緻密な絵にあらわれる優しさとリアリティが魅力的で、かわいらしいキャラクターも登場する安野光雅の絵本は小さいお子様だけでなく大人もぐっとくる作品ばかりです。
絵本作家として多くの作品を手掛けた安野光雅は、緻密な絵にも関わらず優しい色づかいで安心感を与えてくれます。原色を使わないそのタッチは大人も落ち着いた気持ちで作品を楽しめるものばかりです。“お子様向けに作られた絵本”ではなく、“絵画を楽しむ本”として大人が手にとっても良いでしょう。
安野光雅は絵本作家としてだけでなく、美術教員・装幀家としても活躍していました。教員の傍ら、本の装幀やイラストを手懸け、教職を退いた後は画家として活躍し、多岐にわたって絵を描くことに携わってきました。
また、科学や数学・文学にも精通し、それらの知識をいかした独創的な作品を多数発表しており、交友関係もそれらに関わる著名人ばかりです。有名な作品では司馬遼太郎の紀行文集『街道をゆく』の装画でしょうか。人々の生活感がじんわりとにじんでくる絵がこれからの旅の楽しみをうかがわせます。この旅に関わる絵が集められた画集もあるので手に取ってみても良いかもしれません。
上記のような多くの経験を経た安野光雅だからこそ、人々の生活を描かせればリアリティを、キャラクターを描かせるとクスリと笑ってしまうような愛らしさを表現できるのかもしれません。彼の描く絵本は、高い芸術性を兼ね備えながら楽しむことを忘れないものがたくさんあります。
『あいうえおの本』は五十音を表す絵とそれらの文字ではじまるものの絵が並んだ絵本です。“あ”から始まり、描かれたもののチョイスが意外性をついていて面白く、ひらがなを楽しく学べる絵本になっています。
- 著者
- 安野 光雅
- 出版日
- 1976-02-20
ひらがなの絵が木の棒を使って表現されており、細かい木目の描写が安心感を生み出します。少しずつ曲がっていたり釘でくっつけていたり、それぞれのひらがなの作り方を想像しながら見るのも楽しいかもしれません。
隣に並んだ絵も緻密さはさることながら、動物や人物の愛らしさはまた格別です。それぞれしっかり表情が読み取れるので、どんな会話をしているのか思わず想像してしまいます。食べ物も多く描かれていますが、生活に関わるもののチョイスとリアルな描写から思わず、“美味しそう!”とうなってしまいます。
ひらがなの勉強としてお子様と一緒に読むでもよし、絵のタッチの勉強として大人が読むでもよしの安野光雅の絵本です。
『旅の絵本』は安野光雅の代表のシリーズ絵本です。多くの職業や人生経験を経てきたからこそ描ける、人々の美しい日常を楽しむことができます。舞台が中部ヨーロッパなだけあって暖かい季節の絵が多く、人々の躍動感が最後まで持続して描かれています。
- 著者
- 出版日
- 1977-04-15
ページをめくっていくと、少しずつ物事が繋がっていることが分かります。海に浮かぶ船から船着き場、持久走のスタートとゴールなど、“次はどこが繋がるのだろう?”というわくわく感も楽しめるでしょう。次を想像する楽しさがあるのは安野光雅の絵本ならではかもしれません。
畑では多くの人が働き、学校ではみんなが仲良く遊んでいる。町の中心ではパフォーマーがマジックショーをし、教会では結婚式が開かれている……。この絵本はヨーロッパでなくとも自分たちの身近にありうる出来事が事細かに描かれており、“自分の周りではどんなことがあるかな?”と周囲に目を向けることを気づかせてくれるでしょう。現代ではありませんが、電気が普及する前の日本を描いた絵本もあるのでぜひシリーズで楽しむべき作品です。
続いて紹介する『おおきなもののすきなおうさま』は登場人物に癒される作品です。安野光雅の作品で数ある絵本の中でもひときわ可愛らしさが際立つキャラクターである“おうさま”が登場します。
- 著者
- 安野 光雅
- 出版日
- 1976-08-25
題名通り大きなものが好きな“おうさま”は、家来に様々なものを大きく作るように命じますが、そのチョイスが一見欲深なようで、実は子どものように純粋なものばかりなのです。時々驚くようなものも大きくするように命じていますが、ナイフやフォーク、チョコレートなど可愛らしいものばかりです。
ただ最後に描かれるものは思わず大人も頷いてしまう普遍性を訴えてきます。自然のものを操作することは出来ない、してはいけないということをぴっしりと伝えてきます。あるがままを慈しむべきだということを静かに訴えてくる教訓本です。
安野光雅の『天動説の絵本―てんがうごいていたころのはなし』は、天動説から地動説への移り変わりを当時の歴史の移り変わりも交えながら紹介した絵本です。
天文学の原点ともいえる学説を分かりやすく解説しているかと思えば、当時の思想の移り変わりもともにお話として盛り込んでいます。ただそれは学説の移り変わりには必要な事柄だとでもいうように、熱心に訴えかけてくるのです。魔女狩りについては当時あった人類の神に対する妄信と残忍性を間接的に表現しているのですが、リアリティをもって表現されています。
- 著者
- 安野 光雅
- 出版日
- 1979-08-05
徐々に天動説に疑問を持ち始める人類は躍動感をもって表現されているのを感じることができるでしょう。大海原へ旅立つための船を作っているページは新しい発見を目指していた当時の雰囲気を感じることができます。黄金の国と呼ばれた日本に関する記述もうかがえます。
最後に、全体を通して描かれていた大地が意外な形で身近なものだったことに気づかされるのです。地球であることは分かるのですが、それが何であるのか……ということもお楽しみとしてみることができます。歴史の1ページを地球スケールで表現した学ぶために描かれた、安野光雅の絵本といえるでしょう。
安野光雅の『はじめてであうすうがくの絵本』はより直接的に数学を考える作品です。絵本だから、と見くびって読んでいると子どものほうが柔軟な発想力をしていることに驚かされるかもしれません。この作品こそ大人が子どもに帰って読むべき絵本といえます。
- 著者
- 安野 光雅
- 出版日
- 1982-11-20
考え方の根元の項目ごとに自分たちが何に着目するべきなのか、答えをどう導けばよいのか……まさしく数学を解いていく心地を体験できます。それも可愛らしいキャラクターと優しいイラスト付きなのだから、数学といわず数字や理論が苦手な人でも楽しく取り組むことができるでしょう。
美術だけでなく、他分野にも精通していた安野光雅ならではの絵本といえるような作品で、子どもや大人に関わらず発想力を鍛える、視点を変える練習になります。シリーズ3冊全てにおいて考え方の練習ができるので、手元に置いておくようにしても良いはずです。
安野光雅といえば……という定番の作品を中心に紹介してみました。彼の来歴からうかがうことができますが、絵本だけでなく画集や随筆のような作品も多く発表しています。絵を楽しんだ後は彼の仕事や思想についての本に触れてみても良いかもしれません。子どものときに見つけられなかった考え方を新たに取り入れることができるかもしれませんね。もちろん、お子様向けの絵本も数多く発表されているので、親子で安野光雅を楽しむのも良いでしょう。ぜひ手に取ってみてください。