文芸

横溝正史のおすすめ文庫小説10選!多くの映像化がなされた『八つ墓村』など

更新:2020.12.2 作成:2017.7.26

ドラマ・映画でも馴染みが深い横溝正史作品。その巧みなストーリー展開と隙の無いトリックは見事です。今回は、現代も魅力を放ち続ける10冊を紹介します。

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昭和を代表するミステリー作家、横溝正史

横溝正史は1921年に『新青年』の懸賞に応募した短編『恐ろしき四月馬鹿』が入選し、1932年に専業作家になります。そして1981年に79歳でこの世を去るまで、数々の名作を発表してきました。代表作の「金田一耕助」シリーズだけでも77本。映像化も多く、自身の名を冠した「横溝正史ミステリ大賞」は本格ミステリー作家の登竜門となっています。

疎開先であった岡山県を舞台にした作品は特に愛好者が多く、その田舎の因習や闇を取り入れた作風は、その後のミステリーの定番の一つになるほどの影響力を持っています。

血筋と因縁に祟られた青年の冒険譚『八つ墓村』

寺田辰弥は母の死後、他に身寄りがないので孤独に暮らしています。しかしある日、辰弥を探していたという弁護士と出会いました。弁護士によると、父方の実家である多治見家は、後継者不足から辰弥を次期当主にしたいのだと言います。さらに、辰弥の父は32人の村人を惨殺した犯罪者であることも判明しました。

殺人犯の息子であること、そしていきなり資産家の跡取りにされたことに動揺しながらも、辰弥は多治見家を訪ねることを了承しますが、祖父が毒殺されるという事件が起こります。旧家の後継者争いか、怨恨か……さらに次々と起こる殺人に、辰弥の依頼を受けた名探偵金田一耕助が挑むのでした。

著者
横溝 正史
出版日
1971-04-26

懐中電灯を頭に括りつけて猟銃を持った犯人……映像化も多い本作では、漠然とこんなイメージが浮かんでくる人も多いのではないでしょうか。作中で辰弥の父が起こした村人32人殺しの事件は、実際に昭和初期に起こった連続殺人事件を基にしているからか、妙にリアルです。

辰弥の目線で物語が進んでいくので、都市部から来た辰弥と多治見を取り巻く田舎の人間との対立構図になっています。現代人には考えられないような田舎の常識に対しての反応に、辰弥を通して読者が共感・感情移入できるような構成が、実に見事です。

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緻密な構成と大胆な伏線が光る、横溝正史の大傑作『獄門島』

太平洋戦争から引き揚げる船内で、友人の鬼頭千万太の最期を看取った金田一。死ぬ間際の千万太は「おれが帰ってやらないと、3人の妹たちが殺される」と不可解な言葉を残しました。金田一は千万太の戦死報告も兼ねて、彼の故郷である獄門島へ向かいます。

島の網元である鬼頭家は、本家と分家で対立していました。しかし、金田一が逗留した本家の若者は千万太の妹3人といとこの早苗のみ……跡取りであった千万太の戦死は最悪の知らせです。

そして千万太の心配通り、妹たちは殺害されていきます。俳句に見立てられた異常な殺人は、対立した分家の犯行か、本家内部の犯行か。島を取り巻く恐ろしい真相が待っています。

著者
横溝 正史
出版日
1971-03-30

シリーズの最高傑作に推す声も多い本作は、横溝正史らしさが満載です。古い封建制を感じさせる本家と分家の対立、事件は全て島の中で処理してしまおうとする閉鎖性……これらは田舎を舞台にしたミステリーの基礎となり、今も受け継がれ続けています。

そして、物理的なトリックが明快であることは当然として、よく練られた動機や因縁もまた見どころです。偶然起きたように見える出来事や何気なく発言した内容が、人物の思想や動機をよく表していて、最終的には全体を貫く大きな事実に繋がっていきます。

犯人当てクイズのような推理作品ではないので、どんな読者にもおすすめできる一冊です。

醜い遺産争いと、老人の執念『犬神家の一族』

犬神佐兵衛が巨額の遺産を残し、家族に見守られながら他界します。佐兵衛が作成した遺言状は、長女である松子の息子、佐清が戦地から復員してから発表されるというものでした。

佐兵衛には娘が3人おり、さらに全員が婿養子をとっています。それぞれそろって息子が1人ずついますが、全員が遺産を狙いますが……。発表された遺言の内容は「犬神家の全財産の相続権であるである斧・琴・菊の3つを、佐清、佐武、佐智の佐兵衛の3人の孫から配偶者を選ぶことを条件に、珠世に与えるものとする」という驚きのものでした。

佐兵衛の恩人の孫であるという珠世が、財産の行き先を決めることになったのです。

どうにか珠世を手に入れようとする佐兵衛の孫たち。そして、斧・琴・菊に見立てた殺人によって、犬神家の骨肉の争いが始まります。

著者
横溝 正史
出版日

遺産を巡って起こる争いというのは非常に醜いものです。本作でも「そもそも佐兵衛が変な遺言状を残さなければこんなことにはならない」と思わずにはいられませんが、これも佐兵衛の計算のうちでした。

