夏はエアコンの効いた部屋で引きこもりたい人に送る、家モノホラー。もちろん、家の中にも恐怖はあるのです。あなたの家は大丈夫ですか?
夫の転勤によって東京に引っ越してきた笹倉果歩は、その環境に馴染むことができないでいました。そんな折、幼馴染の平岩敏明と13年ぶりに再会し、彼や彼の家族と交流を深めていくことになります。束の間の心の癒しを得る果歩でしたが、平岩家には、どこか奇妙なところがありました。
奇妙な音、そして部屋中に散らばる砂……それは確実に異常なものであるにも関わらず、平岩家の家族たちは誰一人気に留めていません。敏明に恐怖を訴える果歩でしたが、彼にもおかしなところはないと断言されてしまいます。平岩家から戻った果歩は、謎の頭痛と激しい咳に襲われていましたが、ある時彼女は、敏明の妻・梓から相談を受けます。それは、平岩家には敏明がかつて交際していた女性の生霊が憑りついているというものでした。
- 著者
- 澤村伊智
- 出版日
- 2017-06-29
全編に渡って「砂」がキーワードに設定されています。日常に潜む恐怖と、いつの間にかそれに包囲される怖さを描いたノンストップ・ホラー作品です。平岩家に得体の知れない不気味な何かの存在を感じる果歩と、一方で友達が「砂」によって行方不明となった少年の視点から交互に描かれる物語は、現代家庭を舞台にしているため直球でリアル、そして入り込みやすくなっています。
独特の響きを持つ言葉を使ったタイトルも怖さを助長します。室町時代にあったとされる「ししりばの家」は、そこにいれば誰も病気にならず、怪我さえも治ってしまったといい、家の中には絶えず砂が散っていたそうです。平岩家に頻繁に現れる「砂」の正体は、一体何なのでしょうか。そして、平岩家を監視する一人の男の正体とは。
ホラー小説界期待の新鋭による「家モノ」ホラーです。是非。
言わずと知れた、貴志祐介の日本ホラー小説大賞受賞作です。保険金殺人がテーマになっており、怪奇を利用せず恐怖を描いた作品として高い評価を得ました。かの「和歌山毒物カレー事件」に似ていることでも話題になった作品です。ちなみに、この事件が発生したのは、本作の発表翌年でした。
大手生命保険会社「昭和生命」の査定担当・若槻慎二は、ある日保険加入者の菰田重徳から呼び出しを受けます。菰田の自宅に向かうと、彼の息子で妻の連れ子の和也が首を吊って死亡していました。菰田家は以前にも不可解な保険金請求があったため、昭和生命は今回も支払いを保留しますが、重徳は執拗に支払いを求めてきました。その態度に疑問を持った若槻は、重徳が保険金目的で一連の事件を企てたと推測し、重徳の妻・幸子あてに匿名で手紙を送ります。しかし、これが後に始まる恐怖の日々の発端となることに……。
- 著者
- 貴志 祐介
- 出版日
心理学教授の金石は、菰田夫婦をサイコパスと判断しますが、彼も何者かによって殺害されてしまいました。魔の手は若槻の周囲の人間たちにも伸び始め、やがて恋人の恵にまで及んでしまいます。理屈の通じない人間と対峙することの恐怖、そして重徳の妻・幸子の常軌を逸した異常性は、幽霊や怪物を使わずともホラー小説がここまで怖くなるのかと感じずにはいられません。
「おそらく、この小さな穴から針金のようなものを使ってクレセント錠を開けたのだろう。だが、若槻が上下に余分の面付け錠を取りつけておいたために、小窓を開けることができず侵入を断念したに違いない。
若槻は、菰田幸子が病室で編み物の道具を持っていたことを思い出した。」
(『黒い家』より引用)
このように、幸子は目的を達成するために、様々な手段を惜しみなく使って若槻を襲い始めます。良心を持たないサイコパス的人間は詐病は当たり前、時には自分の指をもためらいなく切り落とすのです。一見普通に見える人も、想像できない狂気を持った人間なのかも知れません。本当に怖いのは生きている人間だと痛感させられる作品です。
2012年7月20日に単行本が書下ろしで発行され、山本周五郎賞、雑誌『ダ・ヴィンチ』の「怪談オブザイヤー」第1位など、数々の賞を受賞したドキュメンタリーホラーの傑作です。2016年には『残穢-住んではいけない部屋-』と題して映画化もされました。
京都で暮らす小説家の「私」は、いつも作品のあとがきで読者に向けて怖い話を募集していました。そんな彼女の元へ、2001年末、「岡谷マンション」の204号室に住む久保という女性から手紙が届きます。それによると、彼女の家では開けっ放しの寝室からいつも畳を掃くような物音がするというのです。さらに翌年の2002年、久保から今度はメールが届きました。畳を掃く音は相変わらず続いており、振り返って見たところ、着物の帯が見えたのだといいます。
