安倍晴明といえば式神を自在に操うなど、どこかファンタジーめいた人物という印象で「あ〜、好きな人は好きだよね。」と少し距離を置いてしまう方もいるかもしれません。しかしこの5冊を読むと縁遠いと思っていた陰陽道の面白さがわかります。
「晴明ブーム」と呼ばれるものの火付け役となった晴明に関する小説・漫画は安倍晴明像を後世の作品である『今昔物語集』等の説話に基づいているものが多いです。説話の中の晴明はまさに超人的な人物であり、魅力的ではありますが、どこまでが本当にあったことだったのか疑問を感じます。
しかし実際に安倍晴明は10世紀後半に「陰陽師」として活躍した人物であり、その時代は村上・冷泉・円融・花山・一条天皇の治世にあたります。若い頃に陰陽寮の賀茂忠行(もしくはその息子の保憲)の弟子となって天文道の勉強を重ね、60代になって一条天皇の御世の時から活躍が注目されるようになりました。晴明は85歳まで生き、晩年には一条天皇に近侍する陰陽師として陰陽寮のトップの地位にありました。
陰陽師の仕事について簡単に説明すると、元々は「天皇の宮殿とすべき場所の善し悪し、不可思議な自然減少や怪異、神の祟りなど、天皇や国家の動向と密接に繋がるような公的な占いごとが彼らの任務」でしたが、それがやがて「卜占で明らかになった災いを祓い除く呪術を行使する者へと成長していく」ことになります。(『安倍晴明―陰陽の達者なり (ミネルヴァ日本評伝選)』より引用)
平安時代は怨霊や呪に人々が恐怖をなしていた時代であり、国家という単位ではなく貴族個人が陰陽師を必要としていたこともあって活躍が注目されたのでしょう。
1:呪術だけでなく、風水や漏刻、租税の計算も行った
陰陽師が呪術を職掌とするようになるのは平安時代になってからとされています。本来の仕事は風水による土地の吉凶占い、漏刻と呼ばれる水を使った時刻管理、遷都の際の方角計算等でした。平安京遷都の頃に呪術を掌る部門が陰陽頭に統合されたことから、呪術・陰陽師の歴史が始まります。
晴明も本来の仕事は土地関係に関するもので、もちろん現代とは全く異なるのですが理系に属する人間だったのです。 晴明はのちに出世が認められて主計寮という部門に配属となりますが、ここは租税の把握・徴収が主な仕事であり、経理の知識が必要です。晴明は算術に長けていたのでこうした仕事は現実的にも可能だったのでしょう。
2:母はキツネ?そのカリスマ性を物語る逸話について
晴明の伝説は早くは生前から伝えられてきましたが、その中でも有名なのが彼の不思議な力の由来が人間と妖怪のハーフだということです。
そのは落語でも有名な『信太狐』にあります。 狐の生き胆を得ようとした男に負傷させられた狐は人間に化けて阿倍野に住む安倍保名に匿われ、恋仲になりました。そして生まれたのが晴明ですが、彼が5歳の時に葛の葉は自分の正体を知られてしまい去っていきます。その時晴明に力を授けました。
やがて宮中に入った晴明は葦屋道満と術比べをすることになり父も殺されてしまいますが、最後は晴明が勝ち父の汚名を晴らし道満は打ち首となり、晴明は天文博士となりました。 以上の話はもちろん架空に過ぎませんが、晴明の母はキツネという話は後世の捜索では定番の設定となります。
3:原因不明だった花山天皇の頭痛を治した
晴明は花山天皇が病気になった時に治療をしています。 花山天皇は若い頃から頭痛持ちでした。多くの医者に診せても一向に原因がわかりません。そこで晴明を呼び出して治療を試みます。
彼いわく、花山天皇の前世はとても徳の高い行者でしたが、路上で死にその頭蓋骨が今岩場に挟まっていて来世の自分に痛みが伝わっているのだというのです。 側近達はさっそく指示した通りの場所に行き、挟まってあった頭蓋骨を取り除きます。すると花山天皇はすっかり元気になりました。
もちろんこんなことで頭痛の病巣が取り除けるわけはないのですがこれは要するに花山天皇の頭痛がストレスから来ていることだと見抜いた晴明が、安心させるためにやった一種の芝居だと言われています。当時は陰陽師らが行う占いが世の政治や政治家の行いを決めていました。そのため、何かあったら占いを行い、彼らが思うような結果を出して心を落ち着かせるという心理カウンセラーの役割もあったのです。
4:蛙を葉っぱで殺した
晴明はある時、広沢の僧正に会うために遍照寺を訪れました。その時に若い僧達が彼に「あなたは式神を使うそうですね、人を殺すことはできますか?」と聞きます。晴明は虫を殺すことは簡単にできるが人を殺すのは簡単ではない。生き返る術を知らないから無益な殺生はしたくないとその場で試すことを拒否します。
しかしそれで僧達は彼の能力を疑います。そこで晴明はやむなくその場にいる蛙に葉っぱを投げつけました。すると、蛙は葉っぱの下で潰れてしまい死んでしまいました。これに若い僧達は何も言えなくなり、震えてしまいます。
式神を使ったといわれますが、これも代表的な伝説の1つで本当にあったこととは思えません。いったいどのようにしてこんなことを演じたのかはわかりませんが、晴明は演出力にも長けた人物だったのでしょうか?
