2018年に実写映画化が決定したサイコホラー漫画。女、そして人間というものの恐ろしさを感じさせられる作品です。今回は本作の恐ろしさを詳しくフォーカスしていきます。13巻までのネタバレを含むのでご注意ください。
バケモノのように醜い容姿で、幼い頃から虐げられてきた主人公・かさね。しかしある日、母親の形見の口紅をつけることで、キスすると相手の顔と自分の顔を取り替えられることに気づきます。それはつまり、他人の顔を奪えるということ。
もともと演技の才能があった彼女が、その口紅、他人の顔を利用して芸能界を駆け上がっていきます。そこで描かれるのは、どんどん暴走をしていく、ひとりの女の姿。そして、その口紅にまつわる秘密が描かれていくのです……。
松浦だるま原作の漫画で、2018年9月7日から、土屋太鳳、芳根京子出演で映画化された人気サスペンスホラー漫画となっています。
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- 著者
- 松浦 だるま
- 出版日
- 2013-10-23
いわゆる「入れ替わり」ものの本作。後ろ暗い道具で、スポットライトの中心である芸能界で成功するという設定の対比、そのなかであらわになる主人公・かさねの、欲望の恐ろしさが際立ちます。
美しくも、恐ろしい彼女の姿。女の業があらわになった、サイコホラーともいえる名作です。
この記事では、その魅力をさらにフォーカス。ついつい引き込まれる本作の面白さを、最新13巻までの見所とともにご紹介していきます。ネタバレを含むので、ご注意ください。
かさねは、小さい頃から醜い容姿のせいでいじめられてきた少女。彼女は大女優で絶世の美女だった母・透世を亡くして、さらに孤独を深めていました。
いじめの一貫で主役になった発表会で。彼女は実力を発揮し始めた本番中に、主犯格の少女に役をとられてしまいます。彼女と言い合っている時、かさねはかつて母に言われた言葉を思い出し、そのとおりに主犯格の少女にキスをしました。
すると、目の前の彼女は醜い自分の顔に変わっていたのです。そこでかさねは、形見の口紅に他人と顔を入れ替えられる力があることに気づきます。そしてその顔を奪ったまま、発表会での演技をするのでした。
賞賛の視線、周囲から認められているという安心感、内から湧き出る自信、優越感。
彼女は美貌が力であることに気づきます。それと同時に、母も同じことをしてスターになったのだと。
口紅の力を知りながらも、使いあぐねていた彼女。しかし体はどんどん成長し、女の体にバケモノの顔がついているようだと、さらに自分の顔をうらめしく思っていました。
そんな時、母の法事に、羽生田という男が現れます。彼は演出家としては1度だけ透世と仕事をしただけだが、舞台の外では彼女の秘密を守るために動いてきた人物だと言います。
そして、透世にこう言われたと明かしました。
「娘を 奈落の底から白い照明の下へ導いて……!」
(『累』1巻より引用)
そして、そこから彼女はスター女優になるべくして歩んでいきます。加速し、周囲を巻き込み、暴走する欲望。
しかし、そこに透世の過去、彼女とかさねに恨みを持つ人物、口紅の秘密がからまり、思いもよらない結末へと導くのです……。
本作はひとりの少女が、時には蝶のように、時にはバケモノのように変化していくさまを見事に描き切っています。その変化は見事としかいいようがありません。まさにドラマチックです。
そのなかで際立つのが、演技をする喜び。さらにいうと、それを初めて知った時のシーン、その快感の描き方が鮮明です。
母が幼い頃に死に、同級生にいじめられ、散々な日々を送っていた、かさね。役として他の人の人生を生きる喜びを、彼女という人物が表現するからこそ、設定の妙があります。
それがただの設定倒れになっていないのは、やはり松浦だるまの描写力。初めて息ができたような、「抜ける」感覚を、演技の快感を経験的に知らない読者にも体感させてくれます。
そしてその体験と、羽生田との出会いによって、彼女は否応無くスターとなるべき道にのせられます。野菊という女性によって、自らその道を突き進んでいくのです。
羽生田はかさねに、眠り姫病にかかったニナという若手美人女優を紹介します。そしてかさねは彼女の顔を借りて芸能活動をすることに。当初は口紅を使うことに罪悪感を持っていた彼女ですが、親友といえる存在となった演劇仲間の野菊の言葉で、再起を果たすのです。
しかし彼女との出会いは、結局はかさねの暴走を加速させることになってしまいます。なぜなら野菊の言葉はかさねを陥れるための言葉であったから。唯一心を許せる相手だと思っていたかさねは、ショックを受けて激変します。
他人から顔を借りることに躊躇しなくなり、目的のためなら手段を選ばない性格へと変わっていくのです。
最初は演じるのが楽しいということに気づいただけだけという、害のない思い。しかし口紅によってより高いところへ行ける、そして自分にはそれしか信じられるものはないと思った彼女の欲望は、膨張していくのです。
