戦争はなくならない。なら、どう向き合うか。 2015年11月13日に起きたパリ同時多発テロ。数日後にはSNSを中心に多くの日本人が哀悼の意を表しました。一方、23日にフランスの戦闘機がシリアへ向かい「報復」として空爆を行いましたが、巻き込まれたシリア難民を悼む声は、フランスよりも大きくありません。それほど私たち日本人は中東を遠く感じているのです。 そこで今回は「どこの国でも起こり得る『戦争』の悲しみ」を描いた絵本2冊と「中東について身近に感じられる」本3冊を紹介したいと思います。
小さい頃、友人たちとどんな遊びをしましたか? ゲームボーイやメンコ、おにごっこ、お誕生日会、木登りなど、たくさんの思い出があることと思います。大人たちに見守られ、自由に過ごしていた日々。 それがある日突然、奪われることになったら?
『かあさんは、どこ?』の主人公の幼い男の子は、戦場から遠く離れた場所で突然の砲撃に出合い、慌てて帰ると、家族・友人・家すべてを失っていました。「かあさんは、どこ?」と、母親を必死に探すなか、見知らぬ大人に連れられ、強制労働に借り出されます。
- 著者
- クロード・K. デュボワ
- 出版日
安心できる場所も奪われ、いつ殺されるのかと脅えながら大人同様に働かされる幼い子ども。それでも「かあさん」という希望にすがり、必死で生き続けます。
このお話は、作者クロード・K・デュボワの母親の体験が元となり生まれた絵本ですが、幼い子どもの視点で描かれたとてもシンプルな白黒のイラストは時代を超え、色褪せることなくその生々しさを伝えています。戦禍の中に生きる子どもたちにとって一番ほしい場所は「安全な場所」ではなく「安心できる場所」。これは、どこの国でも同じではないでしょうか。
「僕は大人になったら子どもになりたい。だって僕には子ども時代がなかったんだもの。」(訳者あとがきより)
戦争が起こった時、人々の心に芽生えるのは悲しみだけではありません。「怒り」という感情も、悲しみと同じくらい、心の中で育っていきます。2冊目に紹介するのは「誰にぶつけることもできない戦争への怒り」を表現した絵本です。
弟と母を残し、命令で戦地に向かった「ぼく」の体は爆撃で失われ、魂だけが残ります。魂が見たのは悲しみを恨みに変え、仇を討とうとする弟、見届けることしかできない母の悲しみ、戦地へ行かなければならない疑問と戸惑いなど、どの戦争に対しても共通する「人間として当たり前の感情」でした。
- 著者
- 田島 征三
- 出版日
描いたのは、田島征三さん。「日・中・韓平和絵本プロジェクト」で出版された絵本のひとつです。田島さんは、かつて「日本人が経験した戦争」を書いた反戦絵本の挿絵を描きました。しかし、それを見た中国・韓国の人々が「これは日本人の視点でしか描かれていない」と告げ、自分の視点が日本人目線に偏っていたことに気付いたそうです。『ぼくのこえがきこえますか』は外国人作家とディスカッションしながら「日・中・韓平和絵本プロジェクト」の一環として、日本人で2冊目、シリーズ4冊目の本として誕生しました。
「日本にとっての戦争」ではなく「今、どこかで起こっている戦争」について描かれた絵本。中国と韓国でも出版されているので、中国人と韓国人と一緒になって戦争について語り合える、戦争絵本として数少ない絵本の一つです。
1986年の「イラン・コントラ事件」をご存知でしょうか。端的に説明すると、「石油は自分達の財産だ」と主張するイランに対し怒ったアメリカが、イランと敵対していたイラクへ軍事支援を行い、イランとイラクの戦争をしかけたものの、最終的にはイランに対しても武器を送り軍事支援したことが明るみになった、という事件です。今の戦争に大きな痕跡を残しているこの事件ですが、このお話を子どもにもわかりやすく伝えたお話があります。第二次世界大戦中、ナチスドイツに占領された過去を持つフランス人作家、モーリス・ドリュオンの作品です。
- 著者
- モーリス ドリュオン
- 出版日
- 2002-10-18
