以前ドラマがやっていた「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズ。原作小説はドラマとはまた違った雰囲気ですし、ドラマより先の話にも魅力が詰まっているので、ぜひ読んでいただきたい作品です!
舞台は北鎌倉。主人公の五浦大輔は、本が好きですが本が読めないという体質に悩まされている23歳の男性です。内定先の会社が倒産してしまい、大学卒業後も就職活動を続けていました。
彼は高校2年の頃に一つの古書店を見つけ、美人な店員を見かけます。人見知りですが、古書のこととなれば流暢に語り出す篠川栞子という女性です。
その時に話しかけはしなかった大輔ですが、この古書堂との出会いが彼の今後を大きく変えていきます。
五浦大輔が再びビブリア古書堂に足を運ぶことになったのは、祖母が亡くなり蔵書の整理をしていた時です。店に着くと、篠川栞子は怪我を負い入院中ということを妹の篠川文香から聞きます。
病院に訪れ鑑定してもらい、特に貴重な本ではなかったためそのまま病院を後にする大輔。後日お礼を兼ねて再び病院に向かうと、手伝いが欲しいところだったので、よければうちで働きませんかと誘われます。
大輔は了承し働き始めますが、この古書堂にやってくる客たちは古書だけではなく、多くの謎も運んでくるのでした。
- 著者
- 三上 延
- 出版日
- 2011-03-25
大輔が鑑定に持って行った本は、夏目漱石の『漱石全集』でした。
全34巻から成る全集の8巻目『それから』には夏目漱石の名前と、田中嘉雄様へと書かれた、一見すると献呈署名(作家が自分の名前と贈る相手の名前を記したもの)のような書き込みがされていたのです。
大輔が栞子に鑑定を依頼したのも、元々はこの署名が本物かどうか確かめてもらうためでした。
しかし栞子と話すうちに、祖母についてのとある事実が浮上します。栞子がそれを紐解くことができたのは、本のコレクターが自分の蔵書に押す蔵書印が、この全集ではおかしなことになっているのに気付いたからです。
8巻の『それから』には、他の巻に押されている蔵書印が無く、栞子はこれが誰かからプレゼントされたものではないかと推測します。そこからだんだんと謎が解けていき、最後に出された結論は、推測の域を出ないとしてもあまりに筋が通っており、大輔を驚かせるのでした。
こういった隠されていた裏話に気づいてしまったのも、古書から色々なことを読み解く栞子の力のせいと言えるでしょう。
ときには暴かれたくなかったであろう事実や、知られざる人間関係を明かしてしまう栞子ですが、この「人々の繋がりに古書が絡んでいる」という点こそ、このシリーズの最大の魅力となっているのです。
この巻では、1巻ではほとんど触れられなかった栞子の母親・篠川智恵子に関する情報がでてきます。外見は瓜二つ、本の謎に対する洞察力も栞子とそっくりな母親は、十年前に家を出ていき行方知れずとなっていました。
- 著者
- 三上 延
- 出版日
- 2011-10-25
プロローグに坂口安吾の『クラクラ日記』について大輔が栞子に質問する場面があります。栞子が蔵書として何冊か持っていたものをお店に出す際、大輔が内容に興味をもって聞いたのでした。1巻を読んだ方なら誰しもが違和感を抱くであろう、2人の会話を載せたいと思います。
軽いため息が俺の脳天にかかる。彼女のこういう態度は珍しい。本について語る時は、大抵もっとテンションが高いのだが。
「栞子さん、どうかしたんですか?」 (中略)
「えっ?いえ、別に……」
体を起こした彼女が遠ざかる。それでも表情までは見えなかった。
「ただ、この本が……」
「本?」
「……この本、好きになれなくて。いい随筆だと、思うんですけど」
(『ビブリア古書堂の事件手帖~栞子さんと謎めく日常~』より引用)
「軽いため息」、「表情が見えない」など、栞子がこの本に対して良いイメージを持っていないことが様子からも伝わってくる場面です。
好きになれない本の割に、何冊も持っていることを疑問に思う大輔でしたが、その理由は終盤に明らかになります。理由を暴くのはなんと大輔本人。
栞子の言動や数個の質問から理由を導きだす姿は、まるで謎を解くときの栞子を見ているようです。大輔の意外な洞察力に驚くことでしょう。
そして、栞子が好きではない本を何冊も持っていた理由は、母親と彼女を唯一繋いでくれるものだったからなのでした。
