Twitterで毎夜ひっそりと公開されていた8コマ漫画が、じわじわと人気を集め、やがて書籍になりました。それが『夜廻り猫』です。なぜ、多くの人々に受け入れられ、支持されているのでしょうか。
- 著者
- 深谷 かほる
- 出版日
- 2017-03-23
「泣く子はいねがー」
「一人泣く子はいねがー」
そう呼ばわりながら夜の街を行くのは、缶詰を頭の上に乗せて半纏を着た強面の猫、遠藤平蔵です。いつからそうしているのか、なぜそうするのかは明らかにされてはいません。けれども遠藤は、街の片隅で人知れず心で泣く人を、毎夜のように見つけては涙の理由を訊ね、ときに一緒に泣きます。
遠藤は心で泣く人、人知れずがんばる人を、ときに言葉で、ときに視線で励まし、ときどき食事の相伴にあずかります。野良猫ながら人に寄り添う遠藤が行く先々で出会う人や猫たちは、社会の中層から低いところにいながらも懸命に生きようとしています。
世の中は苦しいこと、つらいこと、悲しいことだらけです。誰しも生きるのがいやになることもあります。そんなとき、目から流れずとも心に流れてしまう涙の匂いをかぎつけて、遠藤平蔵はどこからともなく現れます。涙のわけを訊ね、嘆きを聞き、ただ頷きます。けれども、それだけで明日を生きられるようになる者はいくらもいるのです。
名もなき者の見えない涙、声なき声、ないことにされてしまいがちな嘆きを、遠藤は夜な夜なひとつひとつ拾い上げていきます。街の片隅、夜の端っこで遠藤が出会うささやかな物語を、考察してみましょう。
出典:『夜廻り猫』1巻
昨今の猫ブームに乗って、従来の猫好きに支持されていたものに加えて新規にたくさんの猫漫画が誕生しています。『夜廻り猫』という新奇なタイトルでありながら、この作品もほかの作品同様、かわいい猫の姿や飼い主とのほのぼのとした交流を描いたものだと思っていた、あるいはいまもそう思っている人も多いかもしれません。
しかし『夜廻り猫』は従来の猫漫画とは一線を画した作品です。確かに猫が主人公ですし、ほかにもたくさん猫が登場しますが、「猫漫画」というカテゴリには収まりきらないものです。『夜廻り猫』は猫だからこそ語られる挿話と、猫という「擬態」があるからこそ語られる人間(じんかん)の物語が同列に提示される、いつの時代にもどんな場所にも存在し得るであろう普遍的な「人の世の語りぐさ」なのです。
誰にも言えない、あるいは誰かに言うほどでもない悲しみを抱えた人の、ぽろりとこぼれた愚痴や、泣きたくても涙を流せず、心で泣く人の弱音や、過ぎてしまった過ちを悔やみ続ける人に届き得ない赦しや、誰の助けもなくともに行く者もなく、しかし歩み続けなければならない者の決意や孤独や……夜の巷を往く遠藤が出会い、見届けるそういったものたちは、読者の誰かがいつかきっと経験したことであり、これからきっと経験するであろうことたちです。どれもこれもが特別でもめずらしい話でもなく、誰もがどこかで行き当たるものごと、つまり「現実」です。『夜廻り猫』は1話1ページ8コマの小さな漫画ですが、僅か8コマの中に、目を逸らしても見えてしまう現実が克明に描かれているのです。
日々生きて逃れることができない「現実」の中で、どんな人もたどりつき得る口惜しさや悲しさや苦しさ、ちょっとしたよろこび、誰かと分かち合いたい気持ちが募る、そんな夜があるでしょう。そんなときに現れて、労り、称え、頷く遠藤という存在は、ただそれだけのものです。遠藤は、実際には何も解決することがありません。口惜しさ悲しさ苦しさの原因を絶つ訳でもなく、悪い奴をやっつける訳でもありません。ただ心で泣く人の話を聞いて、頷き、ときに手を握るだけです。しかしその有難さは、越えてきた夜の数が多い人ほど深く感じることでしょう。
いじめにたった一人で立ち向かう少女。独身者でありながら「お母さん」と呼ばれてしまった女性。名前も知らないけれど毎日見かける男の子が成人するまで心の中で毎朝「おはよう」を言って見守り続けた老女。独身バツ3定職なしで同窓会に出るのをためらう女性。夜は、さまざまな人を包み込んで静かに更けていきます。その夜の中を、缶詰と半纏(はんてん)を身につけた珍妙な恰好の猫がこう呼ばわりながら歩きます。
「泣く子はいねがー」
「心で泣く子はいねがー」
昨夜も今夜も、そしてきっと明晩も、夜の中には遠藤を必要とする人がそこかしこにいるのです。涙の匂いを頼りに泣く人に寄り添うのが遠藤ですが、遠藤自身は夜の狭間で懸命に生きる人たちの姿に、このように言います。
「ああ、話したいんだ」
「あなたが私を励ましたことを」
(『夜廻り猫』1巻から引用)
誰にも夜は訪れます。同じように、誰にもきっと遠藤平蔵は訪れるのでしょう。誰かががんばる姿を、ほかの誰が見ていなくても、遠藤だけは必ず見ています。そして、やがて朝がやってくるのです。誰の許にも。
出典:『夜廻り猫』2巻
『夜廻り猫』にはたくさんの個性的な猫や人が登場します。ここではそのうちの、登場頻度が高い猫について見てみます。
出典:『夜廻り猫』2巻
本作の主人公、「夜廻り猫」と呼ばれる本人(本猫?)です。灰色の被毛の大柄な野良猫で、半纏を着ていて頭の上に缶詰をくくりつけています。半纏は第1巻第51話「うちの子になりなさい」で永沢さんのお母さんからもらったもの、缶詰は猫用のウェットフードであったり鮭缶であったり、そのときどきによりいろいろです。
腹を空かせた者、弱っている者に缶詰を分け与えることもたびたびですが、遠藤がこの缶詰をどのように入手しているのか、頭にくくりつけて携行するに至った経緯などは、まだ語られていません。
また作中に登場する猫たちの中で唯一、姓氏を名乗りますが、「遠藤平蔵」という名の作中での由来もまだ明らかではなく、第1巻第94話「そういう人間」では「ヒビキ」という名で呼ばれたりもしています。第1巻第13話「織田尚 十七歳」のタイトル画の部分で秋田出身であることが明かされています。
第1巻第68話「祝い」で姑獲鳥に襲われていた生まれたばかりの仔猫を助け、自分の手で育てて、それ以来その子を懐に抱えながら夜廻りをしています。この仔猫は後に「重郎」という名を与えられます。遠藤は重郎にとっての親のような存在に思われますが、遠藤自身はたびたび重郎を「小さいのは友達の重郎です」と紹介しています。
毎夜毎夜、街を歩き、「泣く子はいねがー」と心で泣く人を探します。涙の匂いをかぎ分けることができ、それをたどって「泣く子」を見つけると「話してみなさらんか」と涙のわけを訊ねます。そうして泣く人の痛み苦しみつらさの半分を引き受け、またどこかへ去っていきます。
誰かの痛み苦しみつらさを負うことで遠藤の背中には傷が増えていくと言います。半纏でそれは隠れますが、ときにはその半纏も泣く人に与えてしまいます。傷をさらすということは、野良猫にとっては弱点をさらしながら歩くという危険な行為でもあります。それでも遠藤は夜な夜な出会う泣く人々に献身するのです。
