言語学者たちが見る世界 ―― 言語を学んでいる・これから学ぶ人へ。

更新:2021.12.3

あなたは言語が得意だろうか?得意な人、そうでない人、これから新たな言語を学びたいという人にとっても、言語学の知識を得た上で語学学習することは、ある程度有用性があるはずだ。そこで今回は、外国語学習のヒントになり得る3冊の本をご紹介しよう。

ブックカルテ リンク

外国語学習の一番初めのガイドブック

『大学からの外国語 ―― 多文化世界を生きるための複言語学習』は、もともと京都大学文学研究科が新入生のために編纂した冊子を出発点としている。

英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ロシア語、中国語、韓国語、現代ギリシャ語の8つの外国語について、若い研究者が自分の留学体験、学習体験をもとに、それぞれの外国語の特徴や文化的背景をわかりやすく解説したものである。

 

著者
出版日
2015-04-03


大学生が第二外国語を選ぶさいの指針となるのはもちろん、あまり知られていない文化の記述を写真とともに見ているとその国へ行きたくなってしまう。

「実は、こうした、ギリシャ人の感性に触れる、ということが私の留学生活のなかで最も印象深かったことでした。それも、韻文や文学作品を読むというような高尚なお勉強ではなく、日常生活に根ざす場面での経験が大きかったと指摘しておきましょう。私の場合、鍵となったのは図書館とコーヒーでした。」(高田2015, 15項「第1章 ギリシャとギリシア——少数言語が拓く世界」)

ギリシャについては古代文明のイメージしか持っていなかったが、本書を読んで言語の特徴や国の文化に魅力を覚えた。

脳科学と外国語学習

脳科学の見地から言語習得の仕組みを解説しているのが『外国語はどこに記憶されるのか ―― 学びのための言語学応用論』である。

現在言語は遺伝子科学や生物学、医学などの知見を集結して最先端の研究が進められており、言語学は応用科学の基礎を提供する学際的な分野であることを感じさせる。

「外国語学習では、〔…〕表現形式を定期的に使用して脳内を巡らせ、繰り返しアクセスと活性化をすることが重要となる。したがって、短期間の暗記や数分間機械的に復唱するのではなく、長期間にわたってさまざまな素材を使用しながら、〔…〕表現形式にふれることが、外国語の言語知識を保ち続けることになる。」(中森2013, 35項)

 

著者
中森 誉之
出版日


脳科学的には、一夜漬けのテスト勉強や単語テスト直前の丸暗記は短期記憶依存型の学習であり、そこで覚えたことは長期記憶にはほとんど貯蔵されず忘却される。

大学生にとっては試験対策のためにこのような短期的学習をせざるを得ないことが多いだろうが、新たに外国語を習得したいと考えるいま、本書の脳科学的な言語習得のメカニズムを駆使することにより、うまく自分の学習をコントロールして長い目で語学に打ち込んでみるのも良いかもしれない。

言語の背景には文脈がある

『外国語を学ぶための言語学の考え方』は、タイトルからして外国語を学ぶテクニックが掲載された本だと思い込んで読み始めた。

しかし、「常日頃より考えているのだが、外国語学習は料理に似ている」(黒田2016, 1項「はじめに」)という比喩から始まり、筆者が長年言語に携わったエピソードを散りばめつつ、全体的に文体にもクセがあり苦手な人もいるかもしれない、古き良き言語学者タイプのエッセイに近いものだった。

主にヨーロッパ諸語を取り上げて男性名詞と女性名詞、格変化の違いなどを言語ごとに比べた解説や言語の雑学は、たしかにそれらの知識から外国語全体を俯瞰してみることで外国語学習に役立つ部分もあるだろう。本書の意図はそこにあるのかもしれないと思いながら読み進めていった。

しかし、「第五章 大切なのは過去 ―― 遡る言語学」で近年大学受験において古典が受験科目から外れていることに触れるあたりから、本書の雰囲気が変わってきた。

筆者は「過去を見つめる人文科学にとって、古典語の重要さはこれからも変わらないし、変えてはいけない。」(黒田2016, 134項)と断言する。

「西洋の学問は二つを対比したり、対立させることが大好きで、おかげでコンピュータのような0と1の世界が生まれるのだろうと邪推する。〔…〕二項対立はすっきりしている。複雑に絡み合っているように見える問題を整理し、明確な道筋をつけてくれることもある。〔…〕だが自然科学はともかく、言語のように人間という不完全で複雑な存在が日々使っているものが、そんなに単純に割り切れるとは思えない。〔…〕一つの論理ですべてを解決しようとすると、ときに乱暴な結論に至る危険性があるのではないか。」(黒田2016, 150項「第六章 迫られる二者択一 ―― 張り合う言語学」)

 

著者
黒田 龍之助
出版日
2016-02-24


「ことばを切り刻んではいけない。〔…〕分析のために非現実的な文を勝手に作ったりしている分野もあるが、教科書や文法書など教育目的ならともかく、そんなことをしても理解は深まらない。ことばは文脈の中で生きている。〔…〕とくに文学や小説などフィクションを読んでほしい。役に立つ情報からしばし離れ、言語文化の奥行きを感じることが、外国語学習には欠かせない。検定試験で得られない喜びがここにある。」(黒田2016, 182項「終章 浪漫主義言語学への招待」)

引用さえしたが、全体の文脈とともに読むことで言葉が生きるのが本書の醍醐味だと思う。

タイトルに「外国語を学ぶための」はいらなかったかもしれないが、人文系学術本でもすぐに「役に立つ情報」が求められる近年、このようなタイトルにしなければ本が売れないという事情があったのかもしれない。
 

外国語学習のヒントになり得る3冊の本、それぞれ毛色が違ったがいかがだったろうか?

もしかしたら、「外国語を学び始めるときに読めば良かったが、自分には関係ない」と思われるかもしれない。

確かに外国語は若いうちに学ぶべきだと脳科学も指摘している。だが、もしかしたら外国語がこれから何かのきっかけで必要になるかもしれないし、実用でなくとも語学を新たに始めるのに年齢は関係ない。好きな本を原書で読みたい、韓国ドラマが好きとか、その程度のきっかけで良いのだ。

この書評をきっかけに、外国語学習に少しでも興味を持っていただけたら大変うれしい。

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