青春小説や恋愛小説かと思ったら、実はミステリーの要素もある不思議な魅力を備えた白河三兎作品。その中から、おすすめの5作を紹介します。
白河三兎(しらかわ・みと)は、2009年『プールの底に眠る』でメフィスト賞を受賞し、小説家デビューを果たします。また2012年に『私を知らないで』が、本の雑誌社刊行の「おすすめ文庫王国2013」にてオリジナル文庫大賞ベスト1に選ばれ、話題になりました。
白河三兎は、年齢・性別いずれも不明の覆面作家として活動しています。生まれは外国で、しばらくして日本に帰ってきたそう。主に苦悩する10代の若者たちを描いた作品が多いですが、青春小説や恋愛小説だと思って読んでいるとミステリーの要素が現れたり、ラストにどんでん返しがあったりと、巧みな構成で読ませる作家です。
語り手の「僕」は、なぜか留置場にいます。しかも殺人未遂の容疑をかけられていました。「僕」の独白から物語がはじまるのですが、彼は留置場の中で夏の日の思い出を振り返ります。それは、ある少女とのひと夏の恋の記憶でした。
13年前の夏のある日、「僕」が裏山でエロ本を不法投棄していると、首吊り自殺を図ろうとしている少女がいました。「僕」と会ったことで少女は自殺を思い留まります。お互いを「イルカ」「セミ」と呼びあい、2人はやがて恋に落ちます。駅の伝言板を使った恋愛ごっこを始める2人は、奇妙な絆で結ばれていくのです。
- 著者
- 白河 三兎
- 出版日
- 2013-04-12
お互いに暗い過去を背負う「イルカ」と「セミ」でしたが、そこへ「イルカ」と幼馴染の由利も加わり、3人の心情を交えて物語が展開していきます。「イルカ」は小学3年生の時に、双子の弟をプールで亡くしていました。そして「セミ」も、学校でいじめられ不登校になっていたのです。貧乏な「イルカ」と、どちらかというと裕福な「セミ」。似ているようで対照的な彼らの恋は、まるでセミの一生のようにたった7日間で終わってしまいました。
心に傷を持つ少年少女の恋物語である本作は、「僕」が過去の呪縛から逃れ、自分を取り戻していく再生の物語でもあります。淡々としているのに、不思議と興味を引かれる透明感のある文体で描かれ、読後感は非常に爽快です。さりげない伏線が散りばめられ、ラストに少し意外性を持たせるなどミステリー要素もあります。「眠れない夜にイルカになる」という書き出しが非常に印象的で、雰囲気でも読ませる作品です。
京都に修学旅行に来た高校生たち。いつも学校で日陰のように過ごしている彼らは、地味キャラ・タロット占い好き・アニメオタクなどが集まり「ぼっち班」と呼ばれていました。そんな「ぼっち班」の生徒たちがひとりずつ語り手となり、自分の抱えているものを吐露する青春連作短編集です。
自分に自信を持てない少年少女たちが集まった「ぼっち班」を、問題児の転校生・手代木麗華がぐいぐいと引っ張っていきます。「ぼっち班」の修学旅行は、4日間とも漫画ミュージアム「えむえむ」で思い思いに漫画を読んで過ごすというプランでしたが、2日目に麗華が突然脱走し、班長の宮下君と何をするのもドン臭い「ノロ子」が彼女を追うのです。麗華が向かったのは、ある意外な場所でした。
- 著者
- 白河三兎
- 出版日
- 2015-07-23
宮下君とノロ子、そして脱走した麗華を描く「重なる二人」にはじまり、舞妓体験で自分を変えたい地味な女の子を描く「素顔に重ねる」、修学旅行をズル休みしたタロット占いマニアが、教室にある生徒の持ち物から情報を収集する「偶然に重ねる」など、「重ねる」を共通テーマに据えた6つの短編を収録しています。
実は、それぞれのストーリーにはあるトリックが仕掛けてあり、ラストにあっと驚くどんでん返しがあります。時系列も複雑に絡み合っていて、その構成は非常に巧みです。「ぼっち班」全員が単独行動に出てしまい、しかし結果として自分と向き合う何かに出会い、変わろうと努力していくのです。読み進めるたびに、そんなキャラクターたちがだんだん愛おしくなってくるでしょう。
主人公で転校生の「僕」こと黒田慎平は、転勤族の父を持つ中学2年生です。彼は転校慣れしているので、どうすればクラスで浮かないか計算して行動できる、少し可愛げのない少年でした。「どうせすぐに転校してしまう」という諦めから、いまいち人に対して執着心がありません。そんな慎平が、ある日不思議な少女に出会います。