出典:『夜廻り猫』2巻
遠藤の懐に抱っこされながら一緒に夜廻りする仔猫です。はっきりと額に「M」字の柄が見える、きれいな茶虎縞の模様の猫です。ある冬の夜に生まれ、まだ目も開かぬうちに姑獲鳥に襲われて右目を奪われました。
長老猫の元・重郎には「目がなくては生きていけない。死なせてやれ」と言われましたが、遠藤は小さな仔猫の生命を諦めずに世話をし、育てました。その甲斐あって重郎は元気な、そして素直な仔猫に育ち、元・重郎から生まれた祝いにと「重郎」の名を与えられました。
遠藤に拾われたときは「……」と声にならない鳴き声しか上げられない弱った赤ん坊でしたが、元気に育って話せるようになると「じゅーろ」と自分の名を一人称に使うようになりました。現在は遠藤と一緒に毎夜、夜廻りをし、涙の匂いをかぎ分けることもできるようになっています。
小さな赤ん坊だった重郎は、いまも仔猫です。しかし日々成長していて、「大人は腹が減らんのだ」と遠藤から与えられた食べものを素直に食べていた重郎は、やがて自分は空腹を我慢して重郎にだけ食べさせようとする遠藤やニイにこのようにきっぱりと言うようになります。
「じゅーろも、はらはへっておらん」(『夜廻り猫』2巻から引用)
話し言葉がいつも一緒にいる遠藤と同じに育った重郎は、自分だけ空腹を満たす訳にはいかないと考える、他者を気遣える子供に育っています。
そのように大人びてきた重郎ですが、やはりまだまだ子供です。遠藤とともに自分を育ててくれたニイにとても懐いていて、よく一緒に遊び、ときには組んで遠藤をからかうこともあります。遠藤の影響か、他者を尊重し、悪く言うこともなく、そのためか周囲の猫や人にも大事にされます。夜廻りで出会った者たちには身体を寄せていたわり、涙を流すこともある思いやり深い子供です。
出典:『夜廻り猫』2巻
口数少ない黒白の八割れ模様の、孤高の野良猫です。第1巻第32話「自由猫」や第2巻第154話「おしろい花」に登場する「お母さん」には「道彦」と息子の名で呼ばれていますが、もともとは「名前はいらない」というスタンスで生きる猫でした。
「ニイ」という名は遠藤が子育て中に、重郎に対して「兄さんが来てくれたぞ」と言っていたので、重郎は「ニイさん」=「ニイ」と覚えてしまったようです。重郎が「ニイ」と呼ぶので、いまでは遠藤たちもそう呼ぶようになっています。
重郎をとても大切にし、重郎には「毎日食べさせなければ」とコンビニエンスストアで廃棄されたおにぎりやパンを探し出して、くわえてやってきます。元来無口で自分のこともあまり語らない猫ですが、重郎とはよく遊び、話し、ときには遠藤をからかったりするようにもなりました。そんなニイが重郎は大好きです。
ニイと重郎の関係の深さは第2巻第173話「重郎とニイ」~第175話「すき」の連続3話シリーズで語られています。第174話「ニイの贈りもの」でニイは「それがあればなんでもできる」という「一番大事なもの」は自分にとって重郎だと明言しています。
出典:『夜廻り猫』2巻
やさしい卵色の野良猫です。どこからともなく現れ「そおですよね~」「わかります~」などと付和雷同しつつおいしいものにありつく、ちょっと図々しい猫です。勝手に人の家に上がり込み、家人の許可も得ずにごはんを炊くこともあります。その際には米をきちんと研いでいるという、器用な面もあります。
やや頭が弱い感はありますが、遠藤のように夜廻りをして人が流した涙を拭いたり誰かが転んで痛い目に遭わないように雨に濡れた地面を拭いたりと、他者を思いやる気持ちを持っています。また人間の愚痴をいやがらずに聞き、遠慮なく話せるように上手に促すことができる特性もあります。勝手に人の家でごはんを炊くのも、疲れたり落ち込んだりして食事を用意するのも億劫になってしまった人に食べさせることに役立っています。
第2巻第184話「ねばぎば」に見られるように、人をいくらかイラッとさせるところがありますが、それでもなんだか憎めないのがワカルという猫です。ときどき異生物のような形態を取ることもありますが、多分猫です。
出典:『夜廻り猫』1巻
人間の先生と一緒に住む、鯖白柄の猫です。遠藤とは「平さん」「宙さん」と呼び合う旧来の友人で、第1巻第55話「楽しい夜」で遠藤が夜廻りを休んだときには、一晩中話して笑い合っていました。飼い主に似て聡明な猫で、魚とバターが好物です。「機嫌がいいのが僕の仕事さ」といつもご機嫌でいます。
夜廻りをする遠藤に「寄っていきなよ」と時折声をかけ、寝食を忘れて書きものをする先生に「今日何も食べてないよ」と食事を促すなど、よく気がつく働き者です。先生とは会話が豊かで、「好いねえ」「とてもね」とご機嫌な会話がたびたびあります。
野良猫であることを選び、夜廻りを続ける遠藤の姿に「僕は平さんと同じ生き方は出来ない」と自身への不満とも捉え得る言葉を洩らしたこともありましたが、「だからいいのさ」という先生の肯定が得られたことで、それぞれの生き方をそれぞれのものとして認められるようになったようです。
出典:『夜廻り猫』2巻
全身が真っ白の被毛の、しなやかな猫です。齢90を超える日本舞踊のお師匠さんの飼い猫ですが、夜になると頭巾をかぶって街に出掛け、腹を空かせた人や猫に肉まんを配り歩きます。よく口にするのは「食べてから考えな!」。第2巻第159話「一年後」にもこの台詞が出てきます。空腹時というのは往々にして碌なことを考えないものです。何かを悩むにしても空腹を満たしてからにすべきであるとはおこそずきんの言う通りです。
飼い主のお師匠さんはおこそずきんに「布美(ふみ)」という名をつけていますが、夜の街を行く者の間では「おこそずきん」で通っているようです。第2巻第159話でも遠藤がそう呼んでいます。「おこそずきん」とはもともと「御高祖頭巾」と書いて、和服を着るときの女性用の頭巾を指します。江戸中期に端を発し、明治時代に防寒具として流行しました。これをかぶって夜を駆けるため、「おこそずきん」と呼ばれているのです。
飼い主に似て気っ風がいい姉御肌です。飼い主のお師匠さんは高齢のためもの忘れがよくあり、肉まんをだぶって買ってしまうことがたびたびのようですが、それがおこそずきんの手で腹を空かせた者たちの許へと届けられています。そのような老いは見られるものの気丈さは健在で、まだまだしゃんとしているお師匠さんはおこそずきんに「今日は土曜だろ、遊びに行っといで!」とすすめ、「たのしく生きるんだよ」と言い聞かせます。そんなお師匠さんを助けながら街の空腹を癒やしながら、おこそずきんは今日もさっそうと街を駆け抜けます。
出典:『夜廻り猫』1巻
