新しい生活が始まる方へ送る5冊

新しい生活が始まる方へ送る5冊

更新:2021.12.6

はじめまして、WEAVERのドラムの河邉です。今月から連載させていただくことになりました。どうぞよろしくお願いします。今回は「新しい生活が始まる方へ送る5冊」というテーマでご紹介させていただきます。この時期に、新しい一歩を踏み出す力になれるような本を選びました。

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普段はライブやCDを通してですが、今回は本を通して皆さんと繋がれるということで、こんな素敵な機会をもらえたことを嬉しく思います。同じものを知っているというだけで、人はわかり合えたり優しくなれたりすることがあると思います。本は一人で楽しむことができるものですが、同じストーリーを誰かと共有することで、さらにその楽しみが膨らむものです。

今月は「新しい生活が始まる方へ送る5冊」というテーマでご紹介させていただきます。新年が始まり、受験や引越し、4月には入学や就職など様々な変化が訪れる季節です。この時期に、新しい一歩を踏み出す力になれるような本を選びました。今回選んだ本の中にはたくさんの種類の職業が出てくるので、そこにも注目して読むと面白いかもしれません。

そしてどの本も比較的新しいものを選びました。きっとまだ読んだことのない本もあると思います。読みやすいものばかりなので、普段本をあまり読まない方も、これを機に新しい世界への扉を開いてみてください。

より本のことを伝えるため、紹介文は「だ・である調」の文体で書かせていただきました。よろしくお願いします。

ちょっと今から仕事やめてくる

著者
北川恵海
出版日
2015-02-25
新しい生活を応援したいと言いつつも、最初に紹介する本がこのタイトルである。メディアワークス文庫賞をとったこの本は、サラリーマンである主人公、青山の視点で物語がテンポよく進んでいく。

所謂「ブラック企業」で働き始めて約6カ月、その生活の辛さが冒頭から描かれている。その辛さ故、青山が無意識に線路に飛び込もうとした時、その手を掴んだのは「ヤマモト」という同級生を自称する男だった。彼との出会いが青山の心に少しずつ変化をもたらしていく。

それぞれの章のタイトルが日付になっている為、この小説の時間の流れをそこで視覚的に確認できるのも面白い。この本を読んで思うことは、人生、必ずしも全てに対して立ち向かわなければならないのではないということだ。高い壁を前に、乗り越えずに引き返すという選択肢もある。

青山は根が真面目で、真面目であるが故に視野が狭くなってしまい逃げ道を見つけられずにいた。人は学校や職場など、自分が所属しているコミュニティがこの世界の全てであるように感じてしまうこともあるが、実際はそうではない。回り道の中で出会う人や物に、自分の力を引き出してもらえることもある。

あなたの心の武器になり得る1冊。

幻想郵便局

著者
堀川 アサコ
出版日
2013-01-16
就職浪人をした安倍アズサは具体的な夢を描けず、自分が何になりたいのかわからないままだった。そんななか、履歴書の特技欄に「探し物」と書いたことによりこの物語は動き始める。山の上にある、誰も知らない郵便局でのアルバイトが決まったのだ。その不思議な郵便局は、人が死ぬことと生きることに大きな関わりがある場所だった。

こうしたテーマを扱う場合、物語が進むにつれて悲しみや不安など、人の負の感情に触れるシーンがあるものである。この小説も例外ではないが、アズサの少し力の抜けたキャラクターと柔らかい言葉のタッチにより、悲しみの中にも何故か常に希望を見出すことができるようになっている。そして登場人物の傍を歩いているような温もりと臨場感を楽しめるのだ。

読んだ後には、こんな郵便局が現実にもどこかにあるのだろうかと考えてしまう。生きている間にした良い行いと悪い行いが記される「功徳通帳」が作中に登場するが、もし実際に行いの全てが記帳されていることを考えると、正しく生きなければ、という気持ちにさせられるのである。

「なりたいもの」がわからなかったアズサが出会ったこの郵便局。ファンタジーの世界のようで、まるで私たちの生活の一部を描いているような優しさのある本だ。

スタート!