- 著者
- 小野 不由美
- 出版日
- 2015-07-29
和室と帯、イメージされる「溢死する和服の女性」……入居当時2歳だった久保の娘・美都は、天井のあたりをじっと見つめ「ぶらんこ」と呟きました。久保が住む岡谷マンションは、いわくつき物件なのでしょうか?同じく近隣の岡谷団地にも、住人がいつかない家が存在していました。そして、一連の怪現象を調べるうちに、あるひとつの因縁が浮かび上がってきます。
淡々としたドキュメンタリー調の語りが怖さを掻き立てる、ルポルタージュ風ホラーである本作は、読み進めるうちに現実と虚構が入り混じり、境目がわからなくなる不気味さを体感します。自分が今読んでいるものが、フィクションかノンフィクションかわからない……だからこそ逆にリアリティがあり、引き込まれるのです。ただ闇雲に怖いだけではなく、各所で合理的な解釈もなされており、虚構との一体感を楽しむことができます。
『キャリー』や『ショーシャンクの空に』で有名なスティーヴン・キングによるホラー小説です。物語は、コロラド州・ロッキー山上にあるオーバールックホテルに、ジャックと妻のウェンディ、そして一人息子のダニーがひと冬の管理人としてやってくるところから始まります。オーバールックホテルは豪華ホテルですが、冬の間は閉鎖されていました。
小説家志望のジャックは、これでゆっくり作品が書けると喜びますが、ホテルの支配人・アルマンは、彼に辛く当たってきます。というのも、ジャックはアルコール依存症であり、過去に生徒に暴力を振るって教師をクビになっていました。それだけに留まらず、さらに妻のウェンディも息子に暴力を振るったことを持ち出し、ジャックを追い詰めてきたのです。
- 著者
- スティーヴン キング
- 出版日
- 2008-08-05
息子のダニーは「シャイニング」という、未来予知やテレパシーを使える超能力を持っていました。ホテルに到着した彼は、ハローランという自分と同じ能力を持った料理長と出会います。彼らは、シャイニングを使って言葉を用いずに会話をすることができました。やがてダニーは、ホテルの中に自分たち以外の存在がいることを感じ始めます。オーバールックホテルでは過去にとある惨劇が起こっており、その亡霊が今もホテル内をさまよっているのでした。
物語が進むにつれ、オーバールックホテルで起きた惨劇に心を奪われていくジャックは、ついにウェンディとダニーを襲うことになります。だんだんと狂気を増していくジャックの深層心理の変化とそれを唆す悪霊たちのやりとり、他の登場人物たちの心理状態もこと細かに書き込まれています。上巻には数々の伏線が仕込まれ、下巻でそれを次々と回収しながら怒涛の展開を見せるストーリーは圧巻としか言えません。何よりも「人間が怖い」と感じずにはいられないホラー小説の傑作です。
日本ホラー小説大賞佳作受賞作品で、表題作「牛家」の他、切ない親子愛を描いた書下ろし作品「瓶人」を同時収録しています。怪奇と不条理とグロテスクが入り混じった特殊な世界観を、非常に読みやすい文章で綴ったホラー作品です。
あるゴミ屋敷を掃除することになった特殊清掃員の主人公は、2日という期限を与えられます。汚物だらけのそのゴミ屋敷は、普通のものではありませんでした。掃除したはずの場所が一晩で元に戻ったり、赤ちゃんを模したビニール人形を食卓に並べる妻がいたり……現実なのか悪夢の中なのかわからないそのゴミ屋敷の内部は、まるで迷宮のように主人公を飲み込んでいきます。
- 著者
- 岩城 裕明
- 出版日
- 2014-11-22
近年注目を浴びている「特殊清掃員」という職業にスポットを当て、グロテスクな恐怖にリアルな演出を与えています。主人公が悪夢に囚われていくまでの描写が非常に巧みで、あっという間に引き込まれてしまうでしょう。「牛男」の棲んでいた屋敷に足を踏み入れたことで、現実と虚構の境目が曖昧になっていく様は、一度読んだら忘れがたい魅力に包まれています。
主人公は時折冷静で行動力のある面を見せ、コミカルに話が展開します。「牛男」とは何者か、そして「牛家」の意味は最後の最期で明らかになっていくことでしょう。
一方「瓶人」は、ゾンビになって母親に尽くそうとする父の物語です。題材はグロテスクですが、イメージに反して笑いとハッピーエンドをもたらしてくれるほのぼのした作品になっています。
家モノホラーには名作が多く、またそのどれもが一級品の怖さを持っています。家の中でふと気配を感じたら、一度振り返って確かめてみた方がいいかも知れません。