我孫子武丸は、幅広く作品を書いている推理小説家です。ユーモアはもちろん本格派の方も納得できるミステリーも味わえます。叙述トリックが用いられている有名な作品『殺戮にいたる病』だけではなく、他にもおすすめの小説が多々あります。
我孫子武丸は1962年生まれの小説家です。1989年に密室殺人を扱ったミステリー小説『8の殺人』でデビューしました。京都大学在学中は推理小説研究会に所属し、デビューの際には島田荘司にペンネームをつけてもらったそうです。
その後、ゲーム『かまいたちの夜』で、ゲームでありながらクローズド・サークル(閉鎖空間の中で起こる事件)の本格推理で、小説を読むようにプレイヤーが推理し犯人をあてるというシナリオを担当し、大ヒットしました。
我孫子武丸の代表作といえば『殺戮にいたる病』ですが、刑事とその兄妹を扱った「速水」シリーズや、腹話術の人形が主人公の「人形」シリーズ、京都在住の探偵が活躍するハードボイルド「探偵」シリーズ等、シリーズ物の作品も多いです。小説誌1冊という形態を全部自身が書いた短編集『たけまる文庫』や各アンソロジーにもそれぞれ完成度の高い短編を執筆しています。
ミステリーをジャンル分けするといろいろとありますが、我孫子武丸にはそのほとんどのジャンルの作品が揃っていますし、どのミステリーでも読者を楽しませよう、驚かせようとしているのが特徴です。
我孫子武丸の作品といえば『殺戮にいたる病』が有名でしょう。次々と猟奇殺人を繰り返す犯人。プロローグから犯人が逮捕されるシーンですので、誰が犯人なのかは読者にわかったうえで話はすすんでいきます。
犯人が次々と犯した殺害の方法が詳細に書かれ、合間には「息子が犯人では?」と疑っている母親の視点に変わります。その後、自分の彼女が犯人に殺されたため、疑われてしまった刑事視点になり、最後にそれぞれの思惑が絡み合い、驚愕のラストへと繋がっていくのです。
- 著者
- 我孫子 武丸
- 出版日
- 1996-11-14
最後のどんでん返しには唖然とすることでしょう。
サイコキラーの犯人ですので、グロテスクな描写があるのでご注意ください。ただ、気持ち悪いだけではなく、異常な犯人の心理も丁寧に書かれていますし、伏線も多く用意されているのはさすがです。
展開が早く、一気に読み進めることができます。最後まで読んで驚いた後には、もう一度ページをたどって、読んでいるときは気づかなかった伏線も「ここか」と探してみたくなるはずです。
『探偵映画』というミステリー映画を撮影中、犯人も結末も監督しか知らないのに、その監督が突然失踪してしまいます。残ったスタッフだけで今まで撮影したシーンから、映画の中の犯人を推理していく、劇中劇のスタイルです。
自分が犯人役だと映画の主役級になれるので、出演者はみんな「自分こそ犯人だ」と言い、それぞれが自分(役)はどうやって殺人を犯したのか、トリックを語ります。それぞれが語った後、監督が現れ犯人を指摘しますが、監督はなぜ失踪したのでしょうか。そして、本当の犯人とは一体……。
- 著者
- 我孫子 武丸
- 出版日
- 2009-12-04
明るいユーモアミステリーです。殺人事件を扱ってはいますが、映画の中の話なので本当に人が殺されたわけではありません。
それぞれが、犯人が自分だったらどうやって殺したのかと語るトリックが秀逸です。監督が指摘する犯人には驚かされますし、監督はなぜ失踪したのかの理由にも納得できるでしょう。また、実在の映画に関するネタがそこかしこに入っていますので、映画好きの方はそちらも合わせて楽しめる作品です。
我孫子武丸のデビュー作品です。題名の「8」とは屋敷の形のことで、そこでおきる密室連続殺人事件が描かれています。
第一の事件では目撃者がいたのに、その犯人だと思われる人物は寝ていてアリバイがあるのは確か。その事件を捜査中に第二の事件が起こってしまいます。被害者は第一の事件の目撃者。刑事が巡回していたにも関わらず、鍵のかかった密室内での殺人でした。二つの事件の犯人は同一人物なのか?そして密室トリックはどんなものだったのか?