著者
中山 七里
出版日
2015-02-10
『さよならドビュッシー』などでおなじみの中山七里さんのミステリー小説。この小説を読むことで、映画製作の世界の裏側を垣間見ることができるのではないかと思う。

若き助監督である宮藤映一は、最近の自分の仕事に昔ほどの情熱を注げていないように感じていた。自分の参加した映画を観た客が「映画の出来よりも、監督やプロデューサーに嫌われまい切られまいと躍起になっているだけで、モノ作りというよりはサラリーマンなのさ」と評価しているのを聞き、それが自分自身的を射ていると思ってしまうのであった。

そんな折に、ハリウッドの映画監督からも伝説的扱いを受ける日本の映画監督、大森宗俊の映画に参加することが決まる。しかし現代の日本の映画の世界はそうした監督にとっても甘くはない場所である。例をあげれば映画業界と事務所やテレビ局の関係の問題、それにより既に決まっていたヒロイン役を監督の意向を無視し局が選んだ女優に変更されるなど、前途多難な始まりである。

続きも全て語ってしまいたいところだが、何が起こるかは、ぜひ本を手にとってもらいたい。

この本の見所は、もちろんミステリー小説らしく誰が犯人か、というところやその動機やトリックでもある。が、そこを楽しみつつも、この小説を通して感じられる大森というカリスマ溢れる映画監督の存在や、そこに様々な思惑を持ち集まった人々の行動にも注目してほしい。

映画を撮るということの根底に流れている空気感は非常にライブ感があり、それが読み手にもヒリヒリと伝わって来る。映画好きのための小説とも言えるこの本は、読んだ人に新しい価値観を与えてくれる小説だ。

シアター!

著者
有川 浩
出版日
2009-12-16
『図書館戦争』シリーズや『阪急電車』などの著者でもある有川浩さんの小説である。僕が最初に読んだ有川さんの作品は『阪急電車』だった。まさにその阪急電車に乗って大学に通っていた私には、一つ一つの駅の名前や景色に心を動かされるものがあった。

今回紹介する『シアター!』は演劇の世界の物語だ。小劇団「シアターフラッグ」は300万円の負債を抱え込み、主催である春川巧は兄の司に相談を持ちかける。司はお金を貸すかわりに、2年以内で劇団の収益から返済できないなら劇団を潰せと条件を突きつける。司の条件や、新しく声優の羽田千歳が劇団に加わったことにより「シアターフラッグ」に新しい風が吹き始める。

どこか抜けているけれど人を惹きつける魅力のある巧と、面倒見のいい司の二人の関係性や、個性的な劇団員たちのキャラクターに、読者は気がつけば引き込まれているだろう。

弟の巧は、幼い頃は学校でうまく人とコミュニケーションをとれない子供だった。しかし演劇という、自分を表現する場所を見つけ、周りをハラハラさせながらもたくさんの人を巻き込む存在になっていく。一人では何もできない演劇の世界では、力を合わせて足りないところを補い合うことが必要だ。それは演劇だけでなく、どんな会社や、さらにバンドでも同じではないかと思う。

この劇団員たちのように、互いが必要であることを知り、共に過ごす時間を大切に感じて生きることは、どんな集団にとっても必要であると思わせてもらえる一冊。

幸せの条件

著者
誉田 哲也
出版日
2015-08-22
『ストロベリーナイト』などを書いた誉田哲也さんによる農業女子が登場する小説。農業女子と言っても、主人公の梢恵は農業に特別関心のあるタイプではなく、むしろ農業の世界から遠く離れた場所にいたOLだった。気まぐれな社長の突然の命令により、単身長野へ向かい、バイオ・エタノール用の米を植えてもらえる農家を探しに行くことから彼女の人生に契機が訪れる。

多くの人と同様に梢恵自身も、自分でなければいけない仕事とは何だろうと悩んでいた。繰り返しの日々の中で、自分の意思で本気になって生きることができずにいたのだ。そんな彼女が初めて生きていることを実感しながら仕事をできたのは、農業と共にある暮らしの中だった。

最初は嫌々だったことも、一つ一つの意味を知ることで、次第に彼女の中に愛着が湧いていく。見るもの全てが新鮮である様子から、読んでいる側にもその驚きや発見の感情が伝わってくる。小気味好いタッチで描かれる彼女の視点からの情景やテンポのよい会話により、読む出すとページをめくる手が止まらなくなるだろう。

私自身、一昨年にロンドンで半年間暮らすことがあった。暮らし始めた頃の不安、そして見たことのないものを発見した時の感動という点で、個人的に梢恵に強くシンパシーを覚えた。視点を変えれば、どんな場所でも最良の場所になり、想像だにしなかった自分と出会うことができる。

まさに、新しい何かを始める為の勇気になる一冊だ。
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