歴史として納得していたものが全て覆されていくという、衝撃の大きい作品が多い鯨統一郎ですが、内容はとても読みやすく、エンターテイメント感もあって、どれも面白く読み終える事が出来ます。そんな数ある作品の中から特におすすめの6冊を選びました。
鯨統一郎は日本の小説家です。國學院大學文学部文学科を卒業し、デビュー作となる『邪馬台国はどこですか?』を書き上げましたが、1996年にあった第3回創元推理短編賞では、最終選考まで残ったものの、受賞に至りませんでした。
結局1998年に文庫での書下ろしという形で、名作『邪馬台国はどこですか?』は世に放たれる事となります。そして1999年の『このミステリーがすごい!』で第8位に選ばれ、人気作となりました。
ミステリーが中心ですが、内容は史実であったり、伝説や物語をベースに新しい解釈や新説を組み込みながら、意外性や独自の規則性により生み出された独特の作風が特徴です。その独特の世界観により、同じ人物が別の作品に登場していたり、作品の内容が別作品とも繋がっていたりと、どの本を読んでも新たな意外性を発見できる、読み応えのある作品ばかりになっています。
2015年には『冷たい太陽』が第15回本格ミステリー大賞の候補になったり、「タイムスリップ」シリーズはラジオドラマが放送されるなど、未だ人気が衰える事無く次々と魅力的な作品が発表されています。
タイトルにある「邪馬台国」のことだけでなく、ブッダの悟りや聖徳太子の正体、光秀謀反の動機、明治維新の黒幕、イエスの復活など、歴史好きならつい手に取てしまいたくなる内容を、バーカウンターで客である3人が論争します。
三谷敦彦教授と、助手の早乙女静香、研究家らしい宮田六郎、この3人の熱くなっていく論争を、バーテンダーの松永も予備知識を勉強しつつ楽しみにしています。
3人の歴史バトルの行方は......?
- 著者
- 鯨 統一郎
- 出版日
本作の大筋は、宮田六郎が出してくる歴史の新説を早乙女静香が反論することで議論がはじまり、結局は宮田の奇説を論理的に認めざるを得なくなってしまう、という流れです。
今まで習ってきてそういうものだと思っていた歴史の部分を覆され、最初はそんな事はないと思うものの、気づけば宮田の理論に妙に納得させられてしまう所があり、読んでいて不思議な感覚になります。
邪馬台国は、九州でも畿内でもなく東北だ!と声をあげ、その根拠について語っている場面を読んでいると、不思議とあり得るかも、と思ってしまう……。歴史が好きな人には是非1度読んでいただきたい1冊です。
大正11年、何者かに殺されかけた明治の文豪、森鴎外は現代の渋谷へとタイムスリップしてしまいました。
そこで出会った女子高生の「うらら」と、その友人たちに助けられながら、元の世界へ帰る方法を模索します。そんな中で自分がタイムスリップした後、歴史上で16人もの文豪が若くして死んでいる事に気づきます。
それを連続殺人と判断した森鴎外達は調査を進め、ついに犯人の正体にたどり着きます。犯人の動機とは?森鴎外は元の時代に戻れるのでしょうか。
- 著者
- 鯨 統一郎
- 出版日
- 2005-07-15
2002年3月に発売された、「タイムスリップ」シリーズの第1作目。ラジオドラマ化もされており、毎年放送される程の人気小説です。
殺されかけた弾みでタイムスリップしてしまうと言う発想もさることながら、女子高生と共に誰も謎と思っていなかった、若手作家達の死を連続殺人と見極め、その犯人すら捕まえてしまうアクティブさは、今まで習ってきた歴史上の森鴎外とは大きくかけ離れたものでした。
森鴎外が徐々に現代に馴染んでいく様はとても面白く、犯人捜しもはらんでいて歴史好きでない人にも、楽しんでもらえる作品です。
9つのグリム童話になぞらえて、新解釈で迫っていく本格推理小説。赤ずきんちゃんや白雪姫、シンデレラ、ヘンゼルとグレーテル、長靴をはいた猫など、日本でも有名なグリムの世界が舞台です。
女子大生の桜川東子が探偵役として、マスターともう1人の客である工藤が、日本酒バーでお酒を飲みながら推理していきます。
バーから動く事はなく、話を聞くだけで事件を解決してしまう東子は、童話の世界の真相をも解き明かしてしまうのです。
- 著者
- 鯨 統一郎
- 出版日
- 2004-06-11
2001年6月に発行された本作は、昔から語り継がれてきたグリム童話を掘り下げ、推理した魅力的な作品です。誰しもが知っている作品だからこそ、鯨統一郎が繰り出す新解釈には驚かされます。
探偵役である東子の推理は興味深く、思わずテーマになっているグリム童話を、改めて読み返してみたくなるような興味深さがあり、どれもアリバイ崩しがメインになってきますが、心理トリックであったり物理トリックであったりと、マンネリ化する事はありません。
