戦いの季節 ―― 今こそ「戦う小説」を!
夏は戦いの季節である。

というのも、大阪住まいの僕は近所の大阪城公園を頻繁に散歩するのですが、最近は日ごと木々が目に見えて生い茂っていくようになりました。ただ日光を獲得できるスペースは限られているため、より良い陽当たりを求めて押し合いへし合いする木々。漁夫の利を狙うかの如くポッカリと空いた木漏れ日に咲く一輪の花。植物社会も人間のそれと同様、椅子取りゲームなのだなアと僕は感心したのです。

屋外だけじゃない。僕の部屋も現在、戦場と化しています。我が家が誇る高さ2メートルの巨大本棚。その裏から何故か発生した大量の芋虫! 芋虫! 芋虫! そして這い出す瞬間を見逃さず鋭い爪で捕獲、そのまま喰らう飼い猫(推定1歳)! 僕の絶叫が木霊する! 引っ越したい! 猫をこっそり飼っているのもいい加減大家にバレそうだ! この記事の〆切りも近いっ! あと……1時間……っ!

繰り返す。夏は戦いの季節である。という前置きで「戦う小説」3冊をご紹介。

光る牙

著者
吉村 龍一
出版日
2015-03-13
頻度としては稀にではありますが、この山岳国家日本において確実に発生している羆(ひぐま)事件。三毛別羆事件や福岡ワンゲル部・羆襲撃事件などの名称はご存知の方も多いのではないでしょうか。この小説は その「羆」と若き森林保護官との死闘を描く山岳小説。

ここ最近読んだ小説だとダントツで面白かったので紹介したいと思いました。就寝前に数ページだけ読むつもりが、その面白さに夜を明かして読破してしまった思い出があります。その面白さの理由の一つはテンポ感。この作品は一文一文が非常に短く、それ故に迫るような臨場感があるのが最大の特徴です。

“狙い通りの絵が撮れる。腕時計に目を走らせる。もうすぐ5時半。軍手を擦り合わせた”。

冒頭から抜粋してみましたが、如何でしょう。登場人物の意識の切り替えがこれ以上ないスピード感で瑞々しく表現されており、この疾走感が描き出す野生動物との死闘の緊張感は絶妙の一言です。それに加えて作者の吉村氏が元自衛官ということもあり、サバイバルの描写や自然の驚異のリアリティも驚異的。一度読み始めれば其処はもう安全なスプリングベッドの上ではなく、豪雪吹雪く日高山脈の針葉樹林のまっただ中。読破するまで眠れません。

燃えよ剣

著者
司馬 遼太郎
出版日
武州多摩(現在の東京都八王子周辺)の田舎道場に端を発し、強烈な個性と信念をもって流星のように幕末を駆け抜けた剣客集団・新撰組の攻防と興亡を描く歴史長編小説。この小説のニクイところは、主人公が局長・近藤勇ではなく、副長・土方歳三というところ。そして新撰組とは土方歳三が自分の人生を懸けて作り上げた「芸術品」、という解釈が根底にある点でしょう。

その芸術品の顔であるところの近藤勇を輝かせるため、己は手を汚し、憎まれ役に徹しながら暗躍する副長・土方のシブさ、燻し銀的カッコ良さといったらない。武士の血を受け継ぐ我々現代人はそこに痺れ、憧れるのです。

実は司馬遼太郎の作品にはエンタメとしてのフィクション要素が多く含まれており、史実と混同して読むのは危険だと批判する声もあります。そこで逆説的な楽しみ方として、世間に浸透している新撰組のイメージの何処までが司馬遼太郎による創作なのか、を調べてみても結構面白い。嘘を史実と錯覚させる程の司馬氏の文章力はむしろ賞賛されるべきではないでしょうか。

時流や勢力図の一切を顧みぬその忠義心とそれ故の悲劇的な結末で、150年経った現在も民衆の心を揺さぶり続ける新撰組。それはこの『燃えよ剣』が幾度のメディアミックスを経て確立した、冷酷と情熱を兼ね備えた英雄像。「新撰組」とは、フィクションか? 史実か?というところも含めてロマンに溢れた、司馬遼太郎と土方歳三両名による「傑作」だと僕は思うのです。

半島を出よ

著者
村上 龍
出版日
2011年春、九人の北朝鮮の武装コマンドが、開幕ゲーム中の福岡ドームを占拠。さらに二時間後に約五百名の特殊部隊が来襲し、市中心部を制圧。首都・東京への侵攻・潜伏を恐れた内閣は九州と本土の交通ルートを封鎖。本国への攻撃を牽制するため「反乱軍」を名乗る北朝鮮兵士達。彼らは無論本国の密命を受けたエージェント。その最終目的は遮断された九州を占領し、「独立国」とすること。その作戦名は「半島を出よ」!!

……いやあ、粗筋だけでワクワクしますね。この小説の怖いところは、実際にこんな事件簡単に起こってしまうんじゃないか?と思わせる程のリアリティ、心理描写です。それを可能にしているのは膨大な取材と資料による「北朝鮮兵士」という人物像の生々しさ。実際に著者は数十人の脱北者にインタビューを敢行しており、彼らの鬼気迫る北朝鮮での生活や人生観は我々日本国民には理解しがたい壮絶さがあることが分かります。この小説のようなシチュエーションに放り込まれたら絶対勝てない、喉笛をただただ切り裂かれるだろうと確信させる迫力があります。

何よりその粗筋の続きが“そのエージェントに立ち向かい、日本の未来の鍵を握るのは、あまりの問題児っぷりに福岡に集中隔離されていた少年達二十人弱”という、それまでのリアリティを根底からぶっ壊すようなトンデモ設定にも度肝を抜かれます。

「圧倒的リアリティ」vs「村上龍的アウトロー・フィクション」という頂上決戦がこの作品の真の醍醐味。目まぐるしく切り替わるその温度差にワクワクが止まりません。僕が村上龍にハマるキッカケになった作品であり、氏の最高傑作の一つだと思います。さあ、これを読んで君も「退屈な日常」という半島を出よう!!

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