漫画『不能犯』の魅力をネタバレ紹介! 宮月新を原作に、神崎裕也が漫画を手掛ける『不能犯』は、変死事件と1人の男をめぐるサイコサスペンススリラーです。 主人公は相手の目を見るだけで「思い込み」による精神ダメージを与える能力を持った殺し屋・宇相吹。立証できない事件を起こす「不能犯」の宇相吹。彼の正体は?そしてその目的は?? 暗くて、グロくて、鬱な展開で人気の『不能犯』。映画化、ドラマ化した本作の面白さを8巻までご紹介します。ネタバレを含むのでご注意ください。
- 著者
- 神崎 裕也
- 出版日
- 2014-01-09
『不能犯』は、神出鬼没の謎の男・宇相吹正をメインキャラクターとして繰り広げられるサイコサスペンスです。松坂桃李主演で2018年2月に映画化されました。(映画公式サイトはこちら)
宇相吹は「殺し屋」を生業にしています。電話ボックスに貼られた依頼メモを元に、依頼者されたターゲットを次々と殺害していきますが、誰も彼の犯行を立証することができません。
なぜなら、彼は人間の心理、「思い込み」を利用して、人を殺しているからです。
「人は思い込みで人を殺すことも、思い込みで死ぬこともできる」という斬新な設定とグロテスクな描写、人間の心の闇を丁寧に描き出す鬱展開はもちろん、貧乏でネコ好きといった宇相吹のちょっぴりチャーミングな部分も、物語を彩るスパイスになっています。
また、本作は殺しに関わる人間たちの醜さをまざまざと描いていることも魅力のひとつ。生死に欲望と、人間の姿がリアルに立ち上がります。
物語は、1人の女性刑事が宇相吹と関わり合いになることから大きく展開していき……。
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特撮ヒーローでのデビュー以来、多様な役柄を演じてきた俳優・松坂桃李。好青年からクズ男、ミステリアスな犯罪者まで、演技の幅は留まるところを知りません。映画『娼年』では、ベッドシーンの演技が話題になり、注目されました。 この記事では、松坂桃李が演じた役柄と作品について紹介します。
電話ボックスに連絡先を書いておくと、希望の相手を殺してくれる赤い瞳を持つ男がやってくる、という都市伝説のような噂がまことしやかに流れる今日この頃。その噂が真実だと証明するかのように、ある男の周りで次々と人が死んでいきます。
その男が使っている殺人方法は思い込み。立証することが難しく、警察も手を焼いています。
その男は、次々と人を殺す理由をこう語ります。
「証明するため 人間は醜いと」(『不能犯』1巻より引用)
果たしてこの男の本当の目的とは何なのか?唯一彼の催眠が効かない多田という若い警察官が彼の真の姿に迫っていきます。
本作で次々と「思い込み」によって殺人事件を引き起こしていくのが宇相吹正(うそぶきただし)。映画作品では松坂桃李がその役を演じます。
常に黒いスーツを着込み、たいていは公園で猫に囲まれながら過ごしているようです。その様子は拍子抜けするゆるさがあります。
しかしやはり宇相吹は殺人犯。立証することが難しい手法で次々と確実に依頼を遂行します。彼は自分の行動の目的を人間の愚かさを証明するためだ、と言っていましたが、その特徴を恨んでいる訳ではないようで、思い込みで狂っていく人々の姿がたまらなく愛おしいのだとも語ります。
果たして彼の本当の目的は何なのか、なぜこのように思うようになってしまったのか。本作の最大の見所である謎を秘めた人物です。
1話から登場する若い警察官で、正義感に溢れる性格なのが多田友樹です。ちょっと情けないところもありますが、作品をシリアスにしすぎないという役割を果たす人物でもあります。ドラマ作品では多田友子として性別を変え、沢尻エリカがその役を演じます。
彼が作品で唯一の希望といえる存在である理由が、宇相吹の催眠術が通用しないということ。何度も彼から自分を殺せという暗示をかけられますが、その度にギリギリのところで止まるのです。
