一色まこと作品『ピアノの森』を紹介します。ピアノを通して、主人公が成長する姿が描かれており、涙なしでは読めない作品。出てくる曲数も、個性的なキャラクターも多く、それもこの漫画の魅力の一つでしょう。作中に登場する曲を聴きながら読むのもおすすめです。
- 著者
- 一色 まこと
- 出版日
- 2005-04-14
天才少年のピアニストとしての半生を約17年の連載、全26巻というスケール、圧倒的な描写力で描き切った作品が『ピアノの森』です。映画化、アニメ化と人気の衰えない名作です。
作者の一色まことはこちらも映画化された『花田少年史』でも知られています。その心理描写は過去作から評価の高いものです。
『ピアノの森』のストーリーは、カイの小学生時代から始まる第1部と、その間の準備期間、青年期となる第1.5部、ショパンコンクールをメインとした第2部で構成されています。
長編にも関わらず、中だるみするということがなく、登場人物それぞれの葛藤、喜び、成長が必要十分な内容で丁寧に描かれています。
この記事ではそんな本作の魅力を登場人物、最終巻までのストーリーからご紹介!ネタバレを含むので未読の方はご注意ください。
男女、年齢に関係なくおすすめしたい名作の魅力が少しでも読者の皆様にお伝えできれば幸いです。
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『ピアノの森』で人気の一色まことのおすすめ漫画ランキングベスト5!
『ピアノの森』で著名な女性漫画家一色まこと。今回は、そんな彼女のおすすめ漫画ランキングベスト5をご紹介します。
主人公の一ノ瀬海、通称カイの生まれ育った場所は「森の端(もりのはた)」と呼ばれる、田舎の風俗街のようなところ。彼の母親の玲子、通称レイちゃんはそこで娼婦として生計を立てており、その影響もあって彼自身も男に犯されそうになるなど危険な目にあうこともあります。
森の端はヤクザやチンピラが闊歩しており、暴力で溢れた危険な街です。そこに慣れた者以外が足を踏み入れるのは大変危険なことから周囲から恐れられ、それと同時に蔑まれる場所でもありました。
- 著者
- 一色 まこと
- 出版日
- 2005-04-14
そんな劣悪な環境で生きている小学5年生のカイの日課は、小学校の近くに捨てられたピアノを弾くこと。最悪な環境のなかでカイにとってそのピアノだけが心の拠り所でした。
カイはこの小学生時代に、生涯のライバルになる雨宮修平という少年と出会います。彼はカイとは正反対の、完成度の高い、ミスのない演奏をする人物。
雨宮はカイの自由さを、カイは雨宮の技術の高さを、それぞれ自分にないものとして見つけ、切磋琢磨していくこととなります。
しかし雨宮はどれだけ練習しても簡単には身につかないカイの独自の魅力がある演奏をプレッシャーに感じるようにもなっていき、それが彼らの友情を揺さぶることにもなります。
そんななか、カイはもうひとり、ある重要な人物との出会いを果たします。それは交通事故での左手損傷で再起不能となった元ピアニスト阿字野壮介。
ピアノのおもちゃ代わりに弾いて遊んでいたカイに、世界的に有名だった彼が自分の音楽とはどういうものなのかを教えていくのです。
カイは本気でピアノを習うため、阿字野によって「森の端」から連れ出されます。ふたりが目指すのは「ショパン国際ピアノコンクール」。
阿字野はカイの才能を見出し、彼を森の端でくすぶるだけの人生からすくい出そうとするのです。自分の持っているものすべてを、カイに捧げても良い!という気持ちで、カイを支え、見守り、世界に通用するピアニストとして育てていきます。
それでは、第1部の少年期編、第1.5部準備期間編、第2部のコンクール編に分けて本作の見どころをご紹介していきます!
