心は、脳のどこにあって、どう動くのだろう。そして、人工知能は人間の脳を超えるのだろうか。脳を数学で解明しようと試み、深層学習の基礎と情報幾何学を創り上げた第一人者である甘利俊一が、半世紀の研究の発展と、未来を語る。
自分の心というものは、どこにあるのだろうか。もちろん、脳の中の神経細胞のネットワークの、電気信号の塊として、あるに違いない。そこまでは、誰しも思いが至ったことがあるだろう。けれども、そこから先を学んでこそ、心の本当の不思議さに感銘を受けることになるかもしれない。
- 著者
- 甘利 俊一
- 出版日
- 2016-05-20
人工知能の驚異の能力をニュースで目にする機会が増えてきた。囲碁で世界一と呼ばれる名人をコンピュータが破ったのは記憶に新しい。チェスの世界チャンピオンが破れたのは前世紀の末ごろであったが、それからもさらに大きな発展を成し遂げたように見える人工知能は、人間の能力を超える「シンギュラリティ」も間近であるとの予想も取りざたされるほど、世間を賑わせている。
人工知能は「学習」をする。そこに使われる「深層学習(ディープ・ラーニング)」や「強化学習」は、じつは脳の中の神経細胞が構成する豊かなネットワーク構造の模倣に基づいた、非常に「動物的な」もしくは「人間的な」コンピュータの処理方法なのである。
著者の甘利俊一氏は、すでに1960年代に、深層学習のプロトタイプにおいて中間層に学習させる方法「確率降下型学習法」を提案し、数理脳科学を推し進めてきた第一人者である。その甘利氏が、ブルーバックスシリーズという一般科学書でその発展の歴史を具体的に振り返る本書は、人工知能と脳科学の入門書であるだけではなく、その発展の歴史の解説から、近未来がどうなるかを読者に想像させてくれる良書である。
宇宙と生命の始まりについての記述から本書は始まる。脳が生物学的にどう機能しているのか、についての分かりやすい導入の後、神経のネットワークによる脳理論が紹介される。どのようにネットワークが学習を行うのか、その機構が存分に語られる。第4章と第5章の脳理論(ニューラルネットワークと学習の理論)部分が、甘利氏の数理脳科学の重要な部分の紹介である(が、数式の苦手な読者は読み飛ばしても良いだろう)。そして、甘利氏の語りは近年の人工知能の躍進の理由の解説に入り、そして最後は、誰もが問う重要な疑問「心を持つ人工知能は誕生するのか?」への数理脳科学者・甘利氏の答えが、用意されている。
深層学習と、脳を数理的に取り扱う学問への、大変よくまとまった入門書である本書だが、研究を志す若手へのメッセージでも満ちあふれている。甘利氏が新しい学問を創始できたのは、もちろん、既存の学問ではカバーされない荒野に自ら足を踏み入れたからであり、本書には研究を続けていく際の葛藤や困難が、エピソードの形で随所に詳しく書かれている。新しい学問を作るということがどういうことなのか、が手に取るように眺められる本としても、本書は貴重であると感じる。
一部が教科書のようになっている本書を読み込んだ僕は、深層学習の仕組みと歴史を知ることができたばかりか、自分の心の動きをより客観的に見る機会にも恵まれ、そして、研究者としての自分の人生にも良い刺激を得た。なかなかこのような本には出会えないものである。
結局のところ、この文章を読んでいるあなたも脳で情報を電気信号として処理しているわけだ。生き物の機能が数学で置き換えられてしまうという驚きに触れれば、数学モデルとしての自分、という客観的な観点を手に入れることができる。
ふと思い出すことがある。大学生の頃、書店で手に取った本に衝撃を受けた。ゾウでもネズミでも、一生の心臓の鼓動の数はほぼ同じである、と本の始めに書いてある、動物学者の書いた一般書である。
- 著者
- 本川 達雄
- 出版日
小鳥は早く死んでかわいそうだ、とずっと思ってきた自分の頭を心地よく破壊してくれた。動物が「感じている」一生の時間の長さは、どの動物も同じかもしれない。そして、絶対的であると思っていた時計の針の進み具合は、じつのところ、空間の感じ方と相対的になっているのだ。
様々なデータと動物の時間に関する理論で満ち溢れた本書には、まだ検証されていない理論も登場し、これからの研究の未来も感じさせてくれる。自分が動物であり、知らずに普遍的な法則に従っていると知らされる衝撃は、人工知能だけにもたらされるものではない。そのような衝撃は、科学の入り口にふさわしいものだろう。
- 著者
- 津田 一郎
- 出版日
- 2015-12-09
結局、心とは脳の機能であるに過ぎないのだろうか。機能は数学でモデル化されるのなら、心は数学なのだろうか。この問いに、肯定的に答える格好の書が、カオス理論と脳理論を長年研究してきた津田一郎氏の書である。なぜ数学が心なのか、そして、人間に心に共通する部分はどこなのか。じっくりと腰を据えて少しずつ読むにふさわしい、素晴らしい書である。
我々は心を持ち、自分の周りの世界を能動的に意識で決定していると感じている。果たして、それはどこまで科学的に肯定できるのだろうか?人工知能の研究の飛躍的な進展が、脳の神経細胞の結合を模倣した深層学習に基礎を置いているように、我々が世界を認識する機構そのものが科学を今後進めていくのかもしれない。「私」と世界の区切りは、様々な意味で微妙かつ繊細である。それをより混ぜていく方向を見極めるには、いまの研究者の声に耳を傾けてみるのも良いだろう。