中年夫婦に飼われ、かわいがられている八割れ柄の若い猫です。飼い主である人間のお父さんとお母さんにいつもわがままを言います。
「お母さん、なんか食べたい」
「あとミルク。冷たいのイヤ。あっためて」
「熱すぎる」
「甘くして。砂糖イヤ。はちみつ」
「眠い。おひざ」
「よしよしして」
(『夜廻り猫』1巻から引用)
猫とはだいたいわがままなものですが、モネは特にわがままをたくさん言います。しかしそれは「猫の仕事」でもあるのです。その意味ではモネは働き者です。
「お母さんとお父さん好きなんだ」と遠藤に語り、「俺が死んだら代わりを連れてきてくれよ。なるべくわがままなのがいい」と頼んでいます。まだ若い猫ですが、自分がいなくなったらお父さんとお母さんはとても落胆するだろうことをとても心配しています。困らせるためでなく、大好きだから言うわがままなのです。
お父さんとお母さんも「まったくわがままなんだから」と言いながらも怒る様子もなく、モネのわがままを受け容れています。きっとわがままを言われることがうれしいのでしょう。猫を飼う者は猫に甘えられるのが、面倒をかけられるのが、とても好きなのです。
出典:『夜廻り猫』2巻
もとは野良猫で、第1巻第51話「うちの子になりなさい」に見られるように、年の瀬の雨の夜に遠藤に助けられ、永沢家で買われることになりました。白の被毛に茶色いぶち柄が入った女の子猫です。
もともと野良猫だったためか、家族になった永沢のお父さんやお母さん、先住犬のらぴにも随分気を遣って生活しています。控えめと言うにはあまりにおとなしすぎて、むしろ怯えていると言ってもいいほどの引っ込み思案振りです。
この点は遠藤も気にかけており、ときどき永沢家に夜廻りに行っては様子を見ています。第1巻第60話「お出迎え」では、仕事から帰ったお父さんに先住犬のらぴが「おかえりなさい」を言うのにはしゃぎながら飛びついているのに対し、ラミーは出迎えには出てくるものの、玄関の隅でじっと何も言うに言えずにすわっています。
「おまいさんも言いなされ」と窓から様子を覗いていた遠藤に促されてようやく小さな声でラミーは言いました。
「らぴさんのお父さんおかえりなさい」(『夜廻り猫』1巻から引用)
自分が住んでいる永沢家のお父さんは、このときのラミーにとってはまだ「らぴさんの」お父さんでしかなかったのです。けれどもお父さんはそんな遠慮がちなところも含めてラミーのことを分かってくれていました。
「三つ指ついて出迎えてくれるのは、うちの家族でラミーだけだよ」(『夜廻り猫』1巻から引用)
そう言ってお父さんはラミーを抱っこします。ラミーはお父さんの肩口で少しはにかみます。こうしてほんとうに少しずつですが、ラミーは永沢家の家族になっていきます。
出典:『夜廻り猫』2巻
第1巻第31話「いつか 誰か 来てね」で初登場の、少し毛足が長い赤毛の野良猫です。
「集会を始めまーす!」
「では始めまーす!」
「ではあと5分だけ待ちまーす」
「歌もあるよー」
「あと1分待ちまーす」
「集会でーす」
「あと30秒だけ待ちまーす」
「たのしいよー」
「あと10秒待ちまーす…」
(『夜廻り猫』1巻から引用)
毎回、このように懸命に呼びかけますが、参加者が集まることがありません。名もなき集会猫は誰かと話したくてたびたび集会を開きます。夜の中で彼は叫びます。
「もし明日も生きてたら、僕はここにいるよ」(『夜廻り猫』1巻から引用)
野良猫が生きる世界は厳しく、明日も生きていられる保証は何処にもありません。それでも、いつか会えたら、と集会は開かれます。ひとりぼっちの集会は何回も続きましたが、やがて参加者が現れます。それをきっかけとして集会猫という通称しか持たなかった彼は「ゼン」という名を得ることになるのです。
出典:『夜廻り猫』2巻
お金持ちの家に姉猫とともに飼われているシャム猫です。「M」とイニシャルが入ったまるいチャームが付いた首輪をつけています。ときどき家を抜け出して夜の猫集会に出掛けるほど「集会の猫さん」が好きで彼のために名前を考えますが、どれもこれも彼につけてあげたいふさわしい名前に思えたりして悩みます。
淡いながらも深い恋の中でメロディは、もの知りの姉猫に彼の名付けを相談すれば、提案された「いい名前」のどれもが「彼に似合う」と言って困って涙し、おいしいものを食べては「彼はきっとお腹を空かせてる」と涙ぐんでしまいます。一方的に恋に落ちた訳ではなく、「集会の猫さん」もやはり恋の影響で食べることを忘れてしまうほどです。
姉猫はこの様子にまったく呆れていますが、メロディは困ったり泣いたりしながら、しあわせな恋の只中にいるのです。
出典:『夜廻り猫』2巻
メロディの姉猫。メロディは「お姉ちゃま」と呼びます。ときどき夜廻りの途中で夜食をともにする遠藤は「姉上」と呼んでいます。メロディと比べるまでもなく一見して分かる、大柄でまるまるとした体格が特徴のシャム猫です。イケメンとおいしいものが好きで、イケメンの写真集を見ながら夜食を摂ることを「至福」と言っています。
歯に衣着せぬもの言いはやや毒舌混じりですが、言うことはだいたい正しく、相手を思い遣っての内容であることがほとんどです。夜食にたびたびサンドイッチを食べていますが、その味にはうるさく、第2巻第149話「お姉ちゃま」では卵サンドとハムサンドのお気に入りのレシピをつくるために30回試作させたと言っています。同巻第158話「ジャムバタサンド」ではバターをたっぷり塗った食パンとジャムをたっぷり載せた食パンを重ね合わせて食べ、「うう~ん、とろける~」と味わっています。これをメロディにも食べさせて「幸福とはジャムバタサンド!」と言い切るのです。
本を読んで教養もあるらしく、第2巻第146話「彼は雨 彼は虹」ではメロディが「集会の猫さん」に名をつけるときに「お姉ちゃま、もの知りだから教えて」と「すてきな名前」を訊ねますが、このときカラーはリバー・フェニックスの記事が掲載された雑誌を読んでいました。そしてメロディに応えて列挙していった「すてきな名前」は、リバー・フェニックスとその家族たちの名前でした。
第2巻第162話「ビュリホー」ではヒュー・グラントやジミー・ペイジ、ジェイデン・スミスなどの写真が載った本をメロディに見せて、「集会の猫さん」が誰に似ているのかを訊ねました。この本の表紙を飾るのはデビッド・ボウイの若かりし頃です。こういうところからカラーの好みのイケメンの傾向が窺えます。
たびたび外出するメロディと対照的に、いつも家の中で籐の椅子の上に落ち着いていて、何か食べたいときにはベルを鳴らして家人を呼び寄せます。お金持ちの家らしく執事やメイドがいるのかもしれません。
出典:『夜廻り猫』2巻
