なるしまゆりは、男女ともに人気の高い漫画家。ファンタジーからミステリ、SFなど、ジャンルにこだわらない作品幅の広さも、魅力のひとつです。中でも、『少年魔法士』や、『鉄壱智』などファンタジー寄りのオススメ5作品をご紹介いたします。
なるしまゆりは、9月3日生まれの女性漫画家です。既存作品の二次創作を中心とした、同人作家でカリスマ的人気を獲得していましたが、編集者にスカウトされ、商業誌で漫画家デビュー。新書館「月刊ウイングス」やKADOKAWA「ASUKA」等で作品を発表していました。1995年より連載を開始し、2016年に完結を迎えた『少年魔法士』をきっかけに、男女問わず幅広い年齢層のファンを獲得、漫画化としての知名度を上昇させました。
ファンタジー作品を得意としているイメージがありますが、作品のジャンルの幅は広く、ファンタジーの他にも、SFやミステリ作品などを発表しています。作中では独自の思想や、哲学を展開、なるしまワールドと呼ぶべき世界観を作り上げています。また、漫画独自ともいえるファンタジー世界にありながら、心理描写はとてもリアル。嘘偽りない心の描写で、読者を惹きつけているのです。
生粋の猫派で、4匹の猫と暮らしているなるしまゆり。SNS上では、作品の情報や執筆状況のほかに、作品裏話を呟くことも。猫との暮らしっぷりを話題に挙げることもありますが、現在自身がハマっているものに関する話題も豊富。作品世界に繋がる、ちょっとした小話も呟かれているため、なるしま世界に触れるきっかけになりそうです。
『少年魔法士』は、なるしまゆりが漫画家としての知名度を上昇させるきっかけとなった作品。約21年もの長い年月をかけて連載され、多くの読者に愛されました。本作の舞台は、現代。そこにファンタジー世界設定を組み込み、独自の世界観を作り上げています。
世界には地水火風の四大要素と結びつき、物質世界の自然物と自然現象を作る、エーテル(アイテール)と呼ばれているものが存在します。魔法は四大要素とエーテルを組み替えることで発生し、時には天使や悪魔といった生物を生み出すことも出来るのです。魔法使いは、魔法の才を持ち、世界の秘密を解明した魔法を受け継いだ者の事を指します。
- 著者
- なるしま ゆり
- 出版日
- 1996-09-09
主人公はエーテルでできているものを自由に造り変えることができる強力な神霊眼をもつ、大らかな性格の日本の高校生、敷島勇吹(しきしまいぶき)と、赤毛で紫色の髪を持ち、強大な魔法の力を持ちながら魔法嫌いというカルノ・グィノー。そこに、2人の保護者的存在である、レヴィ・ディブランを加え、物語が進んでいきます。
3人が、三大魔法組織である、神聖騎士団、東海三山、キタブ・エル・ヒクメトに属さない、別の魔法組織を作り、神を作り出そうという勢力に対抗していく、というのが物語の本筋。その中で、勇吹やカルノの置かれた事情や、様々な不思議事件が起こり、魔法使いたちは、謎に翻弄されながらも、それぞれの目的のため、力を尽くします。
勇吹やカルノは、特別で強大な力を持っていますが、中身は普通の10代の少年。悩みは10代の少年そのもので、読者の共感を呼ぶでしょう。巧みな物語展開と濃密な心理描写もあってか、キャラクターの言葉一つとっても、深く考えさせられてしまいます。登場する機械に時の流れを感じますが、物語の魅力は色褪せません。現代で展開される、ダークファンタジー世界を堪能してください。
『非怪奇前線』には、表題作と後日談である「非怪奇前線 The After」、1998年に発表された短編「きりんは月を食べる夢を見るか」の3編が収録されています。メインとなる物語は、現代を舞台にした怪奇もの。世界の不条理を描き、語るなるしまゆりの手腕に、つい唸ってしまいます。
とある目的のため、学生時代の友人である蟹喰菜々生(がにはみななき)の元を訊ねたワタナベ。彼はとある怪奇に襲われて妻を失っており、娘も狙われています。蟹喰は怪奇が見える目の持ち主。そんな蟹喰と関わるうちに、ふとワタナベは、亡き妻と蟹喰も関わりがあった事を思い出していきます。
- 著者
- なるしま ゆり
- 出版日
- 2010-02-25
蟹喰は、実は女装をしている男という、強烈なキャラクター。かつては美脚であり、だからこそ生まれた物語冒頭の一文は、強烈なインパクトで読者の視線を釘付けにします。女装男子、というだけでもキャラクターとしては特異だなという印象を受けますが、その言動もかなり強烈。きっと忘れられないキャラクターになるはずです。
蟹喰とワタナベが怪奇に立ち向かうことになりますが、単純にそれだけで終わらないのがなるしまゆり作品。蟹喰と怪異を通し、世の中の不条理や、マイノリティであることといった、様々なテーマが内包されています。ストーリーを楽しむのと同時に、何か胸に重たいものを投げかけられた気分になります。
ホラーとしての恐ろしさもあり、何でもないものが怖く見えてきてしまう描写は見事。全編を通してどこか不気味で、不条理な世界に、読者は徐々に囚われてしまいます。なるしまゆり作品の特徴を、ぎゅっと詰め込んだ本作、強烈なインパクトで心に残る、蟹喰語録とともにお楽しみください。
