「本」というものの美しさを知るために。『書物と製本術』野村悠里著

更新:2021.12.5

書評家の永田希が比較的最近刊行された本の中から気になった書籍を紹介していくシリーズ。今回は野村悠里著の『書物と製本術―ルリユール / 綴じの文化史』をご紹介します。

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「本」というものは、いわゆる本文があり、たまに図版があり、それらを書きつけたり印刷したりしたものが綴じられ、表紙をつけたのものだ、と普通は考えられています。

文字をどうやって印刷し、そのときの書体をどうするか、どうレイアウトするか、表紙のデザインをどうするか、紙は何を使い、どのように綴じるのか。本を作るにあたっては「何を書くか」と同じくらい、これら「製本」の問題が重要です。

著者
野村 悠里
出版日
2017-02-25

今回取り上げる『書物と製本術―ルリユール / 綴じの文化史』は、17世紀から18世紀のパリを中心に、「製本」業者たちがどのように仕事をしていたのかを丹念に追いかける本です。現代の日本では、多くの「本」は出版社によって造られるのが普通だと思われていますよね。

しかし1600~1700年代のパリでは書籍商と印刷業者(今でいう出版社)と、製本業者は分断されていました。収入や階級意識による対立など原因は複数あるのですが、その結果として出版業者の組合から製本業者が分離したという歴史があり他の文化圏と比べて、パリで特殊に凝った製本技術が発達したのです。

かつてフランスでは、表紙以外の紙(いわゆる「本文」)を印刷した紙を束にした「アンカット」の状態で販売されていました。本を買う人が、「アンカット」を購入して製本業者に持ち込み、自分好みの革製本に綴じ直すという文化がありました。

革表紙で綴じ直される前の状態は「フランス装」もしくは「フランス綴じ」と呼ばれており、日本でも初期の岩波文庫で洒落た雰囲気を出すために敢えてフランス装風のアンカットを採用していた時期もあります。本のページは折られただけの状態なので、本を買った人は袋状の部分を自ら切り開きながら読む必要があったのです。

また本を買った人は、先述の通り買った本を業者に持ち込んで好みの表紙をつけました。製本業者は、時代やそれぞれの依頼主の好みに合わせて趣向を凝らした表紙をデザインしてきたのです。『書物と製本術』では、17世紀から流行した様々な美しい装幀をカラー図版で見ることができます。

この製本職人たちによる装飾は、当然ながら時代ごとの変遷があるわけですが本書のなかでは、どのような装飾がどのような時代背景から生まれ、またそれぞれどの職人さん(どの職人一族)から出てきたのかをも追跡しています。

本書のサブタイトルにもある「ルリユール」とは、もともとは「結ぶ、綴じる」という意味。これが転じて製本という意味になった言葉ですが、革表紙に箔押しを行う段階のことも含むようになります。製本職人は、印刷業や書店と結びつきながら書物の歴史に深く関わってきたのです。

17世紀頃、豪華な革装の本は基本的には社会的地位のある裕福な人たちのもので、金箔押しを施された書物は貴重品としての側面を強く持っていました。社会的な体面のために鍵付きの金銀細工を装飾した書棚に並べられ、その部屋は客と語らうサロンとして機能していました。より多くの書物を補完するために生まれたビブリオテークは、やがて公共的な役割を担い始めます。

装幀が豪華になる一方で、本のつくられ方は粗雑になっていた、というのが本書の論点です。見せかけの外観だけに凝るようになり、「綴じ」が軽視されるようになったのです。16世紀にはじまった「王室製本術師」という役職にありながら、同時に製本業者の組合の監督になるという史上初の偉業をなしとげ、典雅な技巧を凝らしましたが時代に逆行した工房経営をしていたため莫大な借金をして没落してしまった一家もありました。

本書で面白いのは、この没落した職人一家「パトゥルー家」の家系をその後も追って、その技術を近代的な工房経営で引き継いだ「ドゥローム家」や、その「パドゥルー家」や「ドゥローム家」と婚姻関係を結んで、当時もっとも多く「親方」を輩出した「ルモニエ家」などの家系が紹介されているところです。「製本」という仕事をとおして、まるで大河ドラマのような人々と歴史の流れが見えてきます。

