五十音・文庫の旅「ナ行」南木佳士、沼正三 etc.

五十音・文庫の旅「ナ行」南木佳士、沼正三 etc.

更新:2016.3.14 作成:2016.3.14

本を読みたいけれど何を読んだらいいかわからない。なにより今自分が何を読みたいのかわからない。なんて悩んでるあなたのための「五十音・文庫の旅」。己の直感・独断・偏見・本能でもって選んだア行からワ行までの作家さんの作品を己の直感・独断・偏見・本能でもってここへご紹介するという寸法だ。今回は「ナ行」。なぜ文庫なのかというと安くて軽くて小さいからです。

小林要司プロフィール画像
バンド「Large House Satisfaction」Vo/Gt
小林要司
1987年7月20日、東京都大田区大森生まれ。AC/DCと時代劇をこよなく愛する少年時代を過ごした後、2005年頃、兄の賢司、兄の同級生だった田中秀作とともにLarge House Satisfactionを結成。結成当時はGtのみを担当していたが、諸事情でスタジオリハに来れなかったボーカルの代わりに歌ったところ、賢司・秀作がその才能に気づき、Voも兼任することに。年間100本近くのライブを行いつつも、酒と小説をこよなく愛する。2015年9月にミニアルバム『SHINE OR BUST』をリリースした。2016年10月からは、Large House Satisfaction × Yellow Studs × THE PINBALLS -SPLIT TOUR-【KERBEROS】を開催する。http://www.largehousesatisfaction.com/
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阿弥陀堂だより

著者
南木 佳士
出版日
「な」南木佳士。
映画化もされている有名な作品。主人公・上田孝夫は作家を志して信州の田舎から上京し新人賞を受賞したことをきっかけに会社を辞め、医者である妻・美智子の支えを受けながら執筆活動を始めるが行き詰まってしまう。そしてあることをきっかけに美智子が心の病を抱える。

都会の人工的な環境に病の原因の一端があることを見出した美智子は、孝夫の故郷である信州の山里・谷中村の無医村問題を思い出し、村の診療医になることを決断する。

孝夫は田舎を想う美智子の日に日に良くなる心の後押しをすることを決意し、ふたりで谷中村に住まいを移す。そこで、亡くなった村人の霊を祀る「阿弥陀堂」を守りながら暮らす“おうめ婆さん”と、ある難病を抱えながらも明るく健気に生きる娘・小百合と出会い、豊かな自然と時の中でふたりは大切なものを見つけてゆく。

久しぶりに素直な「良い話」を読んだ。爽やかな読了感。静かに進む物語に見え隠れする人生の春夏秋冬が、山里の美しい自然の描写と相まって時に切なく時に力強く感動させてくれる。おうめ婆さんの朴訥な口調と言葉は読んでいて心地良く、懐かしい気持ちにさせてくれる。そして孝夫の妻・美智子の粘り強く人生を生き抜く姿に心が震えた。

「なくなっていくものを書きたい」という著者の古きものへの深い敬慕と作中人物への深い愛情があってこそ、読む者の心をここまで惹きつけ、心を暖め、綺麗にしてくれるのだと思う。手放しの田舎賛美ではないが、そういった場所でしかわからない崇高な死との向き合い方というのは確かにある。

それは現代社会に必要なものではないかもしれないが、なくなって欲しくないものでもある。刻々と消えてゆく古の景色と意識を静かに書き記した滋味深い名作だ。そして映画『阿弥陀堂だより』の監督・小泉堯史氏の解説も良い。一読あれ。

18禁日記

著者
二宮敦人
出版日
2013-08-01
「に」二宮敦人。
久しぶりにホラー小説を読みたくなって、探してみるとちょうど良さげな作品を見つけたので読んでみた。あと一年で失明する女性や蚊に刺されやすい男の日記、作詞家志望の男のブログや冴えない男の送信メールボックスなど、徐々に発狂していく人々の記したものを盗み読む感覚で読ませる作品。

あなたは狂気の世界に耐えられるか……?的な煽り文は誇張の感があった。端正な文章で綴られた一話一話は恐ろしく解りやすく恐ろしく読みやすい。読書が苦手な人でもストレスなく短時間で読了できるはず。しかしその分、読み応えはあまりない。日記という独白的な内容にあって物事を想起させやすい文章の巧さは水際立っていたが、最終章のオチ的な内容も妙に説明的で、なくてもよかったのではないかと思ってしまった。

とはいえ、中にはかなりゾッとさせる一話も。ある少年の夢日記などはその端正な文章と構成力が光っており、背筋がヒヤリとした。眠れない夜に読むのも一興だろう。上記にもあるように、かなり読みやすいので読書が苦手な方にはおすすめ。

家畜人ヤプー

著者
沼 正三
出版日
「ぬ」沼正三。
196×年、ドイツのとある山中へ騎馬で散策しに入った日本人青年・瀬部麟一郎とドイツ人女性・クララ。将来を誓い合った仲のふたりは樵小屋で自分たちの未来の話を弾ませていたが、麟一郎が汗を流しに川の水を浴びに行った時、ふたりの運命を変える正体不明の巨大円盤が樵小屋に墜落する。好奇心に動かされたクララと麟一郎は円盤に侵入し、墜落のショックで気絶している奇妙な服を着たブロンドの白人美女を見つけ、介抱する。

彼女は未来帝国「The Empire of Hundred Suns」、通称EHS(イース)において侯爵の位を持つジャンセン家の「嗣女」であるポーリーンだった。完璧な差別帝国であるEHSは白色人種のみが「人間」という最上級の存在として神のように君臨しており、元日本人は最底辺の家畜「ヤプー」として存在している。

