2017年10月からアニメ化が決まった『クジラの子らは砂上に歌う』、通称「クジ砂」。神秘的な世界観とストーリーに隠された謎に引き込まれる作品です。今回は本作の魅力をご紹介!最新刊12巻までのネタバレを含みますのでご注意ください。
- 著者
- 梅田 阿比
- 出版日
- 2013-12-16
漫画『クジラの子らは砂上に歌う』の最大の魅力は何と言っても世界観。淡くも書き込まれた絵柄に、泥クジラやサイミア、印などの設定が今までに見たことのない世界観へと読者を誘います。
本作の舞台は主に一度飲み込まれると二度と生きては戻れない広大な砂の海に漂う船「泥クジラ」。その中には感情をエネルギー源として発動する能力「情念動(サイミア)」を使える、「印(シルシ)」と呼ばれる人々を含め、計500人ほどが暮らしています。
印のひとりで、記録係として働く14歳の少年、チャクロがこの物語の主人公です。彼は「過書の病(ハイパーグラフィア)」で、書くという行為に魅了された者。そして彼のこの病こそが、これから起こる泥クジラでの出来事が詳細に残っている所以なのです。
作者は彼の記録をもとに作品を紡いでいきます。おまけやあとがきなどで記す、この物語をつくった背景というのも嘘か誠か分からないような不思議な世界観の魅力の後押しをしています。
チャクロが描くのは否応無しに争いに巻き込まれていく泥クジラの人々の様子。彼自身も時に涙し、時に笑顔を見せながらその歴史を紡いでいきます。果たして泥クジラは彼らを、そして私たちをどこへ導くのでしょうか?
サイミアを使うことのできる「印」が泥クジラの人口の9割を占める人々ですが、彼らはみな短命です。そしてこの世界を取り仕切っているのは大勢の彼ら「印」ではなく、「無印(むいん)」と呼ばれる人々。
「無印」たちは首長を含む長老会を構成しており、およそ50人ほど存在します。20〜30代でこの世から去る印と異なり、無印の人々は長寿。そして何やらここにある秘密があるようなのです。
ある日、砂の海に島が現れます。これまでもそのような島が現れる度に偵察隊が組まれ、そこから物資の調達などをしてきました。外の世界は謎だらけですが、たまにこのような存在が現れ、何も知らない印たちの好奇心を満たすのです。
偵察隊に入ることができたチャクロはそこでひとりの不思議な少女、リコスと出会います。そして話をするうちに、どうやら彼女が泥クジラの外の世界を知っているようだということを知るのです。
しかし、彼女を泥クジラに連れて帰ると、話を聞く暇もなく早々に長老会に連れていかれてしまいます。それと同時に何度も規則違反を繰り返して投獄されていた荒くれ者のオウニという男が率いるグループが釈放され、リコスに興味を持ちました。
荒くれ者たちが近づこうとしていることを知り、リコスが心配になったチャクロは彼女が連れて行かれた場所へと向かいます。そこは長老会の本拠地である中央塔でした。
チャクロがそこで見たのは首長も側近もおらず、長老とリコスだけで話すという何だか緊迫した場面。そこで「本国」、「ファレナ」、「人形(アパトイア)」など聴きなれない言葉を耳にします。どうやらリコスだけでなく、長老たちも記録にも残っていない、外の世界を知っているようなのです。
洋服にしてあった刺繍から、外から来た少女の名前をリコスと思っていたチャクロでしたが、実はそれは彼女の名前ではなく、彼女が乗っていた船を動かす動力となっていた魂形(ヌース)と呼ばれるものの固有の名前だとふたりの会話から知ったチャクロ。しかし彼女は本名を明かさず、チャクロはそのまま彼女をリコスと呼ぶことにします。
魂形とは人間の感情を吸収して喰べる生き物のことで、古くは天から飛来したと言われています。そして少女・リコスが乗っていた船の兵士たちは、魂形に感情を与えていた感情のない人形兵士(アパトイア)。外の世界・本国ではそんな人形兵士を使って戦争が行われていたのでした。
リコスが泥クジラに来た後に現れた不気味な面をつけた兵士たち。彼らは泥クジラの人々を殺し、魂形・リコスを取り戻して帰っていきました。しかし7日後に再度襲われるということを知った泥クジラの人々は絶望に打ちひしがれます。
そんな中、長老会では泥クジラを砂の海に沈めることが決定されます。彼らは前首長亡き後、新しい首長に決まったスオウに泥クジラの秘密の一端を明かします。
実は泥クジラの人々を襲った兵士達はもとは同じ国の人々。泥クジラの人々の祖先はある罪を犯したことによって砂の海に流されていたのです。もともと島流しの刑で住んでいただけという話で、今回も彼らが処刑を決めれば泥クジラの人々には拒否権はないのです。果たして彼らはどんな罪を犯したのか?そして外の世界とどう対峙していくのでしょうか?
