マンガ

長尾謙一郎の漫画を振り返る!『クリームソーダシティ』ついに完結!

更新:2020.11.30 作成:2017.6.5

不条理でナンセンスな作風が熱狂的な支持を得ている長尾謙一郎。2014年に連載が突如「とある権力からの勧告」を受け打ち切りとなり、物議を醸した作品『クリームソーダシティ』が、ついに完結します。言い得ぬ狂気をはらんだ彼の作品を振り返ります。

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混沌とした世界観と奇抜なギャグが持ち味の長尾謙一郎

長尾謙一郎(ながおけんいちろう)は1972年、愛知県に生まれました。漫画家として『おしゃれ手帖』『ギャラクシー銀座』などの作品を発表する一方で、World’s end girlfriendや前野健太といった音楽家のCD、DVDジャケットをデザインしたり、元BiSのテンテンコのPV製作なども手がけたりしています。

2017年にはイラストレーターの小田島等とともに音楽ユニットThe Fascismを結成。サニーデイ・サービスの曽我部恵一プロデュースによるアナログ7inchをリリースし、音楽の分野にも表現の幅を広げました。

様々なフィールドで活動する長尾謙一郎ですが、どの表現においても通底するのはその混沌とした世界観。現代社会が抱える闇と奇抜なユーモアが同居する作風をもっとも濃密に堪能できるのが、彼の出発点でもある漫画作品です。

漫画家としての長尾謙一郎の経緯をたどってみましょう。1992年、大阪芸術大学芸術学部に在学中、『ビッグコミックスピリッツ』にて『アンダースローは終着駅だ』でデビュー。1999年に『おしゃれ手帖』を『ヤングサンデー』で連載開始し、2005年まで続けました。

2008年には『ビッグコミックスピリッツ』誌上で連載された『ギャラクシー銀座』が文化庁メディア芸術祭で審査委員会推薦作に選出。以後、ユースカルチャー誌『Quick Japan』にて『バンさんと彦一』、『ヤングアニマル』にて『PUNK』と連載を重ね、2013年、デビュー作が掲載された『ビッグコミックスピリッツ』にて連載『クリームソーダシティ』がはじまります。しかし、しばらく連載を続けた2014年5月、「ある権力からの勧告」を受け突如打ち切りに。例を見ない打ち切りの理由が話題を呼びました。

2巻まで発表された『クリームソーダシティ』は、その後クラウドファンディングにより3巻が発売。そして2017年6月、太田出版より既刊3巻に書き下ろしを加えた完全版が発売されます。物語だけでなく現実でも数奇な道をたどった『クリームソーダシティ』の完結を機に、長尾謙一郎の代表作を振り返ります。

ギャグからカルトへ変貌した代表作

学園一の清純派・小石川セツコ。度を外れたお嬢様である彼女はある日、クラスの男子が口にした「ボッキ」という言葉の意味を無邪気にもクラスメイトに聞いてしまいます。恥ずかしすぎる体験に悶絶するセツコは「ボッキノイローゼ」となり、部屋のこけしやお母さんの新しい髪型など突起物がすべて「ボッキ」に見えてしまうように……。

記念すべき初連載作品『おしゃれ手帖』の第1話は、こうして幕を開けます。長尾謙一郎自身も「とことんバカバカしいものを追求した」とインタビューで語っている通り、下ネタを中心としたコメディが繰り広げられます。

著者
長尾謙一郎
出版日
1999年から2005年までの6年間にわたり連載され、初期はただそのギャグの過激さをおもしろがる側面が強いですが、回を重ねるごとに印象が変化していきます。セツコやその家族を中心としたドタバタ劇が、いつのまにかただ破天荒なだけだったサブキャラクターの内面を描写する群像劇となり、最後は宗教や精神世界を描くカルト的な展開に。序盤から過激な描写はあるため、後半も確実に地続きではあるのですが「これは笑っていいのか?」というシーンが増えていき、読みながら自分の笑いの瀬戸際を探るスリリングな体験になっていきます。笑いの瀬戸際は、倫理観の瀬戸際でもあるからです。

混迷を極め、暴走するキャラクターたちが物語を進めていきますが、最後は不思議と「泣けた」「不思議な開放感がある」といった感想も目立つ作品。そして後半の精神世界を描いた作風は、その後の長尾謙一郎作品へと引き継がれていきます。

ロッカー風引きこもり竹ちゃんの「ギグ」とは…

2007年から2008年にかけて『ビッグコミックスピリッツ』にて連載された作品。2008年には文化庁メディア芸術祭で審査委員会推薦作に選ばれました。

著者
長尾 謙一郎
出版日
2008-03-01
自室に10年以上引きこもり、夜な夜な「ギグ」と称したイタズラ電話をかけるロッカー風の男・竹ちゃん。彼を偏愛し、頼まれたら渋谷に覚醒剤まで買いに行ってしまう母親。スピード感のあるコマの運びとすぐには理解できない登場人物の行動に、緩急の激しいジェットコースターに乗っているような感覚を覚えます。

さらに、彼ら親子の話の合間に物語と関係ないような人物たちのエピソードが挿入され、話の本筋を乱していきます。登場するのは自分の筋肉が地球温暖化を招く原因になっていることを心配するボディビルダー、自称エビちゃん似の巨大な女性コニーなど、それだけ書くと笑える人々ですが、実際の漫画の描写は薄暗く、不吉な印象。本筋とは関係がないエピソードでこれほどまでにインパクトを受けることが、読後感を複雑なものにしています。

