エンターテイメント性の高いミステリー作品が老若男女に支持され、以後の作家にも大きな影響を与え続けている綾辻行人。ホラーとミステリーが融合したような、独特の雰囲気を持つ作品を紹介します。
綾辻行人は1987年に島田荘司の推薦により『十角館の殺人』でデビュー。その高い完成度は「新本格」ブームの火付け役となり、彼に続いて続々とミステリー作家が登場しました。
一般的に、ミステリーの根幹はリアリティだといわれています。トリックは実際に実行可能であるように感じられなければ、推理は成立しません。
しかし、綾辻行人はそこにホラーやゴシックの世界観を持ち込みました。建物や人物の雰囲気には、心霊的な不気味さがありながら、人間の怖さを描く……このバランス感覚が非常に優れています。
そして大掛かりな仕掛けも魅力の一つです。作者から読者へ仕掛けられたトリック……叙述トリックの名手である綾辻の作品は、注意しながら読んでいても騙されてしまいます。
「館」シリーズの第1作。
ある大学の推理小説研究会は、角島と呼ばれる無人島に一週間滞在します。彼らの目的は、以前殺人事件が起きた青屋敷跡と「十角館」と呼ばれる建物を見に行くことでした。
一方、本土では、研究会のメンバーに宛てて、推理小説研究会員であった中村千織の事故死に関する告発する怪文書が送られてきました。怪文書を見た元会員の江南孝明は調査を始めます。
孤島というクローズドサークルで起きる事件と、本土の怪文書。二つの視点で語られる衝撃の事実とは一体……。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2007-10-16
エラリイやカーといった、大物ミステリー作家の名前をもじってメンバーのあだ名にっているという点が「本格感」を演出しているところでもあります。そして、離島で事件が起こるという王道な設定とアガサ・クリスティの名作『そして誰もいなくなった』を意識した展開が、中盤までに読者の期待を高めてくれます。
一見すると極めてスタンダードな構成。殺害に使われるトリックは確かによく練られているものの、半世紀も前の孤島ミステリーでも見た、よくある展開ではなかろうか……と思うかもしれません。
しかし、終盤まで読み進めればまた読み返したくなるでしょう。ミステリー好きだからこそ「見たことあるよ」「こうなるだろう」と勝手に思い込んでいたことが、自分から落とし穴にはまっていった原因であることに気づかされ、ラストのどんでん返しに圧倒される作品です。
「館」シリーズの第5作です。
編集者の江南孝明は、友人で推理作家の鹿谷門実と共に中村青司の建築した通称「時計館」に行きます。そこでは少女の霊が出るといい、江南達は雑誌の企画のため、3日間で心霊調査をすることになります。
時計だらけの屋敷、怪しげな心霊の儀式、何かありそうな住人。館に関わる人々が相次いで自殺、事故、病死。これだけでは終わりません。連続殺人が起こり、人数が減っていく恐怖に、読者はどんどん引き込まれて行くでしょう。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2012-06-15
心霊の儀式、住民と客の因縁など不気味な雰囲気が満載で、まさに綾辻行人らしい作品です。
推理作品としての出来も非常によく、読者が楽しめるような工夫も多いです。「館」シリーズに共通した、読者が自分で考える楽しさを重視した作りの最高峰に位置する作品でしょう。伏線という形で張られたヒントもフェアで、注意深く読んでいる人なら真相に近づけるように作られています。
読後の喪失感も大きいものの、アリバイ崩しの傑作であるメイントリックのスケールも大きく、綺麗に完結するところも素晴らしいです。
夜見山北中学校に転入してきた榊原恒一は、クラスの雰囲気が何かおかしいと感じました。やがて、クラスのみんなが知っていて自分が知らない何かがあるような確信を持ちます。
そして、彼は同じクラスの女の子、見崎鳴に惹かれ始めます。徐々に近づいていく二人の距離。しかし、クラスの様子を見ていると、彼女は存在しないものとして扱われていることに気づきます。恒一は、鳴は自分には見えて他の生徒には見えない幽霊なのではないかと疑うのでした。
クラスの秘密は、この見崎鳴という女子のことなのか……そんな考えが頭をよぎったころ、クラスから死者が続出します。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2011-11-25
ジャンルとしてはホラーに分類されるでしょうか。都市伝説のような社会生活に溶け込んだ恐怖というのは、現代人に馴染み深いせいか妙な説得力を持ち、得体のしれない何かから逃げるという構図と学園モノというのは親和性が高く、綾辻行人の題材選びの巧いところでもあります。
違和感が先行していた前半から一転、後半には謎だった恐怖の正体がだんだんと分かってきます。クラスメイトはいったい何を恐れていたのか……その回避方法はあるのか。ラストの展開も見事で完成度が高い傑作です。
「囁き」シリーズの第1作目です。
冴子が転校してきたのは名門女学園。公立の学校では考えられないほど厳しい校則、修道院を思わせる学生寮での生活という閉鎖された環境は、確実に世間の常識とは乖離したものでした。
「私は魔女なの」と言った一人の女子生徒が焼死したのを皮切りに、次々と死んでいくクラスメイト。閉鎖空間では様々な憶測や噂が飛び交い、冴子も精神的に追い詰められていきます。
自分にだけ聞こえてくる囁きに悩まされ、犯人は自分ではないかと思い始める冴子……彼女を待ち受ける真実とは?
