みなさんは時代小説を読んだことがありますか?時代小説の中でも、特に江戸時代は面白い作品が多いです。戦もあまり起きず、平和だった江戸時代を舞台にした、町人たちの生活からお化けの出てくる非日常的な物語まで、江戸もの時代小説をご紹介します。
江戸時代、川崎宿のある宿の娘・おちかは、あることがきっかけでで叔父夫妻が営む袋物屋「三島屋」のもとへ行儀見習いとして身を寄せることになります。しかし彼女は、ある事件をきっかけに他人に心を閉ざすようになってしまっていました。
彼女は忙しく働くことでその辛い過去を忘れようとします。ある日、叔父は急用のため訪問予定の客の対応をおちかに任せて外出することに。おちかは不安になりますが、信用してくれた叔父のために頑張って対応をすることを覚悟します。
そして客が訪問してきますが、その客はおちかに自分の過去に起きた不思議な体験を話してくれました。帰ってきた叔父は、そのことをおちかから聞き、江戸中から不思議な話を集める計画を立てます。そして、その聞き役をおちかに務めさせることになりますが……。
- 著者
- 宮部 みゆき
- 出版日
- 2012-04-25
ベストセラー作家・宮部みゆきのホラー要素も取り入れた時代小説です。2012年に一作目の『おそろし 三島屋変調百物語事始』が角川文庫から刊行されて、2016年までに5作出版されており、2014年にはNHKでテレビドラマ化もされました。
主人公・おちかは過去に辛い体験をしており、そのことから、実家の宿ではなく江戸の親戚の袋物屋で働くことになりました。物語の導入部では、辛い過去を抱えながらも必死で働く彼女の姿に感動するでしょう。
そんな彼女の姿に、叔父もまた心を打たれます。常連客の相手など、普通行儀見習いには任せないのですが、普段からおちかの頑張る姿を見ていた彼は、自分が外出している間おちかに留守番をさせても大丈夫だと考えました。
叔父はおちかに留守番を任せ、とうとう外出してしまいます。叔父の外出中、おちかはある常連客の相手をすることになりましたが、その常連客の話は、にわかには信じられないものでした。この常連客の話が、のちにおちかが変わっていくきっかけになります。
おちかを通して、江戸中の様々な奇談・怪談が語られますが、そのどれもが魅力的なものばかりです。話の内容だけではなく、これらの話を通して変わっていくおちかの様子も必見です。
時は明治。新聞記者である「わたし」は、江戸時代末期に多くの珍事件・難事件にかかわった半七老人にその時の話を聞くことになりました。事件を解決することもあれば、もちろん失敗することもあるということを、「わたし」が半七老人から聞き出しながら物語は進んでいきます。
半七老人は江戸時代、機転の効いた推理と行動で名探偵として同僚たちから多大な信頼を寄せられており、様々な難事件・珍事件を解決していきます。
- 著者
- 岡本 綺堂
- 出版日
『半七捕物帳』は、明治期の作家として知られる岡本綺堂による時代小説です。1917年に「文芸倶楽部」で連載が始まり、中断を経て1937年までに短編68作が発表されました。戦後、何度もテレビドラマ化されており、非常に人気の高い作品といえます。
岡本綺堂の代表作の一つで、探偵小説や時代小説のはしりとなった作品です。この小説は明治期に書かれたものなので、江戸時代を舞台にした時代小説としては、当時の生活や状況がとても正確に書かれており、時代考証の資料としても優れています。
明治時代の大衆小説の多くは、過度な装飾語であったり、大げさな表現であったりが多く見られていましたが、この作品は非常にすっきりした文章で描かれており、とても読みやすいです。それぞれの短編で出来不出来の差があまりないため、どの短編から読んでも面白いとオススメ出来ます。
当時は国産の推理小説がほとんど存在せず、国内で推理小説の先駆者的役割も果たした作品であり、日本の文壇で今もなお輝き続ける傑作です。
若い頃、無頼であったため肩に赤鬼の刺青を入れた男・根岸肥前守鎮衛が主人公です。彼は、出自も一切不明なのにもかかわらず、62歳という高齢で町奉行に就任する異例の出世を遂げました。
彼はその大きな耳で、奇談怪談を聞き集めており、それらを『耳袋』として現代に残しています。しかしそれとは別に、門外不出の「耳袋秘帖」としてまとめられたとされる話が次々に展開されるのがこの作品です。
人語を話す猫、立て続けに人が死ぬ井戸……。そんな難事件を、同心の栗田、家来の坂巻とともに根岸は解き明かしていきます。
- 著者
- 風野 真知雄
- 出版日
- 2011-11-10