『夜廻り猫』は基本的には1話完結の小さな物語です。しかし、中にはときどきシリーズものとでも言うべき、同じキャラクターたちが別の機会に登場して物語を展開させていくことがあります。そのようにたびたび再登場する者たちと、単発の出演だけれど印象が強く、多くの読者に愛されている猫や犬、人たちをピックアップして、確認してみましょう。
出典:『夜廻り猫』1巻
第1巻第92話「もうすぐだ」からはじまる、4回シリーズに登場する飼い犬です。屋外の犬小屋にリードをつけられて住んでいます。風が強くみぞれが降る寒い冬の夜に、遠藤と重郎を小屋に招き入れてくれました。しかし、柴犬殿の飼い主は一週間ほども以前に家を出たきり帰らず、そのため柴犬殿はその間一切食事をしていなくて衰弱してしまっていました。それでも遠藤や重郎を温めるくらいのことはできると、二人を招き入れたのでした。
このままでは柴犬殿の生命が危ないと、遠藤は再度みぞれの中に助けを求めて出ていきます。以前親切にしてくれた青年を訪ねましたが、彼は何と明後日が受験日。それなのに柴犬殿の家に駆けつけ、食事や暖房具を用意してくれました。夜が明けたら病院へ、と予定したその日、一週間家を空けていた飼い主が帰ってきました。出先で脳梗塞のため倒れて、そのまま入院していたのだと言います。けれども柴犬殿はそんな事情を知らなくても飼い主が帰ってきたことをよろこび、責めることはありませんでした。尾を振って飼い主を出迎え、ただただよろこびます。
犬の、飼い主への忠義がよく現れたお話です。また、生きものを飼う、生きものと一緒に住むときには重々気をつけておかなければならないことが描かれたお話でもあります。犬や猫や、その他人間と一緒に住む生きものたちは、飼い主を失ったら生きていくのが難しくなってしまうのです。食べものを調達することも、病気にならない環境で生活することも、病気になったらそれを治すことも、屋外で飼うなら交通事故などに遭わないよう安全を確保することも、すべて飼い主にかかってきます。
この4回シリーズでは飼い主が病気で緊急に病院へと運ばれました。人間は具合が悪くなったら周囲の人が手助けしてくれるでしょうし、呼べば救急車も来てくれて、必要な治療を施してもらえます。しかし、人間以外の生きもののためには救急車は来てくれませんし、人間以外の生きものは自分のために食料品を買ってくることも、住む家を掃除して衛生状態を保つこともできません。人間と住む生きものは人間を、飼い主を信じて頼るしかないのです。
この4回シリーズのおしまいの話、第95話「ありがとう ありがとう」で柴犬殿の飼い主のおじさんは「これからは毎日人と話すよ」と言っています。一人暮らしで生きものと一緒に住むのなら、自分が何らかの理由で同居の生きものの世話をできなくなったときにはどうするのか、あらかじめ考えて生きもののための手立てを講じておく必要があります。飼い主が言うように、近所の人と会話をして仲よくなって、もしものときには同居の生きものの世話をお願いしますと常々言っておくことも大切なことの一つです。
犬や猫の世話のために手間や金をかけることが「人間並み」だとか「お犬様」などと揶揄されることもありますが、人間並みどころか人間以上に生命の、環境の、生活の保全に手間も金もかけなければならないのは当たり前です。保全のためのシステムが社会の中にあるのは人間に対してだけなのですから、コストをかけて充分な態勢を整えておかなければなりません。「かわいい」だけで生きものを飼ってはいけないというのは、こういうことをも言っているのです。
出典:『夜廻り猫』2巻
「千匹を倒した中央線の牛」の異名を持つ、大柄な厳しい顔立ちの老猫です。初登場は第1巻第68話「祝い」。姑獲鳥に襲われているところを遠藤が助けた生まれたての仔猫を見て「そのまま死なせてやれ」と言いました。仔猫は姑獲鳥に目を一つ奪われていて、それでは生きていけないと言うのです。野良猫として生きてきた世界が決してやさしいものではなかったことを鑑みての言葉だったのです。
このように一方の目を失った仔猫を育てることに反対だった重郎ですが、笑い猫と一触即発の状態に陥った遠藤とニイに味方して争いを止め、その後の猫の新年会では遠藤に育てられた仔猫を称えました。
「親も目もなくしてもお前は生き抜いた。そして誰も殺していない。なんと美しいことだろう」(『夜廻り猫』1巻から引用)
そしてこの美しい仔猫に「生まれた祝いに」と自分の「重郎」という名を与えるのです。仔猫は生きていける、生きていくべきものと認めてのことだったのでしょう。そしてこれは、旧いものは去り、時代を新しいものへと譲り渡すという儀式でもあったのかもしれません。重郎は元・重郎となり、仔猫は重郎となりました。新しい重郎がこれから育っていくのです。
出典:『夜廻り猫』1巻
第1巻第47話「永沢家のクリスマス」で初登場の室内犬です。動物にとても親切な永沢さん夫妻に飼われているパピヨンという犬種の女の子です。活発で人懐こく、お父さんが保護してきた遠藤やその後遠藤が永沢家に託したラミーにも警戒心を見せることもなく、受け容れています。少しお姉さんぶったところがありますが、そこがらぴというキャラクターの魅力でもありましょう。
犬ながら永沢のお母さんがつくった洋服をいつも着ています。パピヨンは被毛が薄く、体温調節が巧くできないので服が必要なのです。「犬に服を着せるなんてかわいそう」と言う人もたくさんいますが、パピヨンは服を着る方が過ごしやすいのです。
お父さんお母さんが大好きで、犬らしくいつもにぎやかに二人としゃべったりします。控えめなラミーとはまさに対照的で、もの静かなラミーも「あたしの妹」とすぐに受け容れ、「お姉ちゃんと遊ぼう」と誘いかけます。おかげでラミーも少しずつ打ち解けていくことができました。
遠藤を「ノラ」と呼んで訪れるたびによろこびますし、重郎が熱を出したときも遠藤の手で永沢家に託された重郎を新しいきょうだいとして受け容れ、一緒に遊んだり面倒を見たりしています。重郎が遠藤の許に戻ることになったときは、せっかくできた新しいきょうだいを失うことに少し不満げでしたが、「おなかがすいたら帰っておいで」と別れ際にお姉さんらしく言っています。
出典:『夜廻り猫』2巻
第2巻第170話「猫啼温泉」に登場。「猫啼温泉」とは福島県石川郡石川町に実在する温泉です。この地方を治めていた豪族の娘が平安時代中期の歌人、和泉式部であると言われていて、和泉式部が都に上る際、飼い猫を置いて行ってしまったために猫は啼いて悲しんだというのがこの温泉の名の由来です。
『夜廻り猫』に登場するのは、この置いて行かれた猫本人と言うことになっています。本人が言うには、飼い主に置いて行かれた悲しみに暮れ、泣き続けたために痔に罹患してしまい、それを温泉に浸かって癒やしたということです。実際に、猫啼温泉の効能として痛風、動脈硬化、神経痛などと並んで痔疾が挙げられています。