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 1997-11-14
全寮制の女子学園は、外部との接触が限られているという点がミステリーの題材にはうってつけなのかもしれません。
実際にこの作品に登場する女子生徒には変な人や癖が強い人も多いです。しかし、本作のように「女子校の寮という見たことが無い閉鎖空間の中で起こっていることである」と免罪符を与えられた舞台では読者は想像するしかありません。そのおかげで、不思議と納得させられてしまう巧さがあります。
効果的に使われる緋色のイメージがゴシックな雰囲気を醸し出す、異色のミステリーです。
綾辻行人のホラー&ミステリー中編集です。
ある科学者が自分より醜い人を作り出すために、5人の子供を奇形にする人体改造を施しました。そしてある日、その科学者が地下室で殺されます。
科学者は毎晩、彼らの中から1人を選んで地下室で拷問していたので、虐待を受けた子供達には当然動機はあります。犯人は5人の子供のうち誰なのか。
表題作ほか「夢魔の手 三一三号室の患者」「四○九号室の患者」の2篇が収められています。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2011-04-23
ホラーとミステリーの融合という点では、綾辻行人の得意技ではありますが、本作では精神病棟を舞台にしています。心霊現象や怪物とは違い、精神世界は外から見えません。
本作の精神病棟は不思議な場所です。誰が間違っていて、誰が正しいのか。何が現実なのか。全てが曖昧になった世界を覗くのは怖くもあり魅力的でもあります。
少しグロテスクで、後味が悪い。それでも読み進めたくなるおもしろさがあります。
読者が犯人当てをしていく、綾辻行人からの挑戦状のようなミステリー短編集です。
どんどん山にキャンプに来ていたユキトが、崖から落とされて死んでしまいます。近くにあるのはキャンプ場と集落のみ。しかし、調べを進めていくと、誰にも犯行は不可能でした。いったいどうやってユキトは殺されたのか……。
あなたは散りばめられた伏線を回収し、犯人を当てられますか?
表題作ほか、「ぼうぼう森、燃えた」「フェラーリは見ていた」「伊園家の崩壊」「意外な犯人」の4篇が収められています。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2017-02-15
小説としての描写は最小限に、作者からの犯人当てクイズという形をとった珍しい短編集です。近年、ホラーテイストが強い作品が多い中、この一冊は読者への挑戦状であり「綾辻行人はミステリー作家である」という原点回帰であるかもしれません。
「ああ、やられた」という声を上げれば読者の負け……物理トリックのように完璧にフェアかどうかの議論はさておき、発想そのものを試されているような大掛かりな仕掛けと丁寧な伏線は健在で、ミステリーファンが楽しめる作品です。
不気味な雰囲気が漂うホラー短編集です。
大学の後輩から主人公に宛てられた郵便が届きます。メッセージは「読んでください。夜中に、一人で」という手紙だけ。他に一緒に入れられていたのは、ある地方で起こった連続殺人事件を題材にした小説でした。死体の目がくり抜かれているという不気味な内容で、なぜか主人公は昔の断片的な記憶が呼び覚まされます。
記憶をたどっていく主人公は「目が無い子供が生まれた」という不思議な話を聞きます。連続殺人事件、記憶、目が無い子供の謎。そしてなぜ主人公に小説が送られてきたのか……。
表題作ほか「再生」「呼子池の怪魚」などの6篇が収められています。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2009-01-24
それぞれが独立した短編ですが、由伊という人物が登場するのは共通です。しかし、それぞれの由伊は関連がありません。同じ名前の別人物が登場し続けるという不思議な演出です。
「特別料理」のようなグロテスクさは時に読む人を選びますが、構成と仕掛けの巧さによってそれほど気になりません。現実に起こりそうな身近な題材の怖い話、といったところでしょうか。
夜に一人で読んでぞくっとする……そんな読み方がおすすめです。
「殺人鬼」シリーズには1作目の覚醒篇、2作目の復讐篇があります。今回は覚醒篇をご紹介。
双葉山にキャンプ合宿をしていた親睦団体TCメンバーズ。しかし、山で楽しい時間を過ごしていたメンバーが、次々と惨殺されていきます。
突然現れた殺人鬼によって、メンバーは恐怖の底に叩き落されます。どうすれば殺されずに済むのか……いくら考えても決して逃げることができません。
異常な殺戮はいつまで続くのか。殺人鬼はいったい何者なのか?