そして、最終巻になると関係ないと思っていたこれらのキャラクターがつながりはじめ、物語はさらに加速していきます。引きこもりの竹ちゃんの行方は、あなた自身で確かめてください。

純愛なのに爆笑!男2人の夏のメモリー

『おしゃれ手帖』にも登場した太陽族の大男・バンさんと、彼に恋心を寄せる内気な青年・彦一が織りなす海辺の物語。『おしゃれ手帖』のスピンオフ的作品で、登場するのはほぼバンさんと彦一の2人だけです。

著者
長尾 謙一郎
出版日
2010-12-01
江ノ島で2人きりの夏を過ごすバンさんと彦一の感情描写は度を超えて耽美。ですが、バンさんは禿の中年男で、彦一も美青年とは言い難く、強烈な絵面は完全にギャグ漫画。純愛ロマンスとギャグ漫画、2つの要素が切り離すことができないまま混在しています。ただ笑うのもちょっとはばかられ、かといって純粋なラブロマンスとしては突き抜けすぎている。、アンビバレントな読書体験は、笑いの瀬戸際を探るようだった『おしゃれ手帖』ともリンクします。

『ギャラクシー銀座』のような混沌とした描写も初期の『おしゃれ手帖』の過激さもなく、さらに単行本1巻で完結するため、そういう意味ではライトな作品。しかしそこで繰り広げられる夏のロマンスは超濃密です。

作者が主人公の「パンク」な革命ストーリー

『ヤングアニマル』誌上で連載された作品。単行本1巻の発売は『おしゃれ手帖』の愛蔵版、『バンさんと彦一』と同時発売され、当時ちょっとした「長尾謙一郎祭り」状態となりました。

著者
長尾 謙一郎
出版日
2010-11-29
今回の主人公は漫画家の謙一郎。そう、長尾謙一郎本人をモチーフとしています。ある熱帯夜、いつものように原稿を描いていた謙一郎の家に、シモーナと名乗る大柄な黒人女性がやってきます。シモーナは、自分は謙一郎のファンだと言い、インターホンのモニター越しにしゃべりはじめ……。

エキセントリックなキャラクターが醸す不穏さとカオスなギャグ。緊張と笑いが同時に去来する中をまさにパンクな疾走感で駆け抜け、シモーナに連れられるがまま謙一郎は巨大な事件に巻き込まれていきます。常軌を逸した展開が引き起こす認識の歪みと、随所に渦巻く巨大な陰謀が息つく暇も与えません。

連載期間は東日本大震災を挟んだ2010年から2012年。そのことを意識して読むと、また違った臨場感を感じられる作品です。

突如打ち切り!物議騒然の作品が堂々完結

「ただ、正しいことがしたい」。その思いを胸に、非営利団体D.R.T(Do the Right Thing)として街をパトロールする皇先輩とTAKO介。ある日2人は雨の降る渋谷駅前で、街頭演説中の政治家を銃殺します。その場を逃げようとする2人に、スクランブル交差点の向こうからホームレス風のおっさんが走ってきて……。気づけばそこは、渋谷とは程遠い美しい海辺。真実の楽園「クリームソーダシティ」でした。

著者
長尾 謙一郎
出版日
2017-06-13
狂信的ともいえる正義、国家権力の陰謀など、テーマは前作『PUNK』で描かれたものと地続き。しかし享楽的なクリームソーダシティのイメージが、鬱屈した現実世界の話の中に不自然な明るい静けさをもたらしています。

物語はおもに皇先輩とTAKO介によるエピソードと、徹底的に間抜けに描かれた総理大臣が謎の組織の思惑に翻弄されるエピソードの2つが絡み合って進行していきます。一体クリームソーダシティとはなんなのか?真相に近付こうとした時、突如『ビッグコミックスピリッツ』での連載は打ち切りに。その理由は「ある権力からの勧告」というもの。これまでも過激なシーンを描き続けた長尾謙一郎の作品でも、また現代の日本でも聞くことがない不穏な理由は、読者のみならず多くの人の注目を集めました。

その後、クラウドファンディングでの続編製作プロジェクトを発表。出版社を介さず漫画家が直接作品を発表するスタイルで、2016年の夏、支援者に待望の第3巻が送られました。ここでは日本が戦争へ向かうことを示唆する不吉なシーンも描かれ、より過激なほうへ、物語の歯車がまわっていきます。

政治家への不信感、戦争へと向かう気運。さらにTAKO介が東京にミサイルが直撃する夢を見るシーンもあり、『クリームソーダシティ』はフィクションながら現在の日本の空気を色濃く反映しています。むしろ2017年の現実の東京は、連載が開始された時よりも『クリームソーダシティ』の東京に近くなっているとも言えます。そんな中、1〜3巻の内容に大幅な加筆を加えた完全版が、6月12日に太田出版より発売予定。果たして物語はどんな結末を迎えるのか?クリームソーダシティの真実が、いよいよ明らかになります。

ギャグ漫画家としてスタートし、次第に不吉なシチュエーションで緊張感のあるストーリーを紡ぐ唯一無二の存在へと変貌した長尾謙一郎。どの作品においても、不穏な空気感の中で予期せぬ笑いが繰り出され、その緩急が癖になる作家です。気になった方はぜひ手にとってみてください。