福島弁で自分の境遇を語る痔猫は自分を置いていった飼い主を悪く言うこともなく悲しみを引きずることもなく、いまは温泉を楽しんでいるようです。温泉のおかげで痔疾も治り、かわいい嫁様も、子供もいます。しあわせそうで何よりです。福島県に赴くことがあれば、猫啼温泉を訪れてみるといいでしょう。温泉に浸かる痔猫に出会えるかもしれません。
出典:『夜廻り猫』1巻
夜の中に潜む猫です。物陰から他者を見守ります。はっきりと姿を現さないため、黒い影として描かれています。猫集会を遠巻きに覗いていることが多いです。
ときどき、ぽつりと思うことを呟くことがあります。第1巻第66話「僕はここにいる」では集会猫・ゼンの言葉に「うん。少し、いい歌だった」と、同巻第97話「花」では春目前の冬の日に桜の木の前で、花が咲いたら必ず一緒に見ようと重郎に語る遠藤の様子を木陰から見て「うん。見られるといい」と呟いています。同巻第99話「ともだち」には台詞はありませんが街に生きる猫の一人として姿が見られます。
口数は少なく、誰との交流もありませんが、存在はするし誰も見ていないだろうことを見ていることもあります。物陰猫は「世の中」というものが具現化された姿なのかもしれません。
出典:『夜廻り猫』1巻
その名の通り「ギャハハ」といささか下品な笑い声を上げる猫たちです。一匹だけではなく、数匹いて言葉を交わし合い、その中で笑うのです。
遠藤やニイと敵対することが多く、戦ったり食べものを奪ったりと非道な姿も見られます。第1巻第70話「ここから先へは行かせない」では、まだ目が開いたばかりの重郎を育てるのに手一杯だった遠藤の噂を聞きつけ、「今なら縄張りを奪える」と笑い合い、遠藤とニイに対峙します。
『夜廻り猫』には「絶対的な悪」が登場しません。悪と見えるものにもそうである理由があり、まったくの悪であることがほとんどないのですが、笑い猫たちは限りなく悪に近く、決してよいものではない風に描かれています。
出典:『夜廻り猫』2巻
宙の飼い主の、眼鏡をかけた老爺です。作務衣を着けた上にちゃんちゃんこを羽織っている姿がお馴染みです。初登場は第1巻第55話「たのしい夜」。宙の許を訪れた遠藤にまたたび茶を出しています。仕事は文筆業のようで、いつもこたつで書きものをしていて、時折、食事を忘れて宙に催促されることも。
鷹揚な性格で、自宅の広い庭に野良猫が来ても追い払ったりせず、餌をやります。野良猫の振りをして狸の親子が住みついても「こころなしかしっぽが太い」「こころなしか鼻が長い」と感じてはいますが、深くは追求せずにそのまま野良猫として餌をやり続けています。また、この庭はたびたび猫たちの集会や新年会の会場となり、そのたびに先生はまたたび茶やおかかのおにぎりを振る舞うのです。
先生本人はあん麺麭(パン)とバターが好物で、あん麺麭を炭火で焼いて上下半分に割り、間にバターを一塊挟むという「バタあん麺麭」をよく食べています。ジャムパンにバターを挟んだり、うぐいす麺麭を焼いたりもしています。麺麭がないときはホットケーキを焼くことも。
料理も多少できるようで、第2巻第157話「調理法」では外国土産のチーズを前に「久々にウェルシュ・レアビット作るか」とさらりと言って調理方法を解説、ほかにもフォンデュのつくり方を披露しています。ウェルシュ・レアビットとはイギリスのウェールズ地方の伝統料理で、フォンデュはフランスの一部やスイス、イタリア北部等のフランス語圏を発祥地とする鍋料理です。
先生はいつも「先生」とだけ呼ばれていて、作家先生なのか研究者先生なのかそのほかの先生なのか定かではありませんし、本名も作中には登場していません。しかし、宙をはじめとする猫たちのよき理解者であり支援者であり、『夜廻り猫』において永沢さん夫妻と並ぶ数少ない、そして欠くことができない人間の準レギュラーキャラクターです。
出典:『夜廻り猫』2巻
らぴとラミーの飼い主で、動物好きの親切な夫婦。初登場は第1巻第47話「永沢家のクリスマス」です。
資源ごみとして出されていた古雑誌の上で震えていた遠藤をお父さんが連れ帰り、服を与えました。最初は仮にサンタクロース風の衣装でしたが、次の機会にはお母さんが半纏を縫って着せています。半纏は遠藤のトレードマーク的なものとなりました。
遠藤に「うちの子になりなさい」と言ったり、遠藤が連れてきた病気の仔猫ラミーを引き取って家族としたり、動物にやさしく、とても親切です。それだけでなく、動物たちに寄り添うための知識をきちんと身につけていて、支援する側だけが満たされる支援はすることがありません。お父さんもお母さんもとても穏やかで、控えめすぎてなかなか打ち解けないラミーにもらぴと同様に愛情を注ぎ、かわいがっています。お母さんは縫いものが上手で、らぴの服をたくさんつくり、ときどき遠藤の服もつくります。
重郎が熱を出したときに遠藤は永沢さん夫妻を頼って駆け込みましたが、重郎だけではなく遠藤自身も熱を出していて、そろって病院へ連れて行ってもらえたようです。介抱してくれた上に重郎も引き受けた永沢さんたちでしたが、重郎本人の希望を尊重して、遠藤の許へ戻らせてもくれました。遠藤たちの、近隣の動物たちの頼れる味方です。また、先生同様、『夜廻り猫』の数少ない人間の準レギュラーキャラクターです。
出典:『夜廻り猫』2巻
先の項でも述べました通り、『夜廻り猫』は基本的に1ページ8コマで1話完結です。しかし、まれに同じキャラクターが繰り返し登場することがあります。本項ではその作中シリーズを紹介します。
出典:『夜廻り猫』1巻
初登場は第1巻第7話「一周年」。頭がはげ上がった丸眼鏡の医師の博士ともと看護師の奥さんがお互い年令を経てから結婚し、第7話で結婚一周年を迎えました。互いが互いを思い合える夫妻はその後もずっと初々しい新婚さんです。
第2巻第116話「過去の男」では遠い過去にあった淡い挿話にさえ嫉妬してしまう博士の姿が見られ、同巻176話「友達」では愛猫を亡くした奥さんを思い遣って家事をしようと急いで帰る博士が描かれます。また、それだけでなく、第176話で博士は遠藤を相手に奥さんを自慢したくて仕方がない様子を見せています。年老いて、でも新婚で、お互いを大好きな夫婦の姿はたびたび微笑ましいものです。
出典:『夜廻り猫』1巻
猫とは自由気ままでわがままなものです。その中でもとりわけ飼い主のお父さんお母さんにたくさんのわがままを言うモネ。わがままはお父さんお母さんへの大好きの証です。シリーズ第1回は第1巻第15話「わがままモネ」。ここからモネのわがまま記がはじまります。
