人間と妖怪、両方の血を継ぐリクオという少年を主人公にして、妖怪と人間界の狭間で百鬼夜行がぶつかる任侠の世界を描いた『ぬらりひょんの孫』。この物語の魅力を人気キャラクターの名シーンを通してご紹介します。
椎橋寛作の『ぬらりひょんの孫』は、妖怪の総大将・ぬらりひょんを祖父に持つ少年が、自分の中にある力を認め、妖怪の世界に向き合っていく物語です。2008年に連載を開始して2012年に全25巻が完結しましたが、完結を待たずにテレビアニメ化され、小説化やゲーム化もされています。
主人公の奴良リクオはごく普通の生活を送る少年に見えますが、家に帰れば妖怪の総本山「奴良組」の若頭です。妖怪たちは、祖父・ぬらりひょんのような立派な頭領になって欲しいと思っていますが、彼らを率いるには力不足で、なかなか3代目を襲名できません。
なぜならリクオは4分の1しか妖怪の血をついでいないため、夜の間しか妖怪の姿でいられないからです。また彼自身、普通の人間として平和に暮らすことを望んでいました。
しかし中学生になったリクオは、人間たちと妖怪の平和な世界を守るため、全国の妖怪をまとめあげ、陰陽師・花開院家の末裔たちと共に、400年の時を経て復活した悪行を重ねる妖怪を倒す戦いへと向かっていくのです。
- 著者
- 椎橋 寛
- 出版日
この『ぬらりひょんの孫』の魅力のひとつは、日本妖怪の世界を見事に描いているところでしょう。参考文献として『画図百鬼夜行』『絵本百物語』『暁斎妖怪百景』の3冊があげられており、資料に忠実に描かれた日本妖怪たちは見物です。
さらに、死を恐れない男たちの任侠ものという面も魅力のひとつです。戦いのシーンは迫力満点で、リクオが戦いを経て妖怪たちを従えていく姿は、現実世界にはない憧れがあります。
そして、陰陽師・花開院家の存在も忘れてはいけません。花開院ゆらを基点として、本来妖怪を滅する存在である陰陽師たちと妖怪たちの駆け引きが、この物語に深みを持たせてくれます。
勢いのある作画で描かれる『ぬらりひょんの孫』の魅力を、ここからは「第3回公式人気投票」のランキング順に登場人物を紹介して堀り下げていくことにしましょう。
奴良組の武闘派であり、高い戦闘力を誇る牛鬼。元々はリクオが三代目になることに対して反対しており、そのために様々な策をめぐらせていたものの、すべては彼のためだったことが判明します。
リクオの師匠の様な立ち回りをすることも多く、百鬼夜行の技である鬼纏の習得にも大きく貢献しました。
「自分を否定するな! 認めることでお前は強くなるのだ」
(『ぬらりひょんの孫』10巻より引用)
戦いの技術的な部分はもちろんですが、精神的な部分でも指導を行う牛鬼。リクオが三代目になった後も、貸元頭の座から彼を支えました。大人びた魅力を持つ、女性人気の高いキャラクターです。
3人のヒロインの1人である家長カナ。今回紹介するキャラクターの中では、特別な力を持たない、唯一の人間です。
「リクオくんは私のことが好きだと思う」
(『ぬらりひょんの孫』4巻より引用)
リクオの幼馴染であり、昼と夜のどちらの彼にも恋心の様なものを抱いている女の子。しかし、その恋が発展することはなく、最終的にはリクオの大切な友達という位置付けになりました。可愛らしい外見に加え、一途に思い続ける姿が魅力的なキャラクターです。
京妖怪最強の幹部を務める最強格の妖怪。一匹狼で自由奔放であり、単独行動をとることが多いです。また、強さは折り紙付きで、十三代目花開院秀元には「絶対に遭遇してはならない妖」とまで言わせています。
基本的には拳のみで戦うことが多いですが、武器を持たずとも敵の百鬼夜行を壊滅させることが可能。折れた大木や柱を振り回して敵をなぎ倒すこともあり、型にとらわれない戦い方をします。何を求める訳でもなく、ただただ強い相手と戦いたい土蜘蛛。その圧倒的な強さは、鬼纏を習得したリクオとも互角に戦うほどのものです。
