「半沢直樹」の原作小説ならではの面白さ!「倍返し」とは言ってない!?

更新:2021.11.7

ドラマが空前の大ヒットとなった「半沢直樹」シリーズ。名台詞である「倍返しだ!」「百倍返しだ!」は、原作ではほとんど言ってない事実をご存知でしょうか。小説ならではの面白さも非常にあるので、今回は両方の共通点、相違点を解説したいと思います。

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すでにキャラが確立されている「半沢直樹」シリーズ第1弾!

大手有名銀行の融資課長である主人公半沢直樹は、上司の命令で「西大阪スチール」という鉄鋼会社に5億円という多額の融資を行うのですが、2ヶ月後になんとその会社が倒産してしまいます。原因を突き止めるために奔走する半沢ですが、調べを進めるうちにどうやら「西大阪スチール」は計画倒産だったようで、銀行側はまんまと5億円をだましとられてしまったのです。

雲隠れした社長を必死に探す半沢でしたが、そんな彼をよそ目に融資の命令をした上司は責任をすべて半沢本人になすりつけようと目論でおり……。

著者
池井戸 潤
出版日
2007-12-06

記念すべき「半沢直樹」シリーズの第1弾。作者池井戸潤はいわゆる「金融エンタメ小説」を執筆することが多く、どちらかといえば職業あるあるを得意とする作家でした。これ以前の氏の小説はどちらかといえば業界の暴露本的なもので、内容的にも陰鬱で暗いものがほとんどした。しかしこの「半沢直樹」シリーズでは金融関係の内部事情もおさえつつ、水戸黄門のような勧善懲悪モノの痛快エンタメに作風をシフトしていったのです。これが世の働くサラリーマンの支持を受けて大ヒットとなり、評判はあっという間に広がっていきドラマ化や続編決定になっていきました。

第1弾となるこの『オレたち花のバブル入行組』では、ドラマでいうところの第1話から第5話までの内容になっており、ここでは後に活躍するキャラクターのほとんどが登場することになります。友人である「渡真利」や「近藤」、嫁の「花」などが登場し、そしてシリーズ一番のクセ者ともいわれている「大和田常務」もこの第1弾で物語に絡んできます。こうやってみると、やはり作者のキャラクター設定の練り方がしっかりしていることを認めざるえないですね。ただセリフを言わせるだけのいわゆる「捨てキャラ」みたいな、その場面でしか登場しない人物がほとんどいないわけです。キャラクター同士が全員何らかの意味をもっており、それぞれに個性的で魅力的です。 

さて、今回はドラマと原作の共通点、相違点ということですが、ドラマで有名になったセリフ「やられたらやり返す。倍返しだ!」。これはじつは原作では1回くらいしか言っていないんです。しかもそのセリフも小説ではドラマとは違っており「基本は性善説。だが、やられたらやり返す。倍返しだ」と描写的にはわりと穏やかに冷ややかに怒りを表現しています。しかも読んでいて一番盛り上がるところではなく、どちらかといえばまだ物語は始まったばかり、という印象を読む人に与えるかもしれません。おそらく作者も、こんなに世の中に広まるとは思っていなかったことでしょう。

ドラマではこの「倍返しだ!」が小説と違って毎回のように出てきており、主演の堺雅人の怒りにあふれた演技も相まって非常に迫力あるものになっています。ではなぜこのようなセリフの変化があったのかというと、ドラマでは小説の内省的な怒りや復讐心を表現できないからでしょう。ドラマではあたりまえですが地の文(小説でいうところのセリフじゃない部分)が一切ないため、小説の持ち味である心理の独白を伝えることができません。なのではっきりとした感情表現で視聴者に伝えるためにセリフがほぼ怒号に近いような言い方になったのでしょう。

原作にない設定といえば半沢が大学から続けている「剣道」という設定があげられます。ドラマにはありましたが、小説にはじつは剣道という設定はありません。主人公が過去に剣道をやっていたという設定もありません。小説を読んでいると、やはり読む人は登場人物にトレース(移入)してしまうので銀行と「戦っている」という気持ちになってストーリーが楽しめますが、ドラマだと内容的にも銀行モノということでイマイチ戦っている感が映像では伝わりづらいですよね。そこで登場したのが「剣道」という設定。まさに半沢直樹というまっすで剣のような人物にピッタリな特技だし、どんなときでも礼儀を忘れないという精神が、悪習ただよう経済界に立ち向かっているという図式をわかりやすく際立たせています。 

そして物語はさらにスケールが大きくなっていくのでした。

前作以上の大逆転劇「半沢直樹」シリーズの第2弾!

