野沢尚のおすすめ文庫作品5選!映画の脚本も手掛ける作家

更新:2021.12.22

2004年に仕事場のマンションで首を吊り、惜しまれながらもこの世を去った野沢尚。彼が生前発表した小説は、どれも心理描写・人物描写が巧みな良作ばかりでした。その中から、厳選した5作をご紹介します。

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今なお惜しまれる脚本家にして小説家、野沢尚

野沢尚は1960年5月7日生まれ、愛知県名古屋市出身です。愛知県の高校を卒業後、日本大学芸術学部映画学科に進学。テレビドラマの脚本を多数手掛け、高評価を得ました。脚本を担当したドラマは『親愛なる者へ』『眠れる森』『坂の上の雲』など。また、ドラマだけでなく、アニメや舞台の脚本も多く手掛けています。

脚本家になろうと思ったきっかけは自主映画だったそうで、作る過程で「映画はまずシナリオありき」と考えるに至り、独学で書き始めたといいます。書き方は、「月刊シナリオ」を見て覚えたとか。1997年、小説『破線のマリス』が、江戸川乱歩賞を受賞しました。

2004年、仕事場にしている目黒区のマンションで首吊り自殺を図り、死去。享年44歳でした。現場には、知人に対し「夢はいっぱいあるけど、失礼します」と記した遺書が残されていたそうです。人物の心理描写や場面描写を緻密に描き出す作風は、今でも多くの読者に支持され、その死は非常に惜しまれています。

被害者と加害者、それぞれの娘たちの出会い『深紅』

吉川英治文学新人賞受賞作。2005年には野沢尚自身が手がけた脚本で映画化されました。

修学旅行中に家族を惨殺された小学生の奏子。彼女は心に到底癒せない深い傷と悲しみを負ったまま、大学生へと成長します。ある日、家族を殺した加害者にも同じ年の娘がいることを知り、正体を隠して彼女に近付くのですが……。

家族を殺されて、一人生き残ってしまった奏子。犯人には死刑判決が下り、奏子は修学旅行先から東京に向かうタクシーの中にいた4時間を、年に数回フラッシュバックするようになってしまいます。両親はなぜ殺されたのか、彼女は苦悩に打ちひしがれるのです。

とうとう被害者と加害者、それぞれの娘が出会った時、奏子は果たして復讐を始めてしまうのでしょうか……。

著者
野沢 尚
出版日
2003-12-10

被害者心理を緻密に描き、「人の心の傷とは何か」を問う作品。リアリティのある心理描写と、闇を抱えた少女たちの憎しみに心が痛くなります。作中の事件が、1983年に起こった「練馬一家5人殺人事件」に酷似していることでも話題になりました。

「殺人」という犯罪が、被害者の心、またその周囲の人の心に残す傷の重さは、図り知れません。しかし、この世にはそうして傷付いた人が確実に存在する。奏子が苦しみながらも辿り着く答えは、果たして彼女の救いとなるのでしょうか。

息子を取り戻すのは、母の愛『リミット』

有働公子は、警視庁捜査一課特殊係の刑事。同じく警察官の夫は、4年前勤務中に死亡。今は7歳の息子・貴之と2人暮らしをしています。公子はある日、幼児誘拐事件に携わりますが、事件を企てたのは元教師の澤松智永でした。彼女は水商売をしていた時に、密輸ブローカーのグレイ・ウォンという人物と出会い、かつての教え子2人と手を組んで事件を起こしたのです。

公子は、被害者の母親の代わりに誘拐犯からの電話に対応しますが、犯人に自分の息子の貴之を誘拐されてしまいます。我が子を取り戻すため、たった一人の戦いに身を投じて行く公子。やがて警視庁の警官4万人をも敵に回し、息もつかせぬ奪還劇が繰り広げられていくことに。

著者
野沢 尚
出版日
2001-06-15

子どもをターゲットとする人身売買・臓器売買を行う犯罪組織と、息子を誘拐された警察官の熾烈な戦いが、500ページを超えるボリュームで読み応えたっぷりに展開。もしかして、警察内部に内通者が?と思わせる場面など謎解き要素もあり、サスペンスとしての一面も覗かせます。

もし、我が子が同じように誘拐されてしまったら……母親として、何もかもを捨てて助けに行くことができるのか。そんな母の愛の強さを問う、衝撃作です。銃撃戦などのアクションシーンも豊富で、エンターテインメント性の高い作品となっています。

寮生と寮監の心の交流を描いた、野沢尚の青春小説『反乱のボヤージュ』

19歳の坂下薫平は、首都大学医学部の1年生。個性的な仲間に囲まれて楽しい日々を過ごしていました。彼らは学生寮に入っていましたが、大学側は密かにこの寮の取り壊しを計画。元刑事の名倉という男を寮監として送り込み、厳しい統制を敷きます。