主人公カイは、口が汚く、いたずらっ子で、超がつくほどの生意気少年。しかし、本当は素直で優しく、時々小学生とは思えないくらい大人びたことを言います。しかし、給食のお肉が食べられなくて泣いてしまうような、子供らしい一面もあるのです。彼の秘密は、森に捨てられた「音が鳴らない」と噂されているピアノが弾けることでした。
一方、阿字野は森の近くの小学校で音楽教師をしています。子供が嫌いで、すごく怖い先生だと、子供たちに怖がられていました。常に仏頂面で、言葉も厳しく、人を寄せ付けない雰囲気を醸し出している先生。そんな彼にもまた、秘密があります。実は、彼はかつて世界に名を馳せた元ピアニストで、森に捨てられたピアノの持ち主だったのです。
- 著者
- 一色 まこと
- 出版日
- 2005-04-14
ある夜、阿字野は森のピアノを弾くカイの演奏を聴きます。自分が捨てた、自分しか弾けなかったピアノ。腕の怪我をしたことで、諦めていた自分の音楽……。しかも、この時カイが弾いていた曲は、阿字野が編曲した「茶色の小瓶」です。数回しか聴かせていないにも関わらず、カイは難なく弾いてしまったのでした。
思わず、阿字野はカイに「一緒にピアノをやらないか」と声をかけます。しかし、カイはそれを「ピアノは1人で弾くものだ」とあっさり断ってしまうんです。
大抵の楽曲は弾けるカイでしたが、教室で阿字野が弾いたショパン作曲「子犬のワルツ」が、どうしても弾けず、渋々教えを乞いに行きます。しかし、タダでとは言わないところがカイらしく、「取引」として阿字野に持ちかけました。
そこで、阿字野はカイに「子犬のワルツ」の弾き方を教える代わりに、カイには「全日本学生ピアノコンクールに出場する」という無謀としか思えない条件を出すのです。カイも嫌々ながら、「男の約束だから」と言って出場することを決めます。こうして、師弟の挑戦は始まりました。
ここまでのシーンで注目してほしいのは、阿字野の表情の変化です。ピアニストとしての道を失い、心を閉ざしていた阿字野は、カイと出会ったことで感情を取り戻していきます。
はじめは、表情が硬く、威圧感すら感じられる音楽教師でした。カイとも言い合いばかりで話がかみ合いません。彼自身も「自分は何をやっているんだ」混乱してしまうほどに心と行動がかみ合わない、不安定な状態でした。
そんな阿字野に、カイに取引を持ち込まれたあたりから変化がおきます。カイのために、わざわざピアノを借りてきたり、練習場を用意したり……。そんなことするような人だったの?と思ってしまうほどの変わり様です。
そういう阿字野の表情と心の変化も気にしつつ読むと、違った面白さが見えてくるかもしれません。
物語が進むにつれて、森のピアノは少しずつ音を失っていきます。毎日森のピアノを弾いているカイも、もしかするとそろそろ寿命なのかもしれないと、不安を抱き始めていました。そんな中、森のピアノとのお別れは、あまりにも突然やってきます。
ここは、「ピアノを辞めたカイには、どんな将来が待っているか」を想像させられる場面です。
「森の端」に居続ければ、劣悪な環境での生き方を身につけることができます。しかし、誰かが外の世界での生き方を教えてくれない限り、そこでの生き方しかわかりません。ピアノを弾いていたいカイにとって、外での生き方は阿字野にしか教えてもらえない、そう示唆したシーンなんです。
森のピアノが失われる場面とカイの様子は、読者を辛い気持ちにさせます。ずっと大切にしてきた森のピアノ。モノにも人にも寿命があるんだと思っていても、大切なものを失った時の気持ちは想像にかたくありません。しかし、カイをピアニストとして羽ばたかせるには、どうしても必要だった場面でもあるのです。
阿字野は森のピアノの最期に立ち会い、その時の気持ちをカイの母親であるレイちゃんに言います。
「捨てたピアノは密かにゆっくりと時間をかけて
カイの才能を育てていた
寿命がつきる最期の時に 私にその才能のゆくえを託したのではないか?」
(『ピアノの森』7巻から引用)
- 著者
- 一色 まこと
- 出版日
- 2005-06-23
森のピアノを失い、ピアノをやめることも考えていたカイは、偶然訪れた商店街で展示されていたピアノに触れます。その時はっきりと自覚することになるのです。ピアノは自分の生命なんだと。本気でピアノを阿字野から教えてもらおうと決意します。
「生まれ育った町」と「ピアノ」との間で揺れていたカイ。悩んだ末に、彼はピアノを選びました。「森の端」に埋もれるカイを想像できた読者は心からホッとしたはずです。
少年は意を決してこう言います。
「俺はレイちゃんどころか
森の端の全員を食べさせていくだけのピアノ弾きにならなきゃいけないんだ
だから……俺にピアノを教えてください」
(『ピアノの森』7巻から引用)
小学生というには、あまりに大きなものと覚悟を背負ったカイの思いは切実でした。それだけカイを取り巻く環境が過酷であるということでしょう。阿字野もカイの言葉を聞いて自覚します。
「かつての事故で 何故 私は死ねなかったのかと
自分自身を呪ったこともあったが
こいつを輝く世界に送り出すために 生き残ったのかもしれない」
(『ピアノの森』7巻から引用)
2人の出会いは偶然ではありません。ここから、2人の本気の戦い、師弟の戦いが始まります。