花開院魔魅流は陰陽師で、ヒロインの1人である花開院ゆらの兄。ゆらにはおよばぬものの、優れた才能の持ち主であり、「久しぶりに本家から才ある者が出た」と一族から高い評価を受けています。陰陽師であるがゆえ、「妖怪は悪」といった思考を持ち合わせ、妖怪を徹底的に壊滅させようとしていました。
戦闘能力は生身の人間でありながらも優れたものを持っており、電撃系の術を主に使用。接近戦で戦うことが多く、対象に掴み掛かり、体内に飼い慣らしている式神から放電することにより攻撃を行います。
妹の、ゆらと比べられることが多いものの、彼女には叶わないと15歳の時に実感。時には騙したり、からかったりすることもありますが基本的には妹想いの兄であり、彼女が花開院の28代目となってからは献身的にサポートしています。また、背が低いことを気にしている様な可愛い一面もあり、様々な魅力を兼ね備えたキャラクターです。
11位はリクオ(昼)でしたが、さらに上位にリクオ(夜)がランクインしていたため、まとめて紹介します。
羽衣狐は400年の時を経て復活した京都の大妖怪です。人間に憑依して転生を重ね、人間の生き胆を喰い、京の怨念が流れ込んで黒く染まった「鵺が池」で闇の世界の象徴である「ぬえ」を産むことを目的にしています。奴良組とも花開院とも因縁があり、リクオたち妖怪とは異なる怨念や怨霊から生まれた「妖」たちの主君です。
本作で羽衣狐は、それぞれの時代の人間に憑依して登場するため、いろいろな顔を持っています。なかでも最も印象的なのは現代版での姿です。
漆黒のセーラー服とストッキング、長い黒髪の女子高生として姿を現すシーンは、 潔いぐらい憎らしい存在で、1度読んだら忘れられません。
「この世を我らの望む漆黒の楽園へ… 一つ… また一つ 闇に沈めてまいろうぞ」
(『ぬらりひょんの孫』9巻より引用)
戦いでは、悪の妖たちによる百鬼夜行を従え、自身は動かずに強力な狐の尾で他を圧倒します。冷たく美しく静かなたたずまいで、容赦なく敵を倒し、憎らしいぐらい強い羽衣狐。背筋がゾクゾクっとするぐらい嗜虐的な姿に魅了される人も多いのではないでしょうか。
修行のために東北妖怪の里「遠野」に送り込まれたリクオの指導係を努めるのが、イタクです。妖怪忍法「レラ・マキリ」を秘技とする鎌鼬の妖怪で、リクオに新たな対妖用の戦闘術を教えます。
遠野での修行を終えて京都へ向かうことにしたリクオは、遠野妖怪の面々に一緒に京都へ向かわないかと誘いました。イタク以外の遠野妖怪たちは素直にリクオについていくことを決め、喜んで仕度を始めますが、イタクだけは姿をみせません。そして隙を見せたリクオに技をかけ、常に畏れを解くなと戒めまるのです。
「危なっかしーんだよ おめーはよ てめーの教育係はまだ終わってねぇ!! ただし…てめーと盃は交わさねーからな!!」(『ぬらりひょんの孫』9巻より引用)
そう言いながらリクオと行動を共にします。イタクの態度はいかにも誇り高き遠野妖怪らしく、無愛想ですが面倒見の良いところが魅力だと思う読者も多いはずです。
ぬらりひょんはリクオの祖父で、妖怪の総大将です。今から500年以上前の、戦国時代に生まれました。リクオの住む現在では、禿げ頭で後頭部が大きく背の低い老人の姿をしています。しかし時をさかのぼった400年前の彼は、妖怪たちと戦う時のリクオによく似た凛々しい姿をしています。
『ぬらりひょんの孫』8巻では、若かりし頃のぬらりひょんと、リクオの祖母・珱姫の出会いが語られます。今にも羽衣狐に生き胆を抜かれそうになった珱姫を助け出すため、羽衣狐と戦うぬらりひょんの姿は目が離せません。
羽衣狐と戦うために現れた花開院の秀元に、傷を負ったぬらりひょんは言います。
「失われていく闇―んなこたぁわかってる。