横溝作品に出てくる権力者の老人は非常にパワフルで計算高い人物が多く、佐兵衛もその一人です。彼らの残酷でありながら純粋で強い執念が、この作品にもしっかりと表現されています。

トリックはシンプルで設定もスタンダードなのに、飽きがこない……ミステリーのお手本のような作品です。

足跡なき事件と、裏に潜む苦悩『本陣殺人事件』

一柳家の屋敷では、長男・賢蔵と久保克子の結婚式が開かれていました。式と披露宴は、賢蔵の妹・鈴子の琴演奏などで盛り上がり、午前2時前には終わります。

しかし、その2時間後、新郎新婦がいる離れから悲鳴と琴をかき鳴らす音が聞こえてきました。克子の叔父の久保銀造らが中に入ると、なんと賢蔵と克子が布団の上で死んでいます。離れには新郎新婦以外に誰もおらず、庭に血だらけの日本刀が突き刺さっているだけ。降り積もった雪の上にも犯人の足跡がありません。

雪に囲まれた密室で、いったい何があったのでしょうか?

著者
横溝 正史
出版日
1973-04-20

本作は、横溝が最初に書いた「金田一耕助」シリーズです。「本格探偵小説は第2作の『獄門島』以降ということになるのであろう」と横溝本人が語っていた通り、物理トリックに重きを置いた密室作品であることなどから、やや実験的な仕上がりの作品と言えます。

しかし、現実社会では軽いきっかけで起こる犯罪も多く、その動機もはっきりとしないものも多いので、動機が軽いという人間臭さが逆に本作の魅力です。我々が「そんなことで?」と思うような理由でも、時代背景と共にキャラクターの心理を考えれば、納得できるかもしれません。

横溝正史による、ミステリーの枠を超えた優れたストーリー『悪魔が来たりて笛を吹く』

金田一の元を訪れたのは椿美禰子。彼女の父は「天銀堂事件」の容疑者で、失踪した後に遺体が発見された椿英輔元子爵でした。母が死んだはずの父を目撃した、という美禰子は「父が生きているのかどうか占いをするので金田一さんに同席して欲しい」と頼みます。

「父はこれ以上の屈辱、不名誉に耐えていくことは出来ないのだ。由緒ある椿の家名も、これが暴露されると、泥沼のなかへ落ちてしまう。ああ、悪魔が来りて笛を吹く。」(『悪魔が来たりて笛を吹く』より引用)

椿英輔の遺書にはこう書いてありました。不名誉とはいったい何なのか、そして「悪魔が来たりて笛を吹く」とはどういう意味なのか……疑問に思った金田一は占いの会に出席しますが、そこで殺人事件が起こります。

著者
横溝 正史
出版日
1973-02-20

通常、推理のうち「どうやって」の部分がトリックであり、作品の根幹を成している場合が多いので、ミステリーでは犯行の過程が重要視されがちです。

しかし、この作品のトリックは非常に地味で、金田一の頭脳はほとんど活躍しません。構成を見れば分かりますが、ページ数を割かれていないので、横溝正史もトリックはあまり重要視していないのが分かります。

では何を重要視したのかというと、それは「なぜ」犯行が起きたのかという動機の部分です。本作は椿家という旧家を襲った悲劇のドラマであり、読者はストーリーを追うだけで十分に楽しめます。推理作品が苦手な人にもおすすめできる一冊です。

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思い切った構成が楽しめる、横溝正史の隠れた名作『夜歩く』

小説家の屋代寅太は、自分の妹の古神八千代が、キャバレーで起きた佝僂(くる)の画家の蜂屋小市狙撃事件を起こしたと、友人の仙石直記から相談を持ちかけられます。狙撃の原因は、ほとんど誰も知らないはずの八千代の夢遊病について触れられたストーカー風の手紙でした。

寅太が仙石と小金井の古神家の屋敷に行くと、仙石の父・鉄之進が日本刀で蜂屋に斬りかかっているところに遭遇します。仙石はなんとかその場を収めますが、父がいずれ殺人犯になってしまうことを恐れて、日本刀を金庫に隠すことに決めました。金庫の鍵と文字盤を寅太と仙石がそれぞれ設定し、万全の体制のはずでしたが……。

著者
横溝 正史
出版日
1973-03-01

ストーリーの要であるものの、最近のメディアでは使わない佝僂(くる)という呼び方は馴染みがなく、想像しづらいかもしれませんが、発表当時の雰囲気を感じられるところでもあります。ちなみに佝僂とは、ビタミン不足を原因に、骨の形成に異常を来す病気のことです。

不可能犯罪、顔のない死体、夢遊病という怪奇ロマン溢れるテーマがあふれており、またミステリーとしての骨格がしっかりとしている傑作です。

横溝正史には珍しく大きな仕掛けがあるタイプの作品で、読者は意外な犯人にきっと驚かされます。

妖しい雰囲気がたまらない短編集『鬼火』

同じ歳の漆山万造と漆山代助は従兄弟同士でありながら、お互いに憎みあい、強烈なライバル心と嫉妬心を持っていました。そして二人は画家になり、お銀という女を奪い合って対立します。

