茶道の奥深さを読む事で味わえる本おすすめ5選

更新:2017.4.21 作成:2017.4.21

茶道というと、難しい決まりのある非日常の芸事だと思われるかもしれません。しかし、そこにある考えは、日常に応用できる面白いものがたくさんあります。ここでは、知識が無くても楽しめる本5冊を紹介。茶の湯を舌でなく、読む事で味わってみましょう。

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茶道とは

茶は、もともとは薬用として始まり、中国において高雅な遊びに発展した後、15世紀頃の日本で茶道の原型が完成しました。茶人や茶道と縁の深い人としては、千利休の他に、足利義政、織田信長、豊臣秀吉、井伊直弼といった人物の名前も。一期一会といった言葉も元をたどれば茶道に端を発しており、茶道が様々な面で日本の文化に影響を与えたことが分かります。

個別ではなく全体で考える茶道の教え

岡倉天心の茶の湯についての考察が面白い『茶の本』。本書では、西洋的なものの捉え方に対して、茶道の考え方を比較対象として捉えそこにある精神を論じるのですが、日本人でも考える事のなかった優れた見方が多く、読んでいてためになります。

著者
岡倉 覚三
出版日
1961-06-05

たとえば、茶というものを他の飲み物と比較して論じている部分も面白く、それは次のように表わされています。

「茶には酒のような傲慢なところがない、コーヒーのような自覚もなければ、ココアのような気取った無邪気もない。」
(『茶の本』から引用)

コーヒーが自覚的であり、ココアが気取っていて無邪気、酒を傲慢と捉えた著者の感性は、なかなか面白いものがあります。そう考えると、茶は内省的と呼べばいいのでしょうか。飲み物に宿る精神を言葉で表わすのは、難しい部分もありますが、このような捉え方に納得してしまうような部分もありますよね。

そして、特筆すべきなのは、著者の茶道に表れる精神の捉え方です。美術館のような場所だと、作品を見るときひとつひとつ作品を楽しむ形式が一般的です。それに対して、茶室に配置されたものは、全体でひとつの主調を表わすように、選択されて配置されている点がポイント。置かれているものひとつひとつが美しいのではなく、全体が調和をもってひとつの美を表わしている。そこが、茶道が他の芸術とは違う点だ、と著者は言います。

このように、著者の茶道に対する意見には面白いものがあり、このような考え方に興味のある人は、一読をおすすめします。

侘びとは何か?渋さとは何か?

柳宗悦が茶道についての考察を巡らした本『柳宗悦茶道論集』。読んでいてなるほどな、と頷いてしまうものが多く、多くの茶道論や、日本文化の底流に流れる侘び、渋さ、といった考え方を学ぶ事が出来ます。本書の中で著者は、茶の道は、美の法である、と定義。先人が作った茶の法則の中に、美しい型が生きている事を見出しました。

著者
柳 宗悦
出版日
1987-01-16

著者は、そのような型について深い考えを次々と繰り広げていきます。例えば、著者は、型をつくり茶を点てようとするのは誤りである、と指摘。そして、茶が必然的に型を生み出すような時、そこに美の法が宿るのだ、と論じ、独自の茶道観を展開します。

このような考えは、他にも数の世界に当てはめる事も。例えば、茶道の型が美しさを求めて必然的に生み出されるように、数式から導き出される答えも必然的に生み出されます。2+3からは5という解答が得られますが、これを遠回りして2+6は8、8-3は5といった具合に考える事は、必然ではありません。このように、数式にも茶道にも、洗練された末に無駄が省かれた美が宿っている、と捉える事ができます。

数式から生み出された答えが美しいように、茶道から生み出された型もまた美しい。そして、人間から生み出された法という精神も、考え抜かれてよく出来ており、その完成度の高さには美が宿っている。著者の考えをたどっていくと、世界に普遍の法則を考える所まで行き着きます。

また、「侘び」については、『禅茶録』からその考えを引用し、侘びとは「物の足らざる様」であるとしています。茶器を作る時、優れたものを作ろうという作為、良い物を作ろうという心の充足を求めて作るのではない。そういった思いが無い、足りない時に、物の中に侘びが表れるのだ、と説きます。しかし、だからといってあえて足りない物を作ろうとすれば、そこには作為が生じてしまいます。それでは、侘びは表れ得ない。そんな判断から自由になり、超越した時、茶器の中に侘びが宿るのだ、と著者は言います。