「速水三兄妹」シリーズの第1弾。正統派本格推理小説ですが、三兄妹のキャラクターがよく、本格ミステリー入門におすすめしたい作品です。
- 著者
- 我孫子 武丸
- 出版日
主人公は速水警部補で、探偵役はその弟と妹です。扱っているのは「密室連続殺人」というシリアスな事件なのですが、探偵役2人のコミカルな掛け合いや、速水刑事のちょっと粗忽な部下に、随所でクスリと笑ってしまいます。長編ですが長さを感じずサクサクと読めることでしょう。
事件は建物の構造をいかした密室殺人になりますが、難解な建物ではないので、何度も略図を見るわずらわしさもなく、すんなり頭に入ってきます。登場人物と一緒に最後の謎解きまで、読者も一緒に楽しめる作品です。
「幻想都市の四季」は4人の作家が「まほろ市」を舞台にして競作した作品で、本書はその我孫子武丸バージョン。
ある新人作家に、同じ市に住む女性からファンレターが送られてきます。次作が書けずにいた作家は彼女とメールのやりとりをするように。その過程でまだ見ぬ彼女をだんだんと想うようになり、彼女と直接会うことになりました。メールで想像していた以上の美人だった彼女と会い、思いは増して募っていきます。
しかし、彼女との連絡には何かしら違和感があるのです。気になる主人公は、後日友人と一緒に彼女の家を探しに行きます。彼女とは再び会えて交際をはじめますが、友人が突然何者かに殺されてしまい……。
- 著者
- 我孫子 武丸
- 出版日
最初は恋愛小説のようですが、殺人がおきてからはミステリー色が強くなってきます。ただ、殺人事件の謎を解くという意味合いではミステリーですが、どちらかというと登場人物の描写に重きをおいてあるので、読者が感情移入しやすい形になっています。
人がつく本当にちょっとした嘘や、些細なことで感じられる隠れた狂気は、怖いのは怖いのですが、本作はなんだか少し切なくなってくる不思議な小説になっています。それでも、ミステリーとしてのトリックやオチはすばらしいのです。実在の都市ではなく「まほろ市」という架空の都市なのが、この哀しい感じがする小説にはぴったり合っているのでしょう。
妻が失踪したのは自分の不倫が原因だと思っていたら、ひょんなことから失踪の容疑者として疑われたため、妻を探そうとする高校教師。そしてもう1人登場するのが、妻がホテルで殺されたため犯人を見つけようとする刑事。
高校教師と刑事。章ごとに、それぞれの視点で話は進んでいきます。2人が調べていくうちに、どちらの妻も怪しい新興宗教団体に関係していた事実にたどり着き、そこで2人は初めて出会い、協力して新興宗教団体の謎を暴こうとします。教師の妻は宗教団体にいるのか?刑事の妻を殺した犯人は宗教団体関係者なのか?
- 著者
- 我孫子 武丸
- 出版日
- 2008-03-07
2つの事件を、関係者視点からそれぞれ少しずつ進めていくという、捜査の王道小説ですので警察小説が初めての方にもおすすめです。2人が怪しい新興宗教団体にたどりつく頃にはページをめくる手がとまらないことでしょう。脇を固める人物もそれぞれが怪しさ満載で、誰もが犯人なのでは?と疑ってしまいますよ。
捜査をしながら真相に近づいていくのは、ミステリーの醍醐味だと思いますが、それだけでは終わりません。最後に犯人が判明したときには、きっと誰もが驚くこと間違いなしです。
舞台はスラム化した近未来の東京。そこでバラバラ死体が発見されます。その手口は以前、残虐な殺しを何件も続け逮捕され、処刑されたシリアルキラーと同じでした。
その上死体には、自分を逮捕した刑事宛てに「次はお前だ」と、署名入りの挑戦状まで残されていたので、刑事は再び捜査に携わります。シリアルキラーは確かに処刑されたはずなのに……。捜査していくうちに第二の殺人が起こります。シリアルキラーが生きていて犯罪を続けているのでしょうか、それとも模倣犯なのでしょうか。
- 著者
- 我孫子 武丸
- 出版日
近未来、ハードボイルド、バラバラ死体、挑戦状……といったワクワクするキーワードが並んでいるこの小説。死体はでてきますが、グロテスクでもなく、ミステリーよりでもありません。ハードボイルド冒険物といった感じでしょうか。
近未来という形なので、現在の生活とは多少違いますが、それほど奇抜な設定ではないのですんなり世界感に入っていけます。刑事と一緒に行動するキャラクターが、とても魅力的ですので、女性の方やがっちりしたハードボイルドはちょっと……という方にもおすすめです。
6冊それぞれテイストの違う広義のミステリーです。我孫子武丸を読んだことのない方には、どれを読んでもすぐ次を読みたくなるはずです。『殺戮にいたる病』しか読んだことがないという方も、テイストの違う作品も読んで頂けたらきっと好きになると思います。騙されたり、驚かされたり、ホロッとしたり、ワクワクしたり、お好みの1冊が見つかるでしょう。