5:畿内だけじゃない、日本全国にある晴明の痕跡 について
晴明は死後100年頃経った頃はすでに伝説と化していました。彼の本籍地は大阪にあるとされていますが、その墓は当然平安京のあった京都にあります。
晴明を祭った神社や晴明の名を冠した名跡は、西日本を中心に全国各地に存在し、「晴明神社」と名の付くものだけでも、大阪・京都はもちろん、愛知、福島、岡山、福井、東京とあちこちに存在します。各地に伝わる伝承によると、それらは彼が全国を巡礼した際にそれぞれの自然災害等の問題を解決していったとする話が元となっているのです。
寺社仏閣に限らず、晴明にはそうした痕跡が数多く見られます。これは安倍晴明という人物をプロバガンダにして朝廷が全国的にその影響力を及ぼさせようとしたのではないかと思われます。
6:晴明の創作作品はむしろ現代の方が多い
安倍晴明がテーマの創作は平安~鎌倉時代の古典の他には江戸時代の人形浄瑠璃や歌舞伎がありますが、現代の小説や漫画もかなりの数があります。特に有名なのが1986年刊行の夢枕獏氏の小説『陰陽師』です。こちらはテレビドラマにもなり、稲垣吾郎氏や市川染五郎氏が主演しています。
もっと最近ではフィギュアスケートの羽生結弦がドラマ『陰陽師』のサントラを使っていますね。実は陰陽師関連の創作が増えてきたのは1990年代に入ってからです。2000年代になってもしばらくは陰陽師がテーマの作品がいくつか作られています。
さすがに2010年代になると減少してきますが、そのキャラクターから安倍晴明はすでに欠かせないキャラクターになっています。
まだ年若い安倍晴明が、鬼人に取り憑かれた橘の姫君を救うため、六壬式盤にその名を刻まれている十二神将を召喚し懸命に鬼人に挑む物語です。
- 著者
- 結城 光流
- 出版日
- 2013-03-23
350ページ程の本ですが、物語は一貫して十二神将を召喚して橘の姫君を救うというシンプルなストーリー。十二神将を使役するにあたって、一人一人の神将が、安倍晴明が主人にふさわしいかどうかを試していきます。その過程で神将の性格や見た目を詳細に知ることになります。
陰陽道の十二神将は仏教守護の十二神将とは異なるため、寺院に行っても見ることが出来ず、可視化されたものを見る機会がないので、この本で鮮やかにその姿を思い浮かべることができるのはきっと嬉しいと感じていただけるでしょう。
平安貴族がよく行う「方違え」は、十二神将の一人である天一神等の居所の方角にまっすぐ進むことを避けるため、別の方角の家に一泊してから目的地に向かうことですが、この天一神についても知ることができ、平安文学作品を読む時の手助けともなると思います。
伝説のヴェールに包まれている、かっこよすぎる安倍晴明が本当はどのような人物だったのか、読者の知りたいことに余すことなく答えてくれる本です。
- 著者
- 斎藤 英喜
- 出版日
夢枕獏『陰陽師』等では若々しいイメージの安倍晴明ですが、実はその活躍が顕著に見られる期間は60歳代〜80歳代と老齢であったようです。陰陽寮の中の天文博士について天文道を学び「天文得業生(成績優秀な学生)」となったのが40歳、52歳でようやく「天文博士」となって重要な職務にも携わるようになります。
なかなか理解し辛い「陰陽師」という仕事についても奈良時代からの歴史から遡ってわかりやすく解説されていました。
小説では触れられていなかった安倍晴明が生きた時代の歴史背景をこの本では知ることができます。かっこよすぎる晴明だけでは物足りなさを感じる人にぜひオススメの一冊です。