では、足りない事に美を見出す心は、どこから来るのでしょうか。もし、茶器が完全さを持っているとすると、そこには、余韻がありません。著者は、足りない物があり、不完全であるから含みがあり、何だろう?という興味が湧くのだ、と主張。確かに、ジョン・ケージが作曲した4分33秒といった演奏されないピアノ曲は、演奏されないがゆえに多くの余韻を生み出します。このように、足りない事の中には、実は大きな含みがあり、それは時として美しさや表現力に繋がっている。抹茶を飲むと、その味が少しずつ口の中に広がっていくような含みがあります。そして、このような含みを持った美が「渋さ」である、と著者は言います。

日々の生活に使われるなにげない物の中に美を見出した著者の考えは、日常に光を加えるような、何気ない物の中に美を見出すような、優れた精神を表わしていますよね。

この他にも、朝鮮の井戸茶碗の故郷は日本である。作者があって作ったのではなく、作者がなくなって作られたものが、良い茶器である、という考えを展開。このような記述に興味があれば、ぜひ読んでみて欲しい一冊です。

非凡を非凡と見るならそれは平凡である

茶道についての優れた考察を巡らした『茶と美』には、優れた考えが多くあります。著者の卓見を通して、美とは何か、に気づかされるこの本の中には、日常に応用できる考えも。読み込めばそれだけ得るもののある一冊です。

著者
柳 宗悦
出版日
2000-10-10

茶器というものには、見る人によって、その存在価値が決定される部分があります。そこに価値を見出さない人から見れば、器はその人の心にとまらずに無いに等しい。しかし、見る人によっては、そこに価値を見出します。同じ器を見て、同じようには見えていない。つまり、同じ器が、人によっては目の前に無いものであったり、目の前にあるものであったりするのです。そして、何でもない器に価値を見出せば、その人が器に価値を創造した、という解釈も出来ます。このような考えのもと、著者は、茶人たちの眼が今日の茶器を作ったのだ、と指摘しました。

また、著者は、茶器を見る時の知識と直感の関係についても卓見を残しています。著者曰く、物を見る時は、知識が先行してはいけない。知識が表に出ると、知識以内のことしか受け取れない。それゆえに、物の美を見るには、まず直感でみて、その後知識でみる事が大切である。知識が先行すると、直感がとまる。だから、見ることがあって、知識がなければならない。著者は、このような考えを残しています。

こういった物の考え方には、面白いものがありますね。茶器の中に、直感で自分なりの考えを感じ取った後、世間での評価をそれと比べると、こういったように受け取ればいいのか、と分かったり、こういった背景があるのか、と学べたり、知識を身体で感じて理解することが出来ます。

例えば、学校の問題を解いている時、問題を見てすぐに答えを確認しても、それはただの丸暗記。しかし、問題について色々と考えた末、回答を見る場合は、答えが合っていた喜び、こういった考え方があるのか、という驚き、そういった一歩進んだ見方が出来ます。

このように考えると、著者の言う、知識の前に物を見ることの大切さが理解できます。

著者は、ただ見ることで全てを見たことにはならない、実際にそれを用いることによって初めて全てを見ることが出来るのである、という考えを展開。そのような考えには、前述の考え方に加えて、美は鑑賞するだけでなく、使用して味わうことが大切、という教えが含まれています。

その他にも、型について論じている部分は一見に値する優れた見解。茶には、その所作において決まった型があります。著者は、そのような茶の型を極めれば、自由の境地に達する、とも指摘。型を突き詰めていくと自由な境地が開けている、という考えは、なかなか理解することが難しいように思われますが、これは、形に頼る頼らないという意味での自由と、形にとらわれ色々と考えたりせずに型を自由にこなす、という意味があると思われます。このような考えのもと、決まりきった型をこなす手順が自由自在になった時こそ、その道に熟練した、といえるのかもしれません。

また、美しい茶器とは何か、という問いにも一家言あり、著者は、平易、無事という考えから真に美しい茶器が生まれる、と指摘。そして、平易、無事といった考えを発展させていきます。

平凡な物のうちに非凡を見ることが、最も非凡な事である。非凡でなければ非凡を見る事が出来ないならば、それは平凡である。著者は、そうした考えを繰り広げ、平易な茶碗に言いようのない美を見出しました。

ここで紹介した考え以外にも優れたものの捉え方が多く紹介されており、そのような考えに興味があれば一読をおすすめします。

存在しない茶碗とは何か

利休の流れを組む武者小路家の千宗屋が書いた茶の本が『もしも利休があなたを招いたら』です。著者は、人間が生きていく上で最も身近な行為である飲食を、非日常に洗練させた文化が茶の湯の特徴である、と指摘。その文章からは、茶をたしなむ人らしい落ち着いた雰囲気を感じる事ができ、そこに示される考え方の中にも、気づかいの行き届いた洗練された静かさがあります。

