読書によって、新しい世界観やこれまでとは違う考え方を知ることができるのは、とても素敵なことですね。ここでは、大学生の方々にぜひおすすめしたい文庫化された面白い小説を、ジャンル問わずご紹介していきましょう。
恩田陸によって執筆された長編小説『チョコレートコスモス』は、演劇の世界を舞台に、才能あふれる女優たちが繰り広げる、壮絶なオーディションの様子を綴った作品です。
伝説のプロデューサー芹澤泰次郎が、20年ぶりに新作の舞台を手がけることになりました。演劇界はその噂で持ち切りです。
芸能一家に生まれ育ち、幼い頃から舞台に立ってきた実力派女優、東響子は、芹澤泰次郎の主催するオーディションに呼ばれていないことにショックを受けていました。
一方、大学に入り無名の劇団へ入団したばかりの少女、佐々木飛鳥は、演劇の経験がまったくないにもかかわらず、見るものを圧倒する天才的な演技で周囲を驚かせていました。
物語はこの2人の天才女優を中心に、才能あふれる女優達が繰り返される過酷なオーディションに挑む姿を、濃密に描き出していきます。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
- 2011-06-23
オーディションのただならぬ緊張感に引き込まれ、臨場感たっぷりの演技シーンには、まるで本当にその演技を、目の当たりにしているような感覚を味わいます。演じることの奥深さや厳しさが、これでもかと描かれ、目が離せなくなってしまうでしょう。
計り知れない才能を持った飛鳥が、次にいったい何を見せてくれるのかとわくわくし、そのあまりの迫力には背筋がぞくぞくしてしまうほど。視点をコロコロと変えながら展開されていきますが、読みづらさを感じることはなく、クライマックスまで一気に読めてしまう力強い作品です。演劇に興味のない方でも、最後まで楽しんで読むことができるので、おすすめですよ。
ある病院を舞台に、末期患者からの最後の願いを叶えようと行動する、主人公の姿を描いた連作短編集『MOMENT』。本多孝好によって綴られる本作は、人間の生と死をテーマにした、4つの短編が収録されています。
主人公の神田は大学生。病院で掃除夫のアルバイトをしています。その病院には、ずっと以前からある噂がありました。死を間近にした患者の願いを、なんでも1つだけ叶えてくれる黒衣の男がいるという噂です。その噂は、死を巡るように、末期の入院患者の間で語り継がれていました。
神田が、ある末期患者の願いを叶えたことをきっかけに、その噂は黒衣の男から、掃除夫の姿をした男へと姿を変えます。こうして神田の元には、患者からの最後の願いが舞い込むようになり、その願いを叶える過程で、様々な人と出会い、死への恐怖やさみしさなどを垣間見ていくことになるのです。
- 著者
- 本多 孝好
- 出版日
- 2005-09-16
作品全体には切なさが漂っていますが、美しく感動的なだけの物語が綴られているわけではありません。そこには、人間が心に秘める、どろどろとした醜さやズルさなども描かれ、生きた人間のリアルな姿があります。ですが、重いテーマを扱っているにもかかわらず、決して物語は暗くならず、静かな温かささえ感じられる不思議な魅力のある作品です。
亡くなっていく人がいる一方、主人公とその幼馴染みのやりとりは微笑ましく、生の輝きも感じることができます。淡々としながらも優しさのある文体がとても読みやすいので、本を読み慣れていない方でもスラスラと読むことができるでしょう。最後のとき、人は何を望むのか。それぞれの人生に、様々な想いを読むことができる傑作です。
奥手な大学生「先輩」と、そんな先輩が想いを寄せる「黒髪の乙女」の恋模様を描いた、森見登美彦による恋愛小説『夜は短し歩けよ乙女』。山本周五郎賞を受賞した作品で、アニメ映画化もされ話題になりました。
大学の後輩である「黒髪の乙女」に恋をする「先輩」は、自分の姿を、なるべく彼女の目に止まらせるという、かなり遠まわしな方法でアプローチ中です。彼女を追い求めながら京都の街を駆け巡り、行く先々に現れますが恋が進展する様子はありません。
