夏バテで食欲がないなんてもったいない! 今すぐおなかが鳴りそうな3冊

私が私であることを支えてくれる存在

私が私であることを支えてくれる存在

本には、幼いころからさまざまな形で触れてきました。逆さに持ってもすらすら読めるまで母と繰り返し読んだ絵本、音読するたびに、丁寧な言葉づかいに苦戦した国語の教科書、中高時代所属していたディベート部の活動の一環で図書館に通い、ひたすら価値ある言葉を探し求めた新書たち。本は必ず生活のそばにありました。

自分から手を伸ばすようになったのは芸能の世界に足を踏み入れてから。ふとしたときの息抜きに、移動中のお供に、なにかに失敗した日の夜に……たまにぽつりと生まれる心の寂しさを埋めるような気持ちで手に取るようになっていきました。

本を開けば、言葉たちがあたたかく包み込んでくれます。知識が増えることや新しい表現に出会うこと、喜怒哀楽を素直に感じること、そんなひとつひとつが充足感を与えてくれるのです。

ときに、読み終えたあとに自分はこんな感想を抱くのかと知ることもあります。私が私であることを支えてくれる存在、それが今の私にとっての読書です。

また、同じことを繰り返すのがどうにも苦手で、毎回が新鮮でその瞬間限りの生物(なまもの)だと思えるライブや演劇を生きがいとする私にとって、本はどんなときも新しい風を吹き込んでくれる唯一無二の存在となりました。

ページをめくるごとに知らない人生が待っていて、景色や人の声が頭のなかで再生される頃にはもう、本の世界に入りこんでいます。そんな読書という名の非日常がたまらなく好きなのです。

この連載では今まで私を支えてきてくれた本への恩返しという気持ちもこめて、大切な作品を少しずつ紹介していきたいと思います。もし今読んでくださっているあなたにとっても大切な一冊になったならと、そっと夢見て。

初投稿となる今回は、夏にぴったり、いや、「夏バテ気味なあなた」にぴったりな、食欲と明日への勇気が湧いてくる至極の3作を紹介します!

すぐにでも住み着いてしまいたい朝食カフェ‬

著者
矢崎 存美
出版日
2012-07-12

親孝行のためのエリートコースから一変、自分のためのなんでもない人生を選んだ泰隆は、有名企業を辞職し大学時代の先輩が営むダイニングバーで働きはじめます。

しかしそこは、夕方5時から朝の5時までがダイニングバー、朝の6時から午後2時までは愛らしいピンク色のぶたのぬいぐるみ・山崎ぶたぶたさんが開く朝食カフェでした! ぬいぐるみが動く!?それどころか、朝食カフェ!?ぶたぶたさんの描写はとにかく可愛らしくてたまりません。今すぐ抱きしめたい。

そんなファンシーな登場人物(?)にも関わらず、ぶたぶたさんが提供するホットケーキやベーコンエッグは非常にリアルです。ありそうだけど見たことがない。想像がかきたてられます。しかも、それをみんなそれぞれ幸せそうに食べるではありませんか。食べてみたいと思わざるを得ません。

会社員時代からの不眠症に加えて夜型生活が板についてしまった泰隆がなんとしても早起きをしてここに来たいと思うように、そこには「早起きは三文の徳」が詰まっていて、休日はつい遅くまで寝てしまう私もたまには早起きをしてみようという気持ちになりました。

もし本当にぶたぶたさんのホットケーキが食べられるなら毎日通うことでしょう。美味しいごはんでお腹がふくれると、今まで抱えていた不安がなんだか大したことないのではないか、頑張ってみようかな、と思えてくることってありますよね。まさに「美味しい」が人の心を幸せで満たし、生きる力を与えてくれる1冊です。

食事が人生のしおりになる瞬間

著者
小川 糸
出版日
2014-04-28

食べものを表現するということに関して、小川糸さんは私が出会ってきたなかでぶっちぎりの一等賞です。丁寧で繊細で愛おしくて煌びやかで……全ての描写に食への敬意を感じます。

今作は7つの食事にまつわる短編集です。読み進めることと食事をとることが同義になったような錯覚。咀嚼した話がふわふわと胃に沈み込んでいくような心地よい感覚です。

どの話にもそれぞれの人生の決定的な瞬間や、かけがえのない存在のすぐそばに料理があって、それを食べただけで全てを鮮明に思い出せるような人生のしおりとなっているのが印象的でした。

特にお気に入りなのは「さよなら松茸」。10年以上、一緒に暮らした2人にとって最後の夜を、極上の松茸が切なく彩る一泊二日の能登旅行。切なくても美味しい。美味しいから切ない。

一生忘れられない味となるのでしょう。だからこそ「今日で、人生が終わってしまえばいいのに。」の一文が深く胸に刺さりました。

この話は悲しいけれど、それくらい自分の人生に衝撃を与える食事にはまだ出会ったことがないので、少し羨ましくもあります。また、食べる側のこだわりにも注目していただきたいです。

「絶対に口に物を入れたまま喋らない」「このお店の味がわかる人と結婚しろ」、節々からそれぞれの食事に現れる人生の価値観が伝わってきます。

そんな食へのこだわりが、より一層登場人物たちに深みと輝きをもたせてくれているように感じてくる。あなたはどんなこだわりがありますか?まずはそこから、幸せの一歩が始まる予感がしています。

作り手の想いこそが一番の隠し味

著者
成田 名璃子
出版日
2015-08-06

とある商店街から少し外れた場所にある古い木造の一軒家、『共同台所 すみっこごはん』。そこは普段ならば接点がないはずの、世代も性別も時には国籍も違う人々が集まって、くじ引きで料理当番を決め、出来栄えに関わらず皆で机を囲って夕餉をともにする不思議な場所。

ひょんなことからすみっこごはんの扉を開いた一人一人のストーリーを描く短編集で、共通するのは夕方になるとすみっこごはんへ向かうということだけ……のはずが、あることをきっかけに意外な展開で繋がっていきます。

様々な登場人物のなかでも同じ女性であり歳もわりと近い(といっても10代と30代ですが)、カナと奈央には深く共感してしまいます。人との付き合い方や自分の気持ちと折り合いをつけることが下手な2人。

子供の頃、友達がほとんどいなくて尖っていた自分を見ているかのようでした。それが周りの人の優しさや新しい価値観に触れることで変化し、より自分らしい自分のための生き方を知っていく姿に勇気をもらえます。

さらに人間として成長していくのと比例するかのように、すみっこごはんでの料理も上達していくのがなんとも微笑ましくもあり頼もしさを感じました。

この作品の面白いところは、感情移入をする対象が食事の作り手であるところだと思っています。すみっこごはんは、誰もが作り手にまわる可能性を持っているから。

誰かのために食事を作るということがこんなにも奥深いことなのかと胸をうたれました。とても愛にあふれていてあたたかいのです。

きっと読む人によって共感する人物が変わっていく作品です。ぜひともすみっこごはんの常連になったつもりで誰かと語り合いたいです。

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