名前は聞いたことがあるけど、なんだか難しいイメージのあるウィリアム・シェイクスピア。古典と呼ばれる作品がたくさんあるなかで、頻繁に舞台で上演されていて、日本でもどこかしらの劇場で1カ月に1〜2本は上演されている。役者としては必ず通る作品であることは間違いない。まだまだシェイクスピア初心者の自分ですが、シェイクスピアに魅せられた1人として作品を紹介できればと思っております。
入るのが難しいシェイクスピアの小さな入り口をhonciergeで広げて、入りやすい入口にできればと思っております。なぜそんなに入口をこじ開けるのか。小さな入口の先には大きな空間が広がっていて、多様な「面白い」がたくさん詰まっているからなんです。
2016年はシェイクスピア没後400年の年です。この世を離れて400年もの間、たくさんの人に読まれ、時に舞台で、時に映画で描かれ続けてきました。読み物という枠を超えて伝えられきたシェイクスピア作品。長い年月を経てもなお、たくさんの人に愛されてきた約40編の作品。どんな魅力が人々を惹きつけてきたのでしょうか。
今回は主に、シェイクスピアの4大悲劇と呼ばれる作品の中から『リア王』『マクベス』の2つの作品を通してその魅力に迫ります。まずはシェイクスピア作品のすべての物語を翻訳されている小田島雄志氏(おだしまゆうしし)が9つの代表的な物語を紹介、解説されている『シェイクスピア物語』です。
- 著者
- 小田島 雄志
- 出版日
- 1981-08-20
本書はこれからシェイクスピアを読もうとする人にワクワクを与えてくれるところから始まる。もちろん、シェイクスピアの描いた9つの物語がこの本の主人公であることに間違いない。しかし著者の小田島雄志氏(おだしまゆうしし)の書かれた序章と、あとがきの面白さは、確実にこの本の見所だ。計6ページとページ数的には少ないのだけれど、そこに「面白い」の手がかりが詰まっている。
小田島氏の“シェイクスピアにもっと親しんで欲しい”という気持ちを“美味しいショートケーキを1人で食べるのがもったいないと思うのと同じ”と書かれていたのが印象的だ。また小田島氏はシェイクスピアのセリフは「味わい深いものが多い」とも言っていて、本書は若い人にも読んで欲しいため、あえてわかりやすい言葉にするのではなく、原作のセリフを生かして書いているそうだ。やはり、その点は難しい。
シェイクスピアを読む上で、難しさはどうしたって避けられない。カタカナの登場人物の名前や、イギリスの土地の名前、また今の日本ではあまり馴染みのない公爵や伯爵の違いや階級。しかし、その少しの難しささえ超えてしまえば、小田島氏の言う美味しいケーキが食べられる。さらにこの本では、著者が選んだ9つの作品が約20ページずつに集約されていて、本格的な舞台や原作への手がかりとして重宝する一冊になる。専門店に行く前に、ビュッフェで好きなものを選ぶのも良い。シェイクスピアの本質に触れながら9つもの物語を読めるため、初めて読む方にぜひお勧めしたい1冊だ。
- 著者
- ウィリアム シェイクスピア
- 出版日
- 1967-11-28
シェイクスピア4大悲劇と呼ばれる『リア王』はまさに悲劇だ。描かれ方として、最高権力を持った傲慢な父と欲深い娘たちが周りを巻き込み、真っ当な主張をする者が追い出され、愛を形として追い求める者たちが死んでゆく。そんななかで何が正しくて、何が正しくないのかは、読み手によって解釈が分かれる物語だ。
なぜ悲劇を読むのか。上質な物語ほど悲劇はより悲しく描かれている。悲しい物語はあまり読みたくないという方もいるだろう。自分もそのように思っていた。が、悲劇を読んだ時ほど家族、友人に対して優しくしたい気持ちでいっぱいになる。特にこの『リア王』を読み終えた時にはそんな気持ちになった。というのも、時代は違えど人間の根本的な部分をシェイクスピアが描いているからだろう。
- 著者
- シェイクスピア
- 出版日
- 1997-09-16
野望、覚悟、信念。物事が思い通りに進んでいった時に何を思い、何を信じ、行動するのか。マクベスという主人公を通じて、問いかけられているような気持ちになった。
この物語を語る上で欠かせないのは3人の「魔女」の存在だ。マクベスに助言をし、そのとおりに行動していくと、物事が思い通りに進んでいく。またマクベスも困った時に魔女に相談しに行く。次第に心の拠り所になり、だんだんと魔女の助言がマクベスの意思へと変化していく。現代では魔女という存在は身近に感じにくいが、読み進めていくと、現代の魔女の捉え方と当時の魔女の捉え方は、さほど差はないように感じた。実態があるかどうかさえも危うい。今を生きる人の心の中にもきっと魔女はいる。「いいは悪いで、悪いはいい」。魔女のセリフで一番印象的な一言だ。
この物語が書かれた当時も今も何を信じ、判断し、どう行動するかは自分次第。自分の心次第。そしてその行動に伴う結果は良くも悪くも必ず受け止めなければならない、ということを教えてくれた。
シェイクスピアはなぜ、面白いのか。国で言えばイギリスと日本、時代で言えば400年も昔の話なのに、そこに描かれている登場人物は、現代の日本で生きている人と根本が変わらないからだ。人類としての本能的な感情や行動は400年前も今も、さほどの違いはないのだろう。最近、シェイクスピアの作品に触れて、今まで何で読んでなかったんだと後悔するほど、新しい世界に招待されたような感覚であった。まだまだたくさんあるシェイクスピアの作品を早く読んでみたい。
連載の初回に書いた「ワクワクする記憶力の本」で紹介させてもらった本のなかに、ソクラテスの「文字の発展は人間の成長を止め、中身をカラッポにする」との言葉があった。記憶力に関してはまさにそのとおりだが、400年にわたって、シェイクスピアの物語を今読めているのは、文字の発展があったからに他ならない。改めて、たくさんの文明があって今があると感謝したい。