また、寮内ではストーカー・自殺未遂などの事件も勃発。他にも家族との揉め事や就職活動の悩みなど、大小織り交ぜた様々な問題が次々と発生。そんなトラブルに見舞われる中で結束を固めた寮生たちは、学生寮の存続を賭け、大学と戦うために立ち上がります。

著者
野沢 尚
出版日

主人公の薫平は、父親に捨てられ、母親に先立たれ、たった一人で辛い人生を送っています。そのせいか、寮の存続問題や他の寮生に起こるトラブルに関しても、どこか傍観者のような立ち位置。寮監として送り込まれた名倉は、かつて有名な事件の現場にいたこともある元機動隊員。名倉の厳しい部分が学生たちの心に少しずつ変化をもたらし、彼らの成長を促していく様子が魅力的に描かれます。

学生運動を描いた思想的な作品かと思いきや、学生と寮監の交流によって若者たちが精神的な旅立ちと成長を遂げる姿を描く青春小説のようです。どこか傍観者だった薫平が、自らの意志で行動するようになる、その変化に胸を打たれます。人物の心情が移り変わる表現の巧みさもあり、爽やかな読後感を与えてくれる作品です。

野沢尚がおくる、スピード感溢れるサッカー小説『龍時』

野沢尚が描いたサッカー小説です。無名の高校生・志野リュウジは、U-17のスペイン代表との試合に出場したことをきっかけに、スペインサッカー関係者の目に留まり、単身スペインに渡ることになります。やがて、スペインのプロサッカー選手予備軍の中で、だんだんと頭角を現してくるリュウジ。異国でプレイするうち、日本のサッカー界が抱える矛盾に気付くことになります。

母国の日本やそこに住む家族から離れ、トップスターになるべく、彼は遠いスペインの地で自分を追い込むのです。その甲斐あって、スペインに渡って1年も経たずにトップチームの試合に出場しました。バルサとの試合では劇的なゴールを決めるなど、みるみるうちにキャリアを積んでいきます。その様子が、リアルさをもって描かれているのです。

著者
野沢 尚
出版日

言葉の通じない異国での苦悩、リュウジの生活描写。日本人が理想とするサッカー選手の姿をそのまま体現したかのようなリュウジというキャラクターには、すぐに感情移入できてしまうでしょう。サッカーシーンの緻密な描写とスピード感のある文章も、実際の試合をその場で体感しているかのように感じられるのです。

サッカーを知らない人でも読める本作ですが、実在の選手名も数多く登場することもあり、サッカー好きの人であれば、ますます感情移入ができてしまうのではないでしょうか。ゲーム中の細かな描写や選手の心理状態などが非常にリアルで、引き込まれてしまいます。「リュウジ」という名前には隠された意味もあり、彼の魅力の形成に一役買っています。

テレビ報道への問題提起的作品『破線のマリス』

遠藤瑤子は、ニュース番組「ナイン・トゥ・テン」の編集担当。映像モンタージュを作ることを得意としています。瑤子の作る映像は虚偽スレスレの危険なものでしたが、毎回高視聴率を獲得していました。

ある時、瑤子は春名誠一と名乗る郵政官僚の男から、ビデオテープを受け取りました。それは、先日の弁護士転落死事件が郵政省での汚職事件と関わりがあるという主旨のもの。スクープになる、と瑤子は急いでテープを編集し、郵政官僚である麻生公生を犯人であるかのように仄めかす映像を製作します。その後、いつも通り上司の確認をすり抜けてそのままニュース番組で放送したのでした。

弁護士の葬儀で意味深な笑みを浮かべる、麻生公生。故意に犯人に仕立て上げられたかのようなその映像に麻生は逆上、瑤子に謝罪を求めてきます。不審に思った瑤子が調べてみると、郵政省には春名誠一という人物は存在しないということが判明するのです。

著者
野沢 尚
出版日
2000-07-15

本作で野沢尚は、江戸川乱歩賞を受賞しています。

テレビの情報操作や、虚偽の報道について問題提起する作品。報道とは何か、伝える側の立場とは?そんな問いかけもなされているように感じられます。報道サスペンスでありながら、終始ハラハラさせられる展開はエンターテインメント小説としても読むことができます。「マリス」とは英語で「悪意」を意味し、作品のタイトルが、まるでテレビに隠された悪意を暗示しているかのようです。

今回紹介した作品は、どれもジャンルが違い、自分好みのものから試してみることができます。野沢尚がこの世に遺した作品を、ゆっくり堪能してみてはいかがでしょうか。

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