大手有名銀行の次長という輝かしいポジションの主人公半沢直樹は、自分の管轄外である老舗ホテル「伊勢島ホテル」が200億の融資を受けたにもかかわず多額の損害を出したという情報を耳にします。以前ホテルの再建をやり遂げたことのある半沢のもとに、伊勢島ホテルの経済再建の強制依頼が銀行のドンである「中野渡頭取」からきたのです。200億円という天文学的な数字を補填する案を画策するように半沢は通達されるのですが、額が額なだけに途方にくれるのでした。

しかもタイミングの悪いことに、金融庁検査という、金融庁が大赤字を出した会社を探して銀行に引当金(超高額の負債)を支払うべきか否かの検査が始まるのでした。もし引当金を払うことになれば、半沢は現在のポジションをなくしてしまうほかに銀行そのものの命運が危ぶまれてしまうのでした。

著者
池井戸 潤
出版日
2010-12-03

前作の『オレたちバブル入行組』の続編である今作は、200億という想像もできないような金額にまつわる事件の真相を追う話です。前作で活躍、もしくは暗躍したキャラクターが多数登場するのですが、意外と今作から読んでもちゃんとストーリーがわかるようになっています。専門用語はいくつか出てきますが、その都度ていねいでわかりやすい解説があり、それでいて物語の流れを止めないように工夫がされています。

半沢直樹は、前作でみごと5億円という多額の損害融資を回収し、暗躍していた上司をつきとめて文言どおり「倍返し」を果たしました。暗躍していた上司に土下座をさせて、さらに揺さぶりをかけて自身の希望であった東京営業第二部というポジションを勝ち取ったのです。これだけでも十分にスケールの大きな話なのですが、第2弾であるこの『オレたち花のバブル組』ではさらに広大なスケールで話が進んでいくのでした。

ドラマでは第6話から最終話である10話までのストーリーで、役者たちの演技や物語展開がブレることなく最後までしっかりと作りこまれた、まさに大どんでん返しが繰り広げられます。「倍返し」という言葉もさらにゴージャスになって「百倍返しだ!」になっています。前作以上の怒りと復讐心に掻き立てられた半沢直樹演じる堺雅人の息をのむような芝居は日本のドラマの歴史をかきかえてしまうのではないかと感じさせられました。

「半沢直樹」シリーズはドラマも小説も共通して読者を惹きつける要素として「社会人あるある」がありますね。「こういうことってよくあるよなー」と思ってしまうような社会の常識のようなものが随所に散りばめてあります。

では社会人の「あるある」とはどのようなものかというと、たとえば作中で「疎開資料」という言葉が出てきます。これはどういう意味かというと、金融庁検査(会社によっては監査)で見つかってしまっては大問題になってしまう門外不出の資料を自宅や秘密の隠し場所に避難させるのです。はっきりいってしまえばこれは完全な違法行為になります。本来ならどんな資料も帳面も、金融庁が「出せ」といえば否応なく提出しないといけないのですが、そこはやはりきれいごとでは済まされないのが社会というものです。こういうことは学校ではぜったい教わりませんよね。しかし社会に出たらそれは「暗黙の了解」という便利な言葉でまかり通ってしまうのです。

しかしもっと恐ろしいのは、そういった違法行為を取り締まる側もその違法行為をある程度「了解している」ということです。つまり最初から出来レースが行われているのです。きれいごとだけでは世の中は渡れない現実がぎっしりと詰まっているのが小説版「半沢直樹」シリーズのひとつの魅力のある側面といえるでしょう。

どん底に落とされた快進撃の「半沢直樹」シリーズ第3弾

東京セントラル証券に出向を命じられた主人公・半沢直樹。出向先である東京セントラル証券はおせじにも業績がいいとはいえず、むしろ小さな仕事ばかりで経営は最悪の状態だったのです。

出向して2ヶ月が経ったある日、半沢の務める東京セントラル証券にとある大きな仕事が舞い込みます。「電脳雑技団」というIT分野で勢いのある会社が「東京スパイラル」というこれまた大手IT会社を買収したいためにアドバイザーになってほしいという依頼でした。両者の繋がりに何やらきな臭いものを感じた半沢でしたが、東京セントラル証券からすれば巨額の手数料が入るために、会社は強引に話を進めてしまうのです。しかしその交渉を邪魔する存在がおり、その黒幕は半沢が誰よりもよく知っている組織でした。

著者
池井戸 潤
出版日
2015-09-02

前作でみごと大和田常務という、シリーズ随一の強敵を下した半沢でしたが、そのすぐあとになんと子会社である東京セントラルという業績も経験値も最悪の会社に出向されてしまいます。しかしそんな環境に置かれても、半沢は腐ることなく自分をしっかりもって、どのような状況に置かれても仕事を一生懸命こなしていくのでした。

第3弾のタイトルである『ロスジェネの逆襲』について解説したいと思います。そもそも「ロスジェネ」とはロストジェネレーションの訳で「失われた世代」という意味です。読んだ人ならわかると思うのですが、半沢自身は「失われた世代」ではありません。半沢はロスジェネ世代より以前の「バブル世代」であり、銀行に希望と夢を抱いて入ってきた世代なのです。ロストジェネレーションとはバブルの世代のあと、つまりバブルがはじけて就職難になった時代のことを指します。つまり、この『ロスジェネの逆襲』とは半沢より下の世代の逆襲という捉え方もできるわけです。

本作はタイトル通り、半沢より年下の世代が物語に深く絡んでいき、ときには協力し合ったり、ときには激しくぶつかったりします。ロスジェネ世代はバブル崩壊後の就職氷河期と呼ばれる世代であり、バブル世代のようにアホでも大学さえでていれば大抵の会社にそれほど苦労なく入れる世代とはまったく違うわけです。50社近く面接を受けてひとつも採用されないというのはあたりまえで、なかには圧迫面接で精神を病む人もたくさんいたのでした。そのような苦労をした世代にとって、バブル世代の存在ははっきり言って不愉快でしかありません。

作中でも、ロスジェネ世代である「森山」と、仕事がまったくできないバブル世代「三木」という人物が登場し、とくに森山はバブル世代で大量採用されたときに入社した三木のことを激しく嫌っているのでした。何十社も会社に落ちていろんな恥を我慢してようやく現在の東京セントラル証券に入社できた森山は、同じくバブル世代である半沢のことも最初はよく思っておらず衝突を繰り返します。しかし半沢のまっすぐな仕事ぶりをみて「バブル世代にも芯のあるやつはいるんだな」と思うようになります。

なんといってもこの森山というロスジェネ世代の男は、よく観察してみると半沢とよく似ているんですよね。人の本質を見抜く力や、仕事に対する姿勢など共通点がたくさんある見受けられます。つまりこれは半沢の物語でもあり、同時に「もし半沢がロスジェネ世代ったら?」というイフストーリーという側面も持っているのです。半沢直樹にはモデルとなった人物がいるとされていますが、こうやって見ていくと、仕事に対してまっすぐ向かい合っていく、相手が上司だろうが取引先だろうが「白は白で、黒は黒」とはっきりいえる、この日本に数少ないけど確実に存在しているであろう、そして間違いなく日本の経済を支えている重要でかけがえのない人物たちがモデルになっているという解釈ができます。

今度の相手は「国」!?「半沢直樹」シリーズ第4弾

出向先であった東京セントラル証券からみごと銀行にカムバックを果たした主人公・半沢直樹。営業第二部次長という文句ないポストを与えられ、ますます仕事に励んでいくのでした。

そんな半沢のもとにまたしても経営再建の命令が下ります。今回はなんと民間航空会社である「帝国航空」というところから業績悪化による修正再建案の依頼でした。頭取からの依頼ということもあって無下に断ることもできず、しぶしぶ取り掛かる半沢でしたが、調査を進めるうちに背後にとんでもない組織が絡んでいたことがわかるのでした。

著者
池井戸 潤
出版日
2014-08-01

シリーズの第4弾であるにもかかわらず、その面白さは失速することをしらずむしろさらに加速していきます。重要なネタバレになるのですが、今回の敵はなんと「日本政府」です。つまり国が相手なのです。厳密にいえば「進政党」という国の組織になるのですが、それでも相手が国家権力であり非常にやっかいな敵であることに変わりはありません。途方もない権力を相手に何度も苦戦を強いられるのですが、やはりそこは鋼のような精神力と芯の強さを持つ半沢直樹です。銀行内部からも刺客がおり、四方八方からも敵が潜んでいる状況のなか問題を打破していくのでした。

本作は、ドラマが大ヒットしたことを受け、今回もドラマ化されることを想定したような展開が多く見受けられます。前作では世代交代がテーマのひとつだったのですが、今作はがっつり復讐逆転劇にテーマがシフトしています。心理描写も多くあるのですが、これまでの作品のなかでダントツで今作は会話が多いですね。その会話も、騙し合いや駆け引き、説得などドラマ栄えしやすいものが多く詰め込まれており、半沢のお得意のセリフである「基本は性善説。しかしやられたらやり返す」もしっかり登場し、読む人にドラマの主演である堺雅人を強く意識させるものになっているのでした。

今回はこれまで以上に作者が銀行というものに怒りを抱いていることがはっきりと伝わる物語展開になっています。そもそも銀行というところは民間であり、同時に国に管理されている特殊な会社でもあります。そのため、腐敗がしやすく権力が横行しやすいので「部下手柄は上司のモノ。上司の責任は部下の責任」という文言が生まれるほどです。そのなかでも作中で提言されているセリフで「銀行という組織を生き抜くのに必要なのは、学業で得た知識でもなければ学歴でもない。知恵だ。それがなければ銀行では生き残ってはいけない」とシビアな現実が垣間言葉が放たれます。

シビアな現実のなかだからこそ、夢も希望もしっかりと自分のなかでもっておかないとすぐに誰かに奪われてしまいます。厳しい現実だからこそ、なにかを達成したときの充足感はつぎに繋がる行動力になるのです。「半沢直樹」シリーズは読む人に希望や夢、そしてなにかに立ち向かう勇気を与えます。これはやはり作品に力がある証拠といえるでしょう。

全4部に渡って「半沢直樹」シリーズをご紹介していきました。それぞれの巻に違った魅力があり、読むたびにあたらしい発見がある楽しい作品になっています。未読の方はぜひ今回を機に作品を手にとってみてはどうでしょうか。きっとあなたも上司に反抗したくなるかも(笑)!?

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