一方の「黒髪の乙女」は、そんな「先輩」の想いにはまったく気がつかず、なぜか頻繁に顔を合わせる「先輩」に、「奇遇ですねえ」と言うばかり。好奇心旺盛で天真爛漫な彼女は、ある晩「好きなだけお酒が飲みたい」と夜の街を1人彷徨っていました。そんな乙女になんとか近づきたい「先輩」は、彼女の後ろ姿を追うのですが……。
- 著者
- 森見 登美彦
- 出版日
- 2008-12-25
なんといってもこの作品は、レトロ感漂う独特の文体が魅力です。一見堅苦しいように見える文面ですが、笑ってしまうようなユーモアが満載で、リズミカルな語り口にとても心地良く浸ることができます。その世界観に1度ハマりこめば、なかなか抜け出せなくなる、なんとも癖になる作品です。
乙女の可愛らしさに魅了され、恋心を抱く「先輩」には思わず共感してしまうことでしょう。「先輩」と「黒髪の乙女」が、交互に語り手となり物語は進んでいきますが、個性的な人物たちが続々と登場し、彼らが織りなす不思議なファンタジー世界に心を奪われてしまいます。楽しそうな大学生活が素敵に綴られていますから、ぜひこのピュアで不器用な恋愛を堪能してみてくださいね。
村上春樹を、一躍人気作家へと押し上げた大ベストセラー小説『ノルウェイの森』は、どうしようもないほどの喪失感を抱えた、主人公の等身大の姿を、繊細な文章で綴った物語です。
37歳の主人公ワタナベは、飛行機の中で、スピーカーから聞こえて来る、ビートルズの「ノルウェイの森」を聴いて取り乱しました。直子のことを思い出したからです。直子は、ワタナベの高校時代、唯一の友人だったキズキの恋人でした。しかし、キズキが自殺してしまい、それ以来、直子とワタナベは疎遠のまま高校を卒業したのです。
大学に入り、電車の中で偶然再会したことをきっかけに、ワタナベと直子は再び頻繁に会うようになります。そして直子の20歳の誕生日。キズキは17歳で死に、時間が止まったままだというのに、自分はもう20歳になってしまった。その想いが彼女を深く苦しめることになり、ワタナベと誕生日を祝った翌日、直子は姿を消してしまうのです。
- 著者
- 村上 春樹
- 出版日
- 2004-09-15
ワタナベと直子の関係を描くのと並行して、物語ではもう1人のヒロイン、緑とワタナベの関係についても綴られていきます。ワタナベの周囲には常に人の死の影が漂い、生と死の境界線がどこか曖昧な不思議な世界観に、言葉では言い表せない、心の深いところにある何かを刺激される作品です。
生を選択するもの、死を選択するもの。それぞれの登場人物たちが、何気なく発するフレーズの数々が心に残り、様々な感情が湧き上がってくることでしょう。読む人によって、まったく違う感想になる小説ではないでしょうか。大学生の方々にも、ぜひ1度読んでみていただきたい作品です。
鳥取の旧家、赤朽葉家の女たちの人生を、3代に渡って濃密に描くとともに、戦後からの日本の歩みを読むことができる長編小説『赤朽葉家の伝説』。桜庭一樹によって執筆され、日本推理作家協会賞を受賞した作品です。
万葉は山陰地方に住む「山の民」の娘でしたが、1953年とある村に置き去りにされてしまいます。その後、近所の若夫婦に引き取られ大切に育てられるも、いくつになっても字が読めるようになりません。そんな万葉には、人には見えないものが見える、千里眼の力が備わっていたのでした。
製鉄所を経営する村の名家、赤朽葉家の大奥様は、万葉の力を高く評価し、万葉は赤朽葉家へと輿入れすることになります。こうして赤朽葉家の「若奥様」となった万葉の人生を軸に、娘の毛毬、孫の瞳子へと続く、一族の壮大な物語が展開されていくのです。
- 著者
- 桜庭 一樹
- 出版日
- 2010-09-18
3部構成になっている本作は、万葉、毛毬、瞳子と順に主人公を変え、赤朽葉家の盛衰を描くとともに、戦後の間もない頃から現在に至るまでの日本の史実が豊富に盛り込まれています。時代の移り変わりに沿って、まったくタイプの異なる3つの物語が展開されていき、濃密な読書時間を体験できる1冊です。
現代が舞台となる第3部では、物語が突如ミステリーへと変貌し、その巧みな構成には驚かされるばかり。万葉や毛毬と違い、無気力に日々を生きる現代っ子の瞳子が、真実を求めて奮闘する姿は読み応え充分です。全ての真実が明らかになったとき、驚きと同時に、人の強い想いに心を打たれることでしょう。