歴史が動くにつれて、製本や装飾の技術が発展し、また流行も変遷していきます。何人もの王室製本術師が現れ、幾人もの職人が様々な装飾を生み出していきますが、並行してさきほどの組合の統合と分離のような政治的な事件もあります。

その最大のものは、やはり18世紀末の王制廃止でしょう。さきほど触れた「パドゥルー家」は最盛期には何人も王室製本術師を輩出しながらも没落してしまい、その末裔たちは、反宗教本や禁書を販売する行商人となり、逮捕された記録が残っています。

他方で、パドゥルー家の工房の技術と資産を引き継いだドゥローム家は、王室製本術師を輩出することはなかったものの、革命後も製本業を続けていたことが特徴とされています。

本書では、印刷業者がつくる折丁(印刷されただけの折られていない紙)の束を折って圧縮し、穴を開けて糸を通し、表紙を付け、箔を押したり小口に金をつけたりマーブル紙をつけたりする、様々な技術を紹介し、その各段階で使われる資産(大小さまざまな道具や、箔押しのための型)を図版入りで紹介しています。この発展と伝播を細かく辿ることで、まるで当時の職人たちの工房を何十年・何百年と観察し続けるような臨場感をもって、歴史を眺めることが可能になるのです。

本書も表紙カバーはアマゾンの書影にもある通りくすんだ青色ですが、これを外すとフランス風の美麗な装幀を再現したデザインが現れます。本書を読み始める前と、読み終わったあとでは、この「美麗な装飾」の意味がまったく異なって見えてくることでしょう。

また、美術館や博物館で目にすることができる数百年前の古書についても、なんとなく豪奢なだけに見えていた小口の金箔や、ぐにゃぐにゃしたマーブル染めについてすら、あるいは古びてほつれてしまった表紙の剥がれた部分にすら、何人もの職人が受け継いできた「歴史」を読み取ることができるようになるでしょう。

専門用語が多く、また一般向けの読み物としては親切な作りだとは言いづらい、専門家向けの本のように思われるかも知れませんが、初めて目にする単語や固有名をメモしながら、内容を読み解いていけば、非常に芳醇な「読書」体験を読後ずっと与えてくれる良書だと思います。

 

関連書

著者
ニコラ コンタ
出版日

『書物と製本術』は、上述のとおり「製本業」のほうを扱っていましたが、それでは「印刷業」のほうがどうなっていたのかを知ることのできる1冊。こちらは『書物と製本術』とは異なり、一人の下っ端職人にフォーカスして当時を活写しているものですが、『書物と製本術』を読んだあとだと、時代背景がはっきり見えるようで非常に興味深く読めると思います。

著者
クリスチアン・ジュオー
出版日

『書物と製本術』は高級書を中心に扱っていますが、こちらは17世紀の政治文書を追ったもの。もっぱらその内容にフォーカスされている点で、製本業を中心にする『書物と製本術』や、上掲の印刷業を中心にした『18世紀印刷職人物語』とはだいぶ趣きがまた異なっていますが、やはり当時の「言論」の動きを知ることができて興味深いものです。没落したパドゥルー家の末裔たちも、このあたりに近付いていたのかもしれません。
 

著者
臼田 捷治
出版日

急に日本の、それも第二次大戦後の、それも「製本」というよりももっと表層の「装幀」を扱った1冊です。日本の装幀について紹介する書籍だけでもほかにゴマンとありますが、直近の時代の「本のデザイン」の、それも比較的メインストリームに近いところを手っ取り早く知りたい、という読者にはまずはこの1冊をオススメします。

それでも、本書の第一章は「編集者による装幀」から始まっていて、第二次大戦後すぐにはまだブック・デザイナーのような専門職がなくて、時代をおってデザインの専門職が生まれていった過程を知ることができます。編集者の他には、版画家や画家、そして詩人たちが本のデザインを行っていたのです。列伝にある見事なデザインは、現代でもお手本として参照されるものでしょうから、ある意味では『書物と製本術』の、時代ごとの職人たちの系譜や、その技術の伝搬を追ったスタイルと比較することのできるものなのです。

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