著者
千 宗屋
出版日
2011-05-10

茶道というと、茶筅を振る仕草に始まり様々な動作があります。著者は、このような茶道の一連の動作を法という枠組みで捉えました。そして、著者は、迷いや執着を戒め、みなの共通意識の枠をはみ出さないようにする事が茶の法の役割である、と説明。

そのような考えのもと、茶道の一連の動作の中には、その法が活きており、その動作がスムーズにコミュニケーションをとるためのある種の言語である、と指摘しました。茶道の中の決まりきった動作の中にも、そのような考えを見出すことが出来るのだ、という著者の考えは、優れた見解だと言えるでしょう。

また、著者は茶道に宿る「侘び」という概念にも注目。大徳寺の立花大亀老師の言葉を引用して、侘びとはお詫びの事である、と説明しました。もてなしをする中で、自分に精一杯のもてなしをしても、そこにはまだまだ足りない部分がある。その事を申し訳ないと思う気持ちが詫びである、と指摘。柳宗悦は侘びを、足らざるもの、作為を超えた優れた境地に達した時表れるもの、と定義しましたが、それとは別に、老師の詫びる気持ちという言葉からも、優れた考えを学ぶことが出来ます。

本書では、茶碗について言及する部分もあり、例を挙げると例えば楽茶碗について論を展開。楽茶碗は、茶碗の熱伝導率が低いため、持った時に人肌のような温かさがあります。そして、その形状ゆえに、持っていることを忘れてしまいそうになる、直接手でお茶を飲んでいるような気持ちになるのだそうです。自分自身の存在を消すような茶碗。それが、楽茶碗の魅力である、と著者は言います。このように、見るだけでなく、手に触れる事で茶碗を知ることもあるという考えは、柳宗悦の考えとも一致。自分の存在を消すような境地を表わす茶道の世界の奥深さを、著者は卓越した見解で捉えています。

落ち着いた語り口の中に優れたものの見方がちりばめられた本書は、知識が無くても楽しめる好著。茶道に興味がある人以外にも手に取ってみて欲しい一冊です。

毎日が大切な一日

お茶を習っている著者による、自身の茶道体験記を記した本が『日日是好日』です。茶道を習う上での様々な体験が記述されており、その中に著者が見出した茶道に対する思いが、著者の言葉で記されています。

著者
森下 典子
出版日
2008-10-28

まず、目につくのは、茶道は形から入り、先に形を作っておいて、その入れ物に後から心を入れる、という考え。

茶道をやっていると、なぜこのような事をするのだろうと思う事が多くあり、著者もそのような点に疑問を感じます。しかし、長年茶道を続けていくと、そこにある意味にふと気づくことがある。あるいは、自分なりの答えを見いだすことがある。そのような時、著者は茶道の魅力に気づきます。

私達も、日々生活していると、なぜこのような事をしなければいけないのだろうという出来事に出会いますよね。しかし、いつの日か、それに意味を見いだすときがくるかもしれません。

著者の体験からは、無駄に思えるような事からも何か意味を見いだす時がくるかもしれない、という、物事に対する肯定的な考え方の一面をうかがい知ることが出来ます。

そして、著者は、一期一会という言葉にも注目します。この言葉は、もともと千利休の言葉とされており、茶道に由来することわざ。また、当時の世相を考えると、一期一会はもっと切実なものだったのではないか、と著者は言います。いつ主君に切腹を命じられるか分からないような時代には、人と会うことはその時限りになる事も多かったのです。

実際に、利休も弟子を殺され、自身も切腹を命じられ自害。死と隣り合わせの時代に、誰かと会い、ひと時お茶を楽しむという事には、今と比べられない意味があったのではないでないか、と著者は言います。

また、昔は交通手段も発達していなかったため、遠くの人と会うことは滅多になく、再び会えるかどうか分からない事も多くありました。そのようなとき、一期一会という言葉の持つ切実さが、今とは比べられないくらい大きな意味を持っていたのでしょう。

その他にも、著者は、日本の四季の豊かさにも注目し、雨の日は雨を聴く。雪の日は雪をみる。夏には暑さを味わい、冬は寒さを味わう。その日一日を思う存分に味わう、という考えを展開。著者のこのような言葉からは、日日是好日という考えの片鱗を垣間見ることが出来ます。

そのような考え方に触れ、本書を読み終えたとき、なにか今日一日が、すごくいい日のような気がしてきました。一日一日を大切にしていきたいという気持ちになれる優れた一冊だと思います。

一言で茶道と言っても、そこには様々な考えがあることが分かります。多くの優れた茶人の考えを学ぶと、日本文化の秘める奥深さが分かるような気がしますね。どれもおすすめできる本ばかりですので、気になる本があったら手に取ってみてください。