平面だけの世界から異次元への冒険
『フラットランド』の新訳が出る!と聞いた僕は、またそれを読みたいと思わずにはいられなかった。
原作は19世紀、イギリスのある学校の校長であり神学者であったエドウィン・アボット・アボットのファンタジー小説『フラットランド(平らな国)』。この作品は、長きにわたり、世界の見方を根本からヒックリ返してくれる本、として多くの人に読まれてきた。
僕も、科学者という職業に就く前、この作品に魅了された一人である。初めて読んだ時の感動が蘇ってきた。そう、あの感動を!
- 著者
- エドウィン.アボット・アボット
- 出版日
- 2017-05-12
「フラットランド」とは、縦と横しかない世界だ。みなさん、ご存知のように、我々の世界は、縦、横、高さの三方向からできていて、それを「空間」と呼んでいる。もし、この世界が縦と横だけしかなかったとしたら、どうだろう。つまり、3次元ではなく、2次元だったら、どうなってしまうのだろう?
ファンタジーである本書は、2次元の世界に生まれ育った主人公が、2次元の世界の人々の社会やコミュニケーション、法律や建築、そういったすべての「世界」を詳細に語る場面から始まる。驚くべき、2次元の世界!いや、真に驚くべきは、2次元においても、どうも十分に機能する社会が構築できそうである、ということだ。つまり、我々が三次元にしか住めないとも考える常識が、即座に破壊されるのである。
物語が後半を迎えると、2次元世界に住む主人公の元に、3次元の人類が降臨する。主人公の常識はそこで破壊されるが、しかし、ストーリィはそこからが本番であった。常識を破壊された2次元の主人公は、新しい世界の見方を獲得する。そして、その見方は、単に3次元にとどまるものではなかった。「2が3になれば、3は4になり得る」--- つまり、高次元への扉を開いたのだ。このことを独自に発見した主人公は、3次元の人類の常識をも破壊し始める‥‥
学生時代の僕が衝撃を受けたのは、単なるファンタジー小説に自分の常識が破壊されるという実感とともに、詳細に記述される「フラットランド」の社会の無矛盾性であった。「こうなっていなければいけない」と自分の周りの世界を自ら規定していたことに、まさに「次元の外側から」気づかせてくれた本なのである。僕の学生当時はブルーバックス『二次元の世界』としてその表紙とともに衝撃を与える良い本であったが、それは絶版である。その後、東京図書や日経BP社などからも翻訳が出たが、それらも絶版のようである。あたらしく新訳が、しかも「フラットランド」にインスパイアされた写真家の写真集も巻末につく、異次元写真が表紙を飾る本書は、名作であるこの科学ファンタジーを、さらに世代を超えて伝えていくに違いない、と感じる。
異次元はどれだけ恐ろしい(かもしれない)のか
ここに、一つのマンガがある。「高次元の世界というものが人類には分からない」という恐怖とは、どんなものだろうか?つまり、『フラットランド』の主人公が「3次元の世界が分からない」という恐怖を味わうのと同様の恐怖は、果たして、我々3次元人の人類が、共感できるものだろうか?---答えから言うと、「できる」。このマンガを読めば。
- 著者
- 山田 芳裕
- 出版日
- 2009-12-15
火星表面での探査で突然、クルーからの通信が途絶えた。一人、火星に残されたクルー、スチュアートは、調査を始める。そこで目にしたのは、常識では考えられない光景であった。仲間のクルーの体の内側が外側にひっくりかえされて殺されているのである。スチュアートは、3次元空間では不可能な運動をする物体「テセラック」を発見し、この生命体は高次元のものであることを悟る。そして、自らの生き残りをかけて、「テセラック」に近づいてゆく‥‥
ゾクゾクするくらい面白くかつ怖い事実がある。このマンガが、物語の途中で終わっていることである。それはなぜか?僕の想像だが、最終話のすぐ後に「テセラック」に全て人類が襲われ、物語の語り手がいなくなり、終了したのではないか?この解釈しか、僕には持ちようがない。もし、スチュアートが『フラットランド』を事前に読んでいたら、高次元への恐怖心が薄れ、むしろ物語にはハッピーエンドが待ち受けていたかもしれない。
現代科学は高次元世界を探求している!
このような高次元空間は、果たして、ファンタジーや漫画の世界だけのものなのか?
いや、そうではない。僕も研究している基礎物理学では、我々の住んでいるこの宇宙が、じつは3次元空間ではなく、9次元空間であるということが理論的な可能性として真剣に検討されているのである。
宇宙を支配する四つの力があることが知られている。その一つはアインシュタインの一般相対性理論が取り扱う、重力だ。その重力をも、ミクロの世界で成立するように取り扱う、という目標の中で、「超弦理論(超ひも理論)」と呼ばれる仮説が研究されている。これは、宇宙や全ての物質を構成する「素粒子」が、じつは小さなひもからできているという仮説である。面白いことに、この仮説によると、宇宙は3次元ではなく、高次元であることが示唆されるのだ。
- 著者
- 大栗 博司
- 出版日
- 2013-08-21
超弦理論の一般向けの入門書として好評な本書は、科学の専門的で難しい部分をなるべく避けながら、しかも科学的に正確に、物理的な高次元の世界へ読者を導いてくれる。
いつか、人類の目の前に、高次元の空間の証拠が現れるかもしれない。それは、ファンタジー小説『フラットランド』やマンガ『度胸星』のように、ではないかもしれないが、科学的な可能性として、高次元空間は現在も多くの物理学者が研究対象としているものである。