『天上の虹』『女帝の手記』をはじめ、歴史モノに定評のある漫画家・里中満智子の作品を5つご紹介します。彼女の作品は、単に歴史がわかるというだけでなく、歴史上の人たちもそれぞれに悩み、考えて生きていたということが緻密に表現されていて、読むと勇気づけられるものばかりです。
少女漫画家・里中満智子は、高校在学中の16歳で漫画家としてデビューしました。
歴史や神話をモチーフにした作品が多く、数奇な運命に翻弄され苦悩しつつも、強く生きる人々の姿を描いた群像劇が魅力の漫画家です。大阪芸術大学で教員を務めるなど、文化人として幅広い社会活動も行っています。
代表作の『天上の虹』は、1983年の連載開始から32年の歳月をかけ、2015年に完結しました。その業績から、古代史通としても知られています。
『天上の虹』は、里中満智子が30年以上の歳月をかけて完成させた作品です。彼女のライフワークと言ってもいいでしょう。
日本という国家の黎明期、激動の生涯を送った鸕野讃良皇女(うののさららのひめみこ)通称「讃良(さらら)」という、ひとりの女性が主人公です。
なんだか聞き慣れない名前ですが、百人一首「春すぎて 夏来にけらし 白妙の......」の作者といえば、ピンと来るのではないでしょうか。そう、持統天皇です。
- 著者
- 里中 満智子
- 出版日
- 2000-02-10
讃良は中大兄皇子(天智天皇)の娘です。また、讃良の夫となる大海人皇子は、父である中大兄皇子の弟。壬申の乱で、中大兄皇子の息子である大友皇子を破って即位し、のちに天武天皇となります。
天武天皇は、律令国家としての日本の礎を築いた名君ですが、彼のそばにはいつでも讃良の姿がありました。讃良はどうして叔父と結ばれ、夫と共に兄弟を討ち、やがては女帝として即位することになったのでしょうか。
母の亡骸を前に、たった5歳で「おとうさまより、えらくなってみせる!」と叫んだ讃良。権力を巡る戦いのさなかにありつづけながらも、強く賢く生きたひとりの女性、持統天皇の生涯を描ききった感動の作品です。
また、この時代は万葉集の歌人たちが活躍した時代でもあります。権力争いの陰謀に巻き込まれ、悲劇的な最期とともに知られる有間皇子のほか、情熱的な恋の歌人である額田王、柿本人麻呂なども登場し、作品に彩りを添えています。
蘇我入鹿暗殺にはじまる数々の歴史上の事件の因果関係や、複雑な血縁関係が整理でき、ついでに古文や文学史の勉強にもなるということで、受験生にもぜひ読んでほしい作品です。
『天上の虹』より少し後の時代が描かれ、続編として読むこともできるのが本作です。
主人公は、藤原不比等の孫娘にあたり、天皇の娘として生まれた阿倍内親王(あべないしんのう)。女性が天皇になるというケースはこれまでにもありましたが、彼女は女性で初めて皇太子に選ばれ、のちに孝謙天皇・称徳天皇として2度の帝位につく人物です。
- 著者
- 里中 満智子
- 出版日
- 1998-01-01
彼女にまつわる最も有名なエピソードは、僧侶・道鏡とのスキャンダルではないでしょうか。長い日本史上でも類を見ない衝撃的な事件と見なされ、時代をはるかに下った江戸時代の狂歌にも面白おかしく詠まれているほどです。
時を経て、彼女の治政が再評価されつつあるものの、ひとりの女性としての阿倍内親王はいったいどんな思いで生きていたのでしょう。
権力目的で女帝に取り入ったという悪人のイメージが強い、道鏡という人物の描かれ方も必見です。
日本神話を題材にした漫画はたくさんありますが、里中満智子が描く本作はその中でも特におすすめです。長い長い『古事記』の全貌が全2巻でテンポよく読めて、なおかつ内容は濃密なものとなっています。
古代史通としても知られる里中の考察も随所にちりばめられており、興味深く読み進めることができます。
- 著者
- 里中 満智子
- 出版日
- 2013-02-25
神話には、きわどいシーンや残酷なシーンがつきものですが、この作品は里中の美しい絵柄で上品に描かれているのもおすすめのポイント。人間味あふれる日本の神々の、美しくも少しぶっ飛んでいる物語をひもとけば、日本という国をもっと好きになれるはずです。
古事記は不思議な物語と言われています。日本という国のはじまりの神話でありながら、神々の物語を読み進めていくと、天皇の治世の話になり、いつの間にか現実的な歴史書になっていて、読んでいて戸惑うかもしれません。これは、古事記が朝廷によって編纂された歴史書であり、政治的な性格も持っているためです。
その編纂の勅命を下したのが、天武天皇。1冊目に紹介した『天上の虹』の時代です。編纂された時代背景を知ってから読むと、さらに楽しみ方が増えます。
日本神話には、「古事記」「日本書紀」という2大テクストがありますが、ギリシャ神話にはそういった書物がありません。
いまに伝わっているものは、ギリシャ周辺の各地に存在していたバラバラの伝説や神話を、作家たちが好きなように作品にしたものなんです。それゆえ、時系列やつじつまが合わないことが多いのだそう。
それを里中満智子が、有名な説をとりあげつつも、つじつまの合うひとつのストーリーとしてきちんと組み立てたものが、「マンガ ギリシャ神話」シリーズです。
- 著者
- 里中 満智子
- 出版日
- 2003-11-01
全6巻というボリュームですが、テンポよく読めるストーリー展開で飽きさせません。子どもに裏切られるのを恐れるあまりに、生まれたそばから食べてしまうクロノスをはじめ、ギリシャの神々も日本の神々に負けず劣らず人間味たっぷりで、そしてやはりぶっ飛んでいます。
また各章の終わりには「こぼれ話」として解説ページが差し込まれており、いい息抜きになります。本編で描かれたストーリーとは別の説や、神々の名前が由来になっている言葉や風習が紹介されているなど、豆知識も盛りだくさんです。
音楽、美術、文学など、西洋の芸術を鑑賞するうえでも、ギリシャ神話の知識は必要不可欠です。一読して損はない名作となっています。
里中満智子の作品は、もちろん歴史ものだけではありません。その代表作ともいえるのが、1987年にテレビドラマ化もされた『アリエスの乙女たち』です。
舞台は名門・仰星高校。一見、少女漫画らしい青春ドラマですが、里中の手腕が遺憾なく発揮された、読み応えのある群像劇となっています。
- 著者
- 里中 満智子
- 出版日
- 2005-07-26
3月22日生まれの久保笑美子と、4月3日生まれの転校生・水穂路実は同じ牡羊座(アリエス)でありながらも、性格は対照的。エクボというあだ名で呼ばれる笑美子はどこまでも乙女らしい清純な女の子で、一方の路実はエレクトラという名の黒馬を乗り回し、はっきりと物を言う奔放な少女です。
笑美子はそんな路実を「ロミオ」と呼び、同性でありながらも惹かれていきますが、ふたりの出生には実に因果な運命がありました。だれかを深く愛するということ、人それぞれに違った形の愛し方があるのだということを、改めて考えさせられる作品です。
連載開始は1973年ということで、作中に描かれるリアルな70年代ファッションも、スタイリッシュで見どころのひとつとなっています。
漫画家・里中満智子の作品から、読み応えたっぷりの5作を紹介しました。歴史や神話を壮大な物語として楽しめる名作ぞろいなうえ、悩みながら懸命に生きる人々の姿に勇気をもらえること請け合いです。