第1巻第78話「とてもわがままモネ」は、所用のため飼い主夫妻がモネをキャットシッターに預けて出掛けてしまって、一人残されたモネがごはんを食べなくなってしまうお話です。環境が変わると猫は食事をしなくなってしまうことがよくありますが、モネの場合は環境と言うよりも飼い主のお父さんお母さんがいない寂しさ、自分一人が置いて行かれた不安が原因のようです。わがままのようでいて、猫という生きものが、モネが、飼い主がとても好きで頼っていて、いないといつも通りの生活ができなくなってしまう繊細さを持っているのだということが分かるお話です。
第2巻第153話「夢もわがままモネ」、同巻第183話「家出のモネ」も同様に、飼い主を心配するモネが描かれています。「猫」という仕事を人一倍やっているモネは、飼い主夫妻にとっても最も思い出深い家族となるでしょう。これからもきっとずっと、わがままなモネです。
モネが登場するお話は、第2巻までの間では、次の4本です。
第1巻第15話「わがままモネ」
第1巻第78話「とてもわがままモネ」
第2巻第153話「夢もわがままモネ」
第2巻第183話「家出のモネ」
出典:『夜廻り猫』2巻
動物好きの若い夫妻とパピヨンのらぴ、もと野良猫のラミーの一家の様子をときどき、窺うことができます。はじめてのお話は第1巻第47話「永沢家のクリスマス」。永沢さん夫妻が遠藤にサンタクロース風のかわいい服を貸したお話でした。かわいらしい服が恥ずかしそうな遠藤がすれ違ったおこそずきんに笑われてしまう場面もありました。
その後借りた服を返しに言った遠藤が半纏を貰い、雨に濡れていたラミーを永沢家に連れて行った第51話「うちの子になりなさい」、なかなか永沢家に馴染めないラミーの姿を遠藤が心配げに見る第60話「お出迎え」とシリーズは続いていきます。
永沢さん夫妻は遠藤たち野良猫の助けになる機会が多く、また、ラミーの少しずつの成長もあり、永沢家の登場は割りと頻繁にあります。第1~2巻には前出のお話を合わせて次の11本に登場します。
第1巻第47話「永沢家のクリスマス」
第1巻第51話「うちの子になりなさい」
第1巻第60話「お出迎え」
第1巻第80話「ラミーは?」
第2巻第103話「大丈夫だよ」
第2巻第128話「めざめ」
第2巻第129話「お母さん お父さん お姉ちゃん お姉ちゃん」
第2巻第132話「帰る場所」
第2巻第160話「あなたが弱ったなら」
第2巻第161話「命までは」
第2巻第189話「呼べばいい」
上記のうち第128話からの5回連続シリーズは遠藤が熱を出した重郎を永沢さんに託し、飼い猫として生きるように別れを決意したお話でもあります。このできごとを経たことにより、重郎と遠藤、ニイの結びつきはより強くなりました。
出典:『夜廻り猫』1巻
先生と宙の初登場は第1巻第55話「たのしい夜」。遠藤が夜廻りをお休みして宙に会いに行き、一晩中歓談するお話です。先生は客である遠藤にまたたび茶と鰹節を出してくれました。
その後同巻第73話「猫にしては」で先生宅の庭には遠藤の紹介で野良猫の振りをした狸の親子が住みつくようになり、この狸一家も繰り返し登場します。
先生と宙が登場する話では大きく分けて野良猫である遠藤たちがその日の糧を得られるか否かの話や、宙が遠藤の生き方と自分の境遇の違いに思うところを先生と話す、おいしい食べものをいかに食べるかなどの話題が見られます。先生と宙が登場するお話は意外と多く、先述の2話を含め、以下のお話があります。
第1巻第55話「たのしい夜」
第1巻第73話「猫にしては」
第1巻第88話「バタあん麺麭」
第1巻第89話「すきすき」
第1巻第91話「母上の幸福」
第1巻第98.5話「寝場所」
第1巻第99話「ともだち」
第2巻第112話「鯖と鰯」
第2巻第117話「庭の野良猫」
第2巻第125話「澤のソーセージ定食」
第2巻第138話「増えました」
第2巻第143話「鯖加齢」
第2巻第157話「調理法」
第2巻第168話「先生と宙と」
第99話「ともだち」のタイトル画の横には遠藤が恥ずかしげに「こたつというもの入ったら最後」と述べている姿があります。これは、第99話とその前回第98.5話との間に、第98.5話「寝場所」で宙に誘われ先生宅を訪れた遠藤が、そのまま先生宅のこたつに入ってまる一日を寝て過ごしてしまうという、Twitter上でイラストとしてのみ発表された挿話が挟まっていたことを受けてのものです。
漫画にはなっていない挿話もときどき入っているのは、Twitterでのみ毎日発表されていた頃の名残りです。その後、『夜廻り猫』はTwitterでの発表はなくなり、講談社のwebコミック『モアイ』での掲載が発表の主たる舞台になっています。
出典:『夜廻り猫』2巻
集会を開けど集まってもらえない集会猫・ゼンのお話は、ゼンの哲学が軸となってはじまりました。「誰かと話したい」、そう思っても話しかけた猫からはいい返事がもらえませんでした。誰の世界にも入り込めなかったゼンは自分の世界を他に開くことで誰かと話そうとしたのです。
けれども、開け放った世界に入ってきてくれる誰かはなかなか現れませんでした。それでも集会を開き続けて、ようやく「知らない猫」が集会にやってくるようになりました。メロディという名の女の子です。最初は声を笑われて気を悪くしていたゼンですが、メロディはあざ笑っていたのではなく、誉めていたのでした。
この挿話が第2巻第134話「笑われて」です。このお話があって以降、集会のお話、ゼンとメロディの淡い恋のお話、メロディのお姉ちゃまの話など、登場頻度が高くなりました。ゼンとメロディの初々しい恋の様子もファンは多いのですが、第2巻第146話「彼は雨 彼は虹」で初登場のメロディのお姉ちゃま、カラーの知的で辛辣なもの言いは登場と同時に一躍大人気となりました。
ゼンとメロディ、そしてカラーお姉ちゃまが登場するお話は以下の15本です。
第1巻第31話「いつか 誰か 来てね」
第1巻第66話「僕はここにいる」
第2巻第106話「生きているかい?」
第2巻第134話「笑われて」
第2巻第135話「晴れ舞台」
第2巻第136話「知らない猫」
第2巻第137話「ちから」
第2巻第145話「メロディ」
第2巻第146話「彼は雨 彼は虹」
第2巻第147話「僕の名前」
第2巻第148話「ぼくはいた」
第2巻第149話「お姉ちゃま]
第2巻第158話「ジャムバタサンド」
第2巻第162話「ビュリホー」
第2巻第177話「幸せなんでしょうね?」
出典:『夜廻り猫』2巻
おこそずきん白猫は「金に困った貧しい者に金を分け与えた」という伝説が残る江戸時代の義賊、鼠小僧のように、困っている者、悩んでいる者たちの頭上から肉まんを降らせます。残す言葉は「食べてから考えな!」。腹が空いたまま悩まない。困ったときはまず食べる。これを実践させてくれるのがおこそずきん白猫です。四の五の言わずにさっそうと大事な用だけ伝えて去って行くその姿は、登場回数は少ないのですが高い人気を誇ります。