その少女、新藤ひかりは、なぜか「キヨコ」と呼ばれてクラス中から無視されていました。いつもクラスでいないものとして扱われているキヨコは、誰よりも美しい少女でした。慎平は彼女が気になり、ついに跡をつけてしまいます。キヨコが抱える秘密とは、一体何なのでしょうか。
- 著者
- 白河 三兎
- 出版日
- 2012-10-19
さらに、慎平のクラスには、新しい転校生の高野三四郎がやってきます。同じ転校生だということで、慎平は彼の面倒を見る羽目になってしまいました。その後、慎平・キヨコ・高野の3人の心情を主軸に物語が進んでいきます。
タイトルの『私を知らないで』は、キヨコが慎平に投げ掛けたそのままの言葉。慎平はキヨコが「好き」、キヨコは慎平が「嫌い」、対照的な2人が徐々に惹かれ合い、絆を深めていくのです。
恋愛小説かと思いきや、ミステリーへと転調し、途中でどことなく違和感を覚えた部分もラストできれいに回収され、独特の空気感を醸し出しています。シンプルでありながらも感情が伝わってくる文体で、非常に読みやすい作品です。
本作は冒頭、中学生のサッカー部が危機的なゲーム状況に立たされているところから始まります。勝敗の行方がわからないなか、窮地に立たされたサッカー部のメンバーたちは、それぞれ悲喜こもごもの回想を始めるのです。
点取り屋の阪堂隼人、司令塔の鈴木望ら主要メンバーは、自分の弱さや内面にある葛藤と戦っていました。彼らの心情を乗せ、ゲームは決着に向けて走り出します。そして、やがて明らかになる、とある犯罪。その衝撃的な真相とは?
- 著者
- 白河 三兎
- 出版日
- 2014-03-20
サッカー部顧問の口車に乗せられて入部した、中学生の潮崎。それまでは和気あいあいとして仲の良いクラブだと感じていましたが、正式な部員になったとたんにスパルタ教育が始まりました。まとまっていたはずのチームは、ある不測の事態が発生したことで試合上でもバラバラになってしまいます。一体彼らに何が起こったのでしょうか。
「うちのチームの二人目のキッカーが放ったシュートはゴールマウスを大きく外れた。落胆と歓喜のコントラストがピッチを包み込む。スコアは『0-2』。PK戦では絶望的な数字だ。」(『神様は勝たせない』より引用)
冒頭のシーンは、このように緊迫感を持って表現されています。チームの中心メンバーがそれぞれひとりずつ胸の内を語っていくストーリーで、伏線を散りばめた後にラストで一気に回収する非常に読み応えのある作品です。青春群像劇だと思って読んでいると、いつの間にかミステリーになってしまう……そのスピード感には、見事のひと言です。
美人でモデル体型、頭も良いが、かなりの変わり者の久曽神静香が結婚することになりました。披露宴は船上でおこなわれ、しかも新郎新婦はヘリコプターで登場するという豪華仕様です。
一方、結婚式で同じテーブルに座った6人の男女が語る新郎新婦の姿と、そこから浮かび上がってくるこの結婚に隠された真実。船上ウエディングで起こる事件を描いた連作長編です。
静香を祝福するため、彼女の友人たちが船上に集まります。幼馴染の怜美や美容師の桜井、結婚相談所職員の富永が友人代表として出席していました。同じテーブルの残りの3人は新郎の友人たちでしたが、彼らは何と全員が代理出席者でした。さらにその中の1人、高原は警察官で、妹を詐欺に遭わせた男を逮捕するべく潜入していたのです。
- 著者
- 白河 三兎
- 出版日
- 2017-02-08
第1章では、幼馴染の怜美の視点から静香について語られます。静香と幼稚園からの友人だった怜美は、美人でモデル体型の静香にコンプレックスを抱いています。彼女と静香は、まるで女王様と家来のような関係でした。
続く第2章は静香の行きつけの美容師である桜井の視点で、彼は静香の髪をカットするうちに彼女のことを好きになっていました。その後も様々な人たちの視点から物語が展開し、この船上ウェディングに秘められた、ある目的が徐々に明らかになってきます。
女性たちのシビアな心理描写を詰め込んだ人間ドラマである本作。披露宴で繰り広げられるドタバタ劇から一転、ラストに向けて加速的に謎が解かれていきます。美人だけど、少しこじれた性格の静香。難ありなのに、どこか説得力があって人を魅了する力を持っています。彼女が披露宴で企むあることとは?そして、静香の結婚相手が持つ秘密とは一体何でしょうか。予想外過ぎる結末に驚くこと間違いありません。
切ない印象の多い白河三兎作品ですが、読後には爽やかな気持ちになることができます。正体不明の作家にまだまだ注目していきたいですね。