とある2つの国が「だれのものでもない、砂漠の地下にある石油」を手に入れるために戦争を開始します。ある町の鉄砲商人はその2国のために鉄砲を用意しますが、商人の息子であり、このお話の主人公であるチトは、不思議な力を持つ「みどりのゆび」を使って戦争を消すことに挑みます。この作品が書かれたのは50年前。事件が起きるずっと前に書かれたため、まったく同じというわけではありませんが「遠い国で怒っている戦争が自分の街にも来ないとは限らない」「両国に送ることは商売として当然のこと」など、事件と共通する部分が多く見受けられます。
今起こっている戦争のいきさつを初めから説明するのが難しい時、このような作品を用いて説明するというのも、ひとつの方法ではないでしょうか。
中東にある「ガザ地区」をご存知でしょうか。イスラエルのパレスチナ自治区にある難民キャンプで、世界一の人口密度を持つ、と言われている地区です。ここでは今もイスラエル―パレスチナ間の戦争が続き、昨年は1600人の市民が死亡しました。うち500人は子どもだったと伝えられています。
家を壊され、避難所へ移動するまでにたくさんの死体を見てきたという子どもたちは、どんな気持ちで毎日を過ごしているのか。この写真絵本には、戦争を3回以上経験した子どもたちが登場します。
- 著者
- 清田 明宏
- 出版日
- 2015-05-27
彼らが立っている周りの景色は瓦礫か廃墟のような家々。外に突き抜けた壁や壊れた窓と共に彼らは暮らしています。「ガザを出たい」「産婦人科医になりたい」など夢を語る子どもたちの瞳はカメラマンをまっすぐに見つめ、すがることも憎むこともありません。
そんな彼らが、毎年東日本大震災で被害に遭った日本人のために、毎年3月に凧を挙げているのをご存知でしょうか。私たちにとって馴染みのない国の子どもたちが、日本を想い、凧を揚げてくれているのです。
私たち日本人は先進国という自負のためか、単なる憧れのためか、つい欧米諸国に肩入れしがちです。時には、日本を身近に感じてくれている中東の人々に思いを向けてみませんか?
パリ同時多発テロが起こった約一週間後、あるジャーナリストの言葉が話題になりました。
「君たちに憎しみの贈り物をあげない」。
「怒りで憎しみに応えると、君たちと同じ無知に屈することになる」。
テロにより妻を殺され、1歳5カ月の息子と二人になってしまった彼の言葉は、悲しみに沈むフランスの人々を励ましました。イスラエル軍の砲撃により目の前で3人の娘と1人の姪を殺されたパレスチナ人の医師もまた、イスラエル人を憎むことはせず「娘が最後の犠牲者となりますように」と願いました。ですが、その理由はジャーナリストとは少し異なります。彼が最愛の娘たちの未来を奪ったイスラエルに対し憎しみを持たなかったのは、ある強い信念があったからでした。
- 著者
- イゼルディン・アブエライシュ
- 出版日
- 2014-01-18
ガザ地区の難民キャンプで生まれ育った著者のイゼルディン・アブエライシュは、イスラエル軍により家を壊され、飢えと貧困に喘ぐ幼少期を過ごします。やがて医学の道へ進んだ彼は、自身の研究のため、敵国であるイスラエルの医師たちにコンタクトを取ります。彼らは快く受け入れ、協力を惜しまないどころか、パレスチナ人である彼に「イスラエルの病院で働かないか」と誘い、国を動かします。「医学は人々の分断に橋を架けることができる」「医師は平和の使者になれる」と確信した彼は、医療を通じてイスラエル人とパレスチナ人の友好を育むことに尽力します。
分厚い本で、子どもが読むには少し大変かもしれませんが、淡々と語り口調で綴られているので読みやすい文章です。
戦争は、一部の大人たちだけが望んでいるもの。大人の都合で振り回される子どももいれば、平和に過ごしたい大人たちも多くいます。
「どうして戦争は起こってしまうの?」
「どうして関係ないのに襲ってくるの?」
「戦争が起こったら、どうすればいいの?」
子どもたちに聞かれとき、大人目線の事情だけでなく、子どもの目線で伝えられるよう、また、一緒に考えてもらえたら……
そんな思いからこの5冊を選びました。