ポップな青春ミステリーから、映画化された本格派ミステリーまで、様々な種類のミステリー小説を世に送り出している米澤穂信。数多くの受賞歴を持つ人気作家の作品の中から、おすすめの10作品を紹介します。
1978年に岐阜県で生まれた米澤穂信は、物心ついた時から小説家を目指していたと言います。11歳の時には二次創作の作品を書き始め、中学2年生でオリジナル作品を生み出し、金沢大学在学中に「汎夢殿」というウェブサイトで自らの小説を掲載していたこともありました。
2001年に『氷菓』で角川学園小説大賞の奨励賞を受賞して作家デビューを果たすと、「汎夢殿」は閉鎖されてしまいましたが、その後次々とミステリー作品を生み出していきます。高校生の目線で描かれた「古典部」シリーズと「小市民」シリーズは若い世代からの支持が厚く、「古典部」シリーズは2012年にテレビアニメ化もされました。
2013年からはミステリーズ!新人賞の選考委員を務め、2016年にはGranta Best of Young Japanese Novelistsに選ばれている米澤穂信。日本を代表するミステリー作家として今後に大きな期待がかかります。
2012年にテレビアニメ化され、2017年には実写映画化も決定した本作は、2016年に行われた角川文庫主催のカドフェス杯2016において、多くの高校生たちに支持され、1位を獲得しています。
主人公は高校1年生の折木奉太郎と、千反田える。自発的に何かに関わろうとはしない省エネ主義の奉太郎と、清楚な見た目とは裏腹に好奇心旺盛なお嬢様のえるは、休眠中だった古典部をわずか4名という少人数で再スタートさせます。
- 著者
- 米澤 穂信
- 出版日
- 2001-10-31
古典部としての活動がスタートしてから1ヵ月以上が過ぎたある日、えるは自分が古典部に入った事情を奉太郎に明かします。自分の伯父が以前古典部に所属していた事、その伯父が7年ほど前に失踪してしまった事。それからえるは、ある謎解きを奉太郎に依頼するのです……。
古典部の文集に「氷菓」という題名がつけられた理由について知った瞬間の切なさは、青春時代を通り越してきた大人たちの心に深く刺さるのではないでしょうか。33年前の出来事を知っている教師と、あらゆる場所からかき集められてきた情報を元に謎に迫るシーンは圧巻です。
「春季限定いちごタルト」このフレーズと「事件」、という言葉があまりにもミスマッチに感じられるこの作品。高校デビューとともに密約を交わし、互いの本性を隠して小市民として生きていくことを決めた2人の男女が主人公です。
類まれなる推理力を持つ小鳩常悟朗と、小柄で可愛らしい風貌ながら恐ろしいほどの執着心を持つ小佐内ゆき、互いの本性を知り合っている2人は小市民を目指しながらも、目の前で勃発する事件に翻弄されていきます。
- 著者
- 米澤 穂信
- 出版日
- 2004-12-18
主人公の常悟朗は、過去に自らの推理力を前面に押し出したために、相当なひどい目にあったというトラウマを抱えています。そしてゆきは、執念深いという自分の本性を隠すため、常悟朗と互いに助け合う関係を築いているのです。2人の互恵関係という特殊な間柄が、本作の魅力と言えます。
物語は、関係性のある5つの短編で構成されています。それぞれの事件や謎が解かれ、全ての物語のつながりを感じることで、物語の面白さが増すのです。派手な事件は起きないけれど、謎が論理的に解き明かされていく様は、読者に爽快な気分を味わわせてくれます。
この作品には「時給112,000円」という破格のアルバイトにつられてやってきた12名の男女をめぐる殺人ゲームの様子が描かれています。2007年度には「本格ミステリ大賞」の最終候補に残り、「本格ミステリベスト10」では4位を獲得、2010年には映画化もされました。
7日間、24時間監視付きの隔離施設で過ごすだけで、時給112,000円の報酬が手に入るという夢のようなアルバイト広告につられて集まった男女12名。年齢も生い立ちも職業も異なる彼らは暗鬼館に集められ、そのアルバイトの真の目的がより多くの報酬をめぐって殺しあう殺人ゲームであると聞かされます。
- 著者
- 米澤 穂信
- 出版日
- 2010-06-10
12名それぞれの部屋には殺人に使用できる凶器が準備されたものの、話し合いによって全員が行動を起こさないことを約束しました。しかし、ゲーム開始から3日目に、ある男が死体で発見されて物語は動き出します。
一筋縄ではいかないゲームのルールや、互いに本音と建て前を使い分けて、心に武装を隠し持つ人間模様がこの作品の見どころです。凝りに凝ったゲームの設定を一つ一つ確認しながら、犯人捜しを楽しんでみてはいかがでしょうか。