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2011-08-25
内容は非常にグロテスクです。執拗に描かれた殺害シーンは血だらけでドロドロ。救いのないストーリーは悲惨さを助長させています。読む人によっては嫌悪感を感じるかもしれません。
本作が発表される少し前、世間を賑わせていた殺人事件をきっかけに、スプラッターホラー作品に対するバッシングがありました。「殺人事件の犯人はこんなものを見ていたから犯行に及んだ」という論調で、作品の表現の幅が圧迫されたのです。
本作は綾辻行人からの問題提起です。殺人小説を読むと人を殺すのか……心優しき平和主義者(本人談)の作者が優れたスプラッターホラーを書くことで、それを訴えています。
信州の山奥で猛吹雪に遭遇した8人が偶然見つけたのは霧越邸でした。ようやく建物に入れた8人は安心しますが、1人ずつ殺されていきます。
豪勢な建物、怪しげな住人、謎の人物……そして見立て殺人。ミステリアスな状況と、それを彩る小道具の数々が魅力的です。
次々と起こる現象は偶然の産物なのか、誰かの意志によるものか。謎が謎を呼ぶ展開と綺麗な解決が素晴らしい一冊。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2014-03-25
雪に囲まれたクローズドサークルで起こる見立て殺人。横溝正史などの古典的ミステリーのファンが楽しめる要素がたっぷりと入っているのが嬉しいところです。
ページが多く建物や内装の描写が細かいところは初心者向けではないように感じますが、終盤に向けての本格的な推理展開は見事です。
この出来事は偶然かトリックか。そして、読者はその隠されたトリックに気づけるか……それによって楽しさが変わってくるので、長くても頭を使って丁寧に読むことをおすすめします。
このタイトルは何と読むのだろう、と思った方も多いかもしれません。「みどろがおかきだん」と読み、9つのつながった奇談から成っています。ジャンルを分けるなら、その名前の通りミステリーやホラーではなく、奇談や怪談というのがぴったりです。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2014-06-20
京都在住のミステリー作家「私」が、ある日体調を崩し、通りすがりにあった深泥丘病院に検査入院するところから話は始まります。京都を舞台にしているはずが、少しずつボタンを掛け違えるように日常がずれていきます。なにかがおかしいと感じる「私」が普通なのでしょうか。ずれた世界を日常として、当然のように生きている「妻」と「病院の人々」が普通なのでしょうか。
ちちちという妙な声とともに現れるようになった「顔」。長く住んでいるはずの市内に、「私」の知らない路線があり、得体のしれない邪悪なものがやってくる「丘の向こう」。虫歯が痛みはじめて思い出したのは、昔、妻の実家がある島で行った歯医者の治療法。その治療法は一生もので……「サムザムシ」。
そのほか6話の最初から最後まで、少し不気味な、なんとも言えない居心地の悪さが続きます。
ホラー&ミステリー短編・中編集です。
主人公達は4人で「星月荘」という別荘に行きます。別荘はある研究者が所有していましたが、精神を病んで自殺したいわくつきの場所。ここには何かいる……窓が塞がれた別荘で、登場人物の1人が殺されます。
完全な密室で、遺体の痕跡はあり得ないほどの「怪力」で殺されたようにしか見えません。死の前に被害者が発した「人間じゃないものが、いる」とはどういう意味なのか。
表題作ほか「赤いマント」「崩壊の前日」「洗礼」「蒼白い女」が収められています。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2017-02-24
「綾辻行人未収録作品集」となっている通り、今までに発表された作品の後日談や番外編を集めた作品集です。作品を100パーセント味わいたい方は『人形館の殺人』『どんどん橋、落ちた』『眼球綺譚』『フリークス』と、綾辻行人の他作品を先に読むことをおすすめします。
全てが大きなキーワードで繋がっているわけでもなく、何かテーマがあるわけでもありません。しかし、いろんな作品のテイストを味わえるので、お得感溢れる一冊です。
本格的だがエンターテイメント性が高い……そんな綾辻行人作品は古いものでも安心して読める面白さです。紹介した作品以外にもたくさんの名作があるので、順番に読んでいくことをおすすめします。