舞城王太郎の『好き好き大好き超愛してる。』は、恋人を失った小説家の姿と、その小説家が書いたと思われる物語で構成されている作品。ポップな雰囲気のあるタイトルとは裏腹に、愛する人の死をテーマにした内容に、愛とは何かを考えさせられる1冊です。
主人公の治は小説家。恋人の柿緒が、悪性リンパ腫で亡くなってしまいますが、彼女の闘病中も亡くなった後も、治は小説を書き続けていました。そんな治の様子や彼が書く小説の内容を、快く思っていない柿緒の弟は、治を責め立てます。治は弟へ反論しながらも、柿緒との日々を回想していくのでした。
- 著者
- 舞城 王太郎
- 出版日
- 2008-06-13
一方作品内には、SF感漂う3つの独創的な短編小説が挟み込まれています。内容はどれも、愛する女性を失う物語。読者は、治と柿緒の愛の物語と、この不思議な世界観が広がる3つの小説を、交互に読んでいくことになります。
「恋人の死」というテーマは、とにかく切ない涙を誘うものになりがちですが、この作品は、まったく違う独自のアプローチの仕方を見せてくれるのです。「愛は祈りだ。僕は祈る。」という一文から物語は始まり、淡々としたスピード感ある文体で、人を愛するとはどういうことなのかを、強く心に訴えかけてきます。
愛とは、祈りとは、そして小説とは。これらに真正面から向き合い、綺麗事なしで掘り下げられているにもかかわらず、大きな感動が押し寄せる不思議な恋愛小説です。著者自身が描いた挿絵が、作品をより魅力的に彩っていますから、ぜひそんなところにも注目してみてください。
『三国志』や『西遊記』と並んで、中国の四大奇書と称されている古典『水滸伝』を原典に、独自の解釈と創作を加えて描かれた北方謙三による『水滸伝』。戦う男たちのロマンが凝縮された濃密な物語が、全19巻に渡って描かれる壮大なシリーズ作品です。
時は北宋末期。皇帝に即位した徽宗の度重なる浪費や、官僚たちの身勝手な悪政により、国は乱れきっていました。そんな状況に業を煮やした小役人の宋江は、腐敗した政治を立て直すべく檄文を記し、反政府活動を開始します。
一方、東渓村の名主、晁蓋もまた、闇塩の密売によって軍資金を蓄え、宋を滅ぼすための準備を独自に進めていました。そんな宋江と晁蓋が手を組み、山賊の住み処となっていた山を占拠して「梁山泊」と名づけ、反乱活動の本拠地とします。2人の元には同志たちが続々と集合。勢力を拡大させ、やがて激しい武力闘争へと発展していくのです。
- 著者
- 北方 謙三
- 出版日
- 2006-10-18
シリーズ通して、実に108人もの英雄たちが登場し、どの人物も非常に魅力的に描かれています。壮絶な戦いの中、多くの英雄たちが戦死することになりますが、それぞれの人物にしっかりとスポットが当てられ、読み応えのある様々なエピソードに、どんどん引き込まれてしまうでしょう。
戦う男たちのセリフの数々が無性にかっこよく、その生き様、死に様には胸が熱くなります。長いシリーズですが、1度読み出したらやめられなくなる作品です。興味のある方は、ぜひこの激戦の行方を、最後まで見届けてみてくださいね。
司馬遼太郎による歴史小説『世に棲む日日』は、吉田松陰と、その弟子である高杉晋作を主人公に、幕末の長州の姿を描いています。全4巻からなるこの作品は、吉川英治文学賞を受賞しました。
前半の主人公は、幕末の長州藩の思想の基盤を作り上げた吉田松陰。長州の松本村に生まれた松陰は、幼くして山鹿流兵学師範の家柄を継ぎ、当主となります。僅か9歳で教授見習となる、藩でも評判の優秀な少年でした。師範として数多くの生徒を教えてきた松陰は、21歳頃から学問研究のための遊歴に出かけ、多くの経験を重ねていきます。
そんな松陰の人生を、大きく変えることになった出来事が「ペリー来航」。松陰は、海外の様子を視察しようと、アメリカの軍艦へ乗り込もうとしますが失敗。野山獄に入れられてしまいます。
1年余りの獄中生活、及び自宅での謹慎の最中、松陰はひたすら勉学に励み、そんな松陰の元には、彼を慕う子弟が続々と集まってきたのでした。松陰の元には、高杉晋作をはじめ、久坂玄瑞、伊藤博文、山縣有朋など、そうそうたるメンバーが揃います。
- 著者
- 司馬 遼太郎
- 出版日
- 2003-03-10