多田と交流の深い精神科医にその相談をしたところ、多田は宇相吹と「生体リズム」が近いのではないかということを指摘されます。しかし精神的に乱れることがあれば、そこを狙ってつけこまれる危険性もあると。
そこから平静を保ち、宇相吹に立ち向かうことで彼に一矢報いることも可能だということが分かったのです。
そんな事実に多田が気づいたのを知ってかしらずか、宇相吹は楽しそうに強さと脆さ、どちらが人間の真の姿なのかが知りたいだけだ、とつぶやいていました。
果たして多田が証明する人間の本性とはどんなもので、宇相吹にどう立ち向かうことができるのでしょうか。
映画では多田は女性に変更されています。多田を演じた沢尻エリカの出演作を紹介したこちらの記事もおすすめです。
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鮮烈な美貌と演技力を持つ沢尻エリカ。デビュー以来、様々なドラマや映画に出演し活躍していましたが、同時にその言動で騒動や事件を引き起こすこともありました。 それでも沢尻エリカの出演した作品の中にはたくさんの名作、衝撃作があります。この記事では、沢尻エリカが演じた役柄と作品について紹介します。
1巻に収録されている「家族を愛しすぎた男」の主役は、ひったくりにおそわれ、不幸にも植物状態になってしまった娘をもつ父親・門倉です。彼は宇相吹に「ひったくり犯たちを殺してくれ」と願います。
自分たちが犯した罪を自覚させてやりたいと願う門倉の依頼を引き受けた宇祖吹は、門倉の自宅でひったくり犯の3人の少年を「思い込み」によって殺害します。そこに、依頼人の門倉が帰宅しました。
しかしそこには、息絶えた妻・芳江の姿が……。
- 著者
- 神崎 裕也
- 出版日
- 2014-01-09
動揺する門倉をよそに、宇相吹はさらに「あと一人殺さなきゃいけない」と、寝たきりの娘・亜衣にナイフを突き立てます!半狂乱になって救急車を呼ぼうとする門倉ですが、たった今死んだはずの娘も、妻も、様子がおかしいのです。
実は2人は、とっくに死んでいたのでした。
門倉自身がその現実を受け入れられずに、ずっと2人の死体とともに平穏な日常を暮らし続けていたのです。宇祖吹が現実を突きつけたことによって、思い込みの呪縛から逃れたように思えた門倉ですが、物語は門倉と妻、そして娘、さらには改心したひったくり犯の少年3人と、仲良く食卓を囲んでいるラストシーンで幕をとじます。
つまり門倉は、その後も「死体たちとの平穏な暮らし」を続けたのでした。
こ、こわい……。現実から目をそらした結果、思い込みの世界から出ることができなくなった父親の哀れな心情がより怖さを引き立てています。
人間のもろい内面、思い込みの怖さが色濃く出ているストーリーだと思います。
2巻収録の「課長の椅子」では、「心理的リアクタンス」を利用した殺しを描いています。
「もともと与えられる予定だったものが、手に入らないと分かった瞬間から欲しくてたまらなくなると」いう心理を巧みに使い、課長昇進に心ゆれる男・成瀬を主人公に据えて、標的を確実に殺していく宇相吹の手腕が見どころです。
- 著者
- 神崎 裕也
- 出版日
- 2014-09-19
ある日、ふと入店したバーで宇祖吹に出会った成瀬は、昇進に対する不安を吐露します。それを聞いた宇相吹は、リフレッシュのために休養を提案し、ヤドクガエルの毒を飲ませたと「思い込ませる」ことで、成瀬を入院させてしまいました。
その後、退院した成瀬を待っていたのは、課長昇進の辞令が同期の戸塚に決まってたという現実です。
昇進に対して前向きではなかったのに、自分が課長になれないと分かった途端、どうしても課長というポジションが欲しくてたまらなくなった成瀬は、釣りが趣味という戸塚が1人で磯釣りへ行ったタイミングを見計らい、こっそり崖から突き落として殺してしまいます!