背筋がひやりとするような、女の変わるさま。怖いと思いながらも、読むことをやめられなくなるような展開です。
本作でもうひとつ生々しく描かれているのが、女の「美」というものへの執着。そして力です。
もともとは恐ろしい容姿であったため、自分が美しいという状態を知らなかった、かさね。しかし口紅で美貌を持つことの快感を知ってしまいます。憧れる者、感嘆する者、ただただ見惚れる者……。彼らの視線を味わってしまうと、もう今までの見た目で生きることには戻れません。
そして美しいということは、もともと演技の才能がある彼女を、より高みへと連れていってくれるのでした。ヒロイン役の抜擢、出演者からのプライベートなアプローチなど、彼女がかさねであれば無理だったであろうさまざまな「良いこと」。
その変化する様子が恐ろしいと言いましたが、彼女をそんなモンスターにしたのは、実は周囲の視線や態度でもあります。この作品は読者の私たちにも、彼女のようなモンスターを生み出してしまう可能性があるといってくるのです。
それでも一読者として、彼女が毒を帯びれば帯びるほど、美しいと思ってしまいます。
自分にはこれしかないという熱情、しかしその唯一の拠り所が、嘘で支えられた脆弱なものだということ。この激しい演技への傾倒と、今にも崩壊しそうな危うさのバランスが、彼女を美しくしていくのです。
そんな美しさが、実際には存在しない、しかも2次元である漫画のキャラクターから感じられるということに毎回驚いてしまいます。女の美しさというものが、なぜこの作品からこんなにも伝わってくるのか、と。
それはかさねを含め、彼女の美貌に群がる人々からも感じられる「美」への執着が、リアルに描かれているからかもしれません。
恐ろしいと思いながらも、彼女の堕ちていく様子、借り物の造形、そして本当のかさねが生み出す表情に同じように引き込まれてしまう読者としては、美とそれにたかる人々の欲望は、生々しいとすら感じてしまいます。
人間のむき出しの姿を見ているかのような気持ちにさせられる、形容しがたい美への執着が実感できる作品です。
前巻10巻で顔の永久交換が可能なこと、しかしそれは命の危険を伴うものだということが判明しました。かさねの母もそれを実行して成功したものの、元夫に突き落とされてかさねをかばって死んでしまい、その時何か大事な言葉を彼女に遺したそうです。
その言葉が思い出せないまま、かさねは学生時代親切にされていた「優しくて残酷」な幾とダブル主演で「サロメ」を演じます。かさねが演じたのは圧倒的な「絶望」。原作の「希望」とは正反対の結末であるにも関わらず、場内は拍手が鳴り止みませんでした。
- 著者
- 松浦 だるま
- 出版日
- 2017-06-23
終演後、幾と一緒に帰るかさねのもとに羽生田から電話がかかってきます。かさねが顔を奪っていた野菊が幾と彼女にかしずく五十嵐という男の手によって逃げてしまったというのです。
どんなに偽ってもかさねはかさねのままなのだ、容姿くらいで演じることへの情熱は消えてしまうものなのかと、かさねに言い寄る幾ですが、それも彼女がもとから美しいゆえに考えられること。
かさねはどうしようもない気持ちで家に帰りますが、そこで怪我を負った羽生田に元のお前に戻ったら誰も見向きもしないと言われ、醜くても美しくても満たされることのない自分に疲れ果てるのです。
そしてかさねは怪我を原因に舞台を降板。そのまま姿を消します。
彼女は姿の美醜に関わらず自分の本当の醜さを隠せないことに絶望していました。そして死を決意するのですが、その時脳裏に今まで演じてきた役の走馬灯が流れます。
そしてその中に生きる理由を見つけるのです。
それから4ヶ月。かさねは母の足跡を辿っていました。そんな彼女を羽生田が待ち伏せしています。
その頃かさねの母に自分の母の顔を奪われたことで彼女を恨んでおり、その娘で母と同じ罪を重ねるかさねのことを知った野菊はかさねを殺そうと考えています……。
結末にむけて大きく物語が動いてきた様子が感じられた12巻。いざなの過去やその村の伝承など、重要な情報がどんどん明かされます。
いざなの故郷を訪ねたかさねは、そこで待ち伏せしていた羽生田によって、母の生まれた朱磐村(あけいわむら)、そして彼女の半生について知ることになりました。
村の野原を進んだところにある暗い森の「槻」という家に生まれたいざな。しかしその容姿ゆえにすぐに殺されそうになってしまいます。
それを助けたのが平坂千草。彼女は実の家族に隠れていざなを育てました。
しかし彼女はずっと山奥の小屋で育てられており、とても普通の暮らしとはいえないありさまでした。
- 著者
- 松浦 だるま
- 出版日
- 2017-10-23
そんなおり、羽生田も朱磐村にやってきます。なんと昔からの知り合いだったんですね。ますますこの村に興味が出てきます。
実はもともと朱磐の家のものであった羽生田は、朱砂野という家の主が手を出したよその女から生まれた人物でした。この村に来てから母親が消えたと語る彼ですが、ここにも何か秘密がありそうですね。
