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パブロ・ピカソのあなたの知らない事実8選!20世紀最大の画家の素顔とは

更新:2017.7.28 作成:2017.7.28

パブロ・ピカソは天才画家として知られ、名前を聞いたことがないという人はほとんどいないでしょう。しかし、本当に彼に関して知っている人は一体どれくらいいるでしょうか?ピカソに関するエピソードに触れながら、20世紀最大の画家の素顔に迫ります。

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パブロ・ピカソってどんな人?

パブロ・ピカソは1881年にスペインで、芸術家の父親のもとに生まれます。

10代のころは主にバルセロナで、若い芸術家たちとの交流を楽しみながら、レストランのメニューやポスターのデザインをするという仕事を行なっていました。その後、パリに拠点を移し、雑誌の編集にかかわったり個展を開いたりと活動の幅を広げます。

ピカソは、作風がめまぐるしく変わった芸術家としても有名です。そのため「バラ色の時代」「アフリカ彫刻の時代」というように、作風ごとにいくつかの時代に分けて表されています。彼の作風と人生を照らし合わせて追っていくと、ピカソのことがより分かってきますよ。

あなたの知らないパブロ・ピカソの8つの事実

1:ピカソが初めて話した言葉は「鉛筆」だった

子供が初めて発する言葉としては、「ママ」や「パパ」が挙げられるでしょう。しかし、彼が初めて発した言葉は鉛筆を意味する「ピス!」だったそうです。鉛筆を使ってデッサンし、お菓子などを描いていたのだとか。

彼にとっては、絵で表現するということは彼の人生そのもの。幼いころから感情をデッサンによって表していたのですね。

2:彼が初めて絵を描き上げたのは9歳の時だった

初めて話した言葉が「鉛筆」だったピカソは、9歳の時に本格的な作品を描き上げます。その仕上がりは大人のものと並べても引けを取らないほどの完成度だったそうです。

作品名は「ピカドール」。人が馬にまたがっている様子が描かれていて、子供が書いたことを疑ってしまうような力強いタッチです。この頃から、画家としての人生は始まっていました。

3:有名になる前、モナリザの窃盗容疑に関与していたのではという疑いがある

今ではピカソという名を知らない人はいないほどの知名度がある彼ですが、有名になる前の1911年、モナリザの窃盗容疑で友達と共に逮捕されてしまいました。

1週間拘束され、後に窃盗容疑は晴れて釈放されますが、逮捕されたのには理由がありました。実は彼には、かつて友達がルーブル美術館から盗み出した作品を分け与えられていた前科があったのです。盗まれたものだと知ったピカソは、後にルーブル美術館に返還したそうですが、このことがきっかけでモナリザの窃盗犯として疑われてしまいました。

4:彼の象徴的なボーダーのシャツは、どこにでもある普通のものだった

ピカソはボーダーのシャツを愛用していたことでも知られています。売れっ子芸術家なので、高いブランドものを選んでいるのかと思いきや、そのシャツは実は庶民的なものでした。

特に彼が愛用したと言われているのは「セントジェームズ」と「オーシーバル」というフランスの会社のものです。「セントジェームズ」は長く着ることができる丈夫な生地が特徴、一方「オーシーバル」の生地はラッセル編みという方法で作られています。いまも世界中で人気なボーダーシャツ、ぜひピカソと揃えたいですね。

5:詩人兼脚本家でもあった

彼は数々の有名な絵画を残していますが、実は詩人であり、脚本家でもありました。それだけでなく、陶芸に没頭していた時期もありましたし、バレエの衣装を手がけたことがありました。

彼は多くの仕事仲間や友人を持ち、芸術について語り合って一緒に切磋琢磨していたのです。ある時には仲間と仕事でコラボをするなど、かなり活動的、社交的であったことも伺えます。巧みなセールス力も持ち合わせていて、これがピカソを売れっ子にし、多くの仕事を呼び込んだ理由でもありました。

6:貧乏の間、自分の絵を燃やして暖をとっていた

有名な芸術家になっていくピカソですが、彼にも知名度がなく貧乏生活を送っていた時期がありました。その当時はお金がなく、青い絵の具しか買うことができなかったため、「青の時代」と呼ばれています。

当時は寒い日に十分に暖をとることもできなかったため、自分の絵を燃やして凌いでいたとのこと。仕方のないことだったのかもしれませんが、燃やされた絵の価値を考えると、いまでは想像できません。

