80年代にヒットした映画『スローなブギにしてくれ』の原作者として一躍有名になった片岡義男。ほかにも数々の映画の原作を手がけ、その一方でエッセイを執筆するなど幅広い活躍を見せています。今回は代表作などおすすめの5作品の紹介です。
実年期の方にとって、強烈なテーマ曲とともにインパクトを感じた映画『スローなブギにしてくれ』をはじめ、数多くの映画の原作となる小説を執筆した片岡義男。
東京出身の彼は、第2次世界大戦中を山口県で過ごし、終戦後も瀬戸内海に面する町で少年時代を過ごしました。小説の中には当時過ごした風景を投影した作品も多く、小説やエッセイの骨格作りの役割も果たしているのです。
その一方でコーヒーに対するこだわりや、筆記具への思い入れを綴ったエッセイも出版されており、そこから彼自身のライフスタイルが垣間見えます。
今回は、片岡義男が一躍有名になった『スローなブギにしてくれ』など、厳選した5冊のご紹介です。
『スローなブギにしてくれ』は、タイトル作品ほか4作品から構成されています。1981年には同名の映画が公開され、南佳孝が歌う主題歌とともに強烈な印象を残した角川映画黄金期の一作品です。
第三京浜の避難エリアにバイクを止めて、電話ボックスから仲間に連絡をしているゴロ―は、同じエリアに入ってきたムスタングから、仔猫が放りだされるのを目撃します。その猫を拾い上げ、彼がムスタングをバイクで追いかけていくと、今度はムスタングから少女がなげ出されました。
彼女の名は「さち乃」。これが2人の出会いでした。
- 著者
- 片岡 義男
- 出版日
ムスタングを運転していたのは、福生の旧米軍ハウスで共同生活を送る男です。さち乃は、この男にナンパされて車に乗っていました。
ここからゴローとさち乃の恋愛ストーリーが始まるのですが、途中でムスタングの男が絡んできて、複雑な展開を見せます。そんななか、ゴロ―とムスタングの男には、ある共通点あるように見えて……。物語の2人の姿を通し「いくつになっても男は自分勝手なところがある」作者が語っているようです。
作中には往年のホンダCBなどをはじめ、乗り物にスポットがあたります。バイクなどをお好きな方にも楽しめる小説です。
片岡義男が自分の周りにあるモノについて執筆したエッセイ『万年筆インク紙』。彼は原稿を手書きしていた時代、下書きも万年筆で行い、アイデアがまとまるとそのまま原稿を執筆していたそうです。
万年筆にこだわる理由は、彼の少年時代に遡ります。第2次世界大戦中に過ごした、祖父の家がある岩国での思い出。その家には彼の父の書斎もあり、机の上には愛用している万年筆が置かれ、少年だった片岡義男にはそれがとても輝いて見えました。
冒頭で綴られる少年時代の思い出からは、作家として活躍する彼の原点を感じられます。
- 著者
- 片岡 義男
- 出版日
- 2016-11-11
万年筆のインクにもこだわっており、「世の中に順応する黒ではなく濃淡が美しいブルーブラックが好みである」「その色は紙に落とされた自分の思考だ」など、独特の好みや解釈を紹介しています。
万年筆によって違う書き味、インクをしたためるノートブックの紙など、それぞれに片岡義男流のこだわりが綴られており、筆記具に興味がある方が読むと、とても楽しめる内容となっているでしょう。
この本には、改ページがありません。万年筆、インク、紙この3つが揃ってこそ文章がしたためられるという考えからか、ひとかたまりのエッセイというコンセプトで書かれています。本の装丁にも彼のこだわりが感じられるような作品ですよ。
1986年大林宣彦監督により映画化もされた『彼のオートバイ、彼女の島』。
東京から信州へ、1人でツーリングに出かけたコウの前に現れた女性「ミーヨ」は、コウの乗っているバイクに興味を持ち、声をかけたのです。
