BURNOUT SYNDROMES熊谷が一人暮らしをテーマに選んだ本3冊

一人暮らしを始めたのは19歳の秋。

実家暮らしに息苦しさを覚えていた僕は大学を辞め、家出同然に6畳間の安アパートに引っ越しました。最寄駅はJR環状線の大正駅。家賃が安い分治安は悪く、酔った住民の怒号が常に廊下に響くダーティなアパートでした。

主な収入はテーマパークのキャストのアルバイト。詳細は書けませんが、サメを撃つショーの演者をやっていました。昼間はサメを撃ち、深夜はハンバーガー屋勤務、そして睡眠時間も程々にサメを撃ちに行く……。

文字だとポップですが現実は中々にハードで、先の見えない生活に何度も心折れかけました。でも一人暮らしへの後悔だけはありませんでした。夜勤明けの疲れた瞳で見る朝日こそ自由の象徴、僕の『ショーシャンクの空』だったのです。

個人的にはすべての若者にお勧めしたい一人暮らし。そのための一歩を踏み出す勇気をくれる本を三作ご紹介。

皆は部屋選びの際は「治安の良いとこ」を最優先してネ!!

ひとり暮らし

著者
谷川 俊太郎
出版日
2010-01-28
ゆとりとはまず何よりも空間のことである。
ラッシュアワーの満員電車のように、
心がぎゅうづめになっていてはゆとりはもてないだろう。

毎日の生活の中で、ふと思いを馳せる父と母、恋の味わい、死と作者の関係、老いの面白み。ちょっと寂しい一人暮らしだから、自分以外の存在に親しみが湧く日常の中の歓びを愛でる詩人の暮らし方を綴った名エッセイ。

僕はよくこの作品を読み返します。読むたびに一人暮らしを始めた時のトキメキを思い出せるからです。

一人暮らしをすると、今まで無関係だと思っていた街の景色がすべて、自分にとって必要な情報へと変わります。例えば安価で家庭的な定食を提供してくれる大衆食堂の看板。インターネット契約プランのチラシ、近所の不動産情報。これらは実家暮らしの人にとっては「無意味なもの」でも、一人暮らしするや否や重要なインフォメーションに変わります。

夕食の食材を買いに商店街に行く。なぜ八百屋とスーパーで野菜の値段が違うのか? 考える。なるほど、発注量や生産ルートの違いか。今年はキャベツがやたら高いのは先月の台風で生産者が打撃を受けたからか。こういうことに自然と気付くようになった頃の「ちょっと世界が広がった感」がこの作品には詰まっているのです。

還暦を過ぎて尚、新鮮さを持って日々の些事にォーカスする谷川俊太郎氏。稀代の作家による、「一人暮らし」の醍醐味を描いた名作です。

神戸在住

著者
木村 紺
出版日
1999-08-20
古いものと新しいもの 純和風と異国の薫り
様々な事柄が渾然とした街 神戸はいい処だと思う。

東京出身で神戸中央大学に通う主人公の女子・辰木桂の大学生活を中心に、彼女とその周りを取り巻く人間模様を描く一話完結の短編連作エッセイ風漫画。全10巻完結。

スクリーントーン無し、コマとコマの間の枠に地の文が入ってくるなど、漫画としても他に例を見ない独特な質感を持つ「神戸在住」。

その柔らかな肌触り通りの心温まるお話から、出会いや別れ、死、病苦、障害などに焦点を当てたシリアスな話まで、まさに「神戸」の多様性を象徴するかの如く、様々なテーマで神戸に生きる人々が描かれています。

特に阪神・淡路大震災が度々描かれるのは、この土地と切っても切り離せない事象だからでしょう。大震災が現地の人々に及ぼした影響とは何か?というのもよく分かる作品です。

自分の生まれ育った地域の良し悪しを知るのは、他の地域に定住してみてからだと僕は思います。余所者として観察して初めてわかる「土地柄」。主人公・桂が神戸出身ではないのも、恐らくそういう理由でしょう。

この作品を通し「神戸」という土地を知ることで、アナタが今お住いの地域のことをもっと愛せるかも。兵庫はもちろん関西在住の方は必読の、他地方の方にも是非とも読んで欲しい作品。

聖☆おにいさん

著者
中村 光
出版日
2008-01-23
「……いい時代だなあ……」

目覚めた人ブッダ、神の子・イエス。世紀末もしっかり働いた2人は、東京・立川でアパートをシェアし、下界でバカンスを過ごしていた。近所のおばちゃんのように家計を気にするブッダ。衝動買いの多いイエス。そんな聖人男性コンビの立川デイズを描いたギャグ漫画。

最後は最近実写化(!?)も果たした大人気作品。

宗教というナイーブな題材から繰り出されるキレのあるギャグは新世紀に生きる皆様に一度読んで頂きたいもの。終電を逃したブッダがネットカフェに宿泊し、手塚治虫の「ブッダ」を一気読みしながら“手塚ブッダすげえ……”と号泣するシーンが個人的にお気に入り。

勿論「ブッダ」「キリスト」ならではの宗教ネタも豊富で、読了する頃には、やけに聖書や輪廻に詳しくなっていることでしょう。

作品も後半に入ってくると聖人ネタを粗方掘り尽くしたのか、作者・中村先生の趣味がどんどん反映されていくのも面白い。具体的にはブッダとイエスの2人がロードバイクにハマったり、イングレス(スマートフォン用オンラインゲーム)をプレイしたり。心の底からエンジョイする2人を見てるとついやってみたくなるのは、やはり「楽しそう」という印象こそ何よりの「布教」になるということでしょうか。

神の子や目覚めた人とのルームシェアは出来なくとも、馬の合う友人と時間を共有できるのは一種の奇跡である。そう気づかせてくれる素敵な作品。

この記事が含まれる特集

  • 本と音楽

    バンドマンやソロ・アーティスト、民族楽器奏者や音楽雑誌編集者など音楽に関連するひとびとが、本好きのコンシェルジュとして、おすすめの本を紹介します。小説に漫画、写真集にビジネス書、自然科学書やスピリチュアル本も。幅広い本と出会えます。インタビューも。

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