2007年から2008年にかけて、小説新潮に掲載された4つの短編と、この作品のために書き下ろされた1編の5作品が収録された本書には、どの話にも「バベルの会」という上流階級の女子大生が集う読書サークルが登場します。
「身内に不幸がありまして」では、大名家の長女であり、バベルの会の会員である丹山吹子の屋敷で惨劇が起きました。吹子の兄である宗太が屋敷を襲ったのです。吹子と使用人である村里夕日の手によって宗太は左手を切り落とされ、行方をくらまします。
行方不明の宗太は死亡したこととされましたが、翌年、翌々年と丹山家の関係者が何者かによって殺されていくのでした。
- 著者
- 米澤 穂信
- 出版日
- 2011-06-26
この短編集のために書き下ろされた「儚い羊たちの晩餐」は、バベルの会の会員だった大寺鞠絵の手記を、1人の女学生が手に取るところから始まります。鞠絵はバベルの会の活動を軽んじる父によって会費を支払ってもらえず、バベルの会を除名された過去を持つ女性でした。彼女は厨娘と呼ばれる料理人を利用して、ある恐ろしい復讐を考えるのです。
古風な上流階級のお嬢様と使用人たちが繰り広げる禁断の世界は、覗き見しようとする読者の心を射抜くような鋭い恐怖性をはらんでいます。「アルミスタン羊」という食材の本当の姿を知った時、誰もが全身が凍り付くような恐怖感を覚える事でしょう。ブラックジョークを愛する人におすすめの作品です。
この作品は、立場も性別も年齢も違う6人の主人公を取り巻く6つの短編からなっています。それぞれに登場する人間が人生をかけて戦い、ある者は淡々と人を殺し、ある者は計算が狂って返り討ちにあうなど、それぞれの登場人物が人生を狂わせていくのです。
「満願」では、ある未亡人が夫の借金の取り立て人を殺害してしまいます。未亡人の名前は妙子。弁護士の藤井は、学生時代に下宿先として世話になった妙子のために弁護を引き受けますが、彼女の正当防衛を証明しようと奔走するうち、彼女の本当の狙いに気づくのでした。
- 著者
- 米澤 穂信
- 出版日
- 2017-07-28
「手段」に対する価値観の違いや、それぞれが守りたかったものを知るにつれ、共感できるか、はたまた理解できずに恐怖するか……。あらゆる感情の可能性を感じられる一冊となっています。
人を騙す人や、殺める人、彼らの行動の裏に隠された願いに共感を持つのは、おそらく難しいことです。真実を暴いたところで、喜ばしい解決となるのか、それともどうしようもない虚無感に浸ってしまうのか……。収録される全ての話に重みがあります。
舞台はネパールの首都カトマンズ。6年間勤めた新聞社を辞めてフリーのジャーナリストとなった大刀洗万智は、雑誌社から依頼された旅行関係の取材でカトマンズを訪れていました。
現地のガイドとともに取材を進めようとした矢先、ネパール全土を震撼させる大事件が発生します。それは国王夫妻ら王族8名が、あろうことか皇太子の手によって殺害されてしまうという事件でした。
大刀洗万智は足が竦むような危険を感じながらも、その取材へと身を投じていきます……。
- 著者
- 米澤 穂信
- 出版日
- 2015-07-29
「ベルーフ」シリーズの第一作である本作は、2001年6月1日にネパール王国で実際に起きた王族殺害事件が元になっています。実際の事件は、王太子が父である国王をはじめとする9人の王族をライフル銃で射殺したうえ、自らの頭を銃で撃ち抜いたというショッキングな内容でした。
実際の事件の謎に迫る内容かと思いきや、物語はフリーになったジャーナリスト・大刀洗の仕事に対する苦悩と葛藤がメインで描かれています。大刀洗が取材をした相手に「サーカスの座長」と言われた瞬間、記者にとって、大衆にとってジャーナリズムとは何なのかを痛烈に突きつけられ、胸をえぐられるような感覚に陥るのではないでしょうか。
この作品には「ベルーフ」シリーズの主人公・大刀洗万智の高校時代が描かれています。主要な登場人物は、ユーゴスラビアからやってきた少女マーヤと、語り部である高校3年生、守屋です。
雨の降るある日、学校の帰り道で守屋と大刀洗はマーヤに出会います。住む場所に困っていたマーヤを助けた2人は、同級生の白河と文原も加えて、マーヤと一緒に過ごすようになりました。母国と異なる文化に興味津々のマーヤが見つけ出す謎を解いていくうち、守屋達も日本の文化を改めて学びなおすことになり、同時にマーヤの影響を受けて守屋は異国への憧れを抱くようになります。