夢枕獏が「倒れるまで書き続けたい」と語る言わずと知れた代表作です。扱うのは平安時代の闇ですが、常に飄々としている晴明とちょっとおとぼけな博雅とのやりとりに気持ちがほっとします。
- 著者
- 夢枕 獏
- 出版日
「生まれたのは延喜二十一年の頃、醍醐天皇の世らしいが、この人物の生年没年は、この物語とは直接関係がない。」(『陰陽師』より引用)
平安時代の話でありながら、難しい時代背景の描写を長々とされるということは全くなく非常に読みやすい小説です。一つ一つの物語が短編小説として完結しているのでどこから読み始めても楽しめます。
安倍晴明には博雅という実直な友人がおり、博雅は晴明が式神を使ったり怪異を解決するのが不思議でたまらないという、読者と同じ目線で晴明と接してくれるのですっと物語の中に感情移入しやすいでしょう。 晴明は時折、読者がはっとさせられる金言を話します。例えば「同じ銭という呪で縛ろうとしても、縛られる者と、縛られぬ者がいる。銭では縛られぬ者も、恋という呪でたやすく縛られてしまう場合もある」など、呪を受ける側の問題だとするところに深く納得させられ、考えさせられます。
夢枕獏は『陰陽師』の漫画化がもしあるならば描き手は岡野玲子の他にはいない、と考えていたそうです。そこへ岡野から漫画化の希望があり、まさに「両思い」の関係で漫画化の運びとなりました。
- 著者
- 岡野 玲子
- 出版日
夢枕獏『陰陽師』を原作としてはいますが、岡野独自の世界観が楽しめる漫画です。陰陽師とはどのような仕事なのか、私たち自身にも深く訴えかけてくる作品で、特に最終巻では「そういう終結の仕方をするのか!」と驚きつつも爽快な読後感を与えてくれます。
歴史考察も非常に丁寧にされて描かれており、巻末の資料が付いている巻もあって、その巻で扱った題材について(例えば第7巻では「天徳四年三月三十日内裏歌合」)詳細に述べられているので、歴史好きの方にも満足していただける漫画だと言えるでしょう。
現代人には馴染みの薄い「暦」の世界……どんな神仏や鬼神が時間や空間内を動き回っていると考えられていたかがわかります。見た目はすごく難解そうな本ですが、ペラペラとページをめくれば干支や誕生日の曜日占いといった身近な気になる箇所も出てきます。
- 著者
- 藤巻 一保
- 出版日
古代人の考える暦は現代の私たちが考える無個性な時間の感覚よりももっと季節に即しており、また神仏・鬼神とも密接に関係し合っています。
現代とは関係がなさそうに思えますが、身近なところでも陰陽道の考えは息づいていて、例えば節句は全て陰陽道からきた風習です。また、夏には今でも「土用のうなぎ」と言いますが、土用は四季それぞれに季節の末期の18日間を土神の用いる期間だとしたものです。
時間や方角の持つ「気」といったようなものを感じなくなった私たちですが、平安時代のように少し注意を払って生活してみると気持ちが豊かになれるのではないでしょうか。
安倍晴明は怪奇な事件を何でも解決できるスーパーヒーローであり、また史実と照らし合わせれば地道な勉強を積み重ねて陰陽寮のトップに上り詰めた官僚だという一面もあり、解釈の仕方は読者に任せられています。
もちろん現代の私たちの暮らしは平安時代とはうって変わって夜も明るいものですし、目には見えないだけで空間を神仏や鬼神が動いているのだと考える人も滅多にいないでしょう。しかしだからこそ「安倍晴明」にまつわる本を読んで、私たちの目には見えないものを見、人生をかけて取り組んだ晴明に思いを馳せる時、きっと心に潤いを補給できると思います。