熊本地震が発生してから2カ月が経過しました。新日本プロレスは4月29日にグランメッセ熊本で試合する予定でしたが、益城町という震源に程近い同会場が避難所となったため開催を中止しました。熊本を始めとする九州地方のプロレスファンの方々の熱は、全国的に比べても非常に高く、いつもドッカンドッカン会場が沸いてくれます。プロレスラーはキャリアを重ねていけばいくほど、日本全国その土地土地での思い出が増えていきます。
東京から物理的には離れているけれど、忘れられない場所と人が増えていく。プロレスラーになれたからこその出会いに、いつも幸せを噛み締めています。日本のどこかで重大事件や地震、台風などが発生した時には、プロレス会場の風景、そこで知り合った方々の顔が瞬時に頭に浮かんできて心配になります。
そして、私たちは自然災害が起きた時に、ふと立ち止まって考えてしまいます。「こんな時にプロレスをしていていいのか?」「自分の仕事って、一体なんなんだろうな?」と。東日本大震災の時も同じでした。プロレスラーという仕事は、衣食住、人間の生きるか死ぬかには関わってこないエンターテイメント産業。自然災害が起きれば、当然それどころではなくなります。何もできないんじゃないかという、もどかしさ。「果たしてプロレスラーの自分ができることは、あるのか? あるとしたら、それは何か?」いつも自問自答します。
「何のために仕事するのか?」。そんな迷った時に限りなく正解に近い答えを自分で導けるように、スッと背中を押してくれる本を紹介します。
- 著者
- 笠井 信輔
- 出版日
- 2016-02-27
被害を撮影するのは不謹慎なのか? フジテレビのアナウンサー笠井さんが東日本大震災で見た被災地の壮絶な“ありのまま”が綴られているノンフィクション。「取材陣は排泄する余計な人間。存在自体が迷惑」と避難所で指を差される。腕章とヘルメットを外して、こっそりトイレを借りたり、車の影に隠れて、誰にも見られないように配慮して握り飯を食べたり、生々しい現地での取材の様子が描かれている。
“伝えること”によって、助かる命、最小限に被害を食い止めることもできるかもしれない。それが自分の仕事だと分かっていながらも、浮かんでくる「何のためにここに来たのか?」という問い。人として、アナウンサーとして、その狭間で葛藤する笠井さん。改めて、自然災害という脅威にやり場のない怒りを覚える。誰も悪くない、そんなの分かっているんだけど、じゃあそこから、自分なら一体何ができるのだろうか?
「僕はしゃべるためにここ(被災地)へ来た」という題名。これはきっといろんな迷いを未だに消化しきれないけれど、無理矢理にでもキッパリ言い切ってしまうことで、自分自身を前後裁断させた題名なのではないかなと思う。結局のところ、プロレスラーもプロレスをすることしかできない。プロレスをして、それを観た人に元気になってもらう。もう少し落ち着いたら、熊本で試合がしたい。この本を読んで、私も迷いながら、そう言い切るのだ。
- 著者
- 茂木 健一郎
- 出版日
新日本プロレスに入る前の2010年。ひとり、カナダのウインザーという田舎町に住んでいた頃の愛読書。月に2試合程度しか仕事(試合)がなく、毎日のスケジュールはトレーニングだけ。これで果たして本当に自分はプロレスラーと言えるのか? 自分でも分からなくなっていた。とにかくお金がなかったので、1日の大半を住んでいたアパート近くのドーナツ屋「Tim Hortons」に入り浸り、本を読んでいた。
経験上、海外に住むと、一種の日本語飢餓状態に陥り、物を書いたり読んだりに対して、非常に良い効果をもたらすことがある。例えば、普段興味の湧かない本でもスッと読めたり、日々付けていた日記も、妙に情緒豊かな文章が書けたりするものだ。読む前こそ茂木健一郎さんの脳科学を論じる本は敷居が高かったが、結果的に、この本は“無職で試合のない、海外でひとり鬱病になりかけていた自称プロレスラー”の私を大いに励ましてくれた。誰からも必要とされていないような状態のダメダメな自分を肯定してくれたのだ。
「偶有性の海に飛び込め!」「不確実性が人を成長させてくれる」。それがまさに私がいる海外という場所だったから。カナダという地で生活している自分の背中を力強く押してくれた。この本をなぜ成田空港で手に取ったか、自分でもわからない。でも、私は確実に救われた。お先真っ暗なプロレスラー、KUSHIDAの未来をこの本がマジで照らしてくれた。
- 著者
- 長谷部 誠
- 出版日
- 2014-01-29
1993年に発足したJリーグ。その当時、私は小学4年生。開幕した翌日から突然、教室にやってきたサッカーブームに私は戸惑った。みんながみんな「将来はJリーガーになりたい」と言い始め、ヴェルディやらエスパルスやらアントラーズやらのロゴマークのついたTシャツや文房具に教室は染まった。ひとり「ボクが将来なりたいのはプロレスラー」と言うと、まるで漫画のようにその場がポカ〜ンと白けた瞬間を今でもよく覚えている(苦笑)。
1日の最後に必ず30分間、心を鎮める時間を作るという長谷部選手。海外で生活するというのは、膨大な時間と向き合うことでもある。この本には海外で活躍する人物ならではの視点が散りばめられており、僭越ながら、私は共感し、親近感を覚え、また同時に同じプロスポーツ選手としての襟を正した。ワールドカップでゲームキャプテンを任された際にも、この30分のおかげで翌朝には平常心で部屋を出て行くことができたそう。
私は今月末から3週間のメキシコ遠征に行ってくる。30分間、ベッドに横になり心を鎮める時間を意識的に作り、何か発見してこようかと思っている。好きなことを仕事にできていることに感謝しながら。