鉄道ファンのことを俗に「鉄」や「鉄ちゃん」と称しますが、その内訳は千差万別。様々な楽しみ方があります。今回は鉄道関係が題材であったり、果ては作者自身が鉄道ファンであったりする、読むだけで楽しめるオススメ電車漫画5作品をご紹介します。
ウェーブがかった長い髪、服の上からでもナイスバディだと分かるお姉さん。アンニュイな雰囲気の彼女が何をするのかと思えば……無目的な1人旅。どれくらい無目的かと言うと、駅弁を買ってから、駅弁を楽しむためだけに列車に揺られるくらいなのです。
時に近場で、時に遠出して。日常生活から乖離した、お姉さんの優雅で気ままな「旅鉄」の風景。
- 著者
- kashmir
- 出版日
- 2017-01-31
本作は2015年から「楽園」で連載されているkashmirの作品。同作者の幻想的乗り鉄漫画『てるみな』のスピンオフとしてスタートしました。
本作を特徴付ける要素に、なんとも形容しがたい空気感があります。気怠いような、眠いような、新鮮かつそれでいて既視感のある独特の景色。いつかどこかで見た、あるいは、いつか見たいと思わせられる非日常的な感覚が味わえます。そう考えるとタイトル『ぱらのま』は「Paranormal」、つまり「超常的」が由来なのかも知れません。
と言っても、舞台となるのは架空の場所ではなく実在する土地です。なんでもない、どこにでもある日本が、これほど違って見えるのは主人公のお姉さん、引いては作者の感受性によるものでしょう。
名もないと言えば、主人公のお姉さんの名前は一切出てきません。おぼろげに家族構成は出てきますが、どこに住んでいて、普段何をしているのかまったく不明。名前も素性もない。それは、その分だけ日常のしがらみから解き放たれた存在と言えるでしょう。
もしもあなたが日常から抜け出したいと、そう思いさえすれば、いつもの景色が違って見えてくるのかも知れません。そして何も持たず、ふらりと列車に飛び乗ってしまえば、あなた自身が『ぱらのま』の主人公になることでしょう。
スリが癖の女子高生。彼女は懲りずに特急ロマンスカーに乗り込み、居眠り男の財布を盗もうと手を伸ばし……紆余曲折を経て、居眠り男の不倫騒動に巻き込まれてしまいました。(「浪漫避行にのっとって」より)
主人公の少女、るかが意を決して好きな少年にどこに住んでいるのかと尋ねます。すると返ってきたのは「イリューダ」という予想外の答えでした。(「彼の住むイリューダ」より)
- 著者
- 中村 明日美子
- 出版日
- 2011-01-31
本作は2008年から「MELODY」、「楽園」で連載されていた中村明日美子の作品。鉄道をテーマにした短編6編に描き下ろし1編を加え、計7編の作品がまとめられた短編集となっています。
言うまでもなく、鉄道とは主要な公共交通機関の1つ。都市部においては車より利便性が高く、我々日本人がお世話にならない日はないことでしょう。本作では、日常の一部に溶け込んだ鉄道を舞台に、そこで繰り広げられる利用者の悲喜交々を描き出します。
ここに登場するのは、スリがきっかけで騒動に巻き込まれるも、機転をきかせて解決する少女。愛する夫の「好き」を知る妻。彼に捨てられた女と、彼に浮気された女など……。
掲載短編は全て鉄道が主な舞台。実在の地名や駅、列車の形状から、全編にわたって登場するのが小田急線かその沿線周辺であることがわかります。上記の「イリューダ」も実在する駅で、漢字で書くと「入生田(いりうだ)」駅。ページの隅々から、作者の小田急線へのこだわり、愛が感じられるでしょう。
また、本作の1編からスピンオフした続編的作品「君曜日」シリーズも刊行されています。見慣れた鉄道の風景にも、こんなドラマチックな話が隠れているのでは、と思えてきます
東京駅発高尾駅行き最終電車。その便の終点、高尾駅への到着時刻は午前1時37分にもなり、日本全国を探してもこれより遅い終電はありません。
様々な事情から、その終電に乗らざるを得ない人々がいます。そんな彼ら全ての顔見知りで、彼らを叱咤する強い味方がいました。その名は最終電車の化身、終電を運行させる「終電ちゃん」です。
- 著者
- 藤本 正二
- 出版日
- 2016-03-23
本作は2015年から「週刊モーニング」で連載されている藤本正二の作品。
乗客も乗員も、誰1人として不思議に思わない不思議な存在、三頭身の終電ちゃん。各路線の終電を擬人化して描かれていますが、化身なのかはたまた精霊的なものなのか、詳しく語られることはありません。日本全国に遍在し、ある程度電車から離れて自律的な行動も出来る様子。
メインで描かれるのは中央線の終電ちゃんと、そこに乗り込む乗客のやり取り。終電の乗客にはそれぞれドラマがあり、終電ちゃんは時に厳しく、時に優しく彼らを迎え入れます。全ての乗客について、初めて終電に乗った時からずっと覚えている終電ちゃん。終電客にとっては第2のお母さんと言えるかも知れません。
「よ――し、出発する前に一言お前たち全員に言っておきたいことがある! 明日は必ずもっと早い電車で帰るって約束しな!!」
「はーい!!! するするーッ!!」(『終電ちゃん』より引用)
疲れ切った乗客達も、元気付けてくれる終電ちゃんの言葉には思わず笑みがこぼれます。こんなに可愛い終電ちゃん達が応援してくれるなら、日々のつらい終電ライフも頑張れるかも……!?