時代の流れとともに、主人公は高杉晋作へと移り、幕末を生きた激動の人生が綴られていくのです。作品を通して、時代がめまぐるしく流れていくのを感じ、わくわくしながら一気に読めてしまうでしょう。
やはり魅力的なのは、松陰の意思を継ぐ高杉晋作。松陰の考えを実現させるべく、鬼気迫る暴れっぷりを見せる彼の姿から目が離せません。「この男は人間か」とまで思わせるほどの、圧倒的な迫力、行動力、才能に心を奪われてしまいます。
20代の若者が、これほどのことを成し遂げ、後の日本に多大な影響を与えた事実は、とても感慨深いものがあります。何度でも読み返したくなる、素晴らしい師弟関係が描かれた物語です。歴史小説は苦手だという方も、1度挑戦してみてはいかがでしょうか。
「娼夫」という仕事を通して、女性の欲望に魅せられていく青年の姿を描いた恋愛小説『娼年』。洗練された文体に定評のある作家、石田衣良によって描かれた本作は、退屈な大学生活を送る主人公が、様々な女性と出会うひと夏の体験を綴った作品です。
主人公のリョウは20歳。大学も恋愛も、友人も家族も全てがつまらないと感じ、バーテンダーのアルバイトをしながら虚ろな毎日を送っています。ある日、会員制のボーイズクラブのオーナー御堂静香と出会い、彼女に誘われるまま、クラブの採用テストを受けることになりました。
テストに合格し、娼夫として働くことになったリョウは、何人もの女性とベッドを共にします。年齢もタイプもばらばらな、様々な女性たちと出会いますが、リョウにはどんな女性も魅力的に思え、次第に娼夫という仕事にやりがいを感じるようになるのです。
- 著者
- 石田 衣良
- 出版日
- 2004-05-20
官能的な描写が次から次へと綴られていきますが、作品は優しさと透明感であふれています。起きた出来事を静かに淡々と語っていき、目の前にいる女性たちの様々な欲望に、真摯に向き合っていく主人公の姿がとても印象的です。
彼を買う女性たちは、個性豊かですが皆とても可愛らしく、客と娼夫という関係を超越した、愛情のようなものを感じます。スマートな文体はとても読みやすく、頭の中に自然と情景が浮かんでくる感覚を味わえるでしょう。石田衣良の小説の中でも、たいへん人気の高い作品になっています。
『空飛ぶタイヤ』は、実際に起きたタイヤ脱落事故と、大手自動車会社によるリコール隠しを題材として描かれた、池井戸潤による経済小説です。
走行中のトラックから外れたタイヤが、歩行者の女性を直撃する事故が起きました。1児の母である女性は、幼い子供を残して亡くなってしまいます。トラックは、赤松運送という中小企業のもの。社長の赤松徳郎は、亡くなった女性の通夜へ出向くも、取りつくしまもなく追い返されてしまいます。
トラックの製造元である、ホープ自動車が実施した調査の結果、事故の原因は「整備不良」と結論づけられ、赤松はまだ若い整備士の門田駿一を責めます。しかし、自社の詳細な整備記録を見た赤松は、「整備不良」という調査結果に疑問を持つようになりました。やがてホープ自動車のリコール隠しを疑い、自社の無実を証明するべく、大手企業との戦いに挑むことになります。
- 著者
- 池井戸 潤
- 出版日
- 2009-09-15
この戦いは、単に赤松運送とホープ自動車だけの対立に止まらず、巨大なホープグループ内の力関係や、ホープ自動車内の複雑な勢力図についても濃密に描かれています。警察やマスコミの内情などにも触れ、その抜群のリアリティーに、のめり込んで読み進めることができるでしょう。
スピード感のある重厚なストーリー展開には、ハラハラドキドキさせられ、苦境に立たされる赤松の姿に、何度もエールを送りたくなってしまいます。大企業のあり方や、様々な問題点について提示され、人としてどうあるべきかを教えてくれる、深く考えさせられるこの作品。就職活動を控えた大学生の方々にも、ぜひ読んでみていただきたい一冊です。
辻村深月の長編小説『島はぼくらと』。瀬戸内海に浮かぶ孤島を舞台に、島に起こる様々な出来事や住人たちの様子を、高校生男女4人の視点から描いた物語です。
人口3000人の小さな離島「冴島」には、4人の高校生がいます。水産加工会社である「さえじま」の社長となった母に、女手一つで育てられてきた朱里。おしゃれで美人で気が強い、綱元の一人娘である衣花。島でリゾートホテルを経営する父親を持つ、茶髪の源樹。脚本家に興味があり演劇部に入るも、なかなか部活に参加できない新。小さい頃からずっと一緒に過ごしてきたこの4人は、とても仲良しです。島には高校がないため、4人は毎日フェリーに乗って、本土の高校まで通っています。