世には様々な宗教があり、人々は自分が信仰している神を信じ、日々を生きています。日本は多神教で、仏教があればキリスト教もあり、様々な宗教、思想の人が共存する、稀有な社会を形成しています。しかし、元をただせば日本は八百万の神の国。様々な物や自然に神が宿るという考えの下、暮らしていたのです。
『鉄壱智』は、そんな神様と人間がともに暮らす、和風ファンタジー作品。好奇心旺盛な鉄壱智の活躍と、世界の謎を描いていきます。物語冒頭から謎が多く、かみ砕いて読み進めていくことに苦労はしますが、世界観が秀逸。丁寧かつ美しい作画が、物語の神話性をより高めていきます。
- 著者
- なるしまゆり
- 出版日
- 2005-03-25
夜長彦という山の神とともに暮らす鉄壱智は、小さな少年の姿をした神様。夜長彦からは山からは出られないと言われていましたが、外の世界に興味津々。ある日、物は試しと外界へ続く滝へと身を投げた鉄壱智は、外の世界へとたどり着きました。そこで、山の神の力を狙う人間と出会い、そのまま旅に出ることになります。
鉄壱智には謎が多く、夜長彦は鉄壱智に対し、生き物ではないと告げます。自分は生き物ではなく、人形であると知る鉄壱智でしたが、落ち込みながらも基本的にはポジティブ。外の世界を知らない鉄壱智の成長物語としても楽しめます。
本作は神殺しをテーマとしており、様々な人間の事情や、神様の存在が複雑に絡み合い、物語を形成していきます。少しずつ謎が解明され、それぞれの置かれた状況が判明するため、焦りは禁物。世界観に浸りながら、壮大な神と世界を巡る物語をお楽しみください。
いつまでも元気だと思っていた祖父母や両親が、突然他界するということもあるでしょう。故人の持ち物は、故人の遺言に従い、家族や親しい人間に配布されます。トラブルの元というイメージの強い遺産相続ですが、思いがけない謎を運んでくるものも。『ぼくと美しき弁護士の冒険』は、そんな遺産を巡る様々な謎を解く物語です。
野原灯は普通の男子高校生。ある日、会ったこともない父親だという人物からの、遺産を相続することになります。遺産は少々不思議なものばかり。お金持ちな美形弁護士の櫻井海人とともに、不思議な遺産の謎を解いていくことになります。
- 著者
- なるしま ゆり
- 出版日
- 2013-05-07
物語はミステリ仕立てで、残された遺産と、謎の父親という人物について追っていくことになります。その過程で、灯の隠された超能力が判明。物語は遺産だけではなく、海外の国家組織まで絡み、どんどんとスケールが大きくなっていきます。
知らない父親と、残された遺産という、謎を感じるエピソード通り、物語は序盤から謎だらけ。残された遺産を改めに行くのですが、不動産を巡る謎については、読者も一緒に考えることをおすすめします。どうしてこうなっているのか、を考えて。その政界を見た時の驚きを、灯と共有することができます。
灯の能力と、父親の人物像が解明されるにつれ、ミステリだけでなくサスペンス要素も加味されていく本作。さらにはSF要素も混在しており、様々な要素が読者を翻弄します。3巻で完結していますが、情報量はそれ以上。もっと遺産の謎と向き合いたいと、ついのめり込んでしまう作品です。
人間には何かをしてはいけない、と本能的に察している部分があります。例えば、人を殺してはいけませんが、なぜ殺してはいけないのか、一般的な定義はありません。なぜ、という疑問を一度持ってしまうと、人間の根底は揺らぐもの。どうして、の理由を探し続けることになります。
『BALLAD~バラッド~』は、そんな人間の倫理観について、改めて考えてしまう物語。謎の箱をきっかけに、殺されたはずの兄たちと再会した布瀬竜助と、蘇った兄たちが、死者が蘇ることの謎を解明するため、動き始めます。描写に容赦のないなるしまゆりですが、その傾向は本作にもあり、特に虫系が苦手な人は要注意。
- 著者
- なるしま ゆり
- 出版日
- 2014-05-24
本作は死者が次々と蘇る、ホラーサスペンス作品。なぜ死者は蘇るのか、その謎と同時に、死者をなぜ蘇らせてはいけないのか、という命題にも挑むことになります。主人公の竜助は小学生ですが、一連の事件に関わりながらも、謎から距離を置き、冷静に物事をはかれる人物。過保護気味の兄たちとの関係にも、ついニヤリとしてしまいます。
スターシステムを採用しており、『ライトノベル』に登場する加古川刑事が登場したのは、なるしまゆりファンとしては嬉しいところ。他のなるしま作品のテーマを踏襲している部分もあり、作者から投げかけられるテーマに、読者は幾度も顔を合わせることになります。
死者が蘇るのには独自なシステムがあるのですが、夏に読むのには若干ショッキングな展開が待ち受けているので、食事中の人は要注意。想像力を駆使すると悲鳴をあげたくなります。グロテスクな部分に悲鳴をあげながらも、三兄弟の幸せを願ってしまう作品です。
なるしまゆりは、圧倒的に女性ファンの多い漫画家。しかし、その内容な女性が好むような世界観ではなく、とてもハード。キャラクターたちは苦悩し、理不尽な現実や状況が次々と登場します。キャラクターがどう考え、どう答えを出していくのか、心理描写の読み応えと、独自世界に、なるしまゆり作品の虜になること間違いありませんよ。