こんにちは。藍坊主のvo.hozzyです。今回のテーマは「他人の“価値観”が、小気味よく響いてくる小説」です。皆さんもご存知のように、本を読んでいると実に様々なキャラクターがストーリーの中に出てきますが、話に没頭は出来ても、意外に主人公には共感できなかったり、好きになれなかったり、ってことがあるかと思います。俺も本を読んでいて「当たりの本」に出会う事に比して、好きになるキャラクターは滅多にいない気がします。
ストーリーが素晴らしければキャラのことなんて、そんなに気にはならないのですが、たまに主人公の感じている何とも言えない歯痒さだったり、精神の欠落具合だったり、行き過ぎていないリアリティのある破天荒具合だったり、恐ろしいほどの弱さだったりっていうところに共感というか共鳴ができてしまうと、ストーリーの中でもっと匂いを深く感じられたり、空気の味や湿度に触れられたり、会話の裏側にある真意に気づいたときにいつもより強くズキンときたり。現実の自分の所にまで文字の向こう側が飛んでくるような、読書でしか味わえない感覚に出会えます。ありますよね!? それが気持ちよくて本を読んでる人もたくさんいると思いますが、俺も全くもってそうです。
今回のテーマは、裏を返せば自分でも気づいていない自分の“価値観”であるともいえると思うので、人にお勧めするのも変な話ですが(笑)、もしかしたら気になる人物と出会えるかもしれません! とりあえず、今回紹介させていただく3冊に共通していることは、主人公はみんなちゃんと仕事をとしてないタイプの人たちということ。ちゃんとしようと思っているができない、まだちゃんとしようとも思っていない、何も考えていない、の違いはあるにせよ。そんな特別な“価値観”を持ってしまっている人たちの、ほんの少し物哀しくも、ラストは爽快な物語3作です。
「心遣い」や「優しさ」こそ、何より「一般化」されてはいけないもの
この話大好きです。短編集の中で表題作品になっている「プラナリア」は、50ページほどの物語なんですが、ゆるむページが全くなくて、今までもふと思い出しては何度も読みかえしました。主人公の女性は20代で乳がんの手術を受けてから、生来の性格も手伝って周囲に露悪的な発言をしたり、ひねくれたような行動をしたりと、周りからよく思われなかったり、引かれてしまうことがあったりするんですが、読み手から見ると彼女の心の動きが手に取るように分かります。
その歯痒さや、周りから受ける「心遣い」や「優しさ」に彼女が傷つく理由もよく理解できて、本当に素晴らしい話の作りだなあと、今回も読み直してじーんときました。「心遣い」や「優しさ」という世間一般にとても必要とされているものが、実はなによりも「一般化」されてはいけないものだということが話を読んでいるとよく分かります。「あなたに私の何がわかるの? 」というこの一般的には子供染みたような台詞が、この本の中だと肯定されてしまう不思議。そして何より、ちょっと重いテーマもはらんでいるのに話はとても軽快で、全然重さを感じない普通以上に面白い話なのが最高です!
夜のベランダから見える爽やかな風景みたいなものを描く
みなさん、さようなら。ってなんとも暗い感じのタイトルですが、内容はそんなに暗くないです。むしろびっくりするぐらいの青春感や、夜のベランダから見える爽やかな風景みたいなものを感じる瞬間がたくさんありました。主人公は引きこもりの少年です。といっても、部屋にずっと閉じこもっているわけではなく、自分が住む団地内限定の引きこもりで、友達もいたり、体を鍛えていたり、果てはバイトをしはじめたりと、割とコミュ力もパワーもあるアクティブな人物です。
ただ団地の外には、理由があって出られない。出ようとすると昏倒して倒れてしまう。なぜかは是非読んでいただきたいところですが、この小説の凄いところは、これだけ限定的な空間の中なのに情景描写も主人公の心の動きも、やたらと鮮やかなのです! なんでなんだろう! 主人公が抱える不可抗力的だったトラウマに対する悩みよりも、周りに当たり前のように存在していた時間や風景や人間関係が、年を経るにつれてもう戻ることがない地点へどんどん進んでいくことの描写の方が力強かったからかもしれません。ラストはぐっときました。