阿弥陀堂だより
- 著者
- 南木 佳士
- 出版日
「な」南木佳士。
映画化もされている有名な作品。主人公・上田孝夫は作家を志して信州の田舎から上京し新人賞を受賞したことをきっかけに会社を辞め、医者である妻・美智子の支えを受けながら執筆活動を始めるが行き詰まってしまう。そしてあることをきっかけに美智子が心の病を抱える。
都会の人工的な環境に病の原因の一端があることを見出した美智子は、孝夫の故郷である信州の山里・谷中村の無医村問題を思い出し、村の診療医になることを決断する。
孝夫は田舎を想う美智子の日に日に良くなる心の後押しをすることを決意し、ふたりで谷中村に住まいを移す。そこで、亡くなった村人の霊を祀る「阿弥陀堂」を守りながら暮らす“おうめ婆さん”と、ある難病を抱えながらも明るく健気に生きる娘・小百合と出会い、豊かな自然と時の中でふたりは大切なものを見つけてゆく。
久しぶりに素直な「良い話」を読んだ。爽やかな読了感。静かに進む物語に見え隠れする人生の春夏秋冬が、山里の美しい自然の描写と相まって時に切なく時に力強く感動させてくれる。おうめ婆さんの朴訥な口調と言葉は読んでいて心地良く、懐かしい気持ちにさせてくれる。そして孝夫の妻・美智子の粘り強く人生を生き抜く姿に心が震えた。
「なくなっていくものを書きたい」という著者の古きものへの深い敬慕と作中人物への深い愛情があってこそ、読む者の心をここまで惹きつけ、心を暖め、綺麗にしてくれるのだと思う。手放しの田舎賛美ではないが、そういった場所でしかわからない崇高な死との向き合い方というのは確かにある。
それは現代社会に必要なものではないかもしれないが、なくなって欲しくないものでもある。刻々と消えてゆく古の景色と意識を静かに書き記した滋味深い名作だ。そして映画『阿弥陀堂だより』の監督・小泉堯史氏の解説も良い。一読あれ。
18禁日記
- 著者
- 二宮敦人
- 出版日
- 2013-08-01
「に」二宮敦人。
久しぶりにホラー小説を読みたくなって、探してみるとちょうど良さげな作品を見つけたので読んでみた。あと一年で失明する女性や蚊に刺されやすい男の日記、作詞家志望の男のブログや冴えない男の送信メールボックスなど、徐々に発狂していく人々の記したものを盗み読む感覚で読ませる作品。
あなたは狂気の世界に耐えられるか……?的な煽り文は誇張の感があった。端正な文章で綴られた一話一話は恐ろしく解りやすく恐ろしく読みやすい。読書が苦手な人でもストレスなく短時間で読了できるはず。しかしその分、読み応えはあまりない。日記という独白的な内容にあって物事を想起させやすい文章の巧さは水際立っていたが、最終章のオチ的な内容も妙に説明的で、なくてもよかったのではないかと思ってしまった。
とはいえ、中にはかなりゾッとさせる一話も。ある少年の夢日記などはその端正な文章と構成力が光っており、背筋がヒヤリとした。眠れない夜に読むのも一興だろう。上記にもあるように、かなり読みやすいので読書が苦手な方にはおすすめ。
家畜人ヤプー
- 著者
- 沼 正三
- 出版日
「ぬ」沼正三。
196×年、ドイツのとある山中へ騎馬で散策しに入った日本人青年・瀬部麟一郎とドイツ人女性・クララ。将来を誓い合った仲のふたりは樵小屋で自分たちの未来の話を弾ませていたが、麟一郎が汗を流しに川の水を浴びに行った時、ふたりの運命を変える正体不明の巨大円盤が樵小屋に墜落する。好奇心に動かされたクララと麟一郎は円盤に侵入し、墜落のショックで気絶している奇妙な服を着たブロンドの白人美女を見つけ、介抱する。
彼女は未来帝国「The Empire of Hundred Suns」、通称EHS(イース)において侯爵の位を持つジャンセン家の「嗣女」であるポーリーンだった。完璧な差別帝国であるEHSは白色人種のみが「人間」という最上級の存在として神のように君臨しており、元日本人は最底辺の家畜「ヤプー」として存在している。
ポーリーンはふたりが20世紀人であることも理解しながら「ヤプー」である麟一郎と「人間」であるクララが婚約をしている事実に驚愕し、クララをどうにか矯正できないかと思索の末、未来帝国EHSに連れ帰ることにする。そこで、クララはEHS貴族に染まっていき、麟一郎は家畜と化していくのであった。
読んだのは「序章」と称している一冊だったが、いや、まったくとんでもない小説だ。SM・グロ要素満載のこの作品、読む人を確実に選ぶだろう。しかしその要素は冷静な文体によって、まるで精密機械に欠かせない重要な部品のように見事に物語の世界観を支える役割を果たしている。というか、この要素なしでは成り立たない。未来世界での事象の解説文が度々登場するが、笑えてくるくらい細緻を極めて過ぎていてまったく苦にならずに読み進められる。
厳然とした人種差別社会という不快要素や、「ヤプー」という存在の「道具」としての認識、種類、精神構造などが異常であるのにほとんど嫌悪感を覚えず読み終えた。河童や人魚などの伝説的生物が、実はEHS人が過去にタイムトリップしたときに連れて来ていた奇形のヤプーだった、という発想も面白い。
総じてやはり、この作品は完成度の異常に高い完璧なSF小説なのだ。著者・沼正三の本意ではないと思うが、不快要素がエンタメ要素に転化しているように思えた。精密さが凄味を帯びて読む者を興奮させる。幻冬社アウトロー文庫版で全五巻出ているそうなので、是非最後まで読んでみたい。怪奇小説でありSF小説(つまり娯楽小説)でもある、不思議で面白い作品だ。