だからワシは 消えてゆくかもしれん… そいつらの為に主となるんじゃ」
「人の行いを認め…妖の世界を守る」(『ぬらりひょんの孫』8巻より引用)
人である珱姫と共に生きる道を選び、妖と人との共生という難しい道を探るぬらりひょんの生き方そのものが、この物語全編に貫かれているテーマだとも言えます。
首無は、奴良組本家の妖怪でリクオの側近です。ハンサムでまじめな若者ですが、首が無く、いつも体から頭部が浮いた状態でいます。女郎の妖怪・毛倡妓とコンビを組んで戦うことがあります。
元は人間で、江戸の町で貧しい人々の為に盗みを働く義賊でしたが、仲間を妖怪に殺されたことで恨みを持ち、自身も妖怪に身を転じて無差別に妖怪たちを殺害していました。しかし、リクオの父である2代目奴良鯉伴と盃を交わし、奴良組に加わったのでした。
常にリクオの護衛を行い、人間生活を送る彼が妖怪・犬神に狙われていることが分かると、学校へもついていきます。
「ご理解下さい!!あなたは今ただの人間なんです 闇の中では―秘めた力を発揮できても今は無力 だからこそ我らが護衛についているのです」(『ぬらりひょんの孫』4巻より引用)
味方の妖怪たちも驚く思いがけないアイデアで、体をはってリクオを守ります。時には怒りに我を忘れ、自分を見失うこともある首無ですが、そういうところも魅力的なキャラクターです。
花開院本家直系の陰陽師・花開院ゆらは13歳。本来は京都に住んでいますが、修行のためリクオのいる中学校に転校してきました。
- 著者
- 椎橋 寛
- 出版日
- 2009-10-02
若くして複数の式神を同時に発動でき、破軍も発動できるほど陰陽師としての能力は高いのですが、スーパーのタイムセールで唐揚げとコロッケのどちらを買おうか迷っている間に、何も買えないで終わってしまうぐらいおっとりとした性格です。
けれども、京妖怪を倒すために京都に乗り込んできた奴良組が窮地に陥り、京都が羽衣狐たち京妖怪の手に落ちそうになると、秀元が制するのも聞かずに先頭に立って戦います。
「京妖怪は 私が滅します!!」(『ぬらりひょんの孫』13巻より引用)
仲間の力を借りて京都妖界の幹部である鬼童丸を倒し、リクオへの借りを返すゆら。妖怪を助けるのはこれっきりと言いながら、その後もリクオたちと共に戦い続ける彼女の成長していく姿は必見です。
ぬらりひょんと珱姫の子・奴良鯉伴は、奴良組最強の時代の総大将として組を率いましたが、羽衣狐の復活を狙う勢力に疎まれ、殺されてしまいます。
なぜ彼の時代に奴良組が最も強くなったのか、牛鬼や鴆などの妖怪たちが折に触れてリクオに話してくれます。それは、鯉伴は自らが妖であることも人であることも認めて、仲間を信じたからなのだとのことでした。
例えば、山ン本五郎左衛門に騙されて奴良組の妖怪たちを倒そうと戦っていた黒田坊が、妖怪と人間のために必死に戦う奴良鯉伴に、なぜそうまでして人と妖を共に守ろうとするのかと問うと、彼はこう答えます。
「“人の半分”… 妖も人も伴うのがオレだ それを背負って生きるのが…オレの“運命”なんだ」
(『ぬらりひょんの孫』19巻より引用)
この言葉を聞いて納得した黒田坊は、鯉伴と盃をくみ交わします。黒田坊だけでなく、誰もの思い出の中に彼がいます。リクオに偉大な総大将に育って欲しいと願って接している奴良組の妖怪たちは、みなリクオに鯉伴の姿を求めているのかもしれません。
花開院竜二は、花開院本家直系の陰陽師。18歳の高校生でゆらの実の兄です。知識や才能もあり花開院家では当主候補と思われていましたが、自分は妹のゆらには敵わないと自覚し、彼女をからかいながらも、良きサポート役に徹しています。
京都での戦いの後、都市伝説で話題になっている村に妖怪の気配を感じた竜二は、ゆらと共に調査に出かけます。見事妖怪の源を突き止め、妹やクラスメイトを守るために戦いました。
