忙しすぎるあなたに送る短編小説集
私事ではありますが、今年の3月2日にメジャーデビューさせて頂きまして、特にその月は移動とホテル宿泊を繰り返す、(ありがたいことに)非常に過密なスケジュールで活動しておりました。

空いた時間に小説を読むのが僕の密かな楽しみだったのですが、それがあまりにも小刻みとなると折角の伏線を忘れてしまったり、果ては「誰、この登場人物?」と何度も前のページから読み返す始末。皆様にもこういう経験、あるんじゃないでしょうか。小説は一気読み派の僕は閉口してしまいました。

そんな時にピッタリだったのが短編小説集。空き時間が小刻みでも集中して一つのお話を読むことができ、何よりストーリーが必然でシンプルかつ洗練されたものになるため、多量の情景描写に目を奪われ伏線を見逃す心配もありません。

「何かとお忙しい現代社会を生きる皆様に、改めて短編集の良さを伝えたい!!」。この連載のお話を頂いたときに強く、そう思ったわけであります。ベッドに入って眠るまでのイントロダクションに。通勤通学中に、何なら自宅のトイレにも一冊。そんな素敵な短編集を4冊、さらに僕の経験も踏まえて読者の年齢層別にお勧めさせて頂きたいと思います。

おーい でてこーい

著者
星 新一 加藤 まさし 秋山 匡
出版日
2001-03-15
ショートショートと呼ばれる短編形式の第一人者である星新一氏の作品群から、人気投票で選ばれた上位5作品+編集者が厳選した作品群を収録した傑作選。ショートショートという言葉が示す通り、爽やかで読みやすい短編小説でありながら、どこか回路のショートしたようなチグハグな世界観が星新一さんの面白さですよね。

特にこの一冊は傑作選の名を冠するだけあって、どの話もその持ち味がふんだんに織り込まれており、星新一を知らないという人にも、もちろん知っているぞ!という人にもお勧めできる一冊なのです。僕は他にもたくさん星さんの本を持っていますが、この本が一番好きだな。「ファン待望の星新一ベストアルバム」みたいで。

僕がこの本に出会ったのは小学生高学年の頃で、当時はエキセントリックなロボットや未来都市といったサイエンスフィクションに魅了されたものです。しかし大人になって読み返すにつれ、星新一さんの作品の根底にある社会風刺(環境汚染、労働問題、戦争、etc.……)に気付かされ、色々な角度から一つの作品を読めるようになってきました。

自分の老いと共に人生を歩いてくれるような感覚があり、僕はこの本はぜひ、小学生・中学生といった少年少女たちの本棚に入っておいて欲しい、と思うのです。もちろん大人の皆さんも今から手に取り、共に歩んで頂ければと思います。これからの人生、今が一番若いのですから。

キノの旅

著者
時雨沢恵一
出版日
2000-07-10
「世界は美しくなんかない」がキャッチコピー。ライトノベルの金字塔『キノの旅』です。

旅人キノが相棒のエルメス(バイクのような乗り物。喋る)と一緒に、世界に点在する国々を観光(?)していく、連作短編小説。「一つの国には三日間滞在」が旅のルールであり、主に、各国での三日間でキノの身に起こる出来事を一話として描く、独特な空気感の作品。

文化、人口、法律、環境、技術力はその国によってまったく多種多様であり、どこか偏った国民たちと、「客観性」の象徴である旅人キノとの間には価値観の相違からトラブルが多発します。時にそれは口論であり、時に腰に携えた拳銃での殺し合いにも発展します。

彼らのその可笑しくも悲しい異文化交流は単なるフィクションとしてではなく、現代社会をサヴァイヴする我々の価値観の偏りを痛烈に批判しています。言語や習慣で繋がっているように見える我々も、踏み込んでみれば一人一人が独特な価値観、すなわち城壁を持つ「国」でしかないのだと。

ファンタジーな世界観特有の爽快さや痛快さがあり、質の高いエンターテイメント作品でありながら、生と死、社会風刺や人種差別といったテーマを根底に感じる、とても読み応えのある作品だと思います。

中学生の僕が抱いていたライトノベルというジャンルに対する偏見を一掃し、虜にしてしまった作品でもあり、大人はもちろん、特に中高生の多感な皆様にお勧めしたい、青春の象徴となり得る一冊です。

村上龍映画小説集

著者
村上 龍
出版日
1998-04-15
『大脱走』『アラビアのロレンス』といった映画のタイトルがそのまま各話のタイトルになっており、その映画にまつわるエピソードを自伝的に描いていく連作短編小説。とにかく登場人物がアウトローばかり。しかし大人たちは教えてくれない「悪い子」としての自由な生き方は、善良で画一的な僕らをいつもワクワクさせてくれます。

村上龍さんと言えば、芥川賞受賞の『限りなく透明に近いブルー』に見られる「……これは本当にフィクションですか?」と心配になる程リアルなセックス&ドラッグの描写が特徴。その一方で『69』『コインロッカー・ベイビーズ』のような爽やかな青春群像劇も得意とする作家です。

そして『69』『限りなく透明に近いブルー』『村上龍映画小説集』の主人公は同一人物であり、この「映画小説集」は時系列的に真ん中に位置する物語。反社会的とはいえ元気溌剌として行動力に溢れた『69』の主人公・矢崎がいかにして、客観的な視点でしか物を見れなくなり、退廃した生活に身をやつす『透明に近いブルー』の主人公・リュウへと堕ちていくかを描いた作品でもあるため、上述した村上龍の二つの魅力、その光と闇が奇跡的なバランスで詰まった作品なのです。もちろん『69』『透明に近いブルー』を読んでなくとも楽しめますよ。

自分の「いい子ちゃん」ぶりにウンザリした20代前後の若者たちにお勧めしたい一冊。でも、留置所に入りたくなければ真似だけはしないように。

R62号の発明・鉛の卵

著者
安部 公房
出版日
1974-08-27
突然人間が棒や繭に変形したり改造されてロボットになったりと、SFの枠を超えたシュルレアリスムという安部公房最大の持ち味がぎっしり詰まった短編集です。独創的なストーリーや情景描写が楽しめるのはもちろんですが、あるいは上記のような「変形」は必ず何らかの風刺を孕んでいる、ということを前提に読んでみるのもまた面白い。

例えば、人間から棒への変形は、“その人が自由意志を失い一定の目的のために使われ、使い捨てられるだけの存在になった”という比喩であり、決して無意味な変形は発生しない。そんな密かなルールが安部公房作品には存在するのです。読者はその変形が何の比喩であるかを想像し、さまざまな解釈を楽しむ。言うなれば読者参加型の社会問題考察書(クイズ形式)のような、能動的な楽しみ方があるのもこの作品の魅力でしょう。

その中でも特に「労働」という問題にフォーカスした変形が多いように思えるこの作品。これから社会に出て行くモラトリアムの若者たち、そして既に社会に出てバリバリ働いている大人たちが、「労働とは何か?」「我々は単なる棒に変質してしまってはいないか?」ということを見つめ直す機会をくれる一冊です。

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    バンドマンやソロ・アーティスト、民族楽器奏者や音楽雑誌編集者など音楽に関連するひとびとが、本好きのコンシェルジュとして、おすすめの本を紹介します。小説に漫画、写真集にビジネス書、自然科学書やスピリチュアル本も。幅広い本と出会えます。インタビューも。

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