3巻ではまた新たな主要人物が登場します。辻堂にある「ヒトリ書房」を営む井上太一郎です。古書の市場で、栞子たちが落札しようとしていた本をほんの少しの差で落札する場面から、彼の目利きが良いことが分かるでしょう。
この市場で、大輔と井上は知り合いました。お互い会うのは初めてだったはずなのですが、井上はさらりと「お前が五浦か」と言います。さらに「栞子に気を付けろ」という内容のことを言われるのです。
大輔はなぜ自分の名前をこの人が知っているのだろうか、どうして栞子さんをそんな風に言うのか、と疑問に思うのでした。
- 著者
- 三上 延
- 出版日
- 2012-06-21
1話目は、井上が市場で落札した荷物の中から『たんぽぽ娘』という1冊が無くなっていることに気が付き、栞子が盗んだと疑ってかかるところから、物語が始まります。
彼は栞子の母・篠川智恵子と仲が悪かったため、栞子に対しても良いイメージを抱いていないのでした。
この話は『たんぽぽ娘』を盗んだ真犯人を探しながら話が進んでいきます。またしても栞子は、少しのヒントと持ち前の洞察力から、真犯人にたどり着くのでした。 そしてこの事件が解決した後、大輔はなぜ自分の名前を知っているのか井上に質問するのです。
それに対して井上は栞子の母親、篠川智恵子が送ってきたクリスマスカードを見せます。 カードには、自分と近しい人間しか知らないはずの「本が読めない体質」のことも触れられていたのでした。
なぜ体質のことまで知っているのか。母親と音信不通というのは嘘で、栞子は実は篠川智恵子と連絡を取っているのだろうか、井上が言っていた「気を付けろ」とはこのことか、と大輔は不信感を募らせていき……。
栞子への信頼が揺らぐ大輔の葛藤に、ハラハラさせられることでしょう。
4巻では、篠川母娘の関係が前進します。なんと、篠川智恵子が栞子の前に姿を現すのです。なぜずっと連絡をよこさなかったのか、彼女は一体どこから大輔の情報などを知り得たのでしょうか。
鍵を握っていたのは、1巻の時に小山清の『落穂拾ひ・聖アンデルセン』をめぐる事件の相談にやってきた常連の、志田と名乗る男でした。
- 著者
- 三上 延
- 出版日
- 2013-02-22
この巻では登場人物の人間関係の変化が見どころといえます。篠川母娘だけでなく、ヒトリ書房の井上と初恋相手の関係や、大輔と栞子の関係も大きく動き始めるのです。
もちろんこのシリーズの大きな軸である「古書をめぐる事件を解決する」という流れは同じですが、今までの巻よりも登場人物の心境の変化が細かく描かれています。
特に、篠川栞子と妹の篠川文香が、母親に対する考え方が違うことから仲違いをしてしまうのですが、その関係の修復にも本が使われている描写が秀逸です。
『旅の絵本』という本を栞子、文香、智恵子の三人で眺めている場面はとても素敵で、それまでの確執が嘘だったかのように描かれています。
「馬に乗った主人公が旅をしていく絵本なんです。どのページにも必ずどこかに主人公が描かれているんですよ……ほら、こことか。それを見つけるのが楽しいんです」
栞子さんが指を指しながら説明すると、篠川智恵子も口を開いた。
「文香は本を読まない子だったから、こういうものならいいと思ったのよ」
「うん。いいよこれ……昔は分かんなかったんだろうな。それどころじゃないし」
と、文香。
(『ビブリア古書堂の事件手帖〜栞子さんと二つの顔〜』より引用)
一つの本を囲んで会話をしているだけで、不思議と穏やかな空気になっていくこのシーン。本が、本好きの母娘を惹きこんで関係を取り持っているように感じられます。
人を繋げるのに本が関係している……前述した、このシリーズのもっとも魅力的な要素が詰まっている4巻です。
「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズも折り返し地点となりました。この巻から少しずついろいろなことが片付いていきます。まず、大輔と栞子の関係、栞子と母親の関係が落ち着くことが一番大きなことでしょう。
- 著者
- 三上 延
- 出版日
- 2014-01-24
この巻で最も印象的な話は、1話の『彷書月刊』でしょう。『彷書月刊』は、本に関する様々な特集を組んでいる、いわば本について書かれた雑誌です。
話は大輔が聞いたある噂から始まります。最近、このあたりの古書店に『彷書月刊』を売っては、1、2週間で「やはり大事なので返してほしい」と再び買い取っていくというのだ。そして次の古書店に売りに行くという不可解な行動。