村長の意向により、島ではIターン者を積極的に受け入れていました。ある日、1人の若い男が、島に移住したいとやってきます。霧崎ハイジと名乗るその怪しい男は、作家をしているらしく、ある目的のため島を訪れたのですが……。
- 著者
- 辻村 深月 五十嵐 大介
- 出版日
- 2013-06-05
島には、様々な人が様々な思いを抱えて登場します。昔から島に住む住人たちの、温かい人付き合いや醜い確執、新たに島を訪れる人々との交流などが、高校生たちの視点から丁寧に綴られている作品です。医療や自治体についてなど、小さい島ならではの問題についても触れられ、そんな島の様子を見ながら、真っ直ぐに成長していく4人の姿は、とても眩しく魅力的です。
島を離れなければいけない時期が近づき、4人はどんな道へと歩き出すのか。終盤の展開には思わず涙腺を刺激されてしまいます。明るい結末には心が温かくなり、清々しい思いで本を閉じることができる素敵な物語になっています。
上京してきた大学生の青年を主人公に、様々な人と出会う1年間の様子と、出会った人々のその後を綴った青春小説『横道世之介』。吉田修一によって執筆された作品で、柴田錬三郎賞を受賞しました。
東京の大学へ進学するため、長崎から上京してきた主人公、横道世之介は、大学の入学式の日に、倉持一平と阿久津唯という同級生と知り合います。お人好しで流されやすい世之介は、早速できた友人に誘われるまま、サンバサークルに入ることになってしまいました。
世之介は、サンバサークルの先輩石田に紹介された、ホテルのボーイのアルバイトに精を出したり、パーティーガールの片瀬千春に一目惚れしたり、謎のお嬢様、与謝野祥子に想いを寄せられたりしながら、1年間を忙しく過ごしていくのです。
- 著者
- 吉田 修一
- 出版日
- 2012-11-09
1人の大学生の日常を描いているだけなのですが、世之介ののんびりとした独特の雰囲気が微笑ましく、無性に心惹かれてしまうことでしょう。物語の途中には、世之介が出会った人々の数十年後の様子が挟み込まれ、それぞれに世之介と過ごした日々を回想していきます。
かけがえのない時間の大切さを感じ、胸にじんわりと染み込んでくる感覚を味わえるのではないでしょうか。世之介と出会えた登場人物たちを、羨ましく感じてしまいます。その屈託のない笑顔を想像して、ほっこりと温かい気分になり、急に泣きたい気分にもなる作品です。ぜひその優しく温かい人柄に触れてみてくださいね。
『恋愛中毒』は、もう人は愛さないと決めたにもかかわらず、新たな恋愛にどんどんのめり込んでいく女性の姿を描いた、山本文緒による恋愛小説です。吉川英治文学新人賞を受賞し、その卓越した文章力がたいへん話題になりました。
冒頭、物語は編集プロダクションに勤める青年の視点で語られていきます。青年と以前付き合っていた女性が逆上し、会社に乗り込んでくるというトラブルがありました。その女性を説得し騒ぎをおさめたのが、事務員として働く主人公の水無月です。そのトラブルがきっかけで、水無月とお酒を飲む機会のあった青年は、日頃から謎の多いこの中年女性に、酔いも手伝って様々な質問を投げかけたのでした。
「結婚していたことがある」と話す水無月は、離婚届を出した日のことを語り始め、物語は、過去を回想する彼女の視点へと緩やかに移っていきます。辛い離婚を経験してから、2度と人は愛さないと誓っていた水無月でしたが、働いていた弁当屋に、憧れの作家、創路功二郎が客として現れるようになってから、水無月の人生は大きく変わっていくことになるのです。
- 著者
- 山本 文緒
- 出版日
これまで経験したことない華やかな世界に、どんどんはまり込んでいく主人公の様子には、共感できる女性も多くいるのではないでしょうか。それでも、何人もの愛人を抱える男に尽くし続ける彼女が、次第に狂気の色を見せ始めたあたりから、なんとも言えない恐怖に背筋が寒くなる思いを感じるようになります。
