「怪談」ツアーを経ての怪談本

「怪談」ツアーを経ての怪談本

更新:2021.12.13

怖いモノに不用心に首を突っ込むのは剣呑だが──ミイラ取りがミイラになる。心霊スポット巡りなど、本当にやめた方がいいです──エンターテインメントとして楽しむ分には、客観的に眺めている分には、カタルシスが得られ、生の実感に立ち返ることが出来て、なかなか有り難いものではないだろうか。 今回は怪談本をいくつか紹介してみようと思うものである。

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お陰様で、「怪談 そして死とエロス~リリース記念ワンマンツアー」がひとまず終わりました。まだ追加公演が控えてはいますが、会場に足を運んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。さて、怪談と銘打ったせいか、レコーディング時から不思議な現象が頻々と続いた。取材でもけっこう喋ったけれど、まだ語っていないところでは──。

キャンペーンで、いわくつきの地にあるホテルに泊まった際。明け方、勝手にテレビのスイッチが入って大音量で鳴る。ツアー中のこと。ホテルに帰ってくると、無人のエレベーターが口を開いて僕を待っている。最初そんな偶然もあるかと思ったが、昼夜を問わず何度も続く。よそのホテルに行っても同じで、僕が(一人で)エレベーターに近づくと、まるでお帰りなさいといわんばかりにサーっと扉が開く。しまいには慣れっこになってしまって、たまに開かない時があると、なんだ今日はお迎えなしかと思うように。などなど。

怖いモノに不用心に首を突っ込むのは剣呑だが──ミイラ取りがミイラになる。心霊スポット巡りなど、本当にやめた方がいいです──エンターテインメントとして楽しむ分には、客観的に眺めている分には、カタルシスが得られ、生の実感に立ち返ることが出来て、なかなか有り難いものではないだろうか。

今回は怪談本をいくつか紹介してみようと思うものである。

怪談 牡丹燈籠

著者
三遊亭 円朝
出版日
2002-05-16
カランコロンとやって来た嬢さまの幽霊、やがて男は取り殺される……誰もが知っている牡丹燈籠。出典は、中国の「剪燈新話(せんとうしんわ)」から。だが円朝が作り上げた本編は実はもっと長く、縦横無尽に筋があっちに飛びこっちに飛び、複雑な因縁話の様相を呈している。嬢さまの件はまるで導入といった扱い。円朝がこれを作ったのが二十三、四歳の頃というから、その天才ぶりがうかがいしれよう。

とまれやはり若い二人の恋慕は印象に残る。馴れ初めの部分、お嬢が新三郎を見てモジモジするあたり、こちらも読んでいてドキドキとしてくる。それなのにお嬢は幽霊になっちまって、新三郎、お前がハッキリしないからだよと、いつの間にかすっかり感情移入していたりする。

三遊亭円朝のお墓は谷中の全生庵にある。毎年夏になるとそこで円朝の集めた幽霊画が一般公開され、僕も涼みに出掛けたことがある。物好きだけが来るかと思っていたら大勢の入りで、そうかみんな幽霊が好きなんだと妙に納得したものである。

影を踏まれた女

著者
岡本 綺堂
出版日
2006-05-11
岡本綺堂の怪談は、時代が変わっても再版され続ける。つまりそれだけ色褪せないということだろう。まず何といっても文章が上手い。感情的にならずいたずらに扇情的にもならず、語彙も的確で品があり、怪談の文体かくあるべしといった筆致である。タイトルがまたいい。「猿の眼」「窯変」「一本足の女」、別な本だが「停車場の少女」。いったいどんな話なんだろうと、想像力をかき立てられる。

ところで実際の怪奇体験は、出て来た理由が判然としないことの方が多い。きちんと因縁話に落ちてくれない。先様の言いたいことなどさっぱり分からず、ただ後味の悪さと不気味さだけが残る。綺堂の怪談はもちろん創作だが、いかにも作り話めいた辻褄合わせに終始せず、実体験の持つあの不気味な生々しさに満ちていて、素晴らしい。

新耳袋 現代百物語 第四夜

著者
["木原 浩勝", "中山 市朗"]
出版日
こちらは実話怪談集。いきなり余談だが、実録ものは怖い。リアリティのある内容もさることながら、手元に置いておくとロクなことがない。これがまたハマると何かに憑りつかれたかのように集め出してしまうもので、僕自身、現代実話怪談の嚆矢「超怖い話」シリーズから「新耳袋」あたりまで、新刊が出る度にせっせと買い溜めていたものだ。

その頃僕は苦悩と貧乏のどん底にいた。スーサイドのことも考えた。酒を浴びるほど飲み、電車賃など勿体ないから酒場から歩いて帰り、その辺の草むらや公園でよくゴロ寝した。ある日、ゴミ屋敷と化した自室の本棚を眺めていると、怪談本コーナーのあたりから何やら黒い煙が出ている気配。恐ろしくなった。ちょうどアパートの取り壊しを告げられていたこともあり、ここを先途と怪談本の類はすべて捨てた。全部で百冊近くはあったのではないか。その後の引っ越し先はさらに家賃の安いところになったが、何だか身も心も軽くなったようで、自然と酔っ払ってやさぐれることもなくなったのだった。

しかし今回は怪談本の紹介が主旨。近来の傑作「新耳袋」を挙げておかなくてはならないだろう。恐る恐る、今度は文庫版を買ってみる。簡潔な語り口ゆえ、説明過多にならず余韻が残る。ベストセラーになるのもうなずける。僕が第四夜を推す理由だが、後半のUFOネタが好きだから。中でも「山の牧場」は緊張感があって秀逸。幽霊は出て来ないものの、まさに現代におけるオカルト怪談の趣きがある。

※これから読まれる方へ。実話怪談集の扱いはくれぐれも慎重に。

怪奇小説集

著者
遠藤 周作
出版日
最初この本を読んだのは中学生の頃だったか。当時安岡章太郎が好きで、遠藤周作が「第三の新人」の仲間だというので、興味を覚えて手に取ったかと思う。久しぶりに読んでみたくなり、アマゾンで古本を購入した。

率直にいうと、アレっと思った。まず文章がちと古臭い。それから僕自身怪奇体験を重ねてきているせいか、書かれている内容がそれほど怖くない(狐狸庵先生ファンの皆さん、ごめんなさい)。そうして思った、ああ言葉は生きているんだなと。時間の経過とともに我々の話し言葉も書き言葉も大きく様変わりするわけで、これが自分で知っている(つまり生きている)範囲内の過去のことだと、余計にそう思うのに違いない。

ならばそれを楽しめばいい。しばし僕は昭和の高度成長期の時代に遊んだ。狐狸庵先生の律義でやや出来すぎの文体も、あの頃の熱っぽい昭和の男を感じさせる。巻頭の「三つの幽霊」は、今でもアンソロジーに収録されたりするから、ご興味のある方は読まれたし。

さて言葉は生きているが、とうに生きるのを止めたあちらの世界の住人にとっては、時間の概念などない。そういえば僕が先頃見た男の幽霊は、昭和の格好をしていた。

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    バンドマンやソロ・アーティスト、民族楽器奏者や音楽雑誌編集者など音楽に関連するひとびとが、本好きのコンシェルジュとして、おすすめの本を紹介します。小説に漫画、写真集にビジネス書、自然科学書やスピリチュアル本も。幅広い本と出会えます。インタビューも。

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