マーヤの帰郷が近づいた頃、ユーゴスラビアでは紛争が始まっていました。危険を顧みずに帰国しようとするマーヤに、守屋は、自分も連れて行って欲しいと頼みますが……。
- 著者
- 米澤 穂信
- 出版日
- 2006-06-10
守屋の心の動きが、青春時代の未熟さと抑えようのない感情を読者に突きつけます。仲間たちより少し賢くて大人びているために、傷つき、傷つけてしまう大刀洗の姿も愛おしく感じられるのではないでしょうか。
「ベルーフ」シリーズの大刀洗を知っている読者がこの作品を読んだら、大人の冷静さを手に入れる前の彼女の葛藤がとても新鮮に目に映ることでしょう。
悲しい結末が待っていると知りながら、推理を止められなかった守屋たちと同じように、悲しい結末が待っているとうすうす感じながらもページをめくる手を止められなくなる……そんな物語です。
大学の学費を払えなくなって休学し、叔父の営む古書店で住み込みのアルバイトをしていた菅生芳光。ある時古書店に現れた女性・北里可南子から、亡き父の書いた5つの「リドル・ストーリー」を探してほしいと依頼を受けます。
リドル・ストーリーとは、物語の中で提示された謎が結末で解決せず、結末の予想を読者にゆだねるという形式の物語です。可南子の母は彼女が幼い頃にベルギーのアントワープで謎の死をとげ、父はその事件の被疑者になった経験を持っています。芳光が5つのリドル・ストーリーを探し、見つけていくにつれ、可南子の母の死にまつわる重大な真実に近づいていくのです。
- 著者
- 米澤 穂信
- 出版日
- 2012-04-20
可南子の父が遺した5つの物語が絶妙に絡み合って、悲しい現実へと導かれていくこの作品。バブルが崩壊した時期を知っている人にとっては当時の混乱や、時代がはらんだ空気の重みを思い出させるような雰囲気を帯びています。
5つの断章はそれぞれ違った趣があり、逸話も深みがあって読み応えがあります。物語の途中では息苦しいような閉塞感を感じる読者もいるかもしれませんが、ラストまで読み進めると気分がひっくり返るほどのどんでん返しに驚くことでしょう。
ストレスによるアトピーで仕事を辞め、故郷に戻って療養した紺屋長一郎は、療養開けに犬探し専門の探偵事務所を立ち上げます。しかし最初に舞い込んできた依頼は犬探しではなく失踪した孫娘を探してほしいというもの。そして2つ目の依頼も、古文書の解読という犬探しとはかけ離れた内容でした。
長一郎は探偵に憧れている半田平吉(ハンペー)を雇って古文書の解読を任せ、自らは失踪した女性を探すことに。失踪した女性は個人サイト内で知り合った「蟷螂(かまきり)」というハンドルネームの男に付きまとわれたことが原因で姿を消していたことが明らかになり、ハンペーの調べる古文書の内容が解読されるにつれて2つの謎が1つの真実へ収束していきます。
- 著者
- 米澤 穂信
- 出版日
- 2008-02-01
題名からくるイメージは軽快な日常ミステリーを思わせますが、その内容は人間の暗くて汚い部分を重く描き出しています。失踪した女性の真の目的に気づいた時、ストーカーが誰なのか気がついた時には、誰もが戦慄を覚えるのではないでしょうか。
追うものと追われる者が逆転した時、作中で起きた出来事が悲劇だったのかどうか、読者の感じ方は様々かもしれません。爽快な読後感というよりは、結末まで走り抜けるような緊迫感と、ラストのどんでん返しに度肝を抜かれるような作品です。
12世紀末のヨーロッパが舞台になっているこの作品には、錬金術や魔法、そして不死の兵などが登場します。ロンドンとデンマークの間に浮かぶソロン諸島の領主は、自然の要塞だったはずのその島で暗殺騎士の魔術により命を奪われました。領主の娘アミーナは、彼女の父に危機が迫っていたことを教えてくれた放浪の旅人ファルクと、その従士ニコラとともに、父の死の真相に迫ります。
領主の命を奪った犯人捜しを進めていくうち、やがて不死身の戦士たちが島に乗りこんできて、激しい戦闘が繰り広げられるのです。
- 著者
- 米澤 穂信
- 出版日
- 2010-11-27
この作品にはファンタジーの要素もあり、ミステリーとしても秀逸で、不死の兵たちとの戦闘シーンも目を見張る面白さがあります。
領主を殺した犯人が誰なのかについては、多くの読者が早い段階で気づくかもしれませんが、わかっていながらも最後まで読者の心をつかんで離さないストーリー展開は、さすが米澤穂信といったところでしょう。当初は小さく無力に見えた従士ニコラと、領主の娘アミーナが成長していく姿も見ものです。
米澤穂信の作品には、人を引き込んで離さない不思議な力があります。脳が疲れるほど推理を楽しめる、最高のエンターテイメント作品を是非一度手に取ってみて下さい。