美しいできごとがはじまる屋久島の森からのメッセージ
山尾三省は1960年代後半に同じく詩人のななおさかきとともに、社会変革を志すコミューン活動「部族」をはじめる。1973年に家族とともにインド、ネパールへ1年間の巡礼の旅に出て、その後1977年に屋久島に移住し2001年に亡くなるまで、屋久島の山の中で自然と関わり合い、自給自足をしながら執筆活動をおこなっていた。彼のコトバには自然の大いなる流れを感じ、必要なものと必要でないものの見分けがつかなくなり 自分の価値観を見失いつつある現代に、自分自身の過去と今と未来のストーリーの美しさを再確認させてもらえる。
山尾三省のコトバの世界には、樹齢およそ7200年の屋久杉のような遠く深い神聖な思いがある。そしてきっと誰にだってある淋しさや憂いは、自分だけじゃないのだと気づかせ、謙虚に慎ましく力強く生きる力を与えてくれる。
- 著者
- 山尾 三省
- 出版日
大事なことを思い出す。ノートに書き残したくなる平和を感じる歌
オーストラリアで出会った友達に教えてもらった詩で、感動して自分の大事なノートに書き写した「祝婚歌」。少しでも成長するために頑張って生きる中で、争いごとがついつい生まれてしまいがちだが、人や自分をジャッジすることなんかよりも、肩の力を抜いて大切な人と一緒でいれる喜びの方が大事なのだと感じさせる。そこには、パートナーに限らず、大事な友達や自分を取り囲むすべての人々とそうありたいと思う平和がある。きっと彼のこの詩を大好きな人なら、友達の結婚式やなんかでスピーチしたくなるだろう。ありきたりのようで少し恥ずかしいようなものを、ギュっと詰め込んだ詩の世界は、スっとシンプルに心に沁みわったっていくに違いない。
- 著者
- 吉野 弘
- 出版日
人生楽ありゃ、苦もあるさ。フジ子・ヘミングの魂のコトバ
自分の信じる道を歩んでいくその姿は、時に好き勝手で、時に気楽にやっているようにみられるが、その道には喜びもあれば、淋しさや苦しみだってある。大いなる流れの中では、今日の苦しみは未来の大切ななにかかもしれない。一生懸命生きてきたからこそ感じる、自他への愛が詰まったフジ子・ヘミングの魂のコトバ。
ピアニストとして有名なフジ子・ヘミングは幼少時代から天才少女と騒がれ、1961年にヨーロッパに渡り、やっとの思いで大きなコンサートをつかんだのだが、貧しい暮らしだったこともあり、風邪をこじらせ聴力を失うというアクシデントに見舞われてしまう。「この地球上に私の居場所はどこにもない…。天国に行けば私の居場所はきっとある」。当時の彼女は、そう自分に言い聞かせていたらしい。そんな彼女が、母が亡くなり日本へ帰国すると、クラシック界で異例の大ブレークを果たすに至る。いろいろと経験をしてきたからこそ、なにか説得力のある確かな響きを感じ取れるものがある。
- 著者
- ヘミング フジ子
- 出版日