しかし、戸塚の葬儀の際、「これで課長のイスは自分のものだ」と安堵する成瀬のもとに、同期の道重がやってきて、スマホを見せながら言うのです。
「信じられない…戸塚くんが…戸塚くんが…」
「あなたに殺されちゃうなんて」(『不能犯』2巻から引用)
彼女のスマートフォンには、成瀬が戸塚を突き落とす瞬間の画像が撮影されていました……。
道重は、同期入社の成瀬と戸塚を恨んでいました。自分より劣る相手が「男」だという理由だけで昇進し、「女」である自分はいつまで経っても雑用や便利屋として扱われる。そんな状況に対し、我慢の限界を超えた道重は、宇祖吹に2人の殺しを依頼したのです。
出世するためには何でもするという道重は、画像をネタに課長への昇進をあきらめるように「命令」を下します。しかし、なんとしてでも「課長のイス」がほしい成瀬は、道重に「イス」を取られまいと絞殺してしまうのです。それが、戸塚の葬儀の場であることも忘れて……。
嫉妬や野心は、溜めこみすぎると恨みへと変化し、恨みはやがて殺意へ進化してしまう、という人間心理の奥深さも見どころの1つです。
購入した宝くじが、まさかの2,000万円当選!という夢のような出来事に有頂天になる会社員・桜井と、その後輩で共同購入者である迫田をめぐる人間の心理を巧みに描き出しているのが、3巻に収録されている「賭ける男」です。
- 著者
- 神崎 裕也
- 出版日
- 2015-04-17
実は桜井には病気の子どもがおり、その手術費用に1,500万円が必要なのです。そのため「当選くじを換金したいから渡してくれ」と迫田に迫りますが、迫田は彼に「自分も確認したけどハズれていた」と言います。子どもの手術ができるチャンスだと舞い上がっていた桜井でしたが、自分の思い違いだったかと落胆します。
そんな折、桜井は屋上で誰かと電話をしている迫田を発見してしまうのです。
「いやマジだって!2000万だよ2000万!!」「当たったんだって宝くじ!!」(『不能犯』3巻から引用)
宝くじは本当に当選していたのでした。それを桜井には「ハズれた」と言っていた迫田。桜井の家の事情を承知していながら独り占めしようとした彼に幻滅し、強い憎しみをもった桜井は宇相吹に迫田の殺害を依頼します。
親である読者なら、桜井の心情を察することができるかと思いますが、お金の恨みは恐ろしいものですね。しかし、そんな恨み以上に恐ろしい、人間の「思い込み」を描くのが『不能犯』です。
実は、迫田が電話をしていた相手は、同期入社で、現在は桜井の妻となった元同僚でした。
桜井は確かに、2,000万円を子どもの手術費にするつもりだったのですが、それと同時に彼はギャンブル好きでもありました。そんな彼が、手にした大金をいつものギャンブル癖でなくしてしまっては大変だと心配し、迫田は彼にわざと「宝くじはハズれた」と嘘をついていたのです。
その事実を知ったときの桜井の様子といったら……! そうして、桜井は迫田と同じ結末をたどることになります。
ちゃんと話し合えば大団円で終了したはずなのに、「勘違い」によって救いのない結果となってしまったストーリーは、誰にでも起こり得る物語としてゾクリとする怖さを感じさせます。
4巻の「親の愛」は、ハートフルなタイトルながら怖すぎる物語が描かれます。
スーパーで働くシングルマザーの江口は、ある日の公園で高校生同士のいじめ現場を目撃します。その現場に自分の息子がいたことに衝撃を受ける江口でしたが、どうすることもできず、ひとり悩んでいました。
- 著者
- 神崎 裕也
- 出版日
- 2016-02-19
それが影響で仕事でもミスを重ねる江口を、店長の萩原も気にかけていましたが、ひょんなことから江口が忘れていった手帳に挟まっていた写真をみてしまいます。それは、彼女が公園で目撃したいじめの現場を撮影したものでした!
こんないじめがあるせいで、江口が深く悩んでいたのだと考えた萩原は、犯罪まがいのいじめを繰り返す主犯格の3人の殺害を宇相吹に依頼します。これでこの問題も解決……と思いきや、とんでもない事実が隠されていました。実は江口の息子というのは、いじめの主犯格の1人だったのです!