リコスを送り込んできた本国との戦いを終えたチャクロたち。そんな時、新たな勢力・スィデラシア連合王国の公爵の息子・ロハリトたちが遭難し、助けを求めて泥クジラにやってきます。
その後、今まで自動的に動いていた泥クジラを操縦できるようになったことから、新たな仲間を求めて砂の海を航海していくことになった住人たち。ロハリトの持っていた地図から現在地を突き止め、彼の祖国・スィデラシアに行くことになりました。
そんな折、チャクロたちは「印」の短命の理由が泥クジラが彼らの命を吸い取っているからだということを知ってしまいます。新しく首長となった無印のスオウもそれを聞き衝撃を受けますが、これで多くの命を救うことができると喜び、スィデラシアに移住して泥クジラを捨てる計画を立てました。
ここまでが8巻までの大まかな内容です。このほかにも泥クジラの歴史に関して様々な謎が明かされたり、内部に氾濫因子が生まれたり、リコスの兄・オルカが不穏な動きを見せていたりと色々ありますので、ぜひ作品でご確認ください。
- 著者
- 梅田阿比
- 出版日
- 2016-10-14
- 著者
- 梅田 阿比
- 出版日
- 2017-03-16
5巻からの長い航海を経て、ついにスィデラシアにたどり着いた泥クジラ一行。チャクロたちは船内に戻り、スオウたちがロハリトに連れられて率先して国王に直談判へと向かいます。
しかし彼らを待っていたのはロハリトと国王の罠。彼らは友好的な関係を築こうとするスオウたちの話を気にも止めず、泥クジラを譲ること、サイミア使いの人々を献上することを提示してきます。話し合おうとするスオウたちはサイミアを使って抵抗するものの、長老会の者たちに怪我をさせられ、捕まってしまいました。
そして船内に残る住民たちに送られてきた使者から告げられたのは、サイミアを使える者の中から戦力になる者を多数選抜し、スィデラシアの兵士として派遣すること、それは城内にいる首長以下すべての人間も了承済みだということでした。
そしてもしこの申し出を断るようであれば、「魔術使い」であるシュアンを城内に侵入させ、反乱を企てた罪で、無印36名全員を処刑するとの条件でした。
ただ平和に暮らしたいという目的すら叶わない泥クジラの人々。悩んだ末に、彼らが決めた答えとは……?その様子は作品でお確かめください。
- 著者
- 梅田阿比
- 出版日
- 2017-09-15
チャクロの勇姿、そしてオウニのすべて持っていっちゃうイケメンさによって気になる展開で終わった9巻。
スィデラシアの脅威と戦うことになり、さらにオウニのイケメンさが際立つ作戦や、ここ数巻の間で自警団団長を務めることになったギンシュが早くも辞退するちょっと微笑ましい様子などありますが、この巻での最大の見所は表紙にもなっている、リコスの兄・オルカの脅威ではないでしょうか。
9巻で不穏な動きを見せていたオルカは、実はアモンロギア家の塔に忍び込んでいました。その狙いはアポリソマ。ヌースを同じく様々なもののエネルギー源となるような物体です。
彼は自身が乗り込む戦艦カルハリアスアモンロギアに攻め込み、相手方が次々と打ち込んでくる弾丸をサイミアを使ってやり過ごします。その様は見事としか言いようのないもの。
うまく弾道を外らせたり、逆に彼らの方に投げ返したりと、器用に使いこなし、アモンロギア兵士たちはどんどんやられてしまいます。
しかしオルカ側も無傷ではいられません。彼があやつる護衛団「虫かご」の子供たちはアモンロギアの城を目指すまでに次々とやられてしまいます。
ところがオルカは何事もなかったかのようにただ前へと進むのです。それを見たリョダリは彼を軽蔑しますが、彼もまた心がなく、特に可哀想がる訳でもないのでその場は惨状と化します。
実はエピソード上いきなり出てきたのが「虫かご」なのですが、実はそれはオルカの過去を表現するトリガーとしての役割を果たしています。そこで語られるオルカの姿は今からは想像もできないほど優しいもの。
以前帝国側の人間も彼を別人だと評していましたが、彼の過去に何か秘密があるようです……。
オルカの過去のエピソードは実際に作品で読んでみてください。登場人物が多く、それでいてそれぞれに魅力があることが「クジ砂」の魅力ですが、オルカにも惹かれてしまうシーンです。
また、このあとリコスとの再会シーンもあるのでそちらもお見逃しなく!