おこそずきん白猫のお話は意外に少なく、扉絵のみの登場が1回あった以外には第2巻までの間に3本しかありません。登場したお話は次の通りです。
第1巻第56話「優しい人」
第2巻第159話「一年後」
第169話「やってみる」(扉絵のみ)
第190話「今日の遺言」
第2巻のおしまい頃に掲載されている第190話「今日の遺言」でようやくおこそずきん白猫の正体が分かります。本名は布美。日本舞踊のお師匠さんに飼われる上品な猫でした。
出典:『夜廻り猫』2巻
第2巻第118話の最終コマに突然登場したくたびれた猫、ワカル。「そおですよね~」と間延びしたしゃべり方と誰にでも同調する調子のよさを持った、ときどき不定形になる謎の猫は、謎の人気を呼んでいます。
第152話「雨を拭く」では雨が降る中で濡れる地面を拭き続けていました。雨が降り続いていますから、地面は拭いても拭いても濡れ続けます。しかしワカルは「濡れるとすべって危ないから」と拭き続けるのです。この挿話からワカルの人気は急上昇しました。
「夜廻り猫見習い」として夜廻りしながら人の家に勝手に上がり込んで、「わかります~」と同調しながらやはり勝手に炊飯器でごはんを炊いたり、勝手に冷蔵庫をあさって材料を見つけ出して簡単な料理をしたりと、よく考えるとやりたい放題の野良猫なのですが、なぜか憎めない存在です。
ワカルは次第に活躍するようになり、第178~180話の連続3話はワカルが主役となるシリーズとして描かれました。いつも首に巻いているスカーフをなくしてしまい、一生懸命に探すお話です。
第2巻第118話「はらはへっておらん」
第2巻第122話「自分の心配」
第2巻第138話「増えました」
第2巻第152話「雨を拭く」
第2巻第165話「わかります~」
第2巻第170話「泣いちゃってください~」
第2巻第172話「茶のみ話」
第2巻第178話「タシケテナイト」
第2巻第179話「南へ」
第2巻第180話「おかえり」
第2巻第184話「ねばぎば」
第2巻第187話「プシッ それでそれで~?」
ワカルの登場は第2巻に入ってからで、それなのに登場本数は上記の通り既に12本もあります。先ほど述べました通り第178~180話はワカルがいつも首に巻いているスカーフのお話で、読者にはスカーフがワカルの特徴と思っている人も多いですが、実は初登場時はスカーフではなくマフラーを巻いています。
出典:『夜廻り猫』1巻
本作には食べものが多く登場します。それは生きるための糧であり、食べてうれしいおいしいものであり、得られて与えられてありがたいものです。そういったいくつもの意味合いを帯びたものであるほかに、材料が簡単に安く手に入り、調理の手順が少なくて短時間で済み、疲れた人、病んでしまった人にも楽においしく食べられる料理なども登場します。
作中に登場したものを実際につくって食べてみる人も多い『夜廻り猫』的おいしい料理を、いくつか取り上げて見てみましょう。
出典:『夜廻り猫』1巻
第1巻第88話「バタあん麺麭」から。先生の好きな食べものです。あん麺麭を火鉢などの炭火で焼いて、温まったところを上下に割って、間にバターを一塊挟みます。バターのしょっぱさと小豆あんの甘さが一度に口の中に展開するさまは、なかなかに鮮烈です。市販のパンにも「小倉マーガリン」というものがありますが、バターを使うと味の鮮やかさが際立ちます。
第1巻第98.5話「寝場所」では先生はうぐいす麺麭を焼いています。宙が「バタもたっぷりだよね?」と訊ねていますので、うぐいす麺麭にもバターを挟むのでしょう。小豆あんとは違ったバターとのハーモニーを楽しめそうです。ほかの料理にもたっぷりバターを使っている様子が描かれる場面もありました。先生はバターが大好きなのですね。
出典:『夜廻り猫』2巻
第2巻第125話「澤のソーセージ定食」から。先生が若かりし頃に住んでいた下宿に一緒に住んでいた澤という人が、忙しそうにしていた先生につくってくれた料理だそうです。皿にごはんと千切りキャベツを盛り、油で揚げた魚肉ソーセージを載せます。これででき上がりです。
魚肉ソーセージはそのままでも充分おいしいものですが、油脂分と出会うとさらにおいしさを発揮します。澤さんのように油で揚げたり、また油炒めやマヨネーズをつけて食べたりしてもおいしさが引き立ちます。昔は油自体が贅沢品で、「ハレ」の日にしか食べられなかったと言います。油が豊富に手に入る現代では分かりづらいかもしれませんが、油が少し入るだけでいろいろなものがとてもおいしくなるのです。
50年前に澤さんが先生につくったソーセージ定食は、先生が「あんなにうまい飯はなかったなあ」と言うほどのものでした。現代に住む者には質素に思えるかもしれませんが、50年前には魚肉ソーセージも油も結構高価なものだったでしょう。それに加えて、澤さんの「飯をつくって食わせてやろう」という気持ちが加わって、先生にとってそれはまさに「御馳走」であったに違いありません。
出典:『夜廻り猫』2巻
第2巻第149話「お姉ちゃま」から。登場する卵サンドとハムサンドは、お姉ちゃまことカラーが30回試作させてつくり上げたというレシピで実現される美味です。お相伴した遠藤が「うま過ぎて無限に食べてしまいそうです」とまで言っています。
パンにはバターとマヨネーズをたっぷりと塗り、砂糖を少し混ぜるそうです。からしは入れません。なるほど、これは卵やハムにぴったり合いそうです。卵はゆでてつぶしたものでも焼いたものでも、どちらも合いそうですし、ハムは薄いものよりも厚みがあった方がおいしそうです。使われる調味料の種類は少ないですが、それだけに最高のおいしさをつくり出すには比率が難しいかもしれません。
バターたっぷり、マヨネーズたっぷり、そして砂糖。いかにも「身になりそう」な調味料のラインナップですが、夜食にこのレシピを口にするからこそ、カラーお姉ちゃまの魅力的なわがままボディが育まれたのでしょう。
出典:『夜廻り猫』2巻
第2巻第157話「調理法」から。学会に出席したという久世さんなる人物から先生がオランダ製のチーズをお土産にもらっています。それをどのように食べようかと調理法をいくつか考え出した一つが、ウェルシュ・レアビットというイギリスの料理です。
刻んだチーズとビールを入れた鍋を弱火にかけて煮溶かして、ケチャップやソースで味付けします。これをレアビットソースと言います。このソースをパンにかけてトーストしたものがウェルシュ・レアビットです。簡単に言うとチーズトースト、ウェールズ地方の人たちにとってはおにぎりのような身近な料理なのだそうです。「久々に作るか」と言ってこの料理の名を口にした先生、もしかしたらイギリスでの生活の経験があるのでしょうか。