ポーリーンはふたりが20世紀人であることも理解しながら「ヤプー」である麟一郎と「人間」であるクララが婚約をしている事実に驚愕し、クララをどうにか矯正できないかと思索の末、未来帝国EHSに連れ帰ることにする。そこで、クララはEHS貴族に染まっていき、麟一郎は家畜と化していくのであった。

読んだのは「序章」と称している一冊だったが、いや、まったくとんでもない小説だ。SM・グロ要素満載のこの作品、読む人を確実に選ぶだろう。しかしその要素は冷静な文体によって、まるで精密機械に欠かせない重要な部品のように見事に物語の世界観を支える役割を果たしている。というか、この要素なしでは成り立たない。未来世界での事象の解説文が度々登場するが、笑えてくるくらい細緻を極めて過ぎていてまったく苦にならずに読み進められる。

厳然とした人種差別社会という不快要素や、「ヤプー」という存在の「道具」としての認識、種類、精神構造などが異常であるのにほとんど嫌悪感を覚えず読み終えた。河童や人魚などの伝説的生物が、実はEHS人が過去にタイムトリップしたときに連れて来ていた奇形のヤプーだった、という発想も面白い。

総じてやはり、この作品は完成度の異常に高い完璧なSF小説なのだ。著者・沼正三の本意ではないと思うが、不快要素がエンタメ要素に転化しているように思えた。精密さが凄味を帯びて読む者を興奮させる。幻冬社アウトロー文庫版で全五巻出ているそうなので、是非最後まで読んでみたい。怪奇小説でありSF小説(つまり娯楽小説)でもある、不思議で面白い作品だ。

高円寺純情商店街

著者
ねじめ 正一
出版日
1992-04-28
「ね」ねじめ正一。
直木賞受賞作。お隣の元気な魚屋や頼りない若旦那のいる呉服屋、遊び人の大将が握る寿司屋や太っちょでまるで運動のできなそうな店主がいるスポーツ用品店などが軒を連ねる賑やかな高円寺北口純情商店街。その中でも「削りがつをといえば江州屋」と謳われる乾物屋の一人息子・正一の目線で語られる、家族や商店街の人々の暖かくてたまに物悲しくて、懐かしい日々。

冒頭からとても丁寧な印象を受けた。とにかく一つひとつの心理・情景が丁寧に描かれている。そこに凄く、筆者のこの作品に対する愛情を感じた。主人公・正一少年が、香ばしいかつを節を振りかけた飯を口一杯に掻き込むところなんて、読んでいて腹が鳴るようだった。それだけでなんだか心が暖かくなる。

そして、飄々としたリズムのある文章が風情と押し付けがましくない懐かしさを感じさせてくれる。初めて行った銭湯や近所で起きた火事のこと。正一少年の目線で語られるそれらは、心の奥底をくすぐられるような、思わずはにかんでしまう可愛らしさもある。

寒い日に炬燵で熱い茶を飲んだ時のような暖かさ、暑い日の風呂上がりに扇風機の風を受けた時のような、心地良さ。そんな優しさと懐かしさを感じる作品だ。もしあなたが何かに疲れたら、手にとって読んでみて欲しい。じんわりと癒されるはず。

しゃぼん玉

著者
乃南 アサ
出版日
2008-01-29
「の」乃南アサ。
ナ行の女性作家。
暗い幼少時代を背負い、不幸な環境のなか自暴自棄になった主人公・伊豆見翔人は窃盗や通り魔、女性や老人だけを狙って強盗傷害を繰り返し、当てもなく逃避行を続けていた。ヒッチハイクで乗りつけたトラックの運転手をナイフで脅し辿り着いた宮崎県の山中で怪我を負った老婆・スマと出会う。

怪我の介抱したことをきっかけにスマの住む山奥の村で数日を過ごすことになり、村人は翔人がスマの孫だと勘違いしてあれこれ世話をやきはじめ、翔人も次第にその優しさに心を許し、山仕事や祭の準備を手伝うようになるが、平穏な日々は続かなかった。翔人は、あることをきっかけに逃れることを許されない己の罪と向き合うことになる。

乃南アサといえば大量に著作があるミステリー作家という認識があり、書店へ行くといつもその量に圧倒される。いつか読んでみたいと思っていたのでこの機会にと書店へ向かったがどれを読んだらいいか分からなかったので、勘で選んだ。結果はどうやら当たりだった。

まったく躓かずに読ませる巧みな文章。読書が苦手な人でもなんなく物語に入っていけるだろう。登場人物や場面の描写も申し分なく、後半の畳み掛けるような緊張感のある場面では手に汗を握る。ストーリーの構成、文章のリズムともに流石の一言。映画やドラマを観ているようだ。ただ、この手の巧過ぎる作家にありがちのことで、取っ掛かりがなさ過ぎて読み応えは薄く、心理サスペンスと謳っている割にはサスペンス感はあまりない。

そして気になったのは主人公・伊豆見翔人の不自然なほどの無知さ。無理に田舎の村人と都会の若者という対比を作ろうとしている印象があった。とはいえ、その点だけ除けば第一級のエンターテイメント小説だ。スマや村人たちの暖かさや厳しさはこの作品の背骨になっており、最後に優しい感動をくれる。読んで後悔はしないだろう。

というわけで、ナ行の五冊。
今回も名作に出逢えた。家畜人ヤプーの衝撃。まだまだ読み足りない。
では、また次回。