泥クジラ側の人間と帝国側の人間の動きがぶつかりそうになっている緊迫の10巻です!
アモンロギア編もクライマックスになってきたことを感じさせる11巻。チャクロ、オウニたちが拘束されてしまった無印たちを助けにやって来ます。
それとともにアポソリマを得ようと侵略を続けるオルカたちの攻撃も強くなっていきます。
11巻はこれでもかというほど、重要なキーワード、展開が目白押しです。オルカは前もってはなっていたスィデラシアへの密偵に「アポリソマの間」、もしくは「キマ」と呼ばれる場所に連れて行ってくれと頼みます。
そしてそこでキマを守ろうとする国王に、オルカはそもそもこれらはあなた方のものではない、と言うのです。
- 著者
- 梅田阿比
- 出版日
- 2018-01-16
実はアモンロギアの先祖は元は海賊のようなものだったそう。この島の土着民族と従軍関係を結び、アポリソマを守る者となったもの、彼らを裏切り、現在の地位にあるというのです。
そしてそのアポリソマの間にいたのは、キマと呼ばれる妖精のような生き物。そこでそれは「君の”物語”が私を楽しませてくれそうならば 私は君に奪われてもいい」という取引を持ちかけてきて……。
ここからは「オリヴィニス」、「鍵」、それがオウニのペンダントと同じものであること、「悪霊(デモナス)」、「背魂師(アポスタシア)」、「あの方」など、次々と重要な要素が明かされていきます。詳しい内容はぜひ作品でご覧ください。
また、11巻のもうひとつの見所は、重要なキーワードに付随して明かされるオルカの本当の目的、素顔。彼の過去をキマが回想するのですが、好感度が上がること間違いなしです。
また、リョダリについても同様で、どんどんオルカ側の人々に感情移入してしまいます。
登場人物全員に事情があることや、重要な要素が描かれた11巻でした。
アモンロギア編にいったんのピリオドが打たれた展開の12巻。オルカはどうやらサイミアについて何かしらの研究をしているようで、そのために強い使い手であるオウニを欲していました。
そして彼の前で「ファレナ殲滅作戦」の主謀者は自分だと名乗り、彼の怒りを煽るのでした。オウニは、かつて唯一心を開いていた自分の仲間たちが殺された憎しみをぶつけます。
- 著者
- 梅田阿比
- 出版日
- 2018-06-14
12巻では、大きな進展はないものの、キャラそれぞれの心理描写が丁寧で、つい引き込まれてしまいます。上記でもお伝えしましたが、仲間を殺され、孤独に戦うことを選んだオウニ、そして誰かの特別になりたいという気持ちを抱えながらも、アンバランスすぎる精神に自分すらも振り回されているように見えるリョダリたちの心の傷が見え隠れしました。
また、最後のシーンでは予想外すぎる設定が明かされます。いったいこのエピソードがいつの時代のものなのか、メインの時間軸はどこなのかが分からなくなってきました。
13巻で明かされるさらなる設定の種明かしが待ちきれません!
ネタバレして設定をご紹介してしまいましたが、まだまだ細かな考察したくなる設定が盛りだくさんです。そしてストーリーも登場人物や新たな謎が増え、ますます目が離せない展開になっていきます。
また、設定だけでなく、本作のもうひとつの魅力は神秘的な世界観。泥クジラの民たちが歌う砂詞(すなことば)というもののノスタルジックな歌詞や細密な描写など、本当にその世界があるかのように立体的に読者に迫ってきます。そしてそれはやはり作品でしか味わえないものです。
ぜひご自分の目で緻密に計算された設定と神秘的な世界観を味わってみてください。13巻をお楽しみに!