9月に復活ライブを控える黒木渚さんの連載書評コラム。今回は『胃袋を買いに』、『変身』、『紙背』を取り上げます。
毎年この季節になると各地でお化け屋敷や怪談ライブなど、精神的な涼しさを求めた面白い催しがありますね。私達の中にある怖いものへの好奇心。
しかし私自身はビビリなので、そういう場所に飛び込んで行く勇敢な方々を横目に見つつ、活字によるゾクゾク体験で恐いもの見たさを満たしている日々です。今回は私と同じくソフトに涼をとりたい方へおすすめしたい3冊です。心臓が飛び出すようなスリルではなく、全身の皮膚が静かに粟立つような物語をご紹介しましょう。
- 著者
- 椎名 誠
- 出版日
不思議な短編小説をまとめた奇譚集という感じの一冊です。何かが確実にズレているんだけど普通に読めてしまうというか、完全にそっちの世界に飲み込まれてしまいます。個性的な名前の人物や地名、架空の薬や食べ物などが出てきますが、読んでいるうちにそれらの存在を元から知っていたような錯覚さえ起きます。
ある日突然マイホームが地面にめり込み始めた家族の騒動や、周囲の人間を跳ね飛ばすほど強烈になってしまった自分の口臭に悩むサラリーマン、猫舐祭という謎のイベントについて懐古する大木など、面白いお話がたくさん収められています。
- 著者
- フランツ・カフカ
- 出版日
- 1952-07-28
有名な作品ですが、私は夏の夜中に読み返したい本だなと思っています。じっとりとした質感で冷たく進んでいく物語です。
ある朝目覚めると虫になっていた主人公。突拍子もない大事件からスタートしますが、主人公はこの状況を切り抜けるべく、あれこれと考えを巡らせます。個人的に思うのはこの作品におけるゾクゾクポイントは「虫になってしまった」というキテレツな設定ではなく、虫にならなかった人々の無関心さや薄情さにあると思っています。
紙背
上記の2冊は小説でしたが、この本はお芝居の台本を集めたものです。4つの戯曲とそれぞれへの批評を読むことが出来ます。
掲載されている作品は、松井周「ブリッジ〜モツ宇宙へのいざない〜」、西尾佳織「ヨブ読んでるよ」、カゲヤマ気象台「シティIII」、佐々木敦「感激の間隙」です。この中で私が実際にお芝居を観たのは劇団サンプル演じる「ブリッジ〜モツ宇宙へのいざない〜」なのですが、これは今まで見てきたお芝居の中で最も素晴らしく衝撃的な作品でした。とある男の大腸に宿る奇跡の万能物質コスモパウダー。このコスモパウダーを崇め、世に広める活動をしている協会の話です。もうとにかく作り込まれていて実際にこの協会が存在するのではないかと思えるほどです。話の舞台が協会の説明会なので、この作品を鑑賞する我々はそこに集まってきた参加者ということになります。自分も演者として物語に参加しているという点にも面白さがあります。
「ブリッジ」以外の3作も独特の雰囲気を持っており、私が大好きな、いわゆる一筋縄ではいかない作品です。台本なのでセリフやト書きなのですが充分に内容も理解できるし、登場人物の声を想像するというのもなかなか楽しいものですよ。
本と音楽
バンドマンやソロ・アーティスト、民族楽器奏者や音楽雑誌編集者など音楽に関連するひとびとが、本好きのコンシェルジュとして、おすすめの本を紹介します。小説に漫画、写真集にビジネス書、自然科学書やスピリチュアル本も。幅広い本と出会えます。インタビューも。