肩に赤鬼の刺青のある男・根岸肥前守鎮衛が主人公の「耳袋秘帖」シリーズの第一作がこの『赤鬼奉行根岸肥前―耳袋秘帖』です。
刺青のある町奉行としては、遠山金四郎景元、通称・遠山の金さんが有名ですが、根岸肥前守鎮衛も実在の人物です。『耳袋』も実際に彼がまとめた随筆として知られています。こちらも江戸時代の珍談・奇談が多数収録されており、当時の風俗がよくわかる貴重な資料になっています。
この物語の魅力は根岸肥前守鎮衛の不思議な人間性です。肩にある刺青は、図らずも彼が真面目一辺倒の人間ではないことの印になりました。彼だけではなく、彼とともに行動する栗田と坂巻という男たちもまた根岸と同じように、意地や色欲に惑わされる、人間味を感じることのできるキャラクターです。そんな三人のやりとりも楽しみながら読んでみてください。
江戸に生きる職人たちの、不器用ながらも美しい生きざまが描かれた作品です。
そのうちの一人、凧師・定吉もまた、こだわりを持って地味な鳶凧作りを続けるためか貧乏から抜け出すことが出来ません。そんな彼を見限ったのか、女房のおみねは商売敵の凧師・銀次のところへ行ってしまいます。
そんな銀次を相手に、定吉は喧嘩凧の勝負を挑むことになります。糸を切られたほうが負ける、定吉の作る鳶凧は銀時の作る角凧には圧倒的に不利な勝負です。しかし、定吉は逃げずに真っ向勝負にこだわることをやめません……。
凧師、化粧師、人形師……そんな不器用な職人たちの生き様が描かれています。
- 著者
- 佐江 衆一
- 出版日
江戸時代に生きる職人たちの不器用ながらも真っ直ぐで気持ちのいい生き方を、佐江衆一が巧みな筆致で描きます。女房に捨てられた凧職人など、江戸の職人たちの様子が集められた哀しくも美しい短編集です。
様々な業種の職人たちが描かれていますが、全員の物語に共通するのはみな悲しい結末を迎えることが多いということと言えます。江戸時代の職人はみな、自分の生き方の美学を持っていました。
彼らの美学は美しいですが、時に彼ら自身を苦しめることにもなります。己の美学に苦しむことになっても、決して自分を曲げることはない。たとえそれが自分を破滅させることになっても……。
そんな彼らの生き様に共感することもあれば、どうしてそんなことをするのか理解に苦しむこともあります。この作品で、”美学”か”利益”か考えることは、人生にとって有益になることでしょう。
主人公・のぶは子供を何度も流産してしまいます。伝説の同心と呼ばれる椙田忠右衛門のひとり息子・正一郎に嫁いだ彼女でしたが、不妊から彼とは不和になってしまいます。そんな彼女に優しいのは、舅の忠右衛門と舅のふでだけでした。
会話がほとんどなかったり、夫婦の営みもなくなったりしたことから彼女は離婚を考えるようになってしまいました。そんな彼女が、ふでや忠右衛門のために料理を作り、その料理を食べながら話すことで物語は進行していきます。
二人が食べるのは、偏食の激しいのぶが食べられるものだけです。彼女の心情を表してもいるそれらの料理を通して、のぶと正一郎の夫婦仲が変化する様子が描かれます。
- 著者
- 宇江佐 真理
- 出版日
- 2007-07-14
あこがれの結婚をしたはずののぶでしたが、実際に結婚してみると現実は非情です。子供ができないことから来る夫婦の不仲のせいで、彼女はいつも辛い思いをすることになります。そんな彼女の心の支えは、優しい舅と姑だけです。
一見、タイトルを見ると料理本のような印象を受けますが、れっきとした時代小説と言えます。もちろん、様々な料理は登場しますが、全てのぶの心情を的確に表したものであり、ただ料理を紹介するにとどまりません。
のぶは次第に夫の家に居づらくなって来ますが、忠右衛門とふでの優しだけが彼女の支えになっていました。のぶの夫とのすれ違いへの切なさを思うと胸が痛みます。しかしそれと同時に、忠右衛門とふでの優しさが、のぶの心だけではなく、読者の心もまた癒してくれるのです。
舅と姑の優しさで、冷え切った夫婦仲だったのぶと正一郎の関係も少しずつ改善の兆しを見せます。その様子もまた料理によって示され、のぶの心が癒されていく様子が分かりやすく示されるのです。
両親と幸せに暮らしていた少女・澪は、水害で両親を亡くしてしまいます。そんな彼女を助けてくれたのは、大坂一の名店「天満一兆庵」の女将・芳でした。芳に助けられた澪は、天満一兆庵で働くことになります。
働いているうち、澪は主人の嘉兵衛に才能を見出されます。修行を重ね才能をさらに磨いていく彼女でしたが、店が焼失してしまい、行くあてがなくなってしまいます。
