人生の視野が左右1度ずつ広くなる本【橋本淳】

更新:2021.12.2

俳優・橋本淳さんによる連載書評コラム。今回は開高健『白いページ』、吉村昭『天に遊ぶ』、葉室麟『あおなり道場始末』を取り上げます。

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更新される頃はGW真っ只中でしょうか。世間の流れとは逆行している仕事をしていると、いいなぁと指を咥えて羨望の眼差しで眺めている顔と、世の中が動き出している時にはその咥えた指をピースマークに変えてのしたり顔、の、相反するものを内包する、歪んだ人間に精製されるとかしないとか。

という、どうでもいい冒頭から今月も始めます。
今月より私は、6月に開幕します、「君が人生の時」(新国立劇場)という舞台の稽古が始まりました。この作品は、1930年代の第二次世界大戦がすぐそこ迄迫りつつある時代のアメリカの話で、ある酒場に集まる様々な人間の群像を描いた作品。ということなので、虚実問わずに、様々な時代の人間模様を浴びたいなと思いの三作をご紹介します。生と死、男と女、知の繋がり、運命、いろんなジャンルのもがごった返しになっていますが、それもまた良しと。自分の世界が、ワッと拓けたような感覚になる作品たちです。ぜひ、爽快感の強い目薬を差した後のような、世界の広がりを皆様にも。

豊饒と快楽のハードルを軽々と飛び越える

著者
開高 健
出版日
2009-08-06

芥川賞作家でもある開高健によるエッセイ。編集部から、意の赴くまま何を書いてもよい、そして期限なしという条件で始まった企画。結果4年間続いた。
開高健の独特の語り口がなんとも味わい深い一品でした。

入院時の回、朝鮮料理店のセキフェの回、釣りの話と、内容は多岐にわたる。知の人であり、行動の人である、開高氏の世界観がたまらなく好みでありました。豊饒と快楽を必ず約束してくれると、前置きをされていたのですが、そんなハードルなんてなんのその、軽々と飛び越えた。この本を紹介してくださった人生の先輩に、本当に感謝です。
自分も探究心を大事に、濃く、広く、人生を揺蕩いたい。

心に刺さった一節
“荒寥が豊饒に変った”

フィクションでありノンフィクションである味わい

著者
吉村 昭
出版日
2003-04-24

あとがきで作者が語っているが、今作は挑戦であると。原稿用紙10枚程の超短編は書いたことがなく、10枚という枚数の中に小説世界が作れるかどうかと。
本書を読み終えての、このあとがきだったので当然、私は心の中で(少々声にも漏れ出した)何を仰いますと、突っ込みを思わず入れてしまうほど、優れた作品群でした。

説明は最小限で、匂いと色香を漂わす技巧には舌を巻きました。どの作品も頭の中にしっかりと映像が広がり、一編一編読後には余韻が残り、次の作品に行く前に小休止を挟まざるを得ない。フィクションでありノンフィクションである味わいで、ワインボトルの底に溜まった澱のような熟成された一品です。ゆったり味わってみては如何でしょうか。

心に刺さった一節
“空気が冷え、渓流をへだてた山肌一面が紅葉の色に染った”

魅力的な登場人物たちが目白押し

著者
葉室 麟
出版日
2016-11-16

豊後、坪内藩の城下町にある青鳴道場。道場は存続の危機にあった。
神妙活殺流の使い手で、剣豪であった先代・青鳴一兵衛の死から早1年。その後を継いだのは長男・青鳴権平であった。が、この男まだ20歳と年若く、その昼行灯ぶりのせいか、気づけば門人は一人もいなくなってしまったのである。遂には米櫃も底をつき、鬼姫と呼ばれる妹・千草と、神童と呼ばれ頭脳明晰の弟・勘六に尻を叩かれようやく重い腰を上げる。
「父の仇を捜すために道場破りをいたすのだ」
実は先代の死には不審な点があった。権平は神妙活殺の奥義を提げて、道場に乗り込んでいく。ただしその奥義とは、3回に1回しか成功しないという心もとない技であった……。

痛快エンターテイメント作品。
あっという間に読了します。遅読の私が言うのですから間違いはないです。
魅力的な登場人物たちが目白押しなので、文字で得た情報から自分の頭の中で映像化するのがとても楽しい作品でした。不安定な主人公に、不安定な奥義、しかしやる時はやるという王道なキャラにワクワクし、思わず童心に帰ってしまいます。この、読後感を味わってみてください。

心に刺さった一節
“後ろなどいくら見せてもかまわぬではないか”

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