栞子は雑誌に書かれていた「新田」という文字や背表紙の社名の下に記された小さな黒丸、そして1巻から登場していたセトリ屋の志田と、彼と共に店に顔を出すようになった老人の言動から、この噂の真相を突き止めていくのでした。
この巻はどの章の物語でも、人々を繋ぐ本にまつわる深いエピソードが入り込んでいます。本の謎を解いているだけの単純なストーリーかと思いきや、本をめぐる人々の行動に時には感動し、時には背筋がヒヤリとすることもある、古書ミステリーの醍醐味を感じられる巻でしょう。
これまでの巻のプロローグは、大輔と栞子の会話が描かれることが多かったですが、6巻のプロローグは、五浦大輔が病室で寝ているシーンから始まります。
なぜそんなところに……と思う読者も多いでしょう。その病室にまた、篠川智恵子が現れるのです。彼女が大輔に、なぜ怪我を負ったのか聞き出すところで本編に入り、大輔が過去を回想する形で話が展開していきます。
- 著者
- 三上 延
- 出版日
- 2014-12-25
大輔が怪我をした原因は、古書をめぐるトラブルに巻き込まれスタンガンで襲われたため、さらに、石段の上から落下してしまったためです。このトラブルを巻き起こした古書は、1巻でも取り上げられていた太宰治の『晩年』でした。
『晩年』を狙いにやってくる、とある2人。手段を選ばない彼らの登場によって、物語は「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズには珍しく、サスペンスの雰囲気をもって展開していきます。
怪我の理由を事細かに篠川智恵子に話す大輔。エピローグでは話終わった後の2人の様子が描かれています。
少し会話をし、挨拶をして智恵子が病室を出ていくところで物語が終わる……かと思いきや、去り際の彼女の何気なさそうな一言が、大輔に1つの事実を気づかせてしまうのでした。
サスペンス風な内容、大輔が怪我を負った原因であるトラブルの全貌、そして智恵子の秘密……これまでとは雰囲気の違う「ビブリア古書堂」シリーズを堪能してみてください。
「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズも遂に最終巻となりました。今回はシリーズに珍しく、外国文学を題材に扱っています。
栞子の前に吉原喜市と名乗る男が現れ、田中の祖父の『晩年』を800万で売ると言い出すところから話が展開していきます。
適正価格を大幅に上回る値段に戸惑う栞子でしたが、市場に出てはもう手に入らないかもしれないと思い、買わされてしまうのでした。
- 著者
- 三上 延
- 出版日
- 2017-02-25
そんな、既に手持ちのお金が少ない時に新たな試練が訪れます。吉原喜市が持ってきた青、赤、白の3冊の本。それらはシェイクスピアの劇の台本から原稿を起こしたファースト・フォリオと呼ばれる古書のファクシミリ(複製本)でした。
そしてなんと、1ページ1ページ糊付けされており、開くことのできない本だったのです。
吉原はこの3冊のうち1冊が本物のファースト・フォリオだと言います。それからこう続けるのです。この3冊の本を次の振り市(オークション形式の古書交換会)に出品するから、買い手として参加しないか、と。
実はこの3冊の中にあるはずの本物の1冊は、篠川智恵子が子どもを置いて家を出てまで、探し続けていた古書だったのです。篠川智恵子を見世物にするために、吉原は彼女の対抗馬を欲していたのでした。
お金に困っているビブリア古書堂としては、本物を手に入れて売ればかなりの売上となり、願ったり叶ったりです。しかしそれには本物を自信をもって見分けられるか、さらに家を抵当に入れるというリスクを背負って振り市に参加する覚悟があるのかが問われます。
果たして栞子は本物を見分けて手に入れられるのか?振り市のシーンはまるで自分も参加しているようでドキドキしてしまうことでしょう。
この話は本筋の内容は一つですが、細かにちりばめられた話で「古書が繋ぐ人間関係」が描かれています。ファースト・フォリオに関しては篠川智恵子と深く関わっていて、読んでいくとあの時の行動はそういうことだったのか……と気付けることが多いでしょう。
これまでの伏線を見事に回収する、シリーズ終幕にふさわしい内容となっています。
「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズ全作をまとめて紹介しました。ドラマよりももっと深い世界を楽しむことができるので、ぜひ原作のシリーズを読んでみてはいかがでしょうか?