澪と芳、嘉兵衛の三人は、「天満一兆庵」の江戸店を任せていた息子の佐兵衛をあてにして江戸へと向かいます。しかし、江戸で3人を待っていたのは更なる困難でした。
- 著者
- 高田 郁
- 出版日
- 2009-05-15
「みをつくし料理長」シリーズの第1作で、『この時代小説がすごい!文庫書き下ろし版』で第一位を獲得しています。
料亭が舞台のこの作品では、もちろん料理がたくさん出てきます。作者が編集者に、作中に登場する料理の参考資料として実際の写真を送ったところ、非常に評判が良かったため、巻末にレシピ集をつけるようになりました。
大坂の料理に慣れていた澪は、東京に行ってから味の違いに苦しむことになります。これは、作者自身が初めて上京してきた時の体験が元になっており、地方から上京してきた人なら共感できる感覚なのではないでしょうか。
今までと違う環境の中で苦しみながらも、明るく一所懸命努力する澪の姿に心打たれること間違いなしと言えます。特に東京に出てきたばかりの方に、ぜひ一度読んでいただきたいです。
舞台は江戸・浅草。そこで「だいこん」という飯屋を営んでいる家族の物語です。
主人公・つばきは、大工の父・安治と母・みのぶ、妹のさくらとかえでの5人で暮らしています。様々な困難が一家を襲いますが、つばきたち家族は懸命に立ち向かうことで成長していく様子は感動的です。
つばきには、産まれ持った商才と料理の才能があり、それらを駆使して店を大きくしていきます。才能だけではなく、彼女には持ち前の明るさもあります。どんなことがあっても明るく振舞い彼女の様子が、読者の心を明るく照らしてくれること間違いなしの一冊です。
- 著者
- 山本 一力
- 出版日
- 2008-01-10
「だいこん」という店が舞台のこの作品は、読んでいて非常に心温まる作品と言えます。特に、主人公であるつばきの魅力がこの作品の醍醐味になっています。
彼女の家族もまた人間味に溢れる非常に魅力的なキャラクターばかりです。父の安治は腕のいい大工ですがかなりの博打好きで、熱くなりすぎてしまうこともしばしばあります。彼を支える妻・みのぶは夫の博打好きに呆れながらも決して見捨てることはありません。
そんな両親に囲まれたからか、つばきと彼女の妹二人はとてもいい性格に育ったのでしょう。
現代に生きているうち、どこか後ろ向きになってしまっている人にこそこの本を読んで欲しいです。そんな考え方になってしまった人が、また明るく人生を楽しめるようになれる最高の作品です。
主人公・片桐晋悟は、女房であるおちよと飯屋「夕月」を経営して幸せな日々を送っていました。彼は元々、将軍の食事を作る役職である、御膳所御台所人の一家・片桐家の三男でしたが、家からほぼ勘当されてしまっています。
そんなある日、晋悟は刺客に襲われているご隠居を助けました。元々彼は、無海流という流派を習っており、小太刀の名人だったからです。ご隠居の名は竿望斎といい、晋悟は刺客が彼の命を狙って放たれたものだと見破りました。
晋悟は料理をするだけではなく、事件を次から次へと解いていくという新しいキャラクターの主人公です。江戸の味と人情味が溢れる一冊です。
- 著者
- 荒崎 一海
- 出版日
- 2013-07-24
ベストセラーとなった「闇を斬る」シリーズの作者・荒崎一海が描く傑作時代小説です。
将軍の料理を作る一家の息子が主人公であり、主人公・片桐晋悟自身も料理人ですが、この作品はただ彼が料理をするだけのものではありません。もちろん料理の描写はありますが、むしろ彼が巻き込まれる事件のほうがメインです。
一話完結の構成になっていて、毎回読み応えのある事件の謎解きと剣客同士のアクションが楽しめます。料理の描写もリアルなものばかりで、読んでいると実際の料理が思わず頭に浮かんでしまいます。
謎解きで頭を使って、アクションを想像して動いた気になって、料理のシーンでご飯を食べた気に……はなりませんが、読んだあとに食べるごはんはいつもより美味しく感じるかもしれません。
火付盗賊改方長官・長谷川平蔵が主人公の物語です。彼は実在の人物であり、作者の池波正太郎が何年にも渡って資料をまとめ、緻密な時代考証を行って描かれています。
火付盗賊改方というのは、江戸時代に重罪とされた放火(火付け)、強盗、賭博を取り締まっていた役職でした。その長官である平蔵は、元々放蕩生活を送っていました。しかし、父が亡くなると家督を継ぎ、火付盗賊改方の長官となります。
かなりの美食家である彼は、作中で様々なグルメについて語ったり、名物の食べ歩きをしたりと食事のシーンも多く描かれています。放火や強盗の犯人を捕まえるシーンだけでなく、そういった普段の生活が描かれたシーンもこの作品の魅力の一つです。