一方江口は、自分の息子がいじめている相手を殺してしまおうという、恐ろしいことを考えていました。我が子を前科者にしてしまわないように、自らが手を汚そうとしていたのです。そうすることで、息子が助かるならばと……。
子供を愛し守ろうとする母親は、時々すごいことを考えてしまいますね。これがタイトルにある「親の愛」でしょうか。 しかし、その目論みは、すんでで萩原に止められてしまうのです。
なんと、いじめられていた少年は、萩原の息子だったという衝撃の事実が発覚します。
萩原は、自分の子供をいじめているのが江口の息子であることも「全て知ったうえで」、宇相吹に主犯格3人の殺害を依頼していたのです。
結局、それぞれの方法で子供を守ろうとした親の両方が死んでしまう、というアンハッピーエンドに、背筋も凍りそうな恐怖を感じられます。
「親の愛」を間違った方向に貫いた結果、全てをなくしてしまった彼女たちの物語は、心を抉る痛さを持っています。
宇相吹に復讐を誓う新たな人物が登場する5巻。収録作の「浮気心」に登場する主婦・由紀乃が怖すぎるんです。
自他ともに認める愛妻家・加納拓生は、奥さん以外の女性に興味のない草食男子です。そんな加納の嫁である由紀乃は、夫が務める部署に新入社員として配属された小早川という人物をを快く思っていない様子。なぜなら、小早川が「女」だからです。
- 著者
- 神崎 裕也
- 出版日
- 2016-11-18
由紀乃にとって加納は、合コンで知り合い、生まれて初めて肉体関係を持った相手でした。そんな彼を一生愛すると誓い、加納にもそうであることを強要します。また、自分以外の女性に対する好意を認めないなど、激しく束縛していました。
実は加納は昔から相当の女好き。彼は由紀乃の束縛により、本来とはまったく違う人間(草食男子)を演じていたのです。そんな加納を試すことにしました。
由紀乃は、宇相吹により恐怖に支配された小早川を、加納に助けに行かせます。そこで、誘惑にかられ加納が小早川にキスをした瞬間、小早川は死に至ったのです。これこそが、由紀乃が加納に仕掛けた罠で、狙いでした。
「この社会にいる限りあの小娘みたいな泥棒猫の誘惑から拓生を完全に守るなんて到底無理…」「だから私…決めたんです」「彼には一生…刑務所に入っていてもらおう…って」(『不能犯』5巻から引用)
彼女の思惑通り、小早川を殺してしまった加納は逮捕されます。しかしここで宇相吹が呟いた「カワイイ女刑事さんが旦那さんを捕まえてくれる」というひと言が、由紀乃をさらに暴走させます。愛する夫を完全に守るため、由紀乃は夫を殺し、自ら命も絶ってしまうのです……!
自分以外の「女」に夫が手を出すかもしれないという思念に駆られて、とんでもないことを考えだした由紀乃でした。
執念が怨念となった瞬間を垣間見られる、グロくて暗い以外の、オカルト的な怖さを存分に感じられるストーリーとなっています。
6巻では暗い事情を抱えた子供たちが宇相吹に依頼するという恐ろしいエピソードが2話ありました。今回はより恐ろしい結末をたどった収録作「過ちの代償」をご紹介します。
- 著者
- 神崎 裕也
- 出版日
- 2017-09-19
20歳という年齢で15歳年上の上司と社内結婚した涼子は、その若さゆえに遊びたいという衝動を抑えきれず、SNSで知り合った男性と不倫。過去の唯一の過ちだったと振り返します。
そのことを振り返るようになったのは、最近夫が冷たいから。成長するにつれてどんどんどちらにも似ていなくなってきた娘が理由なのではないかと疑います。
遊んでいた頃が娘を身ごもったのと同時期であるので、もしかすると夫との子ではないのかもしれない、それを夫も疑っているのではないか、と心配になってきた頃、彼女のもとに宇相吹がやってきます。
そして何か暗示をかけ、いつもどおり彼女が我にかえるといなくなっています。