万蔵は偽の密告状を作成し、代助を共産党検挙事件の罪人に仕立て上げました。その計画は成功し、連行される代助。しかし、一方で万蔵も汽車の脱線事故で大怪我を負い、自分のアトリエに引きこもった生活を送っていました。そこに、脱獄した代助が現れて……。

表題作ほか「蔵の中」「かいやぐら物語」「貝殻館奇譚」「蝋人」「面影双紙」の5編が収められています。

著者
横溝 正史
出版日

昭和8年に書かれた表題作である「鬼火」は検閲によって部分的に削除され、長くオリジナル版を読むことができませんでした。しかし、今では『虚無への供物』で知られる作家・中井英夫が所有していたオリジナル版から復刻したものが発売されており、当時のまま読むことができるようになっています。

「鬼火」の他にも倒錯した世界観と不気味さが魅力の「蔵の中」など、魅力的な短編が多く収録されている、ミステリー風のホラー怪奇小説集です。

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不気味な美少年の素顔『真珠郎』

大学講師の椎名は、同僚の乙骨に誘われて2人で信州旅行に出かけました。そこで偶然出会った鵜藤という医者から招待され、以前娼家であった春興楼という建物に宿泊します。鵜藤の姪である由美の美しさも手伝って、大満足の生活を送る椎名でしたが、次第に違和感を覚えるようになりました。

建物に、もう一人の人間が住む気配を感じ取ったのです。

そして数日後、椎名と乙骨は水に濡れた美少年を目撃します。少年の名は真珠郎……彼はいったい何者なのか。奇妙な少年が、恐ろしい事件の引き金になるのでした。

著者
横溝 正史
出版日

名探偵・由利麟太郎が登場する作品。初期に書かれた「名探偵」シリーズで、知名度は金田一ほどは無いものの、元刑事の鋭い頭脳を持った名探偵が活躍します。

横溝正史のキャラクター設定は比較的分かりやすいので、美男美女は基本的に善人、そうでない人物が悪人になっている傾向が強いですが、真珠郎はこれに当てはまりません。

息を飲むほどの美しい外見と、残忍な心……不協和音のような組み合わせに引き込まれる魅力があります。

横溝正史が描く、都会派の本格推理作品『蝶々殺人事件』

「蝶々夫人」の公演を控えた原さくらが大阪のホテルにチェックインした後、外出して行方をくらましてしまいます。他の劇団メンバーはやむを得ずさくら抜きで稽古を始めますが、いつまで経ってもさくらは現れません。

やがて、コントラバスの川田が「自分の楽器が届いていない」と言い始めます。すぐに楽屋の入口にコントラバスのケースが立てかけてあるのが見つかったものの、中を見ると、そこにはさくらの死体が……。

その後だんだんと明らかになっていくさくらの秘密。名探偵由利が事件に挑みます。

著者
横溝 正史
出版日

犯人当ての懸賞付きで掲載されていたという珍しい作品です。「読者の期待を上回る作品にしなくてはならない」と当時の横溝は自縄自縛に陥り、書くのに大変苦しんだようでした。

トリックで勝負した本格推理となっているので、ホラー色はほとんどありません。懸賞付きであっただけに、全体を通して注意深く読むことで、真相に辿り着けるというフェアな作品です。推理小説好きにはたまらない一冊と言えます。

手毬唄の見立てと、世代を超えた殺意『悪魔の手毬唄』

静養場所を探していた金田一耕助は、岡山県警の磯川警部に紹介してもらった亀の湯へ行きました。亀の湯の女主人・青池リカは、夫を殺害されて犯人の恩田は未だ逃走中という、かわいそうな身の上です。また、リカの息子である歌名雄は、旧家である由良家の泰子と交際していました。しかしそれを妬む、新興勢力である仁礼家の文子がありました。

ある日、村出身ですっかり人気歌手となった大空ゆかりが、里帰りとして村を訪れましたが、ゆかりの同級生として歓迎会にいるはずの泰子がいなくなります。

村人の必死の捜索の末、発見された泰子は滝の中で絞殺されていました。その遺体の口にはなぜか漏斗が入れられていて……。

著者
横溝 正史
出版日
1971-07-14

手毬唄になぞらえた連続殺人という、ミステリー好きにとってはなんともワクワクするテーマです。あちこちにばらまかれた謎を終盤に一気に回収される際には、目の前の霧が晴れたような爽快感があります。

一方で、そもそも村に異変が起きた原因は詐欺師の恩田で、大空ゆかりの帰郷後の事件も全て繋がっている……積年の殺意を一気に解き放ったような狂気が、さらなる悲劇を呼ぶという後味の悪い結末もドラマ性を高めています。

生き残った人のその後が気になる、切ない名作です。

横溝正史の作品をお得に読む

推理小説の巨匠、横溝正史の作品はどれも名作揃いです。紹介しきれなかった作品もたくさんあるので、いろんな作品を読むことをおすすめします。