- 著者
- 池波 正太郎
- 出版日
- 2016-12-31
テレビをつけていると、鬼平犯科帳のドラマの再放送をやっていて、なんとなくずっと見ていたという体験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。きっと、覚えているシーンといえば、平蔵が犯人を追い詰め、激闘を繰り広げるシーンでしょう。
しかし、実は『鬼平犯科帳』の魅力はそれだけではないんです。平蔵はかなりのグルメで、彼は美味しいものに目がありません。江戸中の美味しいものを食べている様子が、池波正太郎の見事な文体で描かれています。見事に描写された食事の様子は、読んでいてお腹が減ること間違いなしです。
犯人を追い詰めるシーンと、江戸中の美味しいものを想像しながら一度読んでみてください。
鉄瓶長屋で殺しが起きます。寝たきりの父親を看病してきた兄妹の家に殺し屋が押し入り、兄を刺し殺してしまったのです。しかし事件を見ていた妹のお露の証言はどことなく不自然で、長屋の住人たちはそのことに気付いています。更にこの事件を機に、人望の厚かった世話役の久平衛が失踪してしまうのです。
- 著者
- 宮部 みゆき
- 出版日
- 2004-04-15
長屋で起こる事件を、今でいうところの警察である同心、井筒平四郎が解決していく話です。こう書くと平四郎が敏腕なのだと思われそうですが、平四郎は呑気で察しの悪い「ぼんくら」同心。無駄口をきかないが頼んだ事はきっちり調べる部下の小平次や長屋をまとめるしっかり者のお徳、賢い甥の弓之助などに支えられ、事件の本質に迫っていきます。
江戸の庶民の暮らしぶりがいきいきと描かれ、読み進めるうちに長屋に住んでいるような気持ちになります。しっかり者にずるい奴、家族思いにおどけ者と、学校や近所にもいそうな人たちが暮らしており、時代は変わっても人の本質は変わらないものだと思わされます。お互い少しずつお節介を焼きながら、緩やかにつながっていく暮らしぶりは核家族が増えた現代人にとってはちょっぴり羨ましく思えるところもあるかもしれません。
5章までは短編が続きますが、6章までくると今まで散らばっていたビーズが糸に通されたようにすべての事件がつながってきます。鉄瓶長屋の住人たちに起こる大小の事件は、実は過去に起きた地主からみの女たちのいさかいから始まり、大きく膨れ上がったものだったのです。まったく関係ないように見えた複数の事件が一気に繋がり始める時の鮮やかさは宮部みゆきならでは小気味よく、癖になります。続編として『日暮らし』という作品もありますので、そちらもあわせてどうぞ。
現在の墨田区にあたる、本所の五間堀というところにある「風来堂」は、朝まで営業している”夜鳴き”の飯屋です。そこはもともと、父親が古道具屋を営んでいたところでしたが、息子の長五郎は骨董品の目利きができないためあとを継げないので、料理屋を出すことにしました。
最初の頃は他の店と同じように早い時間から営業していましたが、いつしか長五郎は店を開けるのが遅くなり、朝までの営業をするようになります。そんな店ですから、やってくる客たちは様々です。
店主・長五郎と、彼の料理を食べに来た客たちとが織り成す会話は、読めば心あたたまること間違いありません。
- 著者
- 宇江佐 真理
- 出版日
- 2014-09-11
現代では当たり前となった深夜営業のお店も、江戸時代にはほとんどありませんでした。
もちろん、職業柄深夜にならないとご飯が食べられないという人もいました。それは芸者であったり、店の店主であったりと様々です。しかし、様々な人が来るからこそ、そこに現れる物語も多様なものになっていきます。
そんな様々な人たちを相手にするのが店主の長五郎です。彼は非常にあたたかい人間性を持っており、傷ついて訪れる客を料理で癒します。そんな彼と傷ついた客たちの会話は、私たちの心にすら安らぎを与えてくれるものです。
問題を抱えるのはなにも客たちばかりではありません。訪れてきた芸者の一人に、長五郎と昔恋仲だったみさ吉という女がいました。彼女の連れてきた子供は、長五郎の息子だと彼女は主張します。一体長五郎はどうするのか……ぜひ読んで確かめてみてください。
江戸時代を舞台にした時代小説・怪異小説をご紹介しました。全て江戸時代を舞台にしていますが、それぞれ異なったアプローチをしており、同じ時代でも様々な解釈ができるんだということを思わせてくれます。ぜひ、一度読んでみてください。