余談ですが、創刊90年を越える日本最古の時刻表に『JTB時刻表』があります。2016年、終電をテーマにした縁から実現した企画で、本作の番外編が掲載されました。『JTB時刻表』の長い歴史の中で、唯一掲載された漫画だそうです。
売れない漫画家キクチナオエ。彼女は担当編集者に乗せられて、紀行漫画の同行取材をすることになりました。旅程はトラベルライター任せ。それに疑問を抱かなかったのがキクチの運の尽きでした。
例のライター横見浩彦は根っからの鉄道好きで、旅の目的はローカル路線の全駅制覇。俗に「鉄」と呼ばれる鉄道マニアに一般人キクチが振り回される、ノンフィクション旅行記の全記録です。
- 著者
- ["菊池 直恵", "横見 浩彦"]
- 出版日
- 2004-11-30
本作は2002年から「週刊ビッグコミックスピリッツ増刊IKKI」、「月刊IKKI」などに連載されていた菊池直恵の作品。2006年にいったん終了しますが、作画担当を変更して『新・鉄子の旅』、『鉄子の旅3代目』と続いています。
「鉄」、それは鉄道関係に並々ならぬ情熱を注ぐ人々の総称。
ライターの横見はある意味で諸悪の根源と言えます。彼はいわゆる「乗り鉄」ですが、より正確には「降り鉄」。電車に乗るのが目的なのが「乗り鉄」で、各駅で下車して路線の全駅制覇を目指すのが「降り鉄」です。
実は担当編集もその筋の人。当初、列車を旅の移動手段として乗るだけ、と思っていたキクチ(作者本人)との温度差が凄いのです。ガイド付きで旅行に行ける、美味しい名物という条件に釣られたキクチは、望まぬまま毎度毎度彼らに付き合って、日本全国を巡ることに。
観光も出来ず、ただ列車に乗るだけが目的と言われるキクチ。彼女の楽しみは最早ご当地駅弁のみです。不憫なことに、その駅弁も忘れられることもしばしば……。
とは言ってもキクチもプロの漫画家。取材にはしっかり付き合って、気付けばいつの間にかどんどん「鉄」に毒されていきます。各所に挿入される彼女の一口メモまで読破すれば、あなたも立派な「鉄」になっていることでしょう。
1970年代の大阪。荻野憲二は大阪車掌区の新米「カレチ」として、列車に乗務していました。彼は運行中の長距離列車の中で、最も乗客に近い車掌として日々、親身な応対を心がけています。
年月は移ろい、新米からベテランへと成長していく荻野。そしてまた、荻野の所属する巨大事業体、国鉄の運営にも変化が訪れ……。
- 著者
- 池田 邦彦
- 出版日
- 2009-12-22
本作は2009年から「モーニング」で不定期に連載されていた池田邦彦の作品。
かつて用いられた電報略号(無線通信)で車掌のことを「レチ」と言い、特に客扱専務車掌のことを「リョカクセンムレチ」略して「カレチ」と言っていました。大阪車掌区とは国鉄大阪方面(現JR西日本)の車掌、客室乗務員が所属する組織のこと。
この物語は、そんなカレチの中でも、任命されたばかりの若き荻野の活躍と、それを取り巻く環境を描くものです。
舞台となる時代は1970年代。当時は名神、東名、中央道などの主要高速道路がようやく開通し、同じころに長距離高速バスサービスがスタートしたばかりです。長距離移動の主役は鉄道でした。
人々の「足」として活躍する鉄道は、翻って見ると乗客の数だけ事情を載せていると言えるでしょう。若きカレチ荻野は、車掌として真心で乗客に対応し、古き良き日本の心温まるエピソードとしてそれらは語られます。
国鉄は日本国有鉄道の略称で、ご存知の通り現在のJRグループの前身です。国鉄がJRに移行したことにはいくつも理由がありますが、本作ではその国鉄の変化、斜陽の時代を荻野で会社の内側から描いてもいます。
荻野の成長と国鉄の消滅。人情話を挟んで、一時代の黄昏時が淡々と語られていきます。
いかがでしたか? 今回ご紹介した作品とを通して、深遠なる鉄道の世界が垣間見えたのではないでしょうか。繰り返しになりますが、楽しみ方は千差万別。まずは気軽に、普段利用する電車の車窓から、外の景色に目を向けてみてはいかがでしょう?