フォンデュは日本でもお馴染みの、刻んだチーズを白ワインで煮溶かしてパンや温野菜につけて食べる料理です。フランス語で溶けるという動詞の過去分詞が「fondu」だそうで、「溶かされた」くらいの意になるのでしょうか。フォンデュにはチーズのほかにオイルやスープ、チョコレートを使うものもあります。
先生がお土産にもらったのはオールドアムステルダムというゴーダチーズの一種です。オランダで最も有名なチーズであるゴーダチーズを18箇月もの長期間熟成させたものがオールドアムステルダムですが、手間の割りにはお手頃な価格で手に入るようです。日本でも購入できますから、味わってみるのもいいでしょう。ウェルシュ・レアビットにするかフォンデュにするか、それとも切ってそのまま食べるか。いずれの方法でもおいしく頂けるでしょう。
出典:『夜廻り猫』2巻
第2巻第158話「ジャムバタサンド」から。カラーお姉ちゃまこだわりのジャムバタサンドは1枚のパンにバターをたっぷりと塗り、もう1枚のパンにジャムをたっぷり載っけます。ジャムは「塗る」のではなく「載せる」のですね。そしてその2枚のパンを「こんにちは」させれば至高のジャムバタサンドができ上がります。これをかじれば「とろける」おいしさとカラーは言っています。そしてこれが幸福だと言い切ります。
先生のバタあん麺麭と同じように、しょっぱいバターと甘いジャムのコンビネーションで食べるジャムバタサンドは、その甘しょっぱさで幸福をつくります。おいしいものを食べるのは誰にとっても幸福です。「幸福とはジャムバタサンド!」というカラーの説には一理あります。おいしいものを知っていること。おいしいものを迷わず食べること。それは幸福であるコツであり不幸にならないコツでもありましょう。
自分が不幸だと感じてしまったら、何をするよりも先にジャムバタサンドを食べてみるといいかもしれません。少なくとも不幸のどん底からは脱出できるはずです。何しろ、おいしいのですから。
出典:『夜廻り猫』2巻
第2巻第170話「泣いちゃってください~」から。「こんな駄目人間にもいつか必ず朝は来る」と涙を流す女性のためにワカルが(勝手に炊飯器でごはんを炊いて勝手に食料棚を探ってツナ缶を見つけて)つくったごはんが青じそのツナマヨごはんです。炊いたごはんにマヨネーズで和えたツナを載せて、さらに青じそでくるみます。
ツナマヨをごはんに載せるだけ、おにぎりのように中に入れなくてもいいという、手間が少なくて、しかしツナマヨおにぎりと同じかそれ以上においしいという秀れた料理です。ツナとマヨネーズでコクは出たもののちょっと油っぽくなったところを、青じそがさっぱりさせてくれるでしょう。ワカルは「ビールにも合います~」と言って缶ビールを開けています。このビールも勝手に女性の家から見つけ出したものでしょう。
ワカルは青じそのツナマヨごはんをつくって、泣く女性に「食べたらまた泣きましょ~」と言っています。おこそずきん白猫風に換言すれば「食べてから泣きな!」ということです。つらいこと、悲しいことがあっても、お腹を空かせてはいけない、ということでしょう。お腹が空くと人はろくなことを思いつきません。つらいときこそ、食べましょう。ワカルがごはんをつくってあげた女性は歯が痛くて泣いていたので、食べられませんでしたが。
出典:『夜廻り猫』2巻
第2巻181話「ひんむす」から。彼氏と一緒に暮らしているけど料理できなくて、という女性に遠藤が教えた料理です。ごはんと、揚げ玉と三つ葉、めんつゆ。これだけあればできてしまいます。めんつゆをしみ込ませた揚げ玉と刻んだ三つ葉を炊きたてごはんに混ぜて、おむすびにするだけです。できれば発泡酒も買うようにと遠藤はつけ加えています。
できたこれを見た女性は「安い天むす?」と訊きましたが、遠藤は笑顔で答えます。「貧むすです」と。天ぷらに比べれば安価なので「貧しいおむすび」=「貧むす」と名付いたのでしょうが、乱暴に言ってしまうと味は天むすと大きくは変わりません。天ぷらの種の味がしないだけです。
揚げた小麦粉のカリッとした食感、油の旨味をを吸った味わいはごはんを変身させます。めんつゆで天つゆ風の味が出ますし、三つ葉で油のしつこさが拭われます。天むすは天ぷらが載っている一角を食べてしまうとあとはごはんだけですが、貧むすは混ぜごはんになっていますから、どこを食べても天ぷらの味がします。最後まで天むすの味です。
安く手間なく、しかもおいしくつくれる貧むすは、第181話の最終コマで帰宅した彼氏が「いい匂い?」と思わず言ったように、匂いもおいしいです。おむすびにするのさえ面倒なら、握らずに食べてもいいでしょう。天丼ぽく頂けます。
出典:『夜廻り猫』2巻
第187話「プシッ それでそれで~?」から。「泣く子はいませんか~」と夜廻りするワカルが見つけた心で泣く人は、断捨離をしたら何も残らなかった女性。自分の生き方下手を嘆いています。その話に「あ~、ね~」と相槌を打ちながら、ワカルは勝手にごはんを炊いて冷蔵庫を開けて卵とキャベツを取り出して火を使いはじめます。
キャベツを溶いた卵と炒めてめんつゆで味つけしたものをごはんの上に載せます。これでキャベツ丼のでき上がりです。ワカルが用意したのでしょうか、キャベツ丼のそばには七味唐辛子の瓶が見えます。ぴりっとしたのが好きな人は七味をかけて食べるのもおいしそうです。味つけはめんつゆでしていますから、七味は合うはずです。キャベツも卵も胃にやさしい食べものですから、弱った泣く子も安心して食べられます。キャベツでお腹の調子もよくなるでしょう。
さらにワカルはここでも缶ビールを開けています。プシッと開けて「それでそれで~?」と話の続きを促すワカル。図々しく家に上がり込んで火まで使って勝手に料理をする謎の野良猫ですが、「人の話を聞く」、「話しやすく促す」というスキルを持っています。つらくなっている人は大抵、誰かに聞いてほしい何かを抱えているものです。助言はいらない、意見もいらない、ただ聞いてほしいだけ、というときが誰にもあるでしょう。それをただ聞く、ということができるからこそ、ワカルは勝手にごはんを炊いても冷蔵庫を開けても、つまみ出されずに済んでいるのかもしれません。
猫漫画を集めたこちらの記事もおすすめです。気になる方はぜひご覧ください。
猫漫画おすすめ厳選15選!タイプ別にゃんこに癒される!
猫は身近な生き物です。猫の写真や動画に癒されている方も多いはず。そんな猫を描いた漫画の魅力は、可愛くてちょっと笑えて癒される、そんな彼らの魅力が満載です。今回はそんな猫漫画をおすすめします!
誰かがそばにいるということ。それはたいしたことがないようで、それだけで大きな力になり得ます。自分の声が誰かに届くだけで得られる安心があります。それを知る「夜廻り猫」遠藤は、今夜も「泣く子はいねがー」と歩くでしょう。あなたの傍らに遠藤がすわる場所がありますように。