そんなある日、村にある朱磐神社の立ち入り禁止の聖地であり、いざなが隠れて育てられた白永山で、彼女は「日紅」という鉱物顔料を見つけます。実は彼女はその神社で行われた神楽で鬼女が巫女の魂を奪おうと紅をつけて口付けするという流れをヒントに、その秘密を突き止めたのでした。
そもそもいざなが殺されそうになったのも「丙午生まれのみにくい女児は殺さねば鬼女の魂をもって幸いをもたらす」という言い伝えから。まさにその伝説を彼女は現実のものとしてしまったのです。
そしてこの朱磐神楽を再現した演劇をすることこそが羽生田の目的だったのです。おそらくこの演目のなかに顔の永久的な交換をする方法があるとにらんでいます。
そして今、朱磐の言い伝えを研究している学者から、そのことについて書かれた文献が手に入りそうだと言うのです。
そんな折、かさねのもとに野菊から連絡が入ります。会って話したいことがあるという彼女。もちろんその目的はかさねを殺すことです。
その申し出に結局会いにいってしまうかさねなのですが、彼女はある提案を野菊にもちかけ、そのために驚くべき提案をします。
そして物語は朱磐神楽の演目へと突き進んでいくのです。
ぜひ最後のかさねの決断、そこに含まれた彼女の思惑などは作品を見て実感、想像してみてください。11巻で何かに気づいた様子のかさねはどこか悟ったような雰囲気があります。
果たして彼女にどんな変化があったのか、朱磐神楽でどんなことが判明するのか。終わりに向けて動いてきたことが感じられ、ますます目が離せません。
村の人間に嫉妬した鬼女と、彼らを救う美しい巫女・暁が小さな村で繰り広げる人間ドラマの朱磐神楽。しかしそれに出演するかさねは、巫女役であるにも関わらず、どうしても鬼女に感情移入してしまい、演技ができません。
しかもこの舞台が終わったら自分を殺してもいいと、肝心の口紅を野菊に渡し、何かを悟りきった様子。いつも彼女の後方支援をし、今回の演出・監督を務める羽生田は、念願の舞台に不安定なコンディションで向かうかさねにいらだちが隠せません。
しかし、かさねも、すでに満身創痍。欲望を詰め込みすぎた器が、壊れていく音がします……。
そしてついに彼女は、こうつぶやくのです。
「羽生田さん
私はもう…この先の”暁”を演じることはできません
ごめんなさい
役を…降ります」(『累』13巻より引用)
- 著者
- 松浦 だるま
- 出版日
- 2018-04-23
かさねがついに限界を迎え、役を降りると語った13巻。しかしそれは「偽物のかさね」の崩壊であり、彼女が初めて本当の自分を受け入れられたということも意味します。
それと同時に口紅を興味本位でつけた野菊にも異常が現れ、彼女は生前の母に、恨みを捨て、自分らしく生きなさいと語りかけられます。自分のやっていることが本当に合っているのかゆらぐ野菊。
それぞれが自分の本来の道に戻ろうとするなか、羽生田はいざなの遺志に報いていると信じ、この舞台を成功させることだけに心を傾けています。
そして彼が役を演じようとしないかさねを監禁した時、彼女から、いざなと透世に関する驚きの事実が明かされます。
しかし驚いている暇もなく、さらにかさねから、次なる一手としてストーリーを動かす宣言がされるのです。
欲望の化身となり、それに翻弄されてきた主人公が、自分だけの歩みを始める時。クライマックスに向けて加速する展開から目が離せません!
素顔のままで舞台に立ちたいと言い始めたかさね。演劇のストーリーに集中できなくなること、いざなの彷彿とさせるその顔を世間に晒して見世物にしたくない羽生田はそれを否定し、舞台「暁の姫」は上演を取りやめるほかなくなってしまいました。
しかし、彼はかさねから受け取った「いざなの荷物」の中にあった、いざなから「海道凪」という男性へ向けた手紙を読んで……。
- 著者
- 松浦 だるま
- 出版日
- 2018-09-07
徐々に明かされきた、いざなの過去ですがそこにはまだ語られていない海道凪という存在がいました。それはいざなの結婚相手であり、かさねと野菊の父でもある海道与の弟。彼に向けて書かれた手紙から、いざなの本当の気持ちが理解できます。
そしてそれをきっかけに羽生田も素顔のままかさねが舞台に立つことを許すのですが、物語はそこからまさかの展開を迎えます。
ついに最終巻となった『累』。最後まで間延びすることなく、スピーディーな展開で読者を物語の世界に誘います。特に素顔のまま自分を表現するかさねの姿に引き込まれること間違いなしです。
しかし激動の物語の最終回は、意外にも静かなもの。たった1本の口紅によって狂うことになった人々の末路が淡々と描かれます。自分らしく生きるという「光」を見つけたかさねですが、今までのつけとして、死よりも思い罰を与えられることとなるのでした。
静かながらも、長く余韻の残るこの物語の結末は、ぜひご自身でご覧ください。
女の業の深さ、人の欲望のあらわになった姿にひやりとさせられる本作。その独特の怖さは作品でしか味わえないものです。
また、作品は最終章に突入し、どんどん物語の収束が加速していき、目が離せない展開です。ぜひ作品で生々しい人間の姿、静かながらも圧倒される最終回をご覧ください。