どこまでも愛することをやめられない彼女の姿は、まさに「恋愛中毒」。その痛々しいまでのリアルな心理描写から目が離せなくなってしまいます。女性の内に秘めた感情を、これでもかとストレートに描き出し、巧みなストーリー展開で読ませる文章力の高さにただただ驚かされるばかりです。恋愛の怖さ、苦しさが濃密に綴られているこの作品。綺麗なだけの恋愛小説ではもう物足りないという方には、ぴったりの1冊となるでしょう。
首相暗殺の犯人に仕立て上げられてしまった主人公が、スリリングな逃亡劇を展開させる、伊坂幸太郎の長編小説『ゴールデンスランバー』。山本周五郎賞を受賞し、本屋大賞にも選ばれた人気作品です。
主人公となる青柳雅春の大学時代の恋人、樋口晴子が蕎麦屋で食事をしていると、テレビから金田首相のパレードの様子が流れてきました。ところがそのパレードに、突然ラジコンヘリが乱入し爆発。この爆破テロで、首相は死亡してしまいます。メディアでは、青柳雅春こそが首相暗殺の犯人だと取り上げられ、繰り返し報道されていました。
目撃情報や状況証拠は、どれも青柳が犯人であることを示していましたが、晴子にはどうしても彼が犯人だとは思えなかったのです。物語は一旦20年後へ飛び、新たな視点から金田首相暗殺事件について綴られたのち、青柳がどのようにして事件に巻き込まれていったのかが詳細に描かれていくことになります。
- 著者
- 伊坂 幸太郎
- 出版日
- 2010-11-26
描かれる世界観には、このような事件が実際に起こったのでは、と錯覚してしまうほどの圧倒的なリアリティーがあり、最後まで展開の読めないスリリングな様相にハラハラしてしまいます。技術を駆使した監視社会や、報道の影響力の大きさには、薄ら寒くなるような怖さを感じ、得体の知れない巨大な陰謀から必死に逃げ続ける主人公を応援せずにはいられません。
命がけの逃亡劇の合間には、大学時代の友人や恋人と過ごした日々の回想も描かれ、登場人物たちの魅力的な姿が印象深く心に残ります。緊張感やスピード感を堪能できるだけでなく、作品全体に漂う独特の爽やかさにも惹きつけられることでしょう。伏線は鮮やかに回収され、そのテンポの良さは折り紙付き。伊坂ワールドを存分に満喫することができる作品です。
三浦しをんによる『神去なあなあ日常』は、突然林業の仕事に就くことになってしまった青年が、過酷な山仕事を通してたくましく成長していく姿を描いた青春小説です。
主人公の平野勇気が、三重県の神去村を訪れたのは、もう1年も前のこと。物語では、突然連れてこられたこの村で過ごした、勇気の濃密な1年間を振り返っていきます。
横浜に住む高校生の勇気は、卒業後の進路が何も決まっていません。フリーターになって適当にブラブラしようと軽く考えていました。ところが、卒業式終了後、結託した担任教師と母親に半ば脅されるように、訳もわからぬまま神去村を訪れることになります。
たどり着いた神去村は、見渡す限り山ばかり。住民はお年寄りばかりで、なんとケータイもつながりません。そんな中、勇気の就職先となったのは、中村林業株式会社です。広大な山の土地を所有する、日本でも有数の山林地主なのだとか。こうして、なんだか荒っぽい先輩たちに囲まれながら、慣れない山での力仕事に悪戦苦闘する日々が始まったのでした。
- 著者
- 三浦 しをん
- 出版日
- 2012-09-07
村の風習や、林業という仕事の特殊性には本当に驚かされ、同時にどこまでも広がる雄大な自然に心を奪われてしまいます。はじめは文句ばかりだった主人公が、個性的な村の人々や美しい自然に囲まれ、徐々に変わっていく姿に微笑ましさを感じることでしょう。都会っ子の主人公を村の人たちが受け入れていく様子は、読んでいて嬉しい気持ちになってしまいます。
面白おかしいコミカルな日常の合間には、林業の現状や問題点についても詳しく綴られ、様々なことを考えさせられます。主人公が参加することになる、48年に1度行われるという祭りには思わず興奮し、気持ちの良い爽快感を味わえることでしょう。くだけた文章がとても心地よい作品ですから、読書が苦手な方もぜひ気軽に挑戦してみてください。
大学生の方におすすめの、文庫化された小説をご紹介させていただきました。どれも読み出したら止まらない、とっても面白い作品です。気になる小説があったら、ぜひ読んでみてくださいね。