短編で読みやすく面白いストーリー展開は、あっという間に読み終えてしまいます。
ミステリアス学園ミステリ研究会に所属する新人部員の湾田乱人の周りで、次々と事件が起きました。
松本清張の『砂の器』しか読んだ事がなく、ミステリーには全く詳しくない乱人ですが、他の部員の知識を借りながら、事件の真相に迫ります。
短編でありながら、少しずつ他の編と組み合わせていく手腕や、部員から教えられるミステリーの内容も興味深く、さすがは鯨統一郎と言える作品です。
- 著者
- 鯨統 一郎
- 出版日
- 2006-04-12
ミステリーの教科書ともいえる本作は、「ミステリーとは?」という部分に焦点を当て、登場人物の会話によりミステリーの掟のようなものを、読み手に理解させるような内容になっています。
よくあるようなストーリーで展開されていく物とは少し違うのですが、実際に本の中でも事件が起きていくので、勉強をしながら気づけばミステリーの話になっているという、新たな視点を繰り出す鯨統一郎らしい世界観を味わう事が出来るのです。
単純に鯨作品が好きな人はもちろん、これからミステリーを読んでいこうかなと思っている人も、よりミステリーを楽しむ為に読んでおいて損はありません。
「なみだ研究所」とは、メンタル・クリニックの名前です。
研究所の所長である波田煌子は、見た目は10代にしか見えず、セラピストの資格もない上に、心理学を勉強した経験があるわけでもないという、所長を名乗るにはあんまりな経歴の持ち主です。
しかし、患者さんとよくわからない会話をしていくうちに、探偵のようにその患者の心の悩みを見抜き、解決してしまいます。その実力から、伝説のセラピストと呼ばれる波田煌子の人気シリーズです。
- 著者
- 鯨 統一郎
- 出版日
- 2004-01-01
大人気の「波田煌子」シリーズの短編が、8作品も収録された魅力的な1冊です。
鯨作品によくある、読者の気づかないうちに全体に隠された秘密などもあって、気づいた時には思わずクスっとなってしまうでしょう。また、さりげない部分の細かい演出に、十分な鯨統一郎らしさを感じられます。
探偵要素もありますが、どちらかと言えば心理学や精神分析のジャンル色も強いので、その方面に興味のある方にも楽しみながら読んでもらえる内容です。
見立て殺人。それは「被害者をわらべ歌、童謡、詩などの内容になぞらえて殺す殺害方法で、推理小説の世界ではおなじみの状況」のことをいいます。『「神田川」見立て殺人』は、マグレこと間暮警部が数々の事件を「見立て殺人」と断定し、解決していく「ギャグ」推理小説です。
小林君とひかるが所属するのは、元神奈川県警警視正であった大川が開いた探偵事務所です。事務所には次々と殺人事件が持ち込まれます。小林君たちが事件の関係者宅を訪れると決まって間暮警部と谷田貝美琴刑事が現れ1960年代、1970年代の歌謡曲の歌詞を歌い上げるのです。そしてたちまち犯人を特定してしまいます。
現場では「いったいなんなんだ!」と怒りの雰囲気が立ち込めます。しかし、マグレが発した言葉や歌詞をひかるが忠実にたどることで、事件は解決するのです。そして、マグレにそのことを伝えると、なぜか殺害理由は決まって宇宙人や超能力者の仕業になってしまいます。「なんなんだこの展開は!」と戸惑いを覚えつつ、結局はぷぷっと笑うしかないストーリー展開。本当によく組み立てられているのです。
- 著者
- 鯨 統一郎
- 出版日
- 2006-03-07
1960年代、70年代の歌謡曲の歌詞に合わせた事件展開は見事というしかありません。必ず笑いをとるストーリー展開は、次の短編、次の短編へと読者をひっぱっていきます。「神田川」をはじめ「UFO」や「勝手にしやがれ」など往年のヒット作を題材に選ぶセンスは秀逸です。そして魅力的なキャラクター達がそれを歌い上げ、しかも事件が解決してしまうという展開はうなるしかありません。
複雑な現実世界に疲れた時、鯨統一郎の『「神田川」見立て殺人』を読んでみてください。きっと間暮警部の浪々とした歌声が聞こえてきて、すっきり爽快な気分になります。
本全体に鯨統一郎の仕掛けが施されており、読んでいると思わず納得してしまったり、感嘆してしまったり、嬉しくなったり......1冊読んだだけでは決して理解しきれない鯨ワールドは、内容が面白いだけでなく作品全体にひっそりと散りばめられた仕掛けを見つけるのも、また1つの楽しみ方ではないでしょうか。6冊の中のどれからでも是非手に取って、いつの間にか鯨統一郎の世界にはまってみてください。