「お前らの存在そのものが嘘じゃねぇか…!!まぁ嘘のつきあいで…オレに勝てると思うなよ」(『ぬらりひょんの孫』17巻より引用)
液体の式神を操り、嘘を交えた巧みな話術で言霊を操って敵を惑わせ、上手くゆらの力を引き出しながら戦う姿に、クラスメイトからは羨望の眼差しを向けられます。兄妹喧嘩を吹っ掛けているようで実は妹の力を最大限に引き出している、良き兄です。
鴆は普段はハンサムな男性の姿をしていますが、猛毒の羽を持つ妖怪。薬や毒の扱いに精通していて、傷を負った妖怪の手当てを行う一方で、自らの羽の毒の影響で病気がちです。
リクオと最初に盃を交わし、彼の一番の理解者となったのが鴆でした。土蜘蛛を倒すために、鞍馬山で牛鬼と一緒に修行するリクオにもそっと寄り添い、傷の手当てをしながら、弱音を吐く彼に対して自分の毒羽を広げて励まします。
「こいつは鴆という妖怪の能力だ オレの畏って言ってもいいかもしれねぇ オレも翼を広げてぇ お前のために戦ってみてぇんだ」(『ぬらりひょんの孫』12巻より引用)
鴆の励ましで力を得たリクオは、再び牛鬼との辛い修行に向き合い、最強の技・鬼纏を会得します。鴆自らが戦うことはほとんどありませんが、共に戦う妖怪たちにとっては大切な存在です。
奴良組本家に所属する雪女は、人間界ではリクオと同年代の少女・及川氷麗と名乗っています。冷気や氷を自在に操り、白い着物を着てトレードマークのマフラーをいつもしている美人の妖怪です。
彼女はリクオの世話係であり、側近として奴良組の家事全般もこなし、学校へ行くリクオにも同行します。少しおっちょこちょいなところもありますが、リクオへは恋心を抱いていて、ゆらやリクオのクラスメイトに嫉妬心を感じるかわいい妖怪です。
京都での羽衣狐との戦いを終えて正式に3代目を継いだリクオから、以前は彼女の母が管轄していた下町の一地区を任されました。厳ついテキヤ系妖怪・荒鷲一家たちに怖じ気づきながらも、彼のために必死に役に立とうと努力します。そこでかき氷の器の付喪神たちに出会い、つらら組を率いる組長にもなりました。
骨董市に現れた妖怪と必死に戦い、荒鷲一家に認められた雪女は、リクオのことを次のように語ります。
「はい… 会えばきっとわかります まだお若いけれど…きっと立派な総大将になってくださいますよ」(『ぬらりひょんの孫』16巻より引用)
そう言って顔を赤らめる雪女。迎えに来たリクオとの相合傘も幸せそうです。リクオと共に戦いながらも恋心を抱くかわいい雪女は、この物語に一服の清涼剤をもたらしてくれる存在です。
奴良リクオは、人間の時は13歳の中学生の姿で眼鏡姿の温厚な少年です。小柄で目立ない存在ですが、身体には妖怪の血が4分の1流れていて、夜や友達の危機に遭遇して妖怪の姿になると、外見が一転します。
鋭い目つきで長髪、長身で堂々と歩く姿は、若いころのぬらりひょんや鯉伴とそっくり。話し方も変わり、少し口調が荒くなるのですが、むしろそれが格好良く、任侠の世界の頼れる頭領の風格を表しています。
3代にわたる因縁を断ち切るために、妖怪のみを切る妖刀・祢々切丸を操り、鬼憑や鬼發など数々の技で敵を圧倒するシーンは、スピード感もあり圧巻です。
「邪魔する奴ぁ遠慮なくたたっ斬って 三途の川ぁ見せてやるから覚悟ねぇ奴ぁすっこんでろ!!」(『ぬらりひょんの孫』14巻より引用)
「畏」の文字の入った羽織を着て百鬼夜行を従える若きリーダーは、どんなに傷つけられようと、立ち上がって敵に向かっていきます。人間も妖怪も従わせていく夜の姿のリクオは、文句なく人気投票ランキング第1位です。
日本妖怪の面白さと任侠世界の面白さが融合した『ぬらりひょんの孫』。2つの世界のエンターテインメントは、何度読んでも楽しめます。ぜひコミックを読んで、その面白さを味わって下さい。