宇相吹が現れたのが娘がよく何も言わずに遊びに行ってしまう公園だったため、心配して夕方に見回りに行く涼子。そこで担任の田沼に偶然会います。
そして涼子は彼の首筋を見てあることに気づくのです。それは過去に不倫をした男と同じあざが田沼にもあるということ。驚く彼女の表情を見て、田沼は彼女を下の名前で呼び、ずっとあなたを忘れられなかったと言ってきます。
そしてさらに恐ろしいことに、涼子の娘が自分に似ていること、娘の髪の毛を使ってDNA鑑定を行ったことをつらつらと述べ、手には99.9%父親と思われるという鑑定書をもっていたのです。この執着、怖すぎます……。
そして我慢できないと田沼がすり寄って言ったのは、何と公園にある銅像。彼はそのまま銅像が差し出した手を自分の腹に突き刺したまま、嬉しそうに死んでいきます……。
その様子に唖然としている涼子のもとに宇相吹がやってきます。そしてこの殺しの依頼をしてきたのが、田沼に事実を告げられた彼女の娘だと明かすのですが……。
この娘の様子、表情が恐ろしいのです。何が怖いって、先ほどまで我を忘れて涼子を求めていた田沼の様子にそっくり。
しかもこんな恐ろしいことがあったのに「笑って?」と死んだ目で言ってくるのです。
最後の彼女のだめ押しのセリフ、表情はもはやホラー漫画。過去の代償は、愛娘をここまで歪めさせるという結果になってしまったのでした。
また、6巻ではずっと宇相吹のことを追っていた警察の多田と百々瀬が宇相吹の操作から外されたかと思いきや、専従捜査班になるという不安定な辞令がくだされます。
警察内部でも謎の動きがあった6巻。紹介したエピソード以外も見所満点なのでぜひご自身でその恐ろしさを味わってみてください。
宇相吹の捜査にのめり込みすぎているとして一度は諏訪部警視に免職まで言い渡された多田と百々瀬。6巻で本庁の宇相吹専従捜査班に配属されて喜んだのも束の間、そこは実際の操作には関われない、データ処理のみを任されている班でした。
しかし多田はその中のデータにあった伊達春男という人物にどこか見覚えがあることに気がつきます。彼は江戸川警察署の元刑事で、同区に住む女子大生を彼女のアパートで刺殺。
懲役10年の実刑判決を受けたものの、精神疾患から医療刑務所で服役している人物でした。伊達が宇相吹に繋がる重要な男だということがわかっているもののどうしても思い出せない彼は催眠カウンセリングを行う結夏に会いにきました。
そこで深層心理から解き明かした多田と伊達の繋がりは、なぜか結夏にも関係があり……。
一方宇相吹はただを思い出すと「数年前のあの日の記憶が重なって」古傷が痛むと回想していました。
いよいよ宇相吹の過去や目的が明らかになってきた7巻。詳しい内容は作品本編でお確かめください。今後の自分の身の振り方について多田がさらに悩むようになりますが、宇相吹の彼への執着は中途半端な行動を許さない恐ろしいものがあります……。
- 著者
- 神崎 裕也
- 出版日
- 2018-01-19
ではここからは7巻の宇相吹の操作エピソードで最も見所となるものをご紹介していきましょう。この巻では2話ほどショートストーリーも収録されていますが、やはり結夏のエピソードが最も心にきます。
多田の催眠療法のあとからどうにかして自分で宇相吹を殺せないかと考えていた結夏。そんな中、彼女の元上司で、カウンセラーとしての師匠でもある瀧が心配そうに彼女に話しかけます。彼は保育園での仕事を結夏に斡旋してくれた人物で、彼女に好意を寄せています。
その原因が宇相吹だということを知っている瀧はわざわざ彼に会いにいき、結夏を殺さないでくれと依頼しました。それを聞いた宇相吹は彼女を「暗くなるまで僕と遊び過ぎておうちに帰れなくなってしまった人間」に会わせてやってはどうかと言います。
それを聞いた瀧は結夏をある病院に連れていきます。そこには宇相吹の術にかかり、精神を病んでしまった保坂という男がいました。