7:ピカソは拳銃を持ち歩いていた

ピカソはスペインからパリに移動し、芸術活動を続けていきます。パリには花が咲き誇る美しい街並みがあり、多くの芸術家が集まっていましたが、その反面窃盗事件もよく起こる恐ろしい街でもありました。

ピカソも当時のパリで実際に拳銃を持っている写真が残されています。

8:初めて生きている間にルーヴル美術館に作品が展示された画家である

ルーヴル美術館には、モナリザに代表されるように古くて貴重な作品が展示されています。そんななかピカソの絵は、彼が生存中に展示されることになるのです。

パリに拠点を移した後ピカソは、ルーブル美術館に頻繁に通いつめていました。そんな美術館に自分の絵が飾られることがどれだけ嬉しかったか想像できますね。

パブロ・ピカソの女性関係と、彼の作風との関係に迫る本!

めまぐるしく作風が変わっていったことでも知られているピカソですが、その背景には彼の女性関係が大きく影響していたとも言われています。

彼の周りの女性たちと彼の作風の変化に焦点を当てて、そこから作品を理解、解説していく作品です。

著者
瀬木 慎一
出版日
2003-08-01

ピカソは2回の結婚をしていますが、その間にもたくさんの愛人がいたプレイボーイとしても知られています。

彼の2人目の妻ジャクリーヌと出会ったとき、彼女は20代、ピカソは70代でした。かなりの年の差カップルですが、彼の愛人として知られる人のほとんどはかなり若い人だったのです。ピカソの作風は、彼が付き合った女性たちや、生まれてきた娘や孫などによって大きく変わっていったと言われています。

もともと「人」をテーマに描くことが多かった彼が描いた女性たちは、ただのモデルではなく彼にとっての精神的な支えだったのだということを伺い知ることができます。

芸術とは何か?岡本太郎が芸術論について語る!

「芸術とは何か?」

多くの芸術家は、この問いに対す自分なりの答えを探すために、生涯を捧げていくのです。本作では、日本を代表する芸術家、岡本太郎が20世紀最大の芸術家と言われているピカソに挑んでいきます。

著者
岡本 太郎
出版日
2000-06-28

岡本太郎はフランス留学時にピカソとの衝撃的な出会いを果たしました。本作では、芸術を探し求めてめまぐるしく変化する作風と、芸術を追求しきってしまった後の作風の違いをもとに、岡本から見たピカソの人物像が表現されています。

多くの人はピカソのことを「天才」と讃えています。同様に「天才」と言われる岡本からみたピカソの評価はどのようなものなのでしょうか。

またピカソを画家として見るのでなく、感情豊かな1人の人間として見ることもできる、興味深い作品となっています。

パブロ・ピカソをもっと知りたい

「ピカソという名前だけは聞いたことがある。」「授業で絵を見せられたことがある。」という人は多いと思いますが、「ピカソは一体どんな人だったのか」と聞かれると知っているようで知らない人が多いのではないでしょうか。

そんなピカソビギナーにオススメなのが「もっと知りたい」シリーズです。

著者
松田 健児
出版日
2006-02-01

本書の特徴は、なんといってもオールカラーだということ。見開きで1つの作品について書かれています。

また彼の作風の変化や人間関係などの歴史は、伝記や小説の感覚で読むことができ、普段読書をしない人でも、楽しみながら知識を得られます。芸術について詳しく解説されるのはちょっと難しいという人でも、気軽に手に取ってほしいい一冊です。

そもそもパブロ・ピカソの絵は、どこが芸術なのか

「そもそもピカソの絵のどこが芸術なの?」

特にキュビズムという、様々な角度から見たものの形をひとつの画面に収める手法で描かれた作品に対しては、大きな声では言えないけれど疑問に思ったことがある人もいるのではないでしょうか。

本作では、なぜ彼の絵が名画と言われているのか、ビギナーにわかりやすく解説しています。

著者
岡村 多佳夫
出版日
2008-10-25

彼の作風はめまぐるしく変わっていくことで知られていますが、デッサンと作風の変化を追っていくと、彼の絵画がどれほどの名画だったのかということを理解することができるのです。

ピカソの作風について詳しく知りたい方におすすめです。

ピカソはとはどんな人だったのか、様々な角度から迫っていく本を4冊ご紹介しました。作品だけでなく彼の人柄を知ることで、ピカソを1人の人間として親しみを持つことができそうですね。