
あふれだす悲しみ、届かない気持ち、満たされた瞬間
…まだあどけなく若い思春期の恋心を、洗練された言葉で描き出すというアンバランスさがとても心地よいです。
1990年代と出版から時間は経過していますが、すでにインターネットに関する作品もあったりと、時代を感じさせない…というよりむしろ、今のサブカルチャーやネットカルチャーの流れをいち早く汲んでいたようにも感じます。女性視点のリリックになれているせいか、男性目線の一途な恋心、失敗、恐怖……。どれも新鮮で、かわいらしさも感じます。
以前、直接ご本人にお伺いしたお話では、一つの詩に年単位という長い時間をかけることもあるのだそうです。長い時間をかけて、丁寧に描き出された世界は、佐々木さんご本人が体験したことなのか、空想なのか……。
実はこの一冊、わたしが「書いた詩をたくさんの人に読んでもらえるって、なんて素晴らしいんだろう」と、多くの人に詩を発するということを意識したきっかけの一冊なのです。 たくさんある詩集の中でも、やっぱりちょっと特別かな…。
やさしくて、かわいくて、意地悪?お話ひとつずつにドキドキ
- 著者
- 江國 香織
- 出版日
- 1996-05-29
江國香織さんの短編集。長編ももちろん好きなのですが、軽やかな語り口で展開していく、この独特の空気感が一冊でいくつも楽しめるというのはとても贅沢!
江國香織さんの作品はどれも、一つ一つがやさしく、かわいく、いじわるで、ひとつひとつが一筋縄ではいかない、まさに珠玉の童話という形容がしっくり来る。ファンタジーだけでなく、ちょっぴりミステリアスで、アイロニカルなところに、みんなココロをギュッとつかまれちゃうんだろうなぁ…わたしもその一人なんだけれども。
以前ご紹介した「デューク」も収録していますが、猫視点で物語が展開する「藤島さんの来る日」も、好きです。別に誰も救われない、だらしない人たちばっかり、そんな日常を可愛い猫の目線でクールに切り取った秀作です。
今が永遠になればいいと思った ばかだろう?
- 著者
- 市川 春子
- 出版日
- 2011-09-23
前回ご紹介した『宝石の国』の著者、市川春子さんの短編集。短編でも彼女の繊細で美しい世界観は健在です。特に表題にもなっている『25時のバカンス』は秀逸。前後編にわたって、年の離れた姉弟の再会が過去を織り交ぜながら、その在り方に葛藤したり愛しく思ったり…。波の音が聞こえてきそうな、そんな作品です。
わたしが一番好きなのは、姉の乙女が「どうだ?他人に見えないか?」と投げかけ、「姉ちゃんにしか見えねぇ」と弟の甲太郎に返されるシーン。人間ではない異形の者になってしまった自分の存在を確認するようでもあり、姉弟という枠を壊したい一言のようにも思える…この言葉に、乙女の様々な思いが込められていると思うのです。物語の展開に大きく関与してくる部分ではありませんが、2ページかけて描かれているこの場面は、乙女と甲太郎の意識の違いを一番ありありと感じる、そんな切ない場面です。(冒頭で乙女が、甲太郎との再会のためにドレスを選ぶシーンも然り)
まだすべて彼女の作品を読んだわけではないので、判断には早いかもしれないのですが、どこか欠損している物に美しさを感じるというか…むしろ、「肉(人間)ではないものへのあこがれ」の印象を受ける作品が多いように感じます。言葉と静寂、そして表情。どれも心地よい市川春子さんの作品、短編でもぜひ!