森のピアノを失ってから5年、カイは高校2年生になりました。小学生の時のような悪童ぶりはなくなり、進学校の特待生になるほどの秀才ぶりです。変わらないのはよく学校をサボること。
阿字野は小学校の音楽教師をやめて、カイのサポートをするため、音大の教授となっていました。
- 著者
- 一色 まこと
- 出版日
- 2005-06-23
ある日、雨宮が留学先から一時帰国し、カイに会いにやってきます。その時手渡されたのは、若かりし頃の阿字野の演奏を映したビデオテープでした。そこに映っていたのは、事故で左手を怪我する前の阿字野。
カイは、その映像に衝撃を受けます。
「初めて目にしたピアニスト阿字野は
明らかに俺の知っている阿字野壮介ではなく
画面の中の若きピアニストは ただ ただ 凄かった」
「これほどの腕を持っていて それを失って 耐えられるものなのか!」
(『ピアノの森』9巻から引用)
阿字野の気持ちを思って泣かずにはいられないカイ。この日からカイは阿字野を越えることを生涯の目標になりました。
この時、カイはあることを決意するのですが、それが明かされるのは物語の最後です。
カイと阿字野の関係は、ずっと続くものではありません。2人が師弟であるのは、本気でピアノをやると決めたあの日から6年後のショパン国際ピアノコンクールまででした。
ショパン国際ピアノコンクールは、純粋に自分たちの音楽を表現しにきた奏者だけでなく、様々な人たちの思惑が渦巻いています。どうしてもポーランド人を優勝させたい人、教え子を入賞させたい人、金にモノを言わせて優勝させようとする人、奏者の中でもライバルを蹴落とそうと色々仕掛けてくる人も……。
様々な思惑が渦巻くなか、コンクールは進んでいきます。
- 著者
- 一色 まこと
- 出版日
- 2010-11-22
コンクールの裏に潜む人々の思惑に翻弄されるカイですが、本番では冷静に自分の演奏をこなしていきます。
阿字野「私はカイの足枷をすっかり外し アイツを自由にはばたかせたい! そのためなら 私は何だってやる!」(『ピアノの森 』19巻から引用)
阿字野の気持を、カイもよく分かっていました。
「阿字野の野望を越えてみようと思う
そうしなければ 本当の意味で 阿字野に恩返しなんてできないからだ!」
(『ピアノの森 』19巻から引用)
出会ってからまだ6年しか経っていない2人の、互いを思いあう姿からは強い絆を感じられ、「やはりこの2人は出会うべくして出会ったんだ」と読者の目頭を熱くさせます。
コンクールのシーンはとても長く、全巻の約半分を占めています。会場に広がるヒリヒリとした緊張感を感じられるでしょう。そんな張り詰めた空気の中、ところどころで描かれるカイと阿字野のピアノレッスンの回想シーンが、ホッと心を和ませてくれます。
緩急をつけて繰り広げられる展開に、物語を追う読者の目は止まりません。
前巻にて、ショパン国際ピアノコンクールで優勝を果たしたカイ。しかし、物語のゴールに到着したわけではありません。
この巻でついに、カイがショパン国際ピアノコンクールでの優勝にこだわった理由が明かされます。前述した「ある決意」が何だったのか、ここではっきりするのです。
- 著者
- 一色 まこと
- 出版日
- 2015-12-22
その決意とは、世界的に有名な手専門の医者に阿字野の左手を治療してもらうことでした。治療のために、その医者が出した条件が「ショパン国際ピアノコンクールで優勝すること」だったのです。
カイが、バイトとピアノレッスンの合間をぬって、医者を探していたという事実など知りもしなかった阿字野は、カイに重荷を背負わせていたと自分に腹を立てます。そんな気持ちを汲み取ってか、カイから阿字野は心のどこかでピアノを弾きたがっている、ということを指摘されます。
カイはこう言いました。
「阿字野の手が治る可能性が見えたとき ふと気づいたんだ
もしかしたら(若い頃の阿字野の)あのピアノには先があるかもしれないって……
だったら俺は その音が どうしても聴きたいと思ったんだ!」
(『ピアノの森』26巻から引用)
阿字野のピアノを越えることが生涯の目標であるカイにとって、阿字野が復活することが、自分のピアノ人生には欠かせないものだ言います。それだけではなく、ただ素直に阿字野にピアノを弾かせてあげたいという、師を思う強い気持ちがあったからこそ、コンクールでの優勝を勝ち取ったのではないでしょうか。
阿字野は左手を手術することを決意します。復活までの道のりは簡単ではありません。でも、阿字野は独りではなく、心強いカイという弟子がいます。
最終回は、さまざまなことがひと段落したその後が描かれます。そこでは森の端、森の端の人々、そして阿字野の再生が描かれます。
今まで彼らの苦闘を見てきた人ならば、泣かずにはいられない、平穏な日々。カイが夢に描いていたことがすべて現実のものとなるのです。
そして最終回のラストシーンは、そんなカイの、そして阿字野の「夢」が描かれます。ふたりのモノローグから伝わってくる思いに、さらに涙腺が崩壊してしまうことでしょう。
そこでどのような夢が描かれるのか、結末はあなたの目で確かめてみてください!
人との関わりって、こんなにも素晴らしい!心からそう思える作品の一つです。是非、読んでみてください!