このようにならないためにもこれ以上深入りするなとアドバイスする瀧。しかし結夏は逆に宇相吹の呪縛から解かれるために彼のカウンセリングを任せてくれないかと言うのです。瀧は彼女を信じて保坂を任せます。
そこから自分の信じる道を突き進むようになり、かつてのよな笑顔を見せる結夏。瀧はその姿を見て安心しました。
しかし何と結夏が考えていたのは保坂を直すことではありませんでした。彼に会って彼女が思ったことは、「私の最高の武器になる……!!」というもの。宇相吹殺害のための有益な道具として彼を利用することを考えていたのです。
そして結夏は保坂を外に連れ出し、宇相吹を殺害依頼と称して呼び出します。
宇相吹の操作は目と耳から入ってくるのですが、もともと火事によって全盲になってしまった保坂は彼にうってつけ。そこに結夏が「感覚支配」という催眠療法で彼の聴覚を奪えば、宇相吹の操作はまったく効きません。
そこでさらに「選択的注意」という人間本来の感覚で保坂の神経を研ぎ澄まさせ、宇相吹の愛用する香水の匂いを覚えさせます。あとはその匂いを頼りに宇相吹を殺させればいいという訳なのです。
自分が宇相吹だと信じて精神を病んでしまった保坂は、本物の彼を前にして殺意をむき出しにして……。
ついに宇相吹を追い詰めることになるか、という展開です。しかし彼女が自身の知識を活かして彼を殺そうとするシーンは、普段であれば善人なはずの彼女なのに、どこかヒヤリと恐ろしいものを感じさせます。
恩人の信頼を裏切ってまで宇相吹を殺そうとする執念、人を利用することを恐れない様子にその怖さの理由があるのでしょうか。
しかもその結末が悲惨。今までも人間の醜さや過ちによって心が痛むエピソードは多々ありましたが、このエピソードはさらに苦しい。それまでの結夏と瀧の過去ストーリーを知らされているからこその辛さがあります。
宇相吹の巧妙なトリックで、自殺をした結夏。しかし彼女は、最後の望みをかけ、多田に遺書を残していました。そこに書かれていることを読み、涙が止まらない多田。そして彼はその遺志をつぐことを誓い、宇相吹がいるであろう彼女の家の墓前へと向かいます。
そこにはやはり、宇相吹が待っていました。ここにやってくるのすらも予想していた彼は、最初から多田の殺意を呼び起こすために結夏を利用していたのです。彼女の自殺という出来事へのショックに追い討ちをかけるかのように煽ってくることを言う宇相吹。しかし多田は冷静にこう返すのです。
「俺がお前を逮捕する」
(『不能犯』8巻より引用)
- 著者
- 神崎 裕也
- 出版日
- 2018-06-19
実は宇相吹は多田の怒りを煽るために結夏を操作したものの、それは大きな誤算だったのです。彼女は遺書にこう書き残しました。
「私は…宇相吹を殺せば『私の勝ち』だと思い込んでいた…
でも それは大きな間違いだった(中略)
殺しは必ず闇を生む…
結局は奴の言う『人間の脆さ』を証明してしまうだけ…
奴を殺せば 『奴の勝ち』…
だから 友樹君 お願い…
宇相吹を 殺さないで」(『不能犯』8巻より引用)
それを知った宇相吹は、はらわたが煮え繰り返るかのような表情を見せます。そしてここからが本当の戦いだとつぶやき、去っていくのです……。
8巻ではその後、いつもどおり宇相吹への依頼のエピソードが描かれた後、彼と多田が窮地に立たされ、あわや殺し合いになるか、という状況に追い詰められます。
そこから、さらに予想外の出来事が起こり、物語はますます先の読めない展開へと動き出していくのです……。
思い込みで人を殺してしまう、「思い込み殺人」を描いた『不能犯』の魅力、お分かりいただけたでしょうか? グロくてエロくて鬱展開なのに面白いのは、お話しのプロットがしっかりしているからですよね。興味を持ったら、ぜひ読んでみてください。ストーリーはもちろん、凶悪犯のはずの宇相吹のチャーミングさにハマってしまうはずですよ。