五十音・文庫の旅「ヤ行」柳田邦男、吉川英治 etc.

五十音・文庫の旅「ヤ行」柳田邦男、吉川英治 etc.

更新:2016.6.25

本を読みたいけれど何を読んだらいいかわからない。なにより今自分が何を読みたいのかわからない。なんて悩んでるあなたのための「五十音・文庫の旅」。己の直感・独断・偏見・本能でもって選んだア行からワ行までの作家さんの作品を己の直感・独断・偏見・本能でもってここへご紹介するという寸法だ。今回は「ヤ行」。なぜ文庫なのかというと安くて軽くて小さいからです。

小林要司プロフィール画像
バンド「Large House Satisfaction」Vo/Gt
小林要司
1987年7月20日、東京都大田区大森生まれ。AC/DCと時代劇をこよなく愛する少年時代を過ごした後、2005年頃、兄の賢司、兄の同級生だった田中秀作とともにLarge House Satisfactionを結成。結成当時はGtのみを担当していたが、諸事情でスタジオリハに来れなかったボーカルの代わりに歌ったところ、賢司・秀作がその才能に気づき、Voも兼任することに。年間100本近くのライブを行いつつも、酒と小説をこよなく愛する。2015年9月にミニアルバム『SHINE OR BUST』をリリースした。2016年10月からは、Large House Satisfaction × Yellow Studs × THE PINBALLS -SPLIT TOUR-【KERBEROS】を開催する。http://www.largehousesatisfaction.com/
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犠牲(サクリファイス)― わが息子・脳死の11日

著者
柳田 邦男
出版日
「や」柳田邦男。
NHKの放送記者として活躍後、ノンフィクション作家に。医学方面の著書多数。ノンフィクションはあまり読まないジャンルなのでこの機会に手に取った。

25歳にして自死を図った柳田邦男の実子・洋二郎はそのまま脳死状態に陥る。心を病みながらも自己犠牲に思いを馳せていた彼のため、家族は悩んだ末に臓器提供を決意する。

非常に考えさせられる作品だった。「脳死」という言葉しか知らなかった自分。もしも家族がその状況に陥ったら。考えたこともなかった。絶対になるとはいえないし絶対にならないともいえないのが病というものだから、もしなった時の(もちろん、その時にならないとわからないけれど)気の持ちようを考えると、この作品を読んでいて良かったと思えるだろう。

脳死の問題をはじめ、ターミナル・ケア、つまり治療困難な病を抱えた患者とその家族に対する身体と心両面の援助や、臓器提供のシステムなど医療のあり方を専門家の意見を混じえながら淡々と記していく作者の文章に、最愛の息子を失った悲しみが滲み出る。読んでいて苦しくなるほどの痛切が伝わってきて、思わず落涙した。

作者の次男である洋二郎は学生時代にあることをきっかけに心を病む。彼は病みながらも心を解放しようと自分と世界と闘う。生前の彼の言葉に何度も貫かれた。そして彼が最期に選んだのは死だった。自分はなんであれ「自死」は「逃避」だと公言してはばからなかったが、読み終えて自分の単純さ・浅はかさを恥じた。

困難な病を抱えた患者やその家族、医療従事者だけでなく、健やかに今を生きている人々にも是非読んで貰いたい一冊。

めまい

著者
唯川 恵
出版日
「ゆ」唯川恵。
友人に勧められたのだが、こんなに抵抗なく女性作家の作品を手にとるようになった自分に驚く。良いものは良いという一言に尽きる。

女が男を心から愛したときにむくりと首をもたげる狂気の恐怖と哀しみを描いた短編集。

一つ目の作品「青の使者」から怖い。短編ならではのスピード感がホラー感をより一層盛り上げる。十話ある短編のバリエーションは豊かであり、読んでいて飽きない。むしろ次はどんな狂気が垣間見れるのかと期待に溢れさせる仕上がりだ。自分が特に気に入ったのは「誰にも渡さない」という作品。文章もシンプルで下手に装飾していないので読みやすく、その分ダイレクトに恐怖が伝わってきてナイスである。

さっきから狂気やら恐怖やら書いてばっかりだが、この作品は純然たる恋愛小説だ。一話一話ただ怖いだけではなく、物語の底に男を愛した女の情熱や哀しみ、嫉妬などの感情が色濃く漂っている。それがこの短編集を単なるホラー小説集にとどまらせていない。

人物描写は短編にも関わらずたっぷり感情移入ができるように精緻に作り込まれている。タイトルのセンスも抜群だ。高品質の短編集。読む本に迷っているのなら、お勧めしておきます。

牢獄の花嫁

著者
吉川 英治
出版日
2015-02-25
「よ」吉川英治。
蒔絵師や川柳家としての顔も持つ著者。東京毎夕新聞社へ入社後に社命により執筆活動へ入る。文化勲章も受賞されている国民的な名作家。時代物好きと宣って一度も読んだことのなかった吉川英治。恥じ入りながらこの機会に手に取った。

数々の難事件を解決し、名探偵・名与力と謳われた塙隼人。老境に入り名を江漢と改め、高輪の鶉坂へ療養所を建て息子・郁次郎と許嫁にそこを営ませるのを楽しみにしていた矢先に事件が起こる。その上あろうことか、捜査線上に郁次郎の名が挙がってきた。息子の疑いを晴らすためにかつての名探偵が江戸の町を駆け抜ける。

実に爽快な作品。時折挟まれる時代劇のナレーション的な文章が時代劇っ子の自分の心を躍らせてくれる。登場人物たちの描写も分かりやすく、すんなりと物語に入っていける。伏線も随所に張り巡らされており、そこもしっかり回収していく安定さがある。くどくなりがちな演劇的描写も逆に良いスパイスとなってどんどん読み進められる。サスペンスものとしても一級品だ。

引退した老人が活躍するという設定は渋くて大好物だが、切った張ったのチャンバラも好きな自分としてはもう少しそんな描写が欲しいな、なんて思っていた。けれど、物語が進んでいくにつれ怪奇的小説な雰囲気が醸し出されてきて、気づけば先が知りたくてページをめくる手が止まらなくなっていた。

この感じは知っている。江戸川乱歩だ。サスペンスよりミステリーの要素が強いのもその要因。そこへ思い当たって吉川英治という作家の大胆さと器用さとその創造力に舌を巻いた。こんなことを書くと単に雰囲気をパクってるだけじゃんとか作風を真似ているだけじゃんとか言う人が必ず出てくるが、そんなチンケな話ではないのだ。天才的なアウトプットのセンスでもって吉川英治流に再構築したミステリーなのである。

ミステリー時代劇小説の大名作。興味が湧いたら是非一読あれ。

というわけで、ヤ行の三冊。
前回告知した番外編は諸事情で間に合わず、申し訳ない。今回はノンフィクション小説というものに初めて触れてその肉厚さに衝撃を受けた。旅は終わらない。次はラ行の五冊。ではまた来月。

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