後日、彼女が持っていたカメラで撮影してもらった写真がコウの元に届きました。はじめは文通でやり取りをするなど、携帯などが普及した今ではあまり見かけなくなった、時代を感じる連絡方法に懐かしさを新鮮味も感じます。
- 著者
- 片岡 義男
- 出版日
コウのバイクに興味をもち、こっそり免許を取得するミーヨは、活発で可愛らしい女性です。彼女は瀬戸内海の小さな島の出身で、東京にいるコウを夏祭りに誘います。こうして、2人は少しずつ距離を縮めていくのです。
それとともにコウの東京での生活の様子も綴られています。音楽大学に通いながらプレスライダーをしていること、その仕事は文通で知り合った女の子に紹介された仕事であること、また時には血の気が多くてケンカをしてしまうこと……。まだ自分の着地点を見つけていない若者、という印象を感じられます。
30年以上前に執筆された小説ということで、現在の若者の接点の取り方と違う部分もありますが、この時代に青春を謳歌していた人には懐かしく、若い方が読んでも目に浮かんでくるような風景の描写が素晴らしい、と感じてもらえそうな物語です。
片岡義男の本には装丁にこだわったものも多く出版されています。『豆大福と珈琲』は表紙を開くと、片岡義男ワールドへと誘うような独特の色合いの中表紙。そして少しざらつきのあるページは、手にほどよくなじむとともに、ページをめくるたびに鳴る心地の良い音も、物語のための演出効果となっています。
『豆大福と珈琲』は朝日新聞が子どもをテーマに、数人の作家によるリレー形式で連載された企画のトップ作品です。さらにその1年後に発表された『煎りでコロンビアを200グラム』など、合計5作品が収められています。
- 著者
- 片岡義男
- 出版日
- 2016-09-07
豆大福のエピソードから『豆大福と珈琲』は、子連れで地元へ帰ってきた幼馴染の女性と男性との物語です。
女性の実家は和菓子店であり、手土産に豆大福をもらいます。主人公はパスタを食べた後のデザートに豆大福をフォークとナイフで食べますが、この食べ方の描写は片岡義男らしさを感じる場面でもあります。
タイトル作を含め、コーヒーと大人の恋愛を描いた4作品から構成されており、のんびり喫茶店でくつろぎながら読んでみたくなる物語ばかり。ぜひコーヒーをおともに読書を楽しんでみてください。
発刊されるまでの数年にわたって新聞などに掲載された食べ物をめぐるエッセイ『洋食屋から歩いて5分』。短編33編から構成される内容には、出版にあたって書き下ろされた2作品もあります。
本を開いてまず目に入る目次は、まるで散文詩のようです。このページを見るだけでも、彼がいかにコーヒーにこだわりを持っていたかがわかります。
本編で綴られる風景の描写の秀逸さは、さすが片岡義男といったところ。目の前に浮かんでくるようなテンポの良い文章は、スッと物語に引き込んでくれます。
- 著者
- 片岡 義男
- 出版日
- 2012-07-30
『洋食屋から歩いて5分』には、少年時代を過ごした海と山に囲まれた瀬戸内の風景とともに、その当時口にした食べ物の描写も綴られています。これらの描写はエッセイを執筆した同時期に発売された短編小説にも掲載されており、どの本のどの部分かを探しながら読むのも楽しそうですね。
本作では、片岡義男に小説を書くことを勧めた「田中小実昌」との新宿での一夜についても書かれています。また執筆活動のためいくつもの喫茶店をはしごしていた時に、ウエイトレスをしていた女性との偶然の出会いなども綴られており、本の内容に深みを与えています。
おしゃれでダンディな片岡義男の日常が、垣間見えそうなエッセイですよ。
映画に採用された小説はもちろん自身を描いたエッセイなど幅広い内容で執筆活動を続ける片岡義男のおすすめ作品の特集はいかがだったでしょうか。今回紹介したのはごく一部です。このほかにも執筆作